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「あ、ありがとうございます」


 ひかりは紅茶を差し出してくれた白髪の目立つ初老の男に礼をいう。

 ところかわって朱乃の自宅。

 自分の住んでる住宅街とは逆方向にある山の中腹。閑散としている場所にある大きな洋館の存在は朱乃と知り合う前から知ってはいたが実際入るのはこれが二度目だった。

 着替えにいった朱乃の代わりに執事の田所がひかりの接客をしてくれている。黒いスーツを隙なく着こなした、いかにも執事といった風の男だ。


(……でもさぁ)


 辺りを見渡すとイヤでも目に入る高級そうな調度品。大きなシャンデリアに照らされクッションのよくきいたソファーに座って執事に紅茶をいれてもらう。その執事が後ろに控えている状態でお茶を飲む。一般生活で暮らしている身としてはひどく居心地が悪くなる。だがヒロインたるものこういう場でおどおどするのもみっともないと平穏を保つ。


「――おいしい」


 紅茶をひとくち飲む。茶葉が高級なせいもあるかも知れない。


「ありがとうございます」


 田所はうやうやしく頭を下げる。だがいれる人の腕がないとここまで上品な味にはならない。彼はそれだけのテクニックを持っている。


「おまたせ~」


 しばらく紅茶を堪能していると朱乃がリビングのドアを開ける。

 ピンクのノースリーブのブラウスにキュロットと先ほどまでの赤い戦闘服とうってかわってかわいらしい姿で現れた。


「田所さん。お茶は自分でするから、ちょっと下がっててくれる?」

「わかりました、お嬢様」


 朱乃がやってくると同時に紅茶を注ごうと支度を始めていた田所は頭を下げ、静かに部屋を出て行った。

 ひかりは朱乃から聞いていたことがある家庭環境を思い出す。母は数年前に亡くなっており、父親は海外への単身赴任でほとんど日本にいない。普段は朱乃と執事の田所で生活しているという。二人が仲良くなったのは家庭環境が似ているせいもあった。


「さて……何から話せばいいのかな?」


 朱乃の正面の一人掛けのソファーに座る。奥歯に物が挟まったかのような物言い。隠し事を話さなければならない状況であるのは重々承知だが踏ん切りがつかない。


「最優先なことが一つある」


 ひかりはこのときを待ちわびた。


「何?」

「ファンタジーは、この世に存在するんだよね?」


 朱乃は軽く微笑む。今回の件を伝えるに当たって一番困るのはそれだ。アニメや漫画でしか見たことがない常識はずれな力の存在の説明だ。


「そうね、最優先で大前提だよねぇ、それって」


 だがひかりは求めているのは詳しい確認ではない。


「そうだよ、ひかりちゃん。ファンタジーは存在するんだよ」


 彼女が求めるのは単なる事実確認。先ほどの体験が夢でなく現実であったことの確固たる証拠が欲しいのだ。


「そうなんだ。やっぱり……そうなんだ」


 自分が知っている常識とはかけ離れた世界が身近にある。それを聞いてまったく何の抵抗も無しに受け入れることができる人間は稀である。


「でもね。ひかりちゃんの想像とは違うかも知れない」

「ヘッ?」


 朱乃はそもそもの問題を思い起こし頭を抱えたい思いにかられる。


「ファンタジーは確かに存在する。……でも問題はありすぎることなの」

「あり……すぎる?」

「そう」


 朱乃は自分の手で紅茶をカップに注ぐ。


「一言でファンタジーとくくられるものすべてが今この世に現存する。それが……問題なんだよねぇ」

「すべて?」

「うん、たとえば……私は魔術師っていったと思うんだけど……」


 朱乃が紅茶で一息ついたところを見計らって声をかける。


「ミラクル系とリアル系ってやつ?」

「それも分類の一つなの。私はリアルの魔術師だけどリアルに属する魔術の数だけでも、もうイヤになっちゃうくらい多いのよ」


 手で口を隠し黙考し、すぐに思い浮かぶものを口にする。


「黒魔術に白魔術。精霊魔術とか符呪魔術、あと呪術や陰陽道とかもそうなのかな?」

「……ひかりちゃんって、……ホントに素人?」


 スラスラと例――それも正しい――が出てくるひかりに目が点となる。先ほども思ったが一般人の理解度とは違う。


「ひかりちゃんってファンタジーを理解できるなんて思わなかったよ」

「え、そうかな?」


 いつもの現実的な彼女を見ていると意外だった。だがいつまでも驚いているわけにはいかない。


「うん。……あ、話戻すね。あたしは精霊魔術なんだけどそれでも種類がいっぱいあるの」

「地・火・風・水ってやつ?」

「あ~そうそう、四大元素の系統をとってる場合もあるし、地火風水空、地火風水聖魔、地火風水雷光闇音とか、エレメントを使った魔術だけでも細々としてるの」


 お手上げというジェスチャーの朱乃。

 片やひかりはというとその辺はファンタジー系の小説やゲームでの細部の違う設定みたいだなと納得する。


「朱ちゃんは?」

「あたしは色魔術っていうの。朱・橙・黄・翠・蒼・藍・紫の虹の色が力になってるの。いうまでもなく私は朱の魔術師なの」

「へぇ、すごいんだね」


 色魔術がどういったものかはわからない。だがひかりは熱っぽい視線を向ける。

 ファンタジーの正当継承者に対しての羨望。


「えぇ~、そんなことないって」


 照れる朱乃。

 だが今はそんな場合ではないと思い出し、コホンと咳払い。


「とにかく世界にはファンタジーが溢れている。……でも完全に共存できているというわけではないの」


 否定的な言葉にひかりは眉をひそめるが無言で朱乃の言葉を待つ。


「むしろ敵対しているという方が正しいのかもね。ロジックとか属性が近くなればなるほど。……近親憎悪っていうのかな? こういうの」


(この場合の設定ならありえるのかも)


 酷似とまでいかなくとも、類似の魔術がある場合とする。それが近くにいる場合否が応でも気になる。そして「自分の魔術が優れている」と思うのが人の性だろう。口論くらいならまだ問題ないが彼、彼女たちは力を持っている。その力で相手を倒すことで自分の魔術が優れていることを証明しようとするのは当然の流れだ。


「……何もファンタジーに限ったことじゃないけどね。有史以来、人間は何かにつけて争ってるから」

「宗教とか民族争いみたいに?」

「どっちかっていうと同じお饅頭を元祖と本家って看板掲げて売ってるみたいなものかな」


 ようやく出会えたファンタジーがご近所の饅頭屋さんと同等扱いなのかと思うと少し悲しくなる。


「でもあたしたちは先祖の取り決めで基本的に戦わないと誓約をしているの」

「ヘッ? でもさっき……」


 公園でのことを思い出す。一触即発とはあのことだった。


「うん、そう。だから基本的に、ね」


 紅茶と一緒に迷いを飲み込む。


「ファンタジーは神秘で保ってこそ真の力を発揮することができる。一般人にバレないように普段はおとなしくしているのが大原則なの。でもそれじゃあ内包された軋轢や個人の闘争本能は溜まっていくばかりでいずれは大規模な衝突が起きるのは目に見えてる。ってことであたしたちはルールに基づいて戦闘することにしたの。聖戦と称してね」


 ひかりは核心に触れゴクリとノドをならす。

 聖戦というには大袈裟かもしれない。だが個人を形成する譲れない主義主張を守るために、人智を越えた力で争う。聖戦という呼称は適切であった。


「頻繁に戦っては本末転倒だから16年に一度。一般人に見つからないように大規模結界を張るのに16年という歳月がかかるからという単純な理由なんだけど。8月の1ヶ月間を使って聖戦は行われている」

「あ、それでなんだ」


 夏の旅行を断られた理由を知る。何かを隠されていることは気づいてはいたがこんな理由とは思いもしなかった。


「でもそれじゃあ何で私が狙われたの? 私ってファンタジーの力無いのに」


 力が欲しいとはいつも思っていたけどという言葉はとりあえず胸にしまっておく。


「う~ん、もうちょっと聖戦の説明させてね」


 ここまですんなりと説明できたのはひかりの理解度、順応度の高さゆえ。かといってこれ以上先のことまでついてこれるだろうかと不安な思いにかられる。


「聖戦で戦う相手ってのは相手がファンタジー能力者なら誰と戦ってもいいってわけじゃないの。一応決まりがあってね。結界が完成する7月頃になるとファンタジー所有者にはある異変が現れるの。あたしたちは『オーラ』って単語で統一しているんだけど、……なんて言えばいいのかな? 全身に纏う力とか魔力みたいなものが視覚化されるの」

「……でも私、朱ちゃんには土方先輩みたいなもの見えないよ?」


 数度まばたきし、朱乃を凝視する。いつもより困った顔をしているがなんら変わった様子はない。


「うん。あたしだってひかりちゃんにオーラなんて見えないよ」

「え、じゃぁ……でも、だって」


 困惑するひかり。


「そう、だから誰と戦ってもいいってわけじゃないってことなの。理由を聞かれても困るんだけど、なぜかオーラは自分と近い属性の人同士しか見えないの。それの性質を利用して対戦相手を見つけてるんだ。だからあたしたちはオーラが見えないのよ」


 つまりひかりはリアル系の精霊魔術師ではないということ。そして、


「召還士……なの? 私?」


 土方は召還士だと言った。ならばそれに近い存在なんだろう。


「……たぶん」


 ひかりの判断に自信なさげに答える。


「違う可能性があるってこと?」

「いや、そういうわけじゃなくて」


 ただひかりに聖戦参加資格が無くて欲しかったという本音はあるが。


「リアル系の魔術師ってのはどうしても家系で決まるの。ある種の学問だから専門的なことは師匠がいないとどうしようもないのよ」


 なるほどと頷く。

 一般人の知識とはかけ離れているとはいえ各魔術には論理的法則で存在している。それを知らないで使うことはできない。


「だろうね」

「だから突発的能力所持者がリアル系の魔術師になる場合は少ないのよ。ミラクル系なら事例が多いみたいだけど」


 他の系列の聖戦のことまでチェックしてないので詳しくはない。


「覚醒したら呪文が頭に勝手に入るってご都合展開は?」

「うん、そういうのがミラクル系には多いって聞くんだけどね、リアル系であるのかなぁ?」


 あまりにも順応してるので本当に素人なのかと何度目かの疑念を抱く。そんな朱乃の心中をまるで察しないかのようにフムフムと考え込み、


「じゃぁ召還士ってのはリアル系でないってこと? でも土方先輩は代々続く家系のような口ぶりだったけど」

「さぁ? その辺は明日聞いてみようよ」


 肩をすくめる。この件については自分が知ることは少ない。


「誰に? まさか本人?」

「それこそまさかよ。お姉さんがいるでしょう」


 イタズラっぽく言う。いつもお世話になってる校医の姿が頭に浮かぶ。


「な、ちょ、ちょっと! 土方先生もファンタジーの関係者なの?」


 ようやく見せる慌てふためく姿に何となくホッとする。


「前回の聖戦の敗者で生存している人間は次回のサポートにまわる義務があるの。ひかりちゃんみたいな突発的能力所有者に説明と参加の有無を聞くのもその一つ。だから明日保健室に行こっ!」

「うん……」


 返事をしつつ今までの情報を整理する。朱乃は一旦説明を打ち切ろうとしているのでその前に最優先を聞いておかねばならない。


「朱ちゃん。いくつか質問いい?」

「あたしにわかることなら」


 冷めた紅茶から手を離し、じっと見つめる。


「私はどうしてその突発的能力所有者に選ばれたの?」

「単なる悪い偶然。結界が完成すると異世界との境界が曖昧になる。異世界の意志っていうものがあって適性のある人間を勝手にファンタジーの住人にしてしまうことが聖戦にはあるらしいの。……まさかひかりちゃんに適性があるとは思わなかったんだけど」


 偶然ではなく悪い冗談であって欲しい。朱乃は今でも切に願う。


「この水晶くれたのは朱ちゃんが私を護るためだよね? それって私がファンタジーの適性があるのを見抜いていたから?」

「そんなことない!」


 クビをブンブンと音がしそうなくらい振る。


「あたしは結構知られた家名なんで聖戦開始前に襲われる危険があるの。オーラが見える人間が正面から襲ってくるならマシなんだけど、交換殺人っていうのかな? 敵が協力することでオーラが見えない人間が襲ってくることもザラなの。だから人質を取られる可能性もあるかなぁと思って。……あたしの今一番大事な友達、ひかりちゃんだから。あたしのせいで……傷つけたくなかったから……」


 段々と声が細くなる。聞き取りにくかったが想いだけは心に直接響く。

 ひかりは席を立ち朱乃を抱きしめる。


「……ひ、ひかりちゃん?」

「ありがとう、朱ちゃん。護って……くれて」

「ううん、あたしは何も……」


 ひかりに不安を感じさせないよう気丈に振る舞おうとしていた。だが不意に温もりに触れ涙がこぼれそうになる。


「でもひかりちゃん」


 それでも甘えてはいられない。ファンタジーでは自分が先輩なのだから。


「明日、土方先生のところ行って参加を断って欲しい」


 至近距離で友人を真剣な眼差しを見る。


「不参加だと私はこの先ファンタジーに触れることはない?」

「……詳しいことは聞いてみないとわからない。最悪、記憶を消されて能力を封印されることになるけど……安全よ」

「それはちょっと困るかも」


 ひかりはペロっと舌を出して微笑む。


「聞いて、ひかりちゃん! これは遊びじゃないの! みんな本気で殺し合ってるのよ! 見たでしょう? 土方先輩を」


 何も知らない自分に白虎をけしかける。冗談でするようなことではない。


「わかってる。たぶん、私みたいな右も左もわからない小娘が生き残れるほど楽なものでないことは何となく理解してる」

「だったらひかりちゃん!」


 ひかりの胸から離れ間近に顔を寄せる。本気で自分の身を案じてくれる友人の思いがわからぬほどひかりは薄情ではない。

 ひかりは朱乃から顔を背ける。


「お願い朱ちゃん。少し時間をくれない? 私の予想が外れているなら素直にリタイアするから」

「……予想って、何?」

「明日土方先生に聞いてみたいことがあるの」


 胸裏に渦巻く想いを言葉にすることはできず、こういうのが精一杯だった。

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