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 先ほどから聞こえていた声はやはり聞き覚えのある声。


「あ、やっぱり朱ちゃんだ」


 汗だく、息も絶えだえで駆けつけて来る少女を発見し、手をあげる。


 朱乃の私服姿は何度も見たことがあるが今日の姿はどこか妙だった。普段から赤系色の洋服を好むのは知っていた。それは今も変わらず、むしろ磨きがかかったかのように全身赤。アクセサリーを好まないはずがネックレス、指輪、イヤリングと目につくところに装飾を身にまとっている。見た目通り子供っぽくかわいらしい服装が多いのだが今日は大人びた装いで来ている。ただこの暑いのに真っ赤なコートはあまりにも似つかわしくない。


「ヤッホー。助けてくれたの朱ちゃんだよね? ありがとね」

「えっ?」


 必死で駆けつけての窮地の回避に息つく間もない。


「何? 違うの?」

「ううん、違わないけど」


 ひかりの言葉に目を丸くする。がどうにか判断を取り戻し、慌てて頭を振る。


(……どうして?)


 この状況下、ひかりが普段通りなことに納得がいかない。最悪パニックになっていると想定しておりどうやって落ち着かせようかと考えていたのに。


「ケガは……ない?」

「うん、朱ちゃんのくれた水晶が守ってくれたんだよね? 助かったよ。でも足が動かなくなったのはちょっと焦ったかな」

 もしかして状況がわかってない、もしくはすでに錯乱状態なのではといぶかしんだがひかりの眼は正気だし、言動もしっかりしている。


「ゴメンね、それもあたしなの」

「……ああ。守られてるからってなまじ動き回ると居場所がわからなくなるってことかな?」

「エッ……うん、そだけど」


 それどころか状況を的確に把握しているような口ぶり。ひかりは何か考えるように何度も頷く。


「なるほどなるほど」

「……ひかりちゃん? 平気なの?」


 どうしても信じられず、疑問を口にする。


「平気よ。朱ちゃんが助けてくれたんでしょう? おかげでピンピンしてる」


 両手で軽く曲げてアピール。


「ううん、身体じゃなくて……気持ちっていうかなんていうか……」

「ああ、そういうこと?」


 朱乃のいいたいことをようやく悟る。確かに今の状況の後、平然としているのは少々特殊かも知れない。


「そりゃぁ……ねぇ。立て続けにファンタジーなことが起きて驚いてるわよ。でも、混乱してても仕方ないでしょ?」

「そりゃぁ……そうだけど」


 朱乃は口をとがらす。確かにいってることは至極正しい。だからといって「はい、そうですか」と納得できるわけではない。


「助けに来てくれたのが朱ちゃんだったから安心したのかも。……知らない人ならまず状況説明しろ! って詰め寄ったよ、きっと」


 クスリと笑う。

 普段自分の方が優位になっているという自覚からだろうか?

 見知った顔に醜態をさらせないといういつものヒロインたる自覚だろうか?

 それとも念願のファンタジーに出会ったこの瞬間の出来事すべてを心に刻み込もうと感情を総動員しているせいだろうか?


「でも、朱ちゃん。状況は教えてね。このまま何も知らないで終わるとさすがに怒っちゃうかも」


 ひかりは驚くほど冷静でいる。故に平常の口調と笑顔で朱乃を軽く脅すこともできる、いつものように。


「え、うん」

「朱ちゃん魔女っ娘なのかもしれないけど私の記憶を消したり操作したりしたら本気で怒るからね」

「も、もちろんしないよ! そんなこと!」


 慌ててクビを振る。せっかく念願のファンタジーに出会ったのだ、忘れてなるものかと一応念のためにいってみたのだが朱乃の反応を見ると忠告して正解だったようだ。


(……となると問題は)


 実力行使で記憶操作された場合にその対応する術がないことだ。


「でもひかりちゃん、最初に言っておくけど私は魔女っ娘なんかじゃないよ。歴とした魔術師よ。こう見えても代々つながる家系の当主なんだからね」


 人と言うものは何があっても譲れないものがある。彼女にとってはその認識だった。コンプレックスである幼い容姿から安易に想像できる魔法少女と呼ばれるのは耐え難い。

 ひかりは右手で左肘を持ち、少し思考。


「えっと……朱ちゃんはロジックってのかな? 論理的な法則に従うことで様々な現象を起こすことができる魔術師。非論理的な方法で神秘や奇跡の力を簡単に引き起こせる魔女っ娘ではない……ってことなのかな?」

「――え! ……うん。その認識でだいたい……あってる」


 呆然としそうな自分をなんとか押さえつつ応える。


「ある種の学問として理を学ぶことで力を扱えるほうをリアル系、限られた人間の才能というか突発的特殊能力で奇跡としか思えないことを平気でするほうをミラクル系って区別されているんだけど」


 ミラクル系のことを話すとき朱乃の眉が一瞬ゆがむ。伝統的に両者に深い溝があるのか、それとも朱乃が一方的に嫌っているのかまでは判断しかねたがむやみに触れないでおこうと心に決めた。


「なるほどなるほど……。奥が深いわね。」


 一概に魔法、魔術といっても簡単に思い出すだけでも種類が豊富である。仲の悪い派閥があってもなんら不思議ではない。むしろ人間的ともいえる。


「じゃぁ朱ちゃんの今の服は流派の正装というか戦闘服なのかな? 魔力が増幅するような儀礼的な護符やら呪術的なものが施されてるとか?」

「……ええ、まぁ」

「へぇ、やっぱそういうのあるんだー」

「…………」


 しきりに感心するひかりに朱乃は戸惑う。もしも巻き込んだときのためにひかりの身の安全と言い訳――最悪の場合記憶の操作――を用意していたのに護身の結界以外はまったく必要がなかった。


「ひかりちゃんて……!」


 質問の途中、何かに気がつき真顔になる。


「どうしたの?」

「ひかりちゃん、あたしの後ろに!」


 わけもわからないが言葉に従う。


「出てきなさい! そこにいるのはわかってる!」


 大声が公園に響く。

 視線の先を追う。先ほど白虎が現れたウォーキングコースから芝生に入った奥の木陰。そこに広がるはどこか違和感のある闇。


「――――!」


 朱乃の言葉に反応したのか闇が動く。誇張でもなくひかりの眼には見えた。闇から現れる淡い黄色の光が。


(……あれ?)


 強烈な既視感に襲われる。


「けっ、邪魔が入ったか」


 闇と同化しそうな黒ずくめの男が現れる。皮のベストを素肌にまとい、銀の鎖と装飾のついた指先の手袋は彼の野性味をさらに増加させている。

 容姿に鋭い眼光、そして居心地が悪くなる威圧感。出会ったのはほんの一瞬だが忘れがたい人物だった。何よりも全身より立ち上がるモヤのような黄色の光は簡単に忘れることはできない。


「土方、先輩?」


 ひかりのつぶやきに土方召は鼻を鳴らす。

 あの人もファンタジーの関係者かと確認しようとするが朱乃が手で制する。ひかりは黙って数歩下がり、成り行きを見守る。


「誰に頼まれた?」

「なんだ、唐突だな?」


 朱乃の普段聞いたことのない詰問口調をめずらしく思う。だが召は怪訝そうに眉をひそめる。


「ふざけないで! 聖戦の代理闇討ちでしょう! 代理で闇討ちってだけでも最低なので人質とろうなんて……土方家も堕ちたものね」


 家名を出されていっそう顔が険しくなる。


「俺が土方の当主と知ってるってことは貴様もこの土地の者か。関係ないヤツに手を出すなと言われてるが……あんまりウザイようだと殺すぞ」

「何をいまさら! すでにあたしの友達に手を出しといて! 如月の当主を倒したければ正々堂々来なさい! でないとあなたとあなたの依頼人にそれ相応の報いを与えてやる!」

「如月?」 


 召は朱乃の全身を一瞥し、


「朱の魔術師か。……今の当主は魔法少女というウワサは本当だったようだな」

「――――!」


 その言葉に一気に頬が紅潮する。


「……あんた、絶対後悔させてやる! 召還士風情が如月の魔術に勝てると思わないことね!」

「召還士風情だと! 落ちぶれた家系がほざくな!」

「ここ数回、ロクに聖戦に参加していない一族に他家を罵る資格があるとでも思ってるの? 逆でしょ、逆!」


 聞いたことのない単語の飛びかう、どこかかみ合っていない二人の会話を聞きながらひかりはコッソリと頬をつねる。我ながらベタだとは思いつつ、その行為で痛みを感じ、夢でないことを証明する。


(……パパ)


 手を胸の前で組む。


(パパの言ったとおりだね。……ファンタジーはあるんだね)


 と場違いな感想を浮かべる。

 ひかりは嬉しくて涙がこぼれそうになる。21世紀の現代を生きているといくら信じようと強く願っても不安でたまらなかった。


(やっぱりパパは嘘つきなんかじゃなかったね)


 なによりもそれが嬉しい。父の言葉に何一つ嘘がなかった。信じていた自分は間違っていなかった。


「……ほぅ。他流派のヤツに手を出す気はなかったが、邪魔するならお前を後ろの女より先に消すぞ!」

「望むところよ! 何の関係もないひかりちゃんに手を出すヤツ許さない!」


 一触即発のにらみ合い。だが朱乃の言葉に土方は怪訝な顔をする。


「……お前、何を言ってる?」

「何って……あなたがひかりちゃんに手を出すから」


 召はようやく謎が解けたと鼻をフンと鳴らす。


「手をだして何が悪い」

「何って、……悪いでしょう! 一般人を人質に取るなんて!」

「一般人?」


 肩をすくめ侮蔑の眼差し。


「俺は確かにフライングの闇討ちをしたが一般人を狙ってなんかいないぞ」

「――――!」


 召の言葉に思い当たる節があり朱乃はビクッと身を震わす。


「なるほど代理の闇討ちもあるだろうが……自意識過剰じゃないのか? 今の如月にそこまでする価値があるのかってな」


 露骨な挑発だが朱乃は反応できない。


「オーラが見えないことをいいことに交換して闇討ち。確かに名前が知られている以上効果的かもな。俺も一応警戒しておかないとな」


 自分が原因とばかり考えていたので一つの可能性の考慮をまったくしていなかった。


「ひ、ひかり……ちゃん」


 感動に打ち震えているひかりは呼ばれて我に返る。


「……なに?」


 こっちを見ている顔面蒼白の朱乃が震える手で召を指す。


「もしかして……オーラが、……あの人の全身からモヤみたいな光が……見える?」


 おそるおそる――できれば間違いであって欲しいと願いつつ聞く。


「……黄色い光のこと? あれがあの人のファンタジー的な能力なんでしょ?」

「――――!」


 頬に指を置き緊張感なく答える。

 その仕草は朱乃に絶望を与える。


「そ、……そんな」


 膝から力が抜け、倒れそうになる。


「わかったようだな。むしろ邪魔者はお前だ! 消えろ!」


 勝者の高らかな宣言よろしく土方は胸を張り主張する。


「…………?」


 単に巻き込まれた一般人――当然ヒロイン候補――のつもりでファンタジーを満喫していたのだが風向きが変わってきた。


「なにか……変なこと言った?」


 今朝初めてあったときから召にはオーラが見えていた。正直に答えることがすべてにおいて正しいというわけではないだろうが、この場合は仕方ないだろうと。


「何も変じゃないさ。お前に俺のオーラが見える。俺がお前に青いオーラが見える。これが始まりだったんだからな」

「……始まり?」


 わからないことだらけの単語が飛びかう中、自分の向けられた直接的な単語を反芻する。


(何の始まりだろう?)


 ファンタジーの始まり。それは間違いない。願い続けた嬉しい始まり。


「さてどうする? 戦うか? 負けを認めるか?」

「――ヘッ?」


 だが戦う力もない。かといってすでに負けを認めるというのはどういうことだろうか? 負けを認めることでファンタジーから切り離されるというのは非常に困る。


「ちょっと待って!」


 返答に困っていると朱乃が震える声で叫ぶ。


「ひかりちゃんは突発的能力所持者よ。聖戦の参加以前に説明をする義務が私たちにはあるでしょう?」

「フン、どっちにしろ倒すべき相手だ。かまわんだろう」

「勝手な言いぐさね」


 いつまでも動揺するのは如月家の恥。必死で心を静める。


「そんなこと言ったら余裕のないように思われるよ。弱そうな人間をあえて選んで倒しているってね」

「ほざけ! 何も悪いこともしてないのに運が悪い人間は世の中には腐るほどいるだろう。そう思って諦めろ」

「……それをお姉さんにも言えるの?」


 切り札を出す。いや正確には切り札になるかどうかの保証はないが現在の状況を打破するカードを朱乃はこれしか持っていない。


「…………」


 不安の気持ちを顔から排除する。


「……ちぃ」


 朱乃は賭けに勝った。

 苦々しげに顔をゆがめ、歯ぎしりをする召。


「今日のところは引きなさい」


 身長差のある相手でもまったく弱さを見せない。


「彼女の保護と聖戦についての説明は私が責任を持って引き受けます。それでもどうしてもというなら……」


 コートをはためかせながら腕を伸ばす。手の平を銃口のように照準を土方にあわせる。


「あたしがあなたと戦います。あなたは私を倒せる気かも知れないけど、戦ってる間にひかりちゃんが能力に目覚めたら二対一よ。それでもやる?」

「…………」


 若干考える。単純な労力の損得と打算を考慮に入れ、


「……いいだろう」


 召は低い声で不精ぶしょう同意する。


「だが覚えておけ! リタイアせずに聖戦に参加するときにまた邪魔するなら二対一だろうが容赦はしない!」


 今引くのは決して自信がないわけではないことを強く主張する。


「邪魔するというならファンタジー最強種を召還して一気に殲滅する」

「――――!!」


 ファンタジー最強種という言葉にひかりはビクッと身を震わす。


「最強……種? ちょ、それって!」


 聞きたいことがあり叫ぶ。だが時すでに遅し、土方は闇に消えていた。


「ふひぃ~、とりあえず何とかなった」


 肩から力を抜き安堵の表情を見せる朱乃。ああは言ったもののひかりをかばいつつ戦うことは難しい。


「……さて」


 だが問題は山積だ。最難関のひかりを見る。


「……?」


 これまでの理不尽な状況でも動揺をどこか楽しげであったのにいま明らかに動揺している。すべてを説明したなら頷けるのではあるが。


「ひかり……ちゃん?」


 おそるおそる声をかける。


「え、……あ、うん。ちょっと、ほんのちょっと時間ちょうだい」


 心配ないと手でジェスチャーをし、深呼吸する。

 ファンタジーとの初邂逅は恋いこがれていた彼女にとって混乱を起こすような醜態をさらすほどではない。ただ召が語った最後のセリフが心をひどく揺さぶった。


(……ファンタジー最強種って)


 胸中をめぐる期待と不安。

 ひかりは頭をブンブンと振る。今はそんなことをする場合ではない。


「朱ちゃん」


 気を取り直し真剣な顔をする。


「話して、一切合切!」

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