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平凡な午前中の授業が終わる。
平凡といってもひかりの主観であり、大多数の人間には返却された二科目の期末テストのせいで波乱含みの午前であっただろう。
「おい、北条」
ひかりはいつものように朱乃と教室で食事をしていたところに椋が声をかけてくる。
朱乃がかわいらしい弁当を、ひかりが市販のサンドイッチとミルクティー。
仕事に忙しい母は弁当を作るという作業は難しく、してもらうのは気が引ける。
かといって自分が作れるかと言えば答えはノー。普段から料理をしているものの朝起きられないという弱点があるからだ。
よってひかりの昼食は学食か購買という選択肢になるのだが、まるで戦場のような争奪戦に参加するのはヒロインらしくないという判断から少々割高ではあるが登校途中にあるコンビニで適当に見つくろっているのだ。
「……なに? どうしたの片桐くん?」
行儀よく口の中のものを飲み込み、返事をする。
右手には購買の争奪戦で勝利したと思われる人気のメンチカツサンドと焼きそばパンを、左手には冊子のようなものを持った椋が近寄ってくる。
「何って、例のもの」
冊子を二人の食事に使っている机に置き、手近の空いてる席のイスを借り、座りながらパンの封を切る。さりげなく自然な動作で二人の食事に加われたのはひとえに今朝から授業そっちのけで脳内でシミュレーションしたおかげだろう。
「……ああ、今朝のアレね」
表紙にデカデカと『学ラン』と飾り文字で書かれた茶色の冊子を見て、ひかりは朝の会話を思い出す。
「ありがとう、さっそく見せてね」
「おう」
ひかりの言葉にやけに嬉しそうに返事をし、焼きそばパンを頬ばる。
「へぇ~、意外としっかりした本なのね」
手にとって最初に思ったことを口にするとなぜか朱乃が自慢げに、
「でしょう」
「うん」
表紙の紙は上質な厚紙で、きちんと製本されている。地区の新聞部合同といえども学生の身。ここまできちんとしたものだとは思わなかった。
「さて……と」
中の紙もカラーページ用に紙の質がよい。目次と『学ラン』の理念、協力関係者の名前は無視しページをめくる。
「――――! なっ!!」
最初の特集を見てひかりは絶句する。
「……なにこれ?」
「へっへ~ビックリした?」
得意げに言う朱乃。
「そりゃぁビックリするわ」
開いたページから四ページぶち抜きで自分の写真が掲載されている。
「北条は『学ラン』の存在を知らなかったってコトはこれは当然隠し撮りか?」
椋のそんな何気ない疑問も今のひかりの耳には届かない。
『おめでとう、美少女部門十二連覇! &四冠!』
その見出しの下にあるのは撮られた記憶のない写真の数々。椋の予想通り星見学園並びに近隣の学校の新聞部が必死に隠し撮りした写真だった。
登校中の一人で歩く姿。授業中ノートをとっている姿。保健室でコーヒーを飲んでいる姿。朱乃と会話し笑っている姿。私服で買い物している姿。これだけならまだしも体操服姿の自分まで写っている。
「…………これ……は」
ひかりはどうにか声を絞り出す。写っている人間が自分でなければアイドルの学園風景と題しても遜色のないものだった。
「ひかりちゃん、どれもかわいいよねぇ。そう思わない?」
「まぁな。だからこその偉業だろうよ」
努めて素っ気ない口調で椋は頷く。
「またまた、椋くん、素直じゃない」
「うるせぇよ」
照れ隠しにパンを一気に食いつく。
「――――」
一方、当の本人はというと落ち着かせるためにミルクティーを一口入れる。目を閉じ、軽く深呼吸。いつまでも狼狽するようではヒロインといえない。
「……いつも私の写真がこんなに載ってるの?」
「ううん、今回はひかりちゃん特集。十二連覇は学ラン史上初だし、今回は個人で四冠もとってるからね」
朱乃が語る自分がなしえた偉業はまったく興味がないせいか何の感慨もない。
「いつもは1ページくらいだよ」
「そう、それでもかなりのものね」
ひかりはもう一度隠し撮りされた自分を見る。
(……でもまぁ)
素人の撮った写真にしては写りが悪くなく、ひいき目無しにかわいい。自覚もなく撮られたにもかかわらずこのレベル。常日頃からヒロインを目指している結果がここに現れている気がした。
「しっかし、……なんていうか、趣味が悪いわねぇ」
自分が美少女と言われて悪い気はしない。だが表情には出さずに批判する。こういう俗世間のものを喜ぶのはヒロインにあるまじきことだと。
「そっか? 楽しいぞ」
「見る分には……そうかもね」
二つ目のパンの封を開ける椋にため息をつく。
「見せ物になる身としては、正確にはなってた身としては同意しかねるわね」
残りのサンドイッチを口に入れ咀嚼しながら――行儀が悪いとは思いつつ――ページをめくりランキングを見ていく。
(……へぇ~)
ランキングの上位は写真付きで載ってあり、知らない名前でも写真で納得できるものがあった。もちろん知っている名前もあり見ていて新鮮な発見がある。朱乃の言う通り五百円くらいの価値はありそうな気がした。
「これってこの地区の学生のほとんどが読んでるの?」
「新聞部でもないから知らないけど、かなりの部数じゃないか」
「まわし読みも考えるとほぼ100%じゃないの? ……ひかりちゃんは特殊な例外、ということで」
ひかりの素朴な疑問をまるで一般常識のように応える。自分が例外なのか世間の常識がおかしいかというのは一つの命題である。
「世の中にはヒマ人が多いのね」
多くの人が読むということは投票者もそれなりにいるということ。組織票の存在はとりあえず念頭から外し、投票数を見てみるとひかりは美少女部門では過半数の支持を受けている。学校が違うことを考慮に入れるとこれは快挙と言っていいだろう。
「でもおもしろいよ」
「その辺は価値観かな?」
自分が見せ物のような扱いをされることに嬉々とする趣味はない。だが自分が多くの人から美少女と思われていることに対しては悪い気がするかと言われたら答えは否。
微妙な乙女心だった。
「ふーん、ひかりちゃん向きかと思うんだけどな~」
「そう? 確かに平凡な学校生活のアクセントとしてはアリだとは思うけど……その程度でしょう?」
少なくとも食事中の会話のネタぐらいにはなる。その程度の気持ちでページをペラペラとめくっていく。
「というか昨今の個人情報保護法に抵触するんじゃないの?」
「最低限情報が出ているほうが守られるっていうのが言い分なのよ」
ひかりの疑問に朱乃は即答する。つまりは出尽くした議論なのだ。
「どうせ学区の有名人はみんな知ってるんだし、むしろそれを大々的にすることで周知し、有名人を狙おうとする不審人物を早期発見・排除という紳士協定を結ぼうと」
「それって紳士協定っていうの?」
「でもひかりちゃん、ストーカーに狙われたことないでしょう?」
「そりゃあ普通に生きててストーカーなんてありえないでしょう? あんなのドラマの話じゃないの?」
とひかりの言葉に逆に真顔になる朱乃と椋。
「おい北条、お前はもうちょっと立場を理解しろ!」
「そうだよ、ひかりちゃん! 自分の身は自分で守らなきゃ?」
真顔で詰め寄られて驚くひかり。
「へ? いるの?」
『いるよ!』
とハモられ絶句する。
「ひかりちゃんは特に気を付けないとダメなんだからね!」
「まったくだ!」
「……すみません。以後気を付けます」
素直に頭を下げる。
言われてみればヒロインを目指しているのにそういう点では無自覚だったことは反省しなければならない。
「……あれ?」
数ページめくっていくととある顔に目が止まる。
「どうした?」
「ん、あの……この人」
と指し示す。『キレたら何するか分からないランキング』と書かれた先の第一位にランキングされた土方召という男を。
「ああ土方先輩ね。この人も有名だよね、……悪い意味でだけど」
「だな、色々ウワサがあるな」
「ウワサ?」
ひかりはゴシップ的なことにはまったく興味がないせいかそういった情報には疎い。
「ケンカ売ってきたヤツを刺しただの、ヤクザを半殺しにしただの……まぁそういった危険な武勇伝系のウワサだよ」
「へぇ」
確かに一見危険な雰囲気をかもし出している。一高校生が持つウワサとしては物騒きわまりないが可能性があると思わせるには十分な人物である。
「この人ってウチの学校の人だよね?」
「うん、そうだよ。三年の土方先輩」
朱乃の言葉に今朝のことを思い出して頷く。
「だよね」
「なんだ? 北条、知り合いか?」
「ううん、全然知らないよ。ただ今朝ゲタ箱で見た人かなぁって思っただけで」
「いつだ!」
椋が急に真剣な顔で聞いてくるので変だなと思いつつ素直に応える。
「朱ちゃんと保健室行った帰りだけど……」
妙な印象を受けたのでヤケに覚えている。
「学校で? しかも朝か……めずらしいな」
「そうなの?」
「ああ。でもその時間に学校で、ついでに如月もいたなら問題ないな」
すこし安堵を見せてとパンを一気に食す。
「問題って何が?」
「――え、……うっ!」
ひかりの問いに驚き、パンがノドに詰まり、むせる。
「キャッ!」
「やだ、片桐君、大丈夫!」
二人は腰を浮かし対処しようとするが椋は片手で制す。
「……、っくぅ! や、ヤバかったぁ」
何度も呼吸を整えながら一気に飲み込む。
「もう! 気をつけてよ!」
心配の様子を欠片も見せない朱乃を横目にひかりはカバンからウェットティッシュを出す。
「大丈夫よね?」
「……ああ、サンキュー」
受け取り、口まわりを拭く。
「ふぅ、死ぬかと思った」
安堵の表情の椋に問題は無いと安心し、今度は冷静な口調で、
「なら食事中に慌てないで」
「……わりぃ」
手を顔の前に立て、謝る。
そんな椋に朱乃は少々考えた後ニカッっと笑う。
「……まぁまぁひかりちゃん、しょうがないよ」
「どうして?」
「だってぇ、ひかりちゃん答えにくいこと聞くんだもの」
「へっ?」
何のことかわからず目を丸くする。
「ちょ、ちょっと待て! 如月!」
バンと机叩く音が教室に響く。逆に何が言いたいのかわかった椋が焦る。
「――?」
約半数が食堂などに行っているとはいえ、かなりの視線が一斉に集まる。自分が原因でないとはいえ、いやだからこそ不必要に注目を浴びることを好ましく思わない。
「はいはい。片桐くん、落ち着いて。朱ちゃんもとりあえずストップ」
ひかりは二人を押さえつつ、顔は教室を見渡し笑顔で何もないことをアピール。
美少女の笑顔には男女問わず効果があるのか興味の視線はとりあえずおさまる。
「ああ、もう。二人とも」
目を離したスキになぜか――椋は怒りの形相、朱乃は余裕に満ちた表情で――にらみ合っている。いつもやる気のなさに満ちた椋にしてはめずらしいと思いつつ、
「まずは深呼吸でもして落ち着く。朱ちゃんも片桐くんも」
両手で押さえるようにジェスチャー。素直に深呼吸はしなかったもののにらみ合いは解除する。
「よろしい。みんなが食事中に暴れない。また暴れさせるような言動は控えること。いい?」
「は~い」
「ああ」
二人の了承にひかりは微笑む。だが満足という感じの笑みではない。
「いい? 夫婦喧嘩は二人きりのときにしてよね、犬も喰わないんだから」
楽しいイタズラを思いついた、という種の微笑みだった。
「――! だから違うって!!」
ハモる怒声に視線が再び集中するが今度は気にしない。手で顔を隠す。
「まぁ、息もピッタリ、熱いわ~」
「ひかりちゃん!」
「北条、お前朝からいい加減に!」
真っ赤になって否定する二人とまわりの視線を冷静に判断、頃合いかと見定める。
「冗談よ、落ち着いて」
イタズラっ子の表情から一瞬で優等生の美少女モードに変更。サンドイッチの残りを上品に食べ始める。
「――! なっ……」
言いたいことは多々あるが本人が話題を完全に打ちきりという形をとったのでしぶしぶ倣う。
ひかりは物言いたげな視線を完全に無視して、無言で食事を続ける。
「ふぅ」
食べ終わり、一口ミルクティーを飲んだ後、
「で問題ってのは、結局私が土方先輩と関わりを持つことだったということなのかな?」
唐突に食べながら考えていた結論を口にする。
「色々とウワサのある人だから、危ないから近づくなというのが片桐くんの意見。でもって朱ちゃんは過保護な片桐くんを冷やかそうとした」
「――!」
話題を蒸し返すことをするとは思わなかったので、そしてひかりの想像があまりにも的確だったので目を丸くする。
「違うかな?」
ブンブンと音がしそうなくらい頷くのを見てひかりは微笑む。
「そう、よかった」
「ってか、わかってるなら……」
椋の不満げな声もにこやかに、
「ありがとう片桐くん、心配してくれて。ただ今朝見かけてちょっと印象に残ってたから話題にしただけ。特に問題ないよ」
「……あ、いや、まあそのなんだ。それなら……いいんだ」
照れ隠しに頬をかく。
意識したわけではなく、単なる気遣いだったのだが十分すぎるほどのフォローになったようだ。
「でもさぁ、ひかりちゃんが土方先輩を知らなかったってほうが不思議だよね」
「っへ? なんで?」
朱乃の言葉に驚く。学年が違う上、自分でいうのもなんだが優等生といわゆる不良の問題児では普通接点が少ないものだ。
「だって……ねぇ」
ものあり気に言う。
「何?」
「てか知らないんじゃないか? 校医の土方に弟がいるって」
学ランの存在すら知らなかった以上あり得る話だと椋は判断する。どちらも取り立てて隠していないが、どちらも自ら公言しているわけでもない。ひかりは性格上、深くまで突っ込む人付き合いをしないので知らなくとも何の不思議もない。
「あ、そうなんだ。姉弟なんだ、へぇ~」
弟がいるということすら初耳だった。次に歳の差はいくつなんだろうと思ったくらいで姉弟仲の詮索は頭に浮かばない。詮索することは美点でないと考えている。
「な?」
「おみごと」
得意げに目配せする椋を朱乃は拍手。
それが何となくひかりはおもしろくない。だが反応することで自分が攻撃されるネタをわざわざ振ることになると判断し反論しない。
どうにか話題を変えようと思いをめぐらすが、朱乃のほうが自ら変えてくれる。
「そだそだ、ひかりちゃん?」
「ん、なに?」
朱乃はポケットから小さな水晶を取り出す。
「わー、キレイ」
陽光を受けて輝くは赤というより朱。小さいながらも整った流線形に目を奪われる。
「これって水晶?」
「一応、でも加工前だから価値は無いんだけどね」
カットだけされた水晶をアクセサリーとして使えるように後方の細くなった部分に小さな穴が開いており紐が通してある。
「そうなの? でもこれいいよ」
商品価値はどうかはわからない。だがアクセサリーとしての質はかなり高い。
「なんかキレイで」
「そうかな、そういわれると嬉しいな」
恥ずかしそうに頬に手をやる。
「……え? これって朱ちゃんの手作り?」
「へへへ~」
「すごーい、器用なのねー」
率直な感想にいっそう照れる。
「やや、そんなに褒めないでよ。恥ずかしいよ」
「ううん、自慢してもいいって」
「や~」
「ねぇ、そう思うでしょう?」
椋に振る。
「…………」
「――? 片桐くん?」
朱色の水晶を真剣な眼差しで凝視していた椋は不意に表情をゆるめ、
「え、……ああ。いいんじゃないか」
とってつけたかのように反応をする。
「でもよかった。ひかりちゃんが気に入ってくれて」
椋の言葉に気を悪くしたふうもなく、朱乃は水晶をひかりに差し出す。
「――――」
ひかりはとりあえず紐を持ち、間近で見せてもらう。その朱き輝きにどこか魔性の光すら感じる。
「へぇー」
感嘆の言葉しか口を出ない。自然と熱っぽい視線になる。
「それ、あげる」
「へ?」
突然の言葉に目を丸くする。
「や、やだ、朱ちゃん! 私、そんなつもりじゃ」
慌てて返そうとする。だが朱乃は受け取らず首を横に振る。
「ううん、もともとひかりちゃんにあげようと思って持ってきたんだよ」
「え? でも……」
誕生日でもないのに人から物をもらうという行為にとまどう。
「もらってよ」
断ろうとしたのだがあまりにも屈託のない笑顔にひかりは折れる。
「……うん、ありがとう。大事にするね」
礼を言いつつ手のひらに置き、転がす。朱乃はうれしさ反面複雑な顔をし、
「代わりにといっては悪いんだけどお願いがあるの」
「なに? 私にできることなら」
少々のことは無理してもかまわない。それくらいの価値がある。
「それをね、……この夏はできるだけ持ってて欲しいの」
「へ?」
「特に夜、出歩くときにはもってて欲しいの」
何の意味があるのだろう、と問うべきかと思ったとき、
「まぁお守りみたいなもんだ。持っててやれ。それで如月の気が済むんだから」
いつものように覇気の無い口調で椋が言う。
「お守り?」
確かにどこか変わった水晶であり、何らかの力がありそうな気もする。
「その辺の神社で買うお守りよりは霊験あらたかだよ」
「なんか微妙な表現ね」
そんなものと比べてくれるなといわんがばかりに口をとがらせる。
「でも、そんな感じ。持っててくれると嬉しい。夏以降は捨ててもいいから」
「捨てるだなんて、そんなことしないよ」
ぎゅっと握り、胸にやる。
「大事に、するよ」
友達がハンドメイドで自分のために作ってくれたという。初めての出来事に胸が熱くなる。
「でもどうしようか? 普段から持ち歩く物って……」
「スマホか鍵にでもつけてよ。キーホルダーっぽくしといたから」
言われてみれば紐の大きさはちょうどいい。
「でもキーホルダーにしてはちょっと高価よね」
「そうかな?」
「うん」
ひかりのスマホには付ける場所はなく、普段持ち歩くとしたらあとは確かに鍵くらい。金属の鍵に水晶のような値の張る物をつけると後悔しそうだ。
「傷つかないかな?」
「そんなに気にしなくても。気に入ってくれたならまた作るよ」
「朱ちゃん優しいね。私もなにかお返ししなきゃ」
今まで使ってたキーホルダーを外し、付け替える。
「いいよ、気にしなくて。あたしのワガママだし」
「でもそういうわけには……、あっ、これいいかも」
「ほんとだ~。なかなか」
「うん、ありがと、朱ちゃん、大事にするね」
「いえいえ、どういたしまして」
受け取ってもらえたことにホッとし、自然に顔がゆるんだ。




