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 梅雨が明け、蝉がその存在を盛大に示しだす七月。

 日中はうだるような暑さであるが、まだ日が昇りきっていない通学時ならば直射日光にさえ当たらなければ平気、それどころか爽やかな風が吹く木陰を歩くのならば非常に快適である。


 ひかりは両手で学校指定の鞄を身体の前で持ち、ゆっくりと歩いていた。

家から学校まで徒歩で基本的に二十分。基本的というのは走れば、そこまでしなくとも早足で行くのであれば短縮は可能だからだ。だが彼女は入学以来二十分以上かけて通学することはあっても二十分をきるスピードで通学したことはない。


 確かに朝は弱く、年頃の乙女では支度にも時間がかかる。だからといって朝から走って学校に行くなどというのはみっともないと思っているからだ。

 スポーツ系の少女であればそれも似合うかも知れない。

 だが自分のような非の打ちどころのない美少女が長い黒髪を振り乱し走って通学する様はひどくみっともないと思っている。またせっかく家で美少女モードにしたというのに学校のトイレで息を整えながら制服や髪の乱れを直すというのもしかりだと。


 ゆえにゆっくりと――優雅に歩くのが彼女の毎日の日課だ。


(……今日も暑くなりそうね)


 今日のみならず今年は例年以上に暑くなるという気象庁の予想にウンザリする。夏の暑さに人並み以上に弱いというわけではない。問題は暑い日があまりに長く続くと集中力が欠けるということだ。

 完璧なヒロインを目指す身としては少々の隙すら命取りになると考えている。他人からの信頼を得ることは難しいが失うことは安易だと言うことはよく知っている。

 朝から体力の消耗を少しでも防ぐべく木陰を選んで歩く。他人から見ればくだらないと思われるくらいの地道な作業もひかりはすすんでおこなう。


「北条さんおはよう!」


 後ろから聞こえてきた自分に向けられた挨拶。ひかりは慌てず笑顔で、

「おはようございます、先輩」


 顔と名前が最近どうにか一致するようになった先輩の挨拶に軽い会釈で答える。


「この前は助かったわ、また部活に顔出してよ」

「ええ、また時間があるときでいいのなら」

「約束よ、お願いね!」


 短い会話をかわしたら声をかけてきた先輩から足早にその場を離れていく。


(よし! いい感じ)


 ひかりは胸中で満足げに頷く。

 完璧なヒロインに必要なのはこの間合いだと常日頃から思っている。誰にも気安く声をかけられる親しみと深く踏み込ませないガード。その難しいバランスをいかにとるかが課題なのだ。

 だが自分の人生には必要なことだと確信しているし、またそれができているとも確信している。ひかりは今朝もいつものように通学中、同じ学校の同級生、先輩、後輩から挨拶をかけられる。その誰もに笑顔で応え、場合によっては先ほどのような言葉少なのコミュニケーション。だが誰一人として一緒に登校しようと近寄ってこない。

 多少寂しいと思うこともある。年頃のみんなと大声で笑いながら話してみたいという欲求もある。だがヒロインたる以上甘えは許されない、そう考えている。


「あっ、ひかりちゃ~んだ!」


 甘えは許されない。

だが妥協は許されると思っている。

 ひかりは声の聞こえた後ろを振り向く。

 赤いリボンで結んだ長いツインテールをひょこひょこと揺らしながら小柄な少女が元気よく手を振って近寄ってくる。小さな顔に大きな目が印象的な少女は同じ星見学園の制服を身にまとっていなければ――いやまとっていてさえも一見小学生と見間違う。


「おはよう、朱ちゃん」

「うん、おはよ~!」


 少女の名は如月朱乃。れっきとしたひかりのクラスメート。だが単なるクラスメートではない。ひかりにとって数少ない本当に仲の良い友達なのだ。

 2人とも10人に聞けばほぼ全員がかわいいと答える容姿の持ち主。だがその言葉の意味合いは若干異なる。ひかりは綺麗よりのかわいいで、朱乃は愛らしいという意味でのかわいいである。タイプこそ違いがあるが共にヒロインたる素材の持ち主といえる。


「今日も暑くなりそうだね~」


 手を大きく振りながら走ると朱乃に背負われたリュックにつけられた天使の羽を模したイミテーションがピョンピョン揺れる。少々子供っぽいリュックの飾りだが朱乃には違和感がないまで似合っている。


「ホントに。……イヤになるわね」

「ねぇ~、……っと、ウワァ」

「あ、朱ちゃん!」


 段差があったわけでも石につまずいたわけでもない。足がもつれたのか、はたまたバランスを崩したのか……とにかく朱乃は勢いよく前のめりに転ぶ。ひかりが差し出す手すら間に合わないくらいの勢いで。


「……っっぃたぁ~い」


(でしょうね)


 ひかりはそんな内心などおくびに出さず朱乃に近寄り、手を貸す。


「もう、朱ちゃんたら。……ケガは?」

「……手と足が痛いの」

「どれどれ?」


 ひかりは半袖でむき出しになった腕を確認。少々擦ってはいるが血が出るほど深い傷ではない。


「じゃぁ」


 今度はしゃがみ、足を見る。短いスカートの裾が顔の位置に来る。男が同じ仕草をすると覗いているようにも見えるが同性だから何のてらいもない。またひかりにそういう趣味もない。


「あらら、血が出てるわね」

「ほぇぇぇぇ」

「ちょっと待っててね」


 ひかりは鞄から常備しているウェットティッシュを取り出し軽くなぞる。


「ふみゃぁ」

「あ、痛い? でもちょっと我慢してね」

「……う、うん」


 土を丁寧にとり、血を拭ったが止まる気配はない。


「絆創膏を……あ、切らしてたっけ」

「ひかりちゃん、私の使って」

「うん」


 差し出された可愛いイラストの入った絆創膏を患部に慣れた手つきで貼る。


「ちょっと小さいけど学校までこれで我慢してね」

「うん、ありがとう! ひかりちゃん」

「どういたしまして」


 互いに笑顔をかわす。


「じゃぁ行こうか?」

「うん!」


 ひかりは自ら誘い、学校へと歩を進める。160センチ強のひかりと140センチほどの朱乃ではコンパスが違うのでひかりは意識してゆっくりと歩く。


「期末が終わると気が楽よねぇ」

「う~、返ってくるのが怖くない人はいいよぉ~」


 ちょっと顔を曇らす朱乃にひかりは大きく首を振る。


「え~、そんなことないって。それに朱ちゃんだって悪く無いじゃない」

「あたしは理系専門だもん。歴史や古典とかボロボロだもん」


 妙な擬音をたてるように肩を落とす。


「不思議よねぇ、朱ちゃんってホント理数系抜群なのに暗記系はまるでダメよね」


 頭もいいことが優れたヒロインだと半ば本気で思っているひかりは水面下での努力の末に学年で十番以内をキープしている。

朱乃はといえば数学、科学、物理などは常に学年どころか全国でも上位をキープしているのに対し、歴史系などの暗記が必須の学科は平均点どころか赤点が近い。


「ふみゅぅ、だってぇ~そんな余分なことまで覚える余裕無いよ~。どうせ文献と食い違ってるんだから」

「文献? なんの?」

「――!」


 聞き慣れない単語を何気なく聞き返したつもりだったのだが朱乃は目に見えてあたふたと狼狽する。


「え、……えっと……、これは~なんて言うか……」


 朱乃を見ていると重大な隠し事をポロッと言ってしまい、フォローしようにも言い訳が思いつかなくて軽くパニックになった小学生を苛めているような感覚に陥りそうだった。


「朱ちゃん、落ち着いて」


 ひかりは朱乃の頭をやさしくなでる。


「別にいいのよ。答えれないなら無理しなくて」

「ホント!」


 ひかりの言及しないという発言に一転表情が明るくなる。このコロコロと変わる表情は彼女の魅力の一つだ。


「うん」

「ありがと! ……でもゴメンね。隠し事って訳じゃないんだけど……」

「気にしないの。女の子は隠し事を一つ二つ持ってたって不思議じゃないんだから」


 今度は秘密を持っていることに対しての罪悪感か、少し沈んだ顔になる朱乃の気を病ませないよう極上の笑顔でいう。


「……ひかりちゃんも?」

「もちろん」

「え、どんなこと?」


 朱乃の発言にクスッと笑う。一瞬考えた後自分の唇に人差し指をあてウインクをしながら、


「ヒ・ミ・ツ」

「――!! あー! ひかりちゃん、ずるっこ!」

「あ~痛い、いたい」


 痛みのない程度の力でポカポカ叩いてくる朱乃に胸を張り、


「よーく覚えておいてね。これが女の子が隠しごとする際の最終奥義よ」


 その言葉に朱乃は口をとがらせる。


「う~、ひかりちゃんに小悪魔属性があるなんて知らなかったよぉ」

「まぁ、人聞きの悪い」


と二人は顔を見合わせて吹き出す。


「そんなことより朱ちゃん、夏休みになったらどこか遊びに行かない? 海とか遠出してテーマパークに泊まりがけとか」



 友達と旅行。そんなごく当たり前のことにひかりは密かに憧れていた。

 クラスメートとは浅く広くのつき合いをむねとしているので中学、そして高校一年とそういったものに縁がなかった。

長期の休み明けに誰かが誰と海に行った、旅行に行った。そういうことを聞くとほんの少し寂しさを感じていた。

 高校一年の卒業生を送るイベントの運営の際知り合い、二年で同じクラスとなり急速に仲良くなった如月朱乃は「私とキャラのかぶらない美少女だから仲良くしてもいいよね」と自分を納得させている。


「……う~んと……」


 てっきり二つ返事でOKだと疑いもしてなかっただけに朱乃の悩む姿に体温が急速に下がる思いがした。


「別に……無理にとは言わないんだけど?」


 密かに楽しみにしていたことを断られるのは内心落ち込む――今晩ベッドで言わなければよかったと後悔で何度も寝返りをうつことだろう。だからといって彼女の徹底した鋼の外面はそんな胸中をおくびにも出さない。


「そんなことない! ひかりちゃんと遊びに行きたいよ!」


 朱乃は即座に力強く否定、だが寂しそうな表情になり、


「でも……今年の夏は旅行できないのよ」

「そうなの?」

「……うん、今年はちょっと、夜は……」

「あ、朱ちゃんそんなに気にしないでよ」

「だってぇ、せっかくひかりちゃんが誘ってくれたのに……」


 口をとがらせてどこかすねる表情。かえって自分が罪悪感に見舞われる。


「来年は受験があるからきっと遊べないし……」

「……そうねぇ、日帰りは?」

「うん、遅くならないなら平気!」

「なら、朝からどこか行こうか?」

「うん!」


 笑顔を取り戻した朱乃に同じように微笑みながら、


「旅行は……冬休みに、どう?」


 先ほどと同じ返事だったらという不安を隠しきれない。だが杞憂だった。


「うん! ひかりちゃん、ありがとう!」

「いえいえ、こっちこそありがとう」


 仲の良い友人との旅行。その野望はまだ潰えたわけではない。


(それによく考えてみたら夏に紫外線のキツイ中、海などに行って日焼けするより冬にスキーなどといったものの方がいいかも知れない)


 事前に描いていたプランをあっさりと捨て、まだ遠い冬休みに思いをはせる。


「……でも朱ちゃん、夏に外泊できないってどうして?」

「え! ……そ、それは~」


 朱乃は言葉に詰まる。嘘をつくことが苦手な彼女はとっさに言い訳することができないし、――正直に話すことは論外。


「……もしかして彼氏?」

「なっ、なっな!」


 何気なく言ったひかりの言葉に顔を真っ赤にする。その反応がツボにはまりそうなくらい可愛かった。


「何? 図星?」

「ち、ちっ、ちが……」

「そっかぁ~、朱ちゃんもお年頃だもんね。ウンウン」

「……まって」


 何度もしたり顔で頷くひかりに焦る。だがひかりは待たない。


「でも、ちょっと寂しいなぁ。朱ちゃんとられちゃった。……でもしかたないわね、女の友情より男への愛情っていうし」

「お願いだから聞いてよ!」


 涙をうっすらと浮かばせながらの抗議にそろそろ頃合いだと悟る。からかうのは楽しいが度をこすとせっかくの友情にヒビが入りかねない。


「んっ? 朱ちゃんは彼氏ができて夏休み、そっちを優先するというのではない?」


――ブンブン


 首が取れるのではないかという勢いで頷く。


「っでもって、ついでにいうなら彼氏もいない?」


――ブンブン


(そんなに力一杯肯定する内容でもないでしょうに)


 内心呆れながらも微笑む。


「もう、朱ちゃんたらかわいいんだから。そんなに真っ赤になって」

「だ、だって! ……だってひかりちゃん!」

「まあまあ、落ち着いて」


 両手でなだめるような仕草をとる。


「ちゃんとわかってるから。ちょっとからかっただけ」

「――――!」


 自分へのあらぬ疑いが解けたことでホッとしたのか冷静さを取り戻す。だがひかりの言葉の真意を理解して、


「ひかりちゃん! ひどいよ~」

「あはは~、ゴメンゴメン」

「もう!」


 プンスカといった擬音がピッタリくるほど頬を膨らます。


「だって、朱ちゃん、秘密主義なんだもん。ちょっと意地悪しちゃった」

「……うう、だってぇ……!」


 やぶ蛇だったと後悔しつつ、言い返す言葉を思いつく。


「ヒ・ミ・ツ」


 自分の唇に人差し指をあてウインクをする。先ほど教えを受けた師匠直伝の奥義をそっくりそのまま使う。

 ひかりは大げさに頭を振り、両手で顔を隠す。芝居がかった、というよりは大げさな芝居そのものという演技で、


「うう、お姉さんは悲しい。私たちの友情はもう終わったのね」

「ひどい、ひかりちゃん! あたしを疑うの!」

「……! ごめん、朱ちゃん。私が間違ってたわ」

「いいの、ひかりちゃんなら信じてくれると思ってたから」


 のってきた朱乃とひとしきり悪ノリした後、お互い顔を見合わしプッと吹き出す。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >土を丁寧にとり、血を拭ったが止まる気配はない。 都会の通学路だとアスファルトのイメージ。土では無いなぁ。 [一言] 読み始めました。 (^o^)/
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