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「パパ、もうやめてよ」


 無造作にひかりは暁の背後に近づく。


「ば、バカ!」

「ダメ、ひかりちゃん! 逃げて!」


 ひかりは首をゆっくりと横に振る。


「朱ちゃん、片桐くん。……ありがとう、私のワガママにつき合ってくれて。嬉しかった。でも……ゴメンね」


 それは感謝であり、謝罪であり、――遺言。


「パパ、あの二人は私の大事な友達なの。……だから、もうやめてよ。私がいればいいでしょう?」


 暁は朱乃と椋に背を向ける形になるが気にせず振り返り、ひかりと向き合う。召還された暁の受けた命令はひかりをリタイアさせること。まずその障害となりうる二人の排除を優先した。完全無力化とまではいかないが驚異というほどではない。ならばもう本来の命令を実行すればいいと。


「私……わかった気がする」


 正気でない父親を見るのは辛いのでうつむく。


「二人が私のせいで危ない目にあってるのに召還できない。何にもできない自分が悔しかったけど今のパパ見たらわかった気がする。……できるわけ、ないよね」


 独白。父に届くかどうかはわからないが言わずにはおれない。


「私きっと本当は……ファンタジー、嫌いなんだ」


 それは彼女の根幹を否定する。ひかりは下を向いたまま唇を強く噛みしめる。


「パパが好きだったから自分も好きだって勘違いしてた、思いこんでた。……私バカだからさ、パパがいなくなってからね、パパの言ったことを信じることしかできなかったんだよ」


 父親の死を認められなかったひかりは思い出にすがった。都合よく異世界に行き、そこで生きていると思いこむことで誤魔化してきた――父の死を。そうすることで生きてこれた。


「ファンタジーがあるって知ってね、私……怖かった。そこにパパがいないんじゃないかって」


 ファンタジーに遭遇以来、彼女を突き動かすのは強迫観念。ファンタジーがある以上、そこで父の生存を信じている以上ひかりは確かめなければならなかった。


「でもパパはいた。こんな嬉しいこと生まれて初めてだったよ。……でも」


 顔を上げ、父親の顔を一瞬見、また背ける。


「でも、今のパパ、見るのは……辛い」


 父は自分を見てくれない。話を聞いてくれない。声を聞かせてくれない。そして自分の友達を傷つける。優しくて明るくて楽しかった父の顔で正反対のことをする。


 ――心が壊れそうになる。


「今のパパは違う。きっと元に戻せる。――今でもそう信じてる。でもそのために友達が死にそうな目にあうのは……あっていいはずがない」


 二人の犠牲で父親を取り戻してそれで笑えるほど彼女は身勝手ではない。


「二人を守るためならリタイアするのが一番理にかなってるんだろうけど、……ゴメンね、それもイヤなんだ。」


 どこかでそうしてくれることを願っていた朱乃の息を飲む声が聞こえる。


「私が召還できればまた違ったかも知れないんだけど……きっとできない。ファンタジーが嫌いだもの。私からパパを奪ったファンタジーが嫌い。パパをそんなにしたファンタジーが嫌い」


 そんな人間に召還などできるわけがない。


「だから……パパ。私を殺して」


 ひかりが苦渋の選択を口にする。


「――なっ、オイ、待て!」

「何言ってるの、ひかりちゃん!」


 動かない身体を必死に動かして叫ぶ。だが止めに入れるほど自由にはならない。


「もうヤだよ。そんなパパ見たくない! ……だからってリタイアして今までの生活なんて戻れない。パパが生きてるのに! ……生きてるのにどうして元に戻れるっていうのよ」


 父の死を誤魔化して生きてきた。その誤魔化しが最悪の形で証明された今、彼女に生きる気力はない。


「もういいよ、殺して」


 父の死んだ世界だろうと、父が生きているのにいない世界だろうと見たくない。


――ザッ!


 刹那、ロンギヌスの槍を喉の前に伸ばす。その勢いは空を切り、風だけで喉を貫かれた感覚を受ける。


『ヒロインに必要なのはかわいさとか、優しさとか心の強さとかイロイロあると思うけどパパはどれだけ人の灯りになれるかだと思ってる』


 ひかりはまっすぐ前を向く。そこにいるのは六年前と同じ顔をした父。


『うん。どんな人だって悩むし、迷うし、苦しむし、間違いを起こすものなんだよ。どんな人だってそうだよ』


 優しかった父はいま正気を失った目で娘を見やり、槍を突きつけている。その現実に自然と目頭が熱くなる。


『そういうつらい状況に陥ってる人間を助けることができるのがヒロインなんだよ。灯台が暗い海をさまよっている船を光で導くようにね』


 自分がしたいことは明白だ。ただできることがない。声を限りに叫んでも届かず、かといって力ずくでどうにかしようにも強すぎる。


『そう、お前のひかりって名前はな、文字通り光って意味なんだ。誰か苦しんでいる人の光となりなさい。ファンタジーのヒロインのように』


 最後の会話を思い出す。あのときした約束を忘れたわけではない。


「……私、何やってたんだろうね。ヒロイン目指してたっていうのに……上辺だけだ」


 ここにきて浮かぶはただ後悔ばかり。何を間違えたのだろうか。


「ごめんなさい」


――ファンタジーが嫌いで。


「ごめんなさい」


 ――パパのことを助けてあげれなくて。


「ごめんなさい」


――ヒロインなってなくて。


「ごめんなさい」


――せめてパパのヒロインになりたかった。


 ひかりは絞るように声を出す。

ファンタジーのヒロインでなくてよかった。そんな漠然としたモノよりもなりたいモノがあった。最後にそれに気がつき自分のバカさ加減に呆れる。


「私はパパの光に……ひかりになれなくて――ごめんなさい」


 堰をきったかのようにこぼれた涙が頬をつたい、ロンギヌスの槍に落ちる。



――それは悪夢だろうか?


 初めてできた親友が眼前で殺されようとしているのは。守ると、力を貸すと決めたのに何もできずにいる。――それは悪夢。

 たとえ彼女が望んだ結末だといっても容認はできない。ひかりが後でどんなに激昂しようとも譲れない。

 朱乃は指輪を外し残りの魔力を叩き込む。


「――朱き爆炎にて灰燼とかせ! 烈日の紅炎のごとく!!」


 迸る炎がまるで恒星のプロミネンスのごとく暁を襲う。



――それは悲劇だろうか?


 好きな女の子を守れないというのは。それだけの力があるというのにひかりを最悪の形で失おうとしている。――それは悲劇。

 想いすら告げずに終わる恋でもかまわない。だがここで彼女に死んで欲しくはない。

 椋は身体を無理矢理起こしながら刀身をなぞる。


「クラウ・ソラス、ファイナルモード!」


 刀身に描かれた文字すべてからまばゆい銀光が発生する。光る刀身はスパークモードと違い長さ、太さに変わりはない。だが凝縮された光は今まで以上の切れ味を予想させる。


「すべてを切り裂く一撃を我に! 『光星破』」


 残りすべての力を振り絞って剣を振り下ろす。剣から光が分離するように解き放たれる。



――それは絶望だろうか?


 朱乃は今持つ触媒の中で最高級のルビーにすべての魔力をそそいだ。そして構築した魔術は如月家に伝わる色魔術では最高クラスの魔術。朱く燃ゆる炎は対象を焼き尽くす。

 椋が放つは奥義。神具クラウ・ソラスの全能力を解放して放つ一撃。伝承に曰く――その光からは逃れることができぬ必殺の一撃。

 流派、属性が違うが奥の手が暁を襲う。個人対象の技ではあるが近距離にいるひかりに危険がないわけではない。だが暁を倒すにはこの手段しかなかった。


「――!!」


 暁はポンと手でひかりを突き飛ばし迫りくる攻撃を見る。それはまるでひかりを庇う動作のように。


「ロンギヌスの槍! タイプ・ホーリーランス!」


 暁の叫びに呼応して穂先の金色の部分が輝く。そこを始点に金色が槍を浸食する。


「聖なる槍よ! 加護をみせん!」


 黄金に変化した槍を構える。


――バシュゥゥゥゥゥゥン!!


 朱の炎と銀の光を金色の槍で迎撃。轟音と爆風が公園に生まれる。

 芝は土ごとえぐれ、噴煙が舞う。


「――!!」


 徐々に煙がはれ、クレーター状の大地が明らかになる。


「冗談……でしょう?」

「化け物め!」


 暁はそこに槍を薙いだ姿勢のままそこに立っている。

 もっとも爆発点に近かったので爆発の余波は受けているが戦闘に支障があるほどではない。相殺。最大威力の攻撃をそれも二重攻撃を相殺するということ――それは絶望。

 朱乃にはもう立ち上がる力はなく、椋も剣を支えに立つのがやっと。力も魔力も使い果たし満身創痍な二人に暁を止める術はない。


「――――」


 動けない二人を一瞥すると暁は振り返る。突き飛ばされたせいで尻餅をついたままのひかりは呆然としている。素人目で見ても凄まじい攻撃を相殺した父が恐ろしくもあり、誇らしくもあった。


(パパは……最強なんだ)


 あれほどファンタジーが好きだった人だ。きっとその力は本意だろう。父が嬉しいことなら自分も嬉しい。感動の再会こそできなかったが最後に勇姿が見れただけでも幸せだ。ひかりは目をつむり、その時を待つ。


「ひかりちゃん!」

「北条、逃げろ!」


 暁は元の色に戻ったロンギヌスの槍を肩に担ぐ。



――それは奇跡だろうか?



「――!」


 死を覚悟したひかりの頭にポンと手が置かれる。


「おおきく……なったなぁ」


 愛しさと懐かしさを含んだ声。

 大きな手が何度も優しく頭を撫でる。

 その感覚には覚えがある。


「――!!」


 ひかりは目を開ける。


「ホント、おおきくなったなぁ。昔は片手で頭、掴めたっていうのに」


 尻餅をついた自分と目線を合わせるために膝をつき頭を撫でている父の姿が見える。うつろで明らかに正気でなかった今までの瞳と違い、今は懐かしさを含んだ眼差しでひかりの姿を写している。――それは奇跡。

 喉をゴクリと鳴らし、震えながら言葉を紡ぐ。


「……っ。あたり……まえだよ。……6年、たってんだから」


 両手で頭に置かれた手を持つ。大きかった手は小さく感じる。

 だがあのときと同じ温もりがある。

 確認するように父を凝視する。だがくやしいことに涙のせいでぼやけて見える。大好きでたとえ夢でもいいから会いたいと願っていた父親の実物が目の前にいるというのにだ。


「そうか、6年たって……いるんだな」


 万感の想いが口をつく。


「ひかり。……おおきくなったな。キレイになったな」


 暁は槍を置き、ひかりの涙を拭う。何の抵抗もせず、なすがままにされる。父に触られることで幻でないことを確認できる。


「立派なヒロインになった。……約束通り、パパを照らしてくれたな。ありがとう」

「っ、パァパー」


 勢いよく飛びつき、胸にしがみつく。


「パパー! パパ、パパ、パパ、パパ……」


 6年間、言えなかった分を取り戻そうとするかのごとく泣きながら連呼する。


「……ごめんな。寂しい思いさせて」


 暁は動じることなくしっかりと受け止め、頭を撫でる。


「……パパ~」

「意識が覚醒してないときに殴ったな。ごめんな、痛かったろ。ごめんな」


 誤って娘を殺すことはしなかった。それは最低限の誓い。できることならば傷ひとつつけることなく目覚めたかった。


「痛かったな。あと怖くて悲しい思いさせたな。……ホントごめんな」


 それは自分の罪。ひたすら詫びるしかない。暁は何度も謝罪する。


「ううん、いいの。私は何ともないから。パパが戻ってくれるならいい。もう全部いい」


 胸に押しつけた頭を何度も振る。ひかりにとっては結果よければすべてよし。最高の結果がある以上なぜ文句があろうか。


「――あ、でも……」


 だが経緯を思い出す。


「朱ちゃんと片桐くん、私に手伝ってくれた友達がいっぱいケガしてる」


 ひかりは指さす先には唖然とした表情の二人。動けない身体で最悪の覚悟をしていただけに今の展開に目を丸くする。


「ああ、そうか。……友達か?」

「うん。仲のいい友達」


 暁は抱き合ったまま立ち上がり、頬をポリポリとばつの悪そうに掻く。


「お嬢ちゃん、少年。すまなかった、手加減できなかったみたいで」


 二人がなまじ強かっただけに戦士としての本能が反応した。


「娘もオレも世話になったからな、礼をさせてくれ。聖戦でひかりに危害を加えない限り手を貸す。頼りなく見えるかもしれないがソコソコ強いぞ、オレは」

「は、はぁ」


 強いことは身をもって実感している。自分たちをボロボロにした男があまりにも気さくに言う。そのギャップに戸惑う。


「……じゃぁひかり、ちょっと友達のところ行ってな。介抱してやってくれ」


 娘を引き離そうとする動作にひかりは反射的に力を込める。


「……? どうした?」

「パパは! パパはどうするの?」


 この手を離せば父がまたいなくなるのではないかという不安。


「ちょっと用事を済ませてくるよ」

「用事って?」

「召還の契約は強制解除したけどな。挨拶と礼くらいしておこうかと思ってな」


 暁の指さす方向には朱乃たち以上に状況がわからず呆然としている召。


「だから、あっち行ってな」


 だがひかりは離れない。じっとしがみつく娘は嬉しくもあるが喜んでばかりもいられない。


「大丈夫。パパはもうひかりのそばにいるから」

「……ホント?」

「おう! 飽きるくらい、イヤになるくらい一緒にいよう」

「……約束よ」

「うん、約束だ」


 ひかりはしぶしぶ手を離し、爆発の余波でクレーター状にえぐれた場所を迂回して朱乃のところに向かう。その間何度も振り返りながら。

 暁はしばらくは成長した娘を見てにこやかに手を振っていたが、急に真顔になりロンギヌスの槍を拾う。



「朱ちゃん!」


 ひかりは駆け寄ると飛びつくように抱きしめる。


「ありがとう! ホントありがとう」

「――あ、うん」

「片桐くんも。ありがとう。私とパパのためにそんな目にあわせてホントゴメンね」

「いや、……気にすんな」


 ゆっくりとした足取りで合流する椋。


「大丈夫? 手当を……」

「いや、俺はいい。ほっとけば直るから」


 クラウ・ソラスの力による治癒で胴体の傷がゆっくりとふさがっている。ちなみに同種の能力を持つロンギヌスの槍の力で暁の腹の傷はすでに完治している。


「じゃぁ朱ちゃん」

「あたしも平気。外傷は大したこと無いし、他は……魔力が回復しないと」


 あばらのヒビが痛むが内臓までいっているわけではないので急を要しない。


「そんなことよりひかりちゃん! あの人……本当にお父さん?」


 おそるおそる聞く朱乃にひかりは目をキラキラと輝かせる。


「ウン。そう! 私のパパよ! やっぱり生きてた! ホントに! ……よかったよぉ」


 朱乃の胸に顔を沈める。


「――そうだね。よかった。本当によかった」


 現実的なことを考えるとまだ心からは祝福できない。だが今ここで水を差すこともないとひかりの頭を撫でながら一緒に喜ぶ。ついで椋にもそうするように目で合図し、とりあえず状況を見守ることにした。


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