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「椋くん、一世一代の見せ場よ! 好感度アップのチャンスよ」
「うるせぇ!」
朱乃の冗談めかした激励。それが戦闘開始の引き金。
――キィィィィィィィン!
甲高い金属の激突音が公園に鳴り響く。
椋の一閃を暁は最小限の動きで槍の柄で受け止めた。数秒の力比べの後、互いに示し合わしたかのように離れる。スピードでは椋に分があるがパワーでは暁。
「――朱き茨にて戒めを!」
朱乃はポケットから真っ赤な薔薇の花びらを数枚取り出す。
彼女の魔術――色魔術の最大の特徴は触媒を必要とすること。
他の魔術では長い呪文の詠唱や魔法陣が必要であるが色魔術は異なる。代々続けてきた研究の結果に基づく魔術論理による呪力の構築と行使。それを魔力をこめた触媒と短い呪文で発動させる。
朱の魔術師たる朱乃に必要な触媒は赤い何か。
色さえ赤と表現されるものなら何でもかまわない。自然界に存在する赤でも作られた赤でもかまわない。だが純度が高ければ高いほど、輝きがあればあるほど威力が増す傾向がある。
しかし呪文一回につき使われた触媒は消滅する。たとえばルビーなどの宝石と絵の具では同じ魔術でも威力は月とスッポン。かといって高価な宝石を惜しげもなく使えるはずもない。そこで朱乃は薔薇の花びらを触媒としてよく使う。家で育てて加工し――生花のほうが威力が高いのだが使わなく余ったものは予備として保存する――触媒として使う。コストパフォーマンスとしては割がいい。
「囚われし彼のもののごとく」
朱乃は魔力を通わせた花びらを投げる。呪を発端に花びらが一瞬輝き、地面に吸い込まれるように消える。
――ゾワゾワゾワ……
暁の足に朱い茨が巻き付く。
大地にしっかりと根付いたそれは暁の動きを封じる魔の茨。
椋はそれを見て死角へと走る。卑怯者みたいでポリシーに反するのだがそうもいってられない。相手が神具系である以上一撃で死ぬ可能性すらある。同等の実力と仮定すると正面からでは手加減は難しい。となると死角からの攻撃が理にかなってはいる。
「…………」
椋の動きを顔だけでしか追えない暁は槍の穂先を下に向け足下に突き刺す。
――バシュゥゥゥゥゥ!
「レジスト? ……違う、キャンセル!?」
消えゆく茨を見て朱乃は背筋がゾッとする。攻撃系ではなく相手に作用する補助系の魔術は四つの結果に別れる。
パーフェクト――魔術を無抵抗に受ける。
レジスト――魔術を自らの魔力で対抗して威力を軽減する。
キャンセル――魔術を何らかの方法で無効化する。
ミス――魔術の失敗。
相手が何の抵抗もしないというのは稀で――といっても支援するタイプなら別だが――大なり小なりの魔力で何らかの抵抗をする。それによって威力が変わるのだがキャンセルとなると魔力以外のモノが必要となる。相手の魔術の構築形式を理解し正しく解除手順をとることが必要となる。
「これだから神具ってキライよ! 椋くん、キャンセルされた!」
だが暁はそれをしていない。神具の持つ圧倒的な魔力をぶつけることで強引に無効化させたのだ。
奇跡を起こして伝説となっている武器の数々は強大無比。魔術論理の上にある神具との相性は悪い。
本来なら戦わずに逃げの一手を選択する。
「チィ!」
まだ死角まで来れていない。暁のやや左後方だが朱乃の言葉を聞くなりすぐさま斬りつける。体勢が不十分な分有利だと判断した。だが……
「――っう!」
突き刺した槍を瞬時に持ち替え、バットの様に振る。
槍がしなるほどの勢いの剣を払う。剣をはじき飛ばされることはなかったが衝撃で手が痺れる。
さらに追い打ちをかけようと今度は逆方向に槍を振る。
「クソ!」
椋は剣を両手で持ち受け流そうとし、
「――朱き鞭にて踊れ! 呪われた人形のごとく!!」
薔薇の花びらは朱い鞭となり朱乃の手に握られる。無造作に振ると自動的に目標に向かって伸びていく。
暁は横目で気がつき、腰の回転はそのままで椋をスルーし、鞭の迎撃。
音を立てアッサリと霧散する鞭に朱乃は眉をひそめる。虎くらいなら一撃でしとめられる魔術だがまるで驚異とならない。
「椋くん!」
それでも牽制にはなった。
「オウ!」
何かまではわからなかったが神具の持ち主である以上魔術が効かないことは初めから計算に入っている。二方向から神具でしかキャンセルできない攻撃を繰り返すことで隙を生むこと、それが目的だった。
「――ガハッ!」
槍で朱い鞭をキャンセルした直後に側面からの下段攻撃。ロンギヌスの槍の治癒効果があるとはいえ足の腱を狙い少しの間でも動きを止めようとした。
だが剣の先にはすでに足はなかった。
鞭をキャンセルした後、すぐさま槍を地につけ、それを支えに腕の力だけで跳び、無防備な椋の顔面を蹴る。すかさず槍を放し、体勢を崩した椋に近づき腹へ掌底、その衝撃で下がった顎を蹴り上げる。
「片桐くん!」
遠くから映画のワイヤーアクションばりの動きを見せた父親にひかりは驚愕する。記憶の中の父は運動神経にやや難がある人だった。それが同級生を吹き飛ばした。
「――朱き光弾にて爆ぜろ! 打ち上げられし的のごとく!!」
花びらが数発の弾丸となり暁に向かう。
椋の心配よりも槍から手を離した暁のほうが先。神具を持っていなければキャンセルもできないし、食らったダメージを治癒もできない。今戦闘不能に追い込めれば勝ちは決まる。
威力よりも速度重視の魔力の弾丸が暁に迫る。
気がついてはいるが槍を拾い、迎撃にあたる余裕はない。
「――ウソ!」
暁は槍を拾おうとせず横に跳ぶ。朱乃から見てロンギヌスの槍の後ろにいる暁は間違いなく槍を手にするものと想定し直進の魔術を放った。故に横に動かれるとアッサリとかわされる。
このことについて朱乃の判断を責めることは酷といえる。
神具の使い手にとって神具とは敵を攻撃する最強の武器で敵からの攻撃から身を守る防具であるだけではない。使い手自身の身体的能力を向上させる力でもある。
神具は自らが素質のある使い手を選ぶ。
その基準の一つに、持ちし神秘の力から所有者に神具を扱えるだけの力を与えても大丈夫な人間というのがある。肉体的素養があっても精神的に未熟な人間だと与えられた力に魅せられ自我を失い、神具を扱っているのか神具に扱われているのかわからなくなるという。
(……だけどこれは)
暁は自らの意志で槍を手放した。
これは好条件である。神具に操られているのなら神具を手放すことはない。一瞬でも手放せばそのあいだ力は得られないので力に魅せられた人間は恐ろしくて手放せない。
だが暁は槍に執着をみせていない。召還によって支配された上にロンギヌスの槍にまで支配されていたならば事態はさらに悪化をみせたことだろう。
だが好転したわけでもない。
「――――!!」
暁は身を低くして朱乃に迫る。武器を持たずとも先ほど椋を吹き飛ばした体術は近接戦闘が苦手な朱乃にとっては驚異だ。
「――朱き盾にて加護を!」
指輪の宝石を使おうとするが一瞬の躊躇。素手の攻撃なら高価な宝石でなくとも良いと考え代用を手に取ろうとポケットに手を入れる。
その一瞬の判断が危機を招く。
「――ッァ」
暁は走りながら手を出す。まっすぐ伸びた指先で狙うは朱乃の目。まだ間合いの外だったがその勢いに朱乃は反射的に目をつむる。途切れた詠唱の間隙に胸を打つ。横隔膜を狙った掌底は肺の酸素を空にする。
「――――!」
声が出せず胸を押さえてうずくまったところを暁は容赦なく蹴る。
「朱ちゃん!」
自ら後ろに跳びダメージを多少受け流すことでどうにか気を失わなかった朱乃は駆け寄ろうとするひかりに気づき、手で来ないようにジェスチャー。さらに追い打ちをかけようとする暁のこともあるのでひかりに来られては困る。――正直かまっていられない。
朱乃は衝撃の残る横隔膜を無理矢理動かし息を吸う。焼けるような痛みに歯を食いしばりながら五指のつけ爪を乱暴にはがす。
「――朱き盾にて加護を、頑強な衛兵のごとく」
暁が間合いに入る寸前で赤い半円のドームが現れる。
一昨日ひかりを虎から守った結界である。ひかりの時は必要となる状況がわからないので最悪の事態を想定して水晶を使った。だが自分が使う場合は状況に応じた判断ができる。素手での攻撃ならばマニキュアのような染料でも十分に防げる。
暁が殴るもビクともしない結界にひかりはホッと胸をなで下ろす、がすぐに無力感に苛まれ唇を強く噛む。
(何がヒロインよ)
戦闘において自分はまったく役に立たない。友人が攻撃されていても駆け引きとして倒れているのか本当に死にそうで倒れているのかさえ見分けがつかない。できることといえば邪魔にならないように離れていることくらいだ。この場合それが正しい選択であるとは頭では理解しているが感情がついていかない。
召還がどうすればできるのかはいまだにわからない。何度心で強く願おうとも気配すら感じない。無力感だけが募っていく。
自分を照らす月を睨みつける。今彼女にとって異世界ルナキスのある場所はただ腹立たしいだけの存在だった。
圧倒的な強さをみせる暁に召は笑いが止まらない。如月、片桐の両家はこの地区では土方家以上に名家だ。そんな二人を自分が召還した人間が圧倒している。愉快でないわけがない。
(まぁせいぜい粘ってくれよ)
見せ物としてはもってこい。召は後ろから高見の見物と洒落込むことにした。




