11
「……あっ、気がついた?」
横から聞こえた朱乃の声。
(あれ? 朱ちゃんの家? 私なんで……)
麻痺した思考で状況を思い出そうとする。
「ふぅ、ようやくお目覚めかよ」
ついで聞こえてきた椋の声にハッキリと意識が覚醒した。一気に身体を起こすが寝かされていたのがソファーのせいでバランスを崩す。
「ちょ、ひかりちゃん。大丈夫?」
背もたれをとっさに掴み、声のした方向を見る。
ここは昨日通された朱乃の家のリビング。朱乃と椋はソファーに座ってお茶を飲んでいたようだ。
「片桐くん! パパは? あの人どうした!」
いつもよく見る覇気のない表情の椋に問いただす。
「……何にも。北条が殴られた後はとりあえず逃げ出した。まぁ行くところがなかったし、状況もわからなかったから如月のところに運んできた」
逆に必死の表情のひかりに面を食らいつつ状況を説明。
「椋くんには私が連絡したの。ひかりちゃんの携帯つながらないからもしかしたらと思って探すの手伝ってもらったんだよ。あ、もう知ってるかもしれないけど椋くんも聖戦の参加者なんだよ」
朱乃の言葉は耳から素通りする。椋にとっては不運なことだが今となっては興味の対象にはならない。
キョロキョロと部屋を見渡すと時代がかった大時計が目に入る。時間を見ると午前零時が近い。アレが十時ごろだとしても二時間は経過している。
「行かなきゃ」
ソファーから起きあがろうとするが後頭部がズキッと痛み崩れる。
「ちょ、ちょっと大丈夫、ひかりちゃん」
慌てて駆けよってくる朱乃の肩を掴み、支えとして起きあがる。とにかく進もうとする余裕のなさは見ている方に焦燥感を与える。
朱乃は必死でひかりにしがみつく。
「落ち着いて! もうだいぶ時間が経ってるの。公園にはいないって」
「なら土方先生のところに、それから……」
「いい加減にして!」
たまりかねて叫ぶ。
「勝手なことばっかしないで! こんなんじゃ、死んじゃうよ。……助けられないよ」
「……ゴメンね。朱ちゃん」
自分の胸にしがみつく少女の気遣いに一瞬冷静になる。
だが彼女の感情は止まらない。
「死ぬかもしれないけど、……譲れないから。あと私のワガママだから、見捨ててくれていいから」
ファンタジーという世界観に適応し能力があるらしいがまったくの素人だとは自覚している。だからその道の先輩の言葉に従ったほうがいいことくらいは理解してはいる。ただ自分の家族のことで他人の手を煩わせたくはないし、なにより父との約束がある。
それだけは果たさなければならない。
「だから……ゴメンね」
「イヤ! 絶対許さない!」
覚悟を決めたひかりの発言を否定する。
「そんな勝手な言い分で、『わかった。お好きにどうぞ』って言えると思う? あたしそんなに人でなしに見える? ひかりちゃんが死ぬのイヤ!」
頭を何度も横に振る。
「……心配させてよ。理由くらい……聞かせてよ」
「朱……ちゃん」
「あたしたち友達じゃないの? そう思ってたのあたしだけ?」
ガバッと顔を上げひかりを凝視。
「――――!!」
瞳に浮かぶ涙に罪悪感と自分が迷惑をかけていることをしり前に進む力を急速に失う。
「……ゴメンね」
なすがままにソファーに押し戻される。
「話、聞かせてくれる?」
抵抗しなくなっても手を握って横に座る朱乃の言葉にゆっくりと頷いた。
ひかりは単語を選ぶようにポツリポツリと語っていった。
自分には大好きな父がいたこと。ファンタジーがあることを教えてくれ、自分もそのことを信じていたのでこの状況に適応していると。
「……ひかりちゃんのお父さんって飛行機事故で」
6年前の事故のことは2人とも知っている。特に隠してないし、逆に隠すことでかわいそうに思われるのが嫌だった。それに、
「ウン、そうなんだけどね……私信じてなかった」
父親の死を認められない弱い少女の感傷と思われるかも知れない。だから今まで誰にも言ったことがなかったが一度たりとも父が死んだとは思ったことがない。
「きっと生きてるって信じてた。ここじゃない異世界に行ったんだと信じてた」
あんなにファンタジーが好きだった人だ。神様だって奇跡をくれるのではないか。
「子供の頃、パパに聞いたことがある。ファンタジー最強種って何かって。そのときパパは
人間だって教えてくれた」
敵がドラゴンだろうと魔王だろうと倒す奇跡を起こせるのは人間なのだと。
「土方先輩がファンタジー最強種を召還するって言ったときなぜだかわかんないけど……直感した。パパが呼び出されるって」
それは都合のいい夢と言われるかもしれない。だがひかりにはそのことが頭に浮かんで以来彼女に選択肢はなかった。
ただ確かめたい。強迫観念となってひかりの心を支配した。
「その召還されたのはお父さんだった? 似た人とかじゃなくて本物?」
朱乃の問いに奥歯をきつく噛みしめ頷く。
見ていない朱乃にはもちろん実際見た椋でさえ真偽のほうはわからない。だが本人がそう思っている以上本物として話を進めなければならない。
(ツライだろうな、きっと)
椋は黙って話を聞いている。ひかりの胸中を慮るといたたまれなくなる。期待と不安を占めていた心は今絶望と焦りで一杯だろう。父親と再会するも娘として認識してくれないどころか攻撃までされたのだから。
「パパと最後に話したとき私にヒロインになれって言った。苦しんでる人を助けてやれって」
死んだと認めていないので遺言とは言わない。ただの約束。
「私、言った。パパだって助けてあげるヒロインになるって。……だから」
守るべき約束で、守りたい約束。
「どうすればいいなんて……わかんないけど。……でも私何とかしなきゃいけないんだ。パパをあのままにしておきたくないし、助けるのは約束だし、……助けたい。絶対、助けたい」
顔を上げてられなくなってうつむく。
「…………」
自然こぼれる涙が手を握った朱乃にこぼれる。
朱乃はそんなひかりを見てなにやら決意した顔をする。
「バカ! ひかりちゃんのバカ!」
朱乃に言われるまでもなく自分でもバカなことをしているとはわかっている。
でも譲れない。
だからこそ一人で召に会いに行った。迷惑をかけたくなかったから。
「そうならそうとちゃんと言ってよ!」
強く手を握る。
「言ってくれなきゃわかんないよ! ひかりちゃんが何がしたいかわかんないと協力できないじゃない!」
「……?」
罵倒されても仕方ないと思っていた。そんなバカげた話があるかと。
ひかりは顔を上げる。
「お父さん、死んでなかったんでしょう? こんな素敵なことないじゃない。ちょっと問題あるけど……何とかなるよ。お父さん、取り戻そうよ。ねっ!」
冷めた侮蔑の表情でも哀れみでもない。心の底から友人の幸運を喜んでいる。
「朱……ちゃん?」
「協力させてよ。助けようよ。あたしもひかりちゃんのお父さんに会ってみたいし」
「でも、……だって……」
「椋くんも協力してくれるよね?」
「まぁ、仕方ないか」
肩をすくめる。その仕草に朱乃は笑いながら、
「素直じゃないなぁ~」
「うるさい」
ひかりは呆気にとられる。誰にも理解できない自分だけの感傷だと思っていたから。
「……二人とも聖戦があるんだし、危ないし……」
「正式な聖戦の開始は8月よ、大丈夫」
二人に何の迷いはない。だからこそ逆に戸惑う。
「どうやったら戻るかわからないし、保証もないんだよ?」
「大丈夫、三人でやれば何とかなるって」
何の根拠もないが笑顔で言う。見ると椋もコクリと首を振る。
「……いいの?」
「いいも悪いもないよ。あたしたちがやりたいんだから。だから協力させてよ。あと……できれば少し頼ってよ。あたしたち頼りなく見えるかも知れないけど生まれたときからファンタジーに接してるのよ」
「それは……そうだろうけど」
「だからひかりちゃんの重荷をちょっとくらい背負えるよ」
細腕ででもしない力こぶを作る仕草。本来なら見るからに頼りないが今は何より頼りがいがある。
「ひとりで……頑張ったね。大変だったね」
「……朱ちゃん」
優しさに触れ、張りつめていたものが切れたひかりは朱乃に崩れるようにしがみつき泣きだした。
「しかし北条がああだとは思わなかったな。もっと現実的かと思ってたよ」
ひかりを今夜も泊めることにし、部屋で寝かしつけた後リビングで待っていた椋と打ち合わせをすることにした。ひかりも参加させるべきだろうがたった二日で色々なことがあったので休ませたほうがいいと判断した。
「そう? 私は逆に納得したよ」
紅茶をいれつつ頷く。
「ひかりちゃんってなんか個性がなかった感じがしたのよ。美少女はこうあるべきだって固定観念みたいなものを必死で演じているような感じがしてた」
本心を押さえて生きている姿がどこか共感できた。ひかりはファンタジーを信じる心を押さえ込み、朱乃は自分のファンタジーを隠し通してきた。互いに現実を波風立てずに生きる術だった。
「きっと……すがるものがそれしかなかったんだね。お父さんの言葉を信じてその通りに実践することでようやく生きてこれたんだよ」
それほど彼女の中で父親は大事だったのだろう。時が過ぎてもなお風化しない存在として。
事故の時には知り合っていないがひかりの取り乱す様が目に浮かぶようだった。それほどまで大事な存在に会えたからこそあれだけ取り乱したのだろう、普段の仮面をかぶる余裕すらないほどに。
「北条の親父さん、……あれがホントに親父さんである可能性から疑うべきかな」
証拠はまったくない。ひかりの強い願望が召の召還に干渉して現れた似て非なる存在という可能性も否定できない。むしろそのほうが可能性としては高い。
「素人としちゃぁ強すぎだぞ。……6年ルナキスで過ごしたからってああなるもんかね」
仮にひかりの予想通り異世界に行ったとする。そこで何らかの神具を手に入れ戦士として覚醒したというシナリオでもあれだけの強さを得られるだろうか?
生まれたときから修行をしてきた自分と同等、いやそれ以上の力を得るということがあり得るのか?
「椋くんはどう思ってるかだいたい予想がつくけどね」
ひかりにああ言ったが最悪のシナリオだってあり得る。だが、
「でもね、椋くんがどう思おうと土方先輩が召還したのはひかりちゃんのお父さん。いい?」
「……了解」
両手を挙げてアッサリと降参を表明。
とりあえず考えても詮のないこと。たとえ違ったとしてもひかりは止まらないだろう。なら協力する立場としては信じるほうがいい。
「じゃぁそれを前提に話を進めるとして……勝算は? 頑張りました、ダメでしたじゃ意味がないだろう?」
「あら、勝算なんて100%あるに決まってるじゃない」
紅茶を椋に差し出し、自分も一口飲む。
「かわいい娘が父親のために頑張るのよ。奇跡だって起こるわよ。起こらないならファンタジーじゃないって」
朱乃があんまりにも当然のごとく言うので思わず吹き出す。それは決してリアル系の魔術師が言うセリフではない。
椋はからかうように、
「やっぱお前は魔女っ子だって」




