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「なん……だと」


 召は絶句する。光が収まると大きなドラゴンがいると確信していただけにショックは大きかった。

 全長は足に履いているブーツこみで170センチほど。体格は細身と言うよりは華奢。一見したところ素材はわからないが堅めの材質で作られた青い戦闘服を身にまとっている。


「……人間、だと!?」


 同じ人の体型をしたヴァンパイアかと期待した。それならばまだ許せるものがある、対人としては申し分ない強さなのだから。しかし闇の眷属特有の昏く禍々しい気配はまったく感じない。

 召還された男は幼さを残した面立ちのせいで歳はわかりにくいが年上ということぐらいは判明する。第一印象はせめて期待する「乱暴者」「無頼漢」といった言葉からほど遠い「穏やか」。タレた目、ゆるんだ口元からはむしろ「頼りない」であった。


――偶然だろうか? 


「……っぁ」


 ひかりも同じように絶句する。それはファンタジー最強種として人間が出てきたことではない。

 祈りに近かった願いがそこにいる。


「……っぱぁ」


――必然だろうか?


「……パパ」


――奇跡だろうか?


 目も鼻も口も、六年間一度たりとも忘れたことがない男がそこにいる。服装こそ違うが六年前とまったく変わらない父親の姿が、北条暁がそこにいる。


――それとも……


「おい! 目の前の女をリタイアさせろ。手段は問わない!」


 ひかりのつぶやきなど聞こえなかった召は苛立ちを隠さず命令を出す。たとえ不本意な召還でも、いや不本意な召還だからこそとにかく命令を出し完遂させなければならない。


「――っ!」


――悪夢だろうか?


 召の言葉に暁はゆっくりとひかりを見る。その鈍い輝きの瞳にひかりはゾッとする。どう見ても正気であるとは思えない。

 暁はゆっくりと近寄ってくる。父親が久々に会う娘に近寄る雰囲気ではなく、ただ命令を淡々とこなす、ただそれだけのために。


「おい、北条! すぐにリタイアを宣言しろ! ならそいつはお前を攻撃しない。ファンタジー最強種がドラゴンじゃなかったからって拍子抜けしてるのかも知れないがお前を殺すことぐらいは……」


 言葉を途中で止める。「できるはずだ」と続けたくなるからだ。土方家の召還術は性質上術者の予想外の存在が召還されることは多々ある。だが強さという点では同等である。「最強の称号」というキーワードで召還した以上それなりの実力があって然り。

 だがどうしても不安がつきまとう。自分が失敗したのではないかと。


「……パパ」


 召の言葉など耳に届かない。仮に届いたとしても結果は変わらない。

 彼女は彼が召還されることのみを願っていたのだから。


「ねぇ! パパでしょ! 私がわからない?」


 ひかりの言葉に暁は反応しない。同じペースで歩いている。正気の目をしていなく、意識があるのかどうかは不明だが足取りはしっかりとしている。


「……パパ、だと?」


 召は眉をひそめる。ありえないというより彼の常識にはその発想はない。


「ひかり! 北条ひかり! パパの……北条暁の娘のひかり!」


 必死で叫ぶ。


「…………」


 暁は歩みを止める。


「パパ?」


 だがひかりの言葉が届いたわけではない。


――パシィィィィン!


 暁の平手がひかりの頬をはたく。


「きゃぁ!」


 ひかりは弾かれたように倒れる。


「……どう……して?」


 頬に受けた物理的な痛みよりも心を襲った衝撃の方が強い。父が自分を叩くなど思ってもいなかった。


「おい。お前何を勘違いしてる?」


 どうにも解さない召はひかりに向かって言う。


「こいつは俺がルナキスから召還したんだ。お前の親父のはずがないだろう?」


 召還の際「ルナキスに生きし」という言葉をキーワードに使った。

 聖戦の勝者はルナキスへの扉が開かれるが常駐できるわけではない。大気に満ちる濃い魔力は自らの力を活性化させる。いつもより力は強大になるが良い側面ばかりではない。常に活性化させられるということは身体が持たない。ドーピングを続けるようなもので度を越すと破滅するという諸刃の剣。

 ルナキスで生きられる人間種はそこで生まれ育った原住民もしくはまったく魔力の素養がない人間のみ。本人に魔力がなければ活性化するモノがないので生きるのに支障はない、だがそういった人間にはルナキスへの扉は開かれないという矛盾をはらんでいる。


「百歩譲って父親だとしても……召還士の命令に従うってのが当然だとは思わないか?」


 召還士とは召還するだけの存在ではない。使役できなければ存在に何の価値もない。


「――っ」


 召還士の常識。だがそんなものはひかりに何の意味もなさない。


「パパ! ねぇパパ! 私よ、ひかりだってば!」


 上体だけ起こし必死で叫ぶ。

 暁は聞こえているのかどうかは不明だが声の主から目を離さない。何の感情すらない表情がひかりの心をかき乱す。


「フン」


 無駄なことを、と召は鼻を鳴らす。

 彼女の目的が何だったのか未だに彼に知るよしはない。ファンタジー最強種を召還すればリタイアするといっていたが今となっては暁が呼び出されるのを知っていて呼び出さされた気もする。


(まぁどうでもいいがな)


 最終的に勝てればいい。この召還がたとえ失敗であっても最悪契約を切ればいい、ただそれだけのこと。召は冷ややかな目で成り行きを見守ることにした。


「お願い! 思い出して!」


 大好きな人が別人のように眼前にいる。それは焦りと恐怖を生む。


「パパは6年前異世界に、ルナキスに行ったの? そうなんだよね? それで向こうで生きてきて今、召還されたんでしょう? ねぇ! だよね!」


 思い浮かぶことを端から並べる。

 だが暁の表情は変わらない。それどころか右足を軽く後ろにあげ、蹴る体勢をとる。


「――パパ!」


 ひかりの涙声は届かない。


「――――っ」


 暁の体躯からは想像できない鋭い蹴りにひかりは目を閉じる。だがいつまでたっても衝撃は来ない。


「誰だ!」


 召のとまどいの声にひかりはそっと目を開けてみる。そこには背の高い少年の後ろ姿があった。見上げた先にはくくられた長い茶髪が見える。


「片桐……くん?」

「ったく、探したぞ」


 暁が蹴りを放った直後に間に入り、脛を上げブロックしたままの姿勢で答える。目は正面の暁を離さない。

 暁は椋を実力を値踏みするかのように一瞥するとすぐに間合いをとる。互いに物言わずにらみ合う。


「……もしかして」


 椋の服装は日本で買えるありふれた既製品で昨日の朱乃のような変わったところはない。彼でいつもと違うところといえばいつもと違い覇気があることだろうか。


「片桐くんも、……ファンタジーなの?」


 理由を聞かれると直感しかいいようがないが唐突にそう思った。その疑問には当の本人ではなく召が答える。


「片桐! 銀光の片桐か!」


 この辺りでは有名な家名に即座に反応し、


「クソッ! お前らグルか! やはり罠だったか!」


 と勝手に解釈する。確かにひかりのリタイアするための条件は無策にしてはあまりにも突飛であった。だが事実何の策もなかったことを説明したところで聞く耳は持たないだろう。


「オイ! お前も最強を冠しているんだったら片桐の当主も蹴散らせ」


 ひかりにリタイアを宣言させるためには手段を問わないという命令。椋がひかりを護るというなら追加の命令は強要範囲内。暁はこっくりと頷く。


「――ッチ。北条、少し下がってろ!」


 先ほどの一瞬の接触で眼前の男の強さを垣間見た。手を抜ける相手ではないと判断した椋は右手を空に突き出す。


「クラウ・ソラスよ。来い」


 刹那、まばゆい輝きが生まれる。


「――綺麗」


 ひかりは思わず声を漏らす。椋の指示に従わず座り込んだままの体勢で見惚れてしまった。

 輝きと共に椋の手には剣が出現した。見る者を魅了する刀身は光り輝く銀。刀身にはなにやら見慣れぬ文字が彫られているが美しさを損なうようなものではない。少し長めの柄と刀身との境の鍔はまっすぐ横に伸びており、あたかも十字架を連想させる。一見して、儀礼用・美術用かと見間違うが素人目に見てもわかるほど鋭い切れ味を持った銀の片手剣。


「――――」


 椋の剣を見るや暁も片手を上げて口を動かす。だが椋の時と違い何も起こらない。


「……しまった!」


 失念していたことを思い出し叫ぶ召。召還の際、彼の武器までは一緒に召還されていなかった。


(しかしこいつも神具系か?)


 神具系――神話・伝承などで伝えられる人智を越える武器の使い手のこと。聖戦における神具系の戦いは非常に激しい戦いが繰り広げられる。回を重ねるごとに正当な後継者は戦いに敗れ滅びつつあるがそのつど武器が新たな所有者を捜すといわれている。ちなみに椋の所有するクラウ・ソラスはケルト神話に登場する『光の剣』と異名を持つ剣。その銀光の刀身は人を魅了する。

 椋と同じく神具系の使い手なら呼ぶだけで武器は来る。ただ暁の場合武器のある場所がルナキスというなら時空を越える分到着が少し遅れる。


「タァァ!!」


 相手も神具系ということを悟った椋は武器が転送されないうちに攻撃を始める。


――一閃。


 まさにその言葉に相応しい横凪ぎ。


「……ちょ、片桐くん!」


 後ろで見ていたひかりは何をしたかを剣を振るった後に気がついた。それほどまでに鋭い切り込みだった。


「ちぃ」


 椋は背筋に汗が流れる。手加減無しの攻撃を暁は軽く後ろに跳んでかわした。

 パワーこそはまだ自信がないがスピードには自信がある。片桐家の歴史で神速の域まで達した者としては最年少の実力者である椋がクラウ・ソラスの切れ味を加味すれば聖戦でもトップクラスの実力者だとの自負すらあった。


「片桐くん、ちょっと待って! 攻撃しないで! お願いだから!」


 後ろで立ち上がる気配に「ふざけるな」と思わず叫びそうになる。


――眼前の男は間違いなく強い。


 それを肌で感じた椋は剣を下段に構え直す。神具が来る前に倒さなければやられるのは自分だと。

 クラウ・ソラスを持つ手に力を込める。


「片桐くん!」


 相手を射抜くような鋭い眼光。力まず、かといって抜きすぎないようにと呼吸を整える。その姿は今まで見たことがないくらい真剣で別人にすら思う。


「――――!」


 だからこそ椋が本気だということがわかった。

 対して暁は自然体のまま動かない。椋にしてみれば解せない。自分の本気が相手に伝わっていないわけがないとは思う。その上で何の策も無しにかわせると思われているなら腹が立つ。彼にとって最大の侮辱だ。


(いいさ、後悔しろ!)


 椋は息を吐きながら一歩強く踏み込む。


「ハァァァァァァァァァ!」

 

下段からの大きなモーションでのすくい上げ。銀光が残像となる神速の剣筋。

 だがこれはフェイント。二流の相手ならともかく実力者にはあまりにもバレバレの初撃が通じないのは承知の上。――本命は次。切っ先が相手の頭上を越した瞬間、刹那の切り返し。今度は下に振り下ろすのだ。


『光呀』――片桐家に伝承される神速剣技。この技は敵に下段からの攻撃を意識させることであたかも二方同時攻撃の錯覚さえ起こさせる。もっとも目にも止まらぬ速さの太刀筋と切り返しがあってこその技ではあるが。


(とった!)


 剣を切り返した時には暁は上体を反らして初撃を避けた体勢のまま。まだ二撃目には反応していない。この至近距離からの自分の攻撃をかわせるはずがない。自負するだけの修練は積んできた。


「ダメェェェェェェェ!」


 次の瞬間とんでもないものが目に入った。剣を振るっているというこの状況下にひかりは二人の間に割って入る。


「――――!!」


 光呀は連続した一連の動作。途中で止めることはできない。かといってひかりを斬ることは論外。椋は全身の筋肉を総動員して太刀筋を変えた。


「な、何してる、北条! 死ぬところだぞ!」


 必死の動作とひかりをころしかけた恐怖に心臓が止まりそうになる。無理に空振りに持っていったことで腕の筋を痛めたがそれくらいですんだのはむしろ幸運だった。


「だから待ってって言ってるでしょう!」


 荒れる息で大声を出す椋の前に両手を広げて立つ。それはどう見ても後ろの男を庇うように。


「おい、北条」

「お願い! 手を出さないで! この人は私のパパなの、だから!」

「はぁ?」


 ひかりの言葉に目を丸くする。唐突なことに理解が追いつかない。


「すぐに正気に戻るから! だから、剣を引いて!」


 いつも何事に置いても落ち着いていて、他人と楽しげに笑っていてもどこか一歩引いた感じを受けていた。決して本性を見せることがなく絵に描いた美少女っぷりが天然だと思わせるような徹底した振る舞い。その彼女が見せたことのない必死の表情で訴えている。

 とりあえず理由を聞こうかとしたときに後ろの暁が手を振り上げているのが目に入る。


「――!! 逃げろ! 北条!」

「へっ?」


 急な指示に反応できるはずもなく聞き返す。


「――ッハ!」


 次の瞬間、後頭部に強い衝撃を受ける。


「北条!」


 椋は前倒れになるひかりを受け止める。致命傷ではないことはわかっているが目の前で殴られたことに怒りを感じる。


「てめぇ!」


 左手でひかりを抱いたまま睨みつける。間合いはギリギリ範囲内。刺突を繰り出すことは十分可能。


「って、北条!」


 右手に力を込めて瞬間、押さえる手が現れる。小さな手のどこにそんな力があるのかというくらい押さえつけられ手が動かせない。


「ダメ、……絶対、ダメ」

「お、おい! ……クソッ」


 言いたいことだけ言って気を失うひかりに途方に暮れる。

 30分ほど前に朱乃からひかりが突発的能力者だったことを聞き、連絡がつかないので探してくれと言われた。すぐさま飛び出し見つけた時には襲われていたので迷うことなく助けたが「手を出すな」と別人のように言う。挙げ句の果てに相手の召還を父親呼ばわりする。

 まったく状況が把握できない。この場で暁と召を倒せば終了という簡単な話ではなさそうだ。

 もしもそんなことをしたら確実にひかりは椋を嫌うことだろう。

「ああ!」

 

惚れた弱み。となると彼女に従わざるを得ない。

 椋はひかりを抱いたまま刀身の文字を指でなぞる。


「クラウ・ソラスよ、血の盟約に従いその輝きを見せん!」


 神話に登場する剣には神話になるだけの逸話がある。クラウ・ソラスとて例外ではない。いくつもあるうちの一つ。

 曰く、剣の放つ光は敵を幻惑すると。


「なっ!?」


 椋の言葉を皮切りに刀身が輝く。そのあまりのまばゆさは召還士らしく少し離れた場所にいた召でさえ目を開けていられない。

 どうにか光が弱まったときにはすでにひかりと椋の姿はない。


「……なるほど」


 召はひとりごちる。別名光の剣と呼ばれるクラウ・ソラスの輝きを逃走用の目くらましに使ったのだ。思い切りがいいとも言えるしもったいない使い方とも言える。

 ともあれひとまず戦闘が終了したので暁に近寄る。まともにクラウ・ソラスの光を受けていたが目つぶし以外の被害はなさそうだ。焦点があってないのでどこを見ているのかわからず、頼りなさがいっそう増す。


「フン」


 今まで人間を召還したことがない。ルナキスには原住民がいるとは聞くが土方家の歴史の中でもわざわざ召還したという話も聞いたことがない。だが似たような召還から考えてみると暁は少々特異だ。

 ファンタジーならではの知性があり会話ができる生物を召還した場合、最終的に命令には従うが知性や意志までは操ることができない。場合によっては召還士に要求をしてくるものさえいる。だがそういう召還獣は呼び出し、維持する莫大な魔力と強い精神力が必要だが会話ができる分命令に融通が利く。

 それに引き替え暁は特に動きがない。まるで命令を与えないと動かない木偶のように。


(人間を召還した場合はこうなるのか? それともこいつが特殊なのか?)


 命令を果たしてない以上ルナキスへ送り返すことはできないがそれは好都合だった。少し研究するのも良い。


「――! これは……マジか!」


 暁の目に少し光が戻ったので何事かと思って見るといつの間にか槍が握られている。戦闘中に呼んだ神具が今ようやく到着した。


「ハーハッハハハハハ! いいぜ、こいつはとんだ拾いものだ!」


 夜の公園に響く高笑い。最強というキーワードはあながち間違いではなかった。



本日より「若者のスペースオペラ離れを嘆く女神様に宇宙船をもらったんだが、引きこもるにはちょうどいい」連載再開いたします。

良かったらそちらもご覧ください

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