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朱乃はひかりの言い分に折れ、確認だけはつき合うと約束してくれた。だが準備があるため2、3日、時間をくれと。その間くれぐれも一人で夜出歩かないこと。どうしても仕方がない、用がある場合は電話したうえ、新たに渡された簡易結界用に力を封じた水晶を持ち歩くことを約束させられた。
「でもそういうわけにもいかないよね、私のワガママなんだし」
ポツリと呟く。
ひかりは約束を破り一人昨日の公園に来てベンチに座っていた。
話によるとこの公園や学校などの夜人気の少ない広い場所のある公共施設はよく聖戦に利用されるという。
ひかりは今度は空を見上げる。浮かぶ月に目を凝らす。単なる天体としか見ていなかった月にファンタジーの源たる異世界があるなど想像すらしなかった。
(もしかしたらあそこに……)
昨日から心を占めるわずかな希望。そのことばかり考えている。
「……もう、1時間か」
あえて携帯を家に置いてきたので公園の備え付けの時計を見て時刻を確認する。午後九時からすでに1時間くらい座っている。
約束をしていたわけでも、何かの確証があったわけではない。昨日と同じ場所にいれば向こうから来るのではないか、と勝手に思っていたのだ。
仕方ないかと諦め、ひかりは立ち上がる。もし朱乃が家に確認の電話をしていたら心配をかけてしまうし、明日にはチャンスがないかも知れない。できれば一人で会いたかった。自分の予想が外れてドラゴンなどが出てきて戦う羽目になった場合、死ぬのは自分だけでいい。
友達は巻き込みたくない。
「――――!」
立ち上がると同時に聞こえてきた足跡。その方向を見ると闇に隠れて人影は見えないがハッキリと黄色のオーラは見えた。
(オーラがあるってのは闇に乗じるってことが無意味なんだよね)
相手からも自分のオーラがハッキリと見えてることだろう。
「こんばんは、土方先輩」
大きな声を出さなくても聞こえるくらいの位置でひかりから声をかける。
「警戒しなくてもいいですよ。今日は私一人です。朱ちゃん……如月家の魔術師はいません。ついでに言うと昨日私を護った結界を張る水晶も置いてきました」
「……バカか?」
土方召はひかりがこの公園に入ってからずっと辺りを警戒していた。確かに誰もいなく、罠の気配すらなかった。念には念を入れて監視していたが本当に何もなさそうなので正面切って出てきた。
「かも……知れませんね」
誰が見てもそう思うだろう。自分ですらバカだなと思うのだから。
「でも……」
これが一番手っ取り早い方法だと。
ひかりは両手をあげる。
「私はまだ召還士の能力に目覚めてません。見ての通り丸腰です。戦う気ゼロです」
確かに戦意はまったく感じられない。だからといって納得できるわけではない。
「姉貴のところには行ったんだろう? リタイアしてないのはなんでだ?」
解せないのはそれだ。
「オーラが見えるって聖戦を参加すると同意だろう? ここで死んだとしても文句は言えない立場だ」
威嚇。
今まで平和に生きてきた女子高生であってもハッキリとわかる――いわゆる殺気。
「えっと、私がここにいるのは……」
内心の恐怖を完全に隠し、にっこりと微笑む。父が死んで6年。「ヒロインになりなさい」との遺言に従い徹底してきた外面がこういった交渉ごとにまで使えるとは意外だった。
「俗に言う知的好奇心ってヤツなんですよ、先輩」
「知的……好奇心?」
「ええ!」
威圧感が少し和らいだことを肌で感じひかりは一気にまくし立てる。
「私、実は昔からファンタジーってものに憧れてたんですよ。子供っぽいって笑われるかも知れませんけど、きっとあるって信じてたんです。それが今ここにあるんですよ! 素敵じゃないですか」
ハッタリを武器に駆け引きをする場合に必要なのは自信とある程度の本心。ファンタジーが好きであるということは幸いにも本心なのでその点は助かる。
自分は「学ラン」で名が知れた存在らしいので召はひかりの顔と名前くらいは知っているだろう。だが話したことはないし上級生で接点は少ない。いつもの優等生よりはミーハーな少女の方がいいと判断し、意識して口調を変える。
「そんなもんか?」
「そんなもんですって! 土方先輩には当たり前かも知れませんけど」
自分は何とも思ってない能力が他者にとって羨望たり得ることもある。ひかりは力強く言うことで印象づける。
「私、こういった世界で生きてる人に憧れてるんですよ」
今まで警戒心から怪訝な顔で見ていた召だが、美少女に手放しで褒められ気分がよくなる。
「まぁ確かにその辺で漫然と生きてるクズと一緒にしてもらいたくはないがな」
「あはは~、流石ですねぇ」
「……で何が目的だ? 知的好奇心とかいってたが?」
突如ピタリと話題を元に戻す様に「さすがに手強い」と内心で呟く。
追従してもっと気分を高揚させようという予定がアッサリと打ち切られた。さすがは聖戦のために育てられただけあり簡単に人のペースには乗らない。
「ええ、そうなんです。私、ファンタジーでどうしても知りたいことがあるんです」
ポンと手を叩く。
「ずーっと、疑問だったんです。ファンタジー最強種はいったいなんなのかって!」
熱っぽい視線で召を見つめる。
「お姉さんからお聞きしました。先輩は土方家始まって以来の天才なんだと。先輩ならファンタジー最強種というキーワードでまがい物ではない本物を召還できると。私せっかくのチャンス逃したくないんです! この目でファンタジー最強種を見てみたいんです!」
唐突な言葉に唖然とするがそもそもの発端は昨晩の自分の言葉だと気がつく。
「……見てどうする気だ?」
「どうする、といわれましても……」
少し迷った表情をしてみせる。
「それはだから知的好奇心ですよ。単純な興味なんです。普通の生活では決して見ることのないファンタジーを見たいって言うのは……変ですか?」
日頃培った演技をここぞとばかりに使う。
「せっかくだから見せて……くれません?」
上目遣いで見つめる。
そのあまりのかわいらしさに身じろぎする。
「あ、いや……」
「ダメ……ですか?」
目をやや潤ませる反則級の攻撃。
「あ、その。……俺の召還術は一旦呼び出すと命令をまっとうさせないと元に戻すことができない。だからむやみに……」
「ああそう言ってました、お姉さんも」
パンと両手を胸の前で合わせる。
「だからこういうのはどうでしょうか? 先輩はファンタジー最強種を召還する。その命令はズバリ、『目の前の少女にリタイアと宣言させる』でどうでしょう?」
「はぁ?」
ひかりの言葉に目を白黒させる。
「お前、何を……」
「私はファンタジーに興味があります。かといって聖戦に参加したいってわけじゃないんです。……まぁルナキスにはちょっと興味ありますけど。……でもだからって戦うのってパスですよー、パス。英才教育された使い手に敵うわけないでしょう?」
同意を求めるように言う。
「でも、せっかく聖戦へ参加資格があるっていうなら、なんて言えばいいのかな? ……そうそう記念受験! そんなもんです。記念にちょっとだけ参加してみたいかなぁ~って感じで。せっかくだからレベルの高い人の召還術を見てみたいなぁってそんな感じっす」
「…………」
学園でも有名な美少女の一面に言葉を失う。才色兼備の優等生と聞いていたがこの発言はそんなイメージを吹き飛ばす。それもそよ風ではなく、台風クラスの暴風でだ。
「先輩はさっさと一人ライバルを減らしたい。私は参加する気ゼロですけど召還術ってものを一度くらい見てみたい。できればファンタジー最強種とやらを見てみたい。見せてくださればあっさりリタイアを宣言しますって」
「…………」
その突飛な理論は今までの自分の常識にない。召還術の知識を、召還したモノを操る訓練と敵は殲滅することだけを教わってきた彼にとって眼前の少女は未知なる存在。敵としての恐怖感はゼロだが不可解なものとしての威圧感がある。
(いっそ殺すか)
とも召は考える。やっかいごとは根本から消すのが手っ取り早い。それに、
「……先輩? もしかして召還することで私の能力が目覚めて敵になるかも、とか考えてます?」
「――!」
考えが読まれたかのような発言にビクッと反応する。ひかりはそんな様子を気がつかなかったフリをし、
「ごめんなさい。そんなことないですよねぇ~。昨日今日目覚めたばかりのド素人の扱う召還獣なんて先輩のファンタジー最強種に敵うわけないですもんね。仮にそうなっても一蹴されちゃいますよね~」
安い、あまりにも安っぽい挑発。
「――っ!!」
さんざん持ち上げられた後の挑発。それを軽く流せるほど彼は大人ではない。
「ふん!」
ペースが乱されていた先ほどと打って変わり目がすわる。
「いいさ、乗ってやるよ。ただし死んでも後悔するな」
「もちろん」
何も知らない無邪気な少女よろしく微笑む裏側では「勝った」とガッツポーズ。実際まだ何にも勝ってはいないが口先だけの交渉で自分の目的は果たしたのだ。ファンタジーのヒロインを夢見る少女のデビュー戦としては申し分ない。
「ファンタジー最強種。お願いします、先輩」
「ふん!」
自分でも乗せられているとは感じているが今更引こうとも思わない。ひかりの言ったように仮に能力に目覚めたとしても問題ないと。誰であろうと倒せる自信がある。
また興味もある。ファンタジー最強種など呼び出したことはないが呼び出し操れるのか? という自分の能力に対しての興味とひかりと同じく何が最強として召還されるかという好奇心。
(まぁドラゴンだろうか)
むしろドラゴンであって欲しいと願いつつ召は間合いをとる。
ドラゴンとメドを立てて考えると召還にはある程度広い場所がいる。召還に巻き込まれてひかりを殺すというのは避けたかった。
(最悪殺すにしても何もわからないままよりは怯えた顔見るほうがそそる)
――すぅ
召は大きく息を吸う。
今までの人生の中でも最高級なものを呼び出そうとするのだ。いかに天才という自負があろうとも慎重になる。いや慎重になれるからこそ天才とも言える。異世界から召還するということは一歩間違えれば死の可能性もあるほど危険なことである。慎重になるに越したことはない。
(なんか、凄い)
息を呑むひかり。彼の気迫に圧倒される。
召は十指を順序よく絡ませることで印を組む。自らの魔力を高める効果だがそれだけでなくこれをすることで精神力も高まる。
「ルナキスに生きし最強の称号を冠す種よ!」
イメージのキーワードに魔力を込める。それは言霊と呼ばれる存在となり地球から月の内側ルナキスへと届く。
「これが……召還術」
ひかりは息を飲む。召の言葉に世界が震える。
「我が呼び声に応え、いざ現れん!」
金色の輝きが胸のあたりに出現する。輝きは一旦十センチほどの球体に収縮し召から離れる。
「――っ!」
地スレスレで止まったと刹那、弾ける。
物理的威力どころか音すらないまったくない光量のみの爆発。せいぜい目つぶしくらいのものだがこれは単に副産物にすぎない。
地上とルナキスを結ぶ『虚空門』と呼ばれるものを一瞬だけ開く。
『でもね、ひかり』
とっさに目をつぶったひかりだが手で影を作りながら目を開く。たとえ、無理に目を開くと失明の恐れがあると言われたとしても目を開きたかった。一秒でも早く答えを知りたかった。
『覚えていなさい、ファンタジー最強種はドラゴンでもフェニックスでもヴァンパイアでもないんだよ』
彼の姉や朱乃だけでなく召還している本人ですらファンタジー最強種をかつての自分と同じように考えている。父は一面ではそれは正解だと言った。しかし別の答えも教えてくれた。
『それはね……』




