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プロローグ

 枕元に置かれた目覚まし時計が与えられた仕事を開始する。

 けたたましい音に少女は意識がほんの少しだけ覚醒する。


(……今日は……目覚め、いいかも)


 目を開けることさえできない夢心地の状況にもかかわらず少女は確信する。

 音から判断するに二つ目の目覚ましで気がついたのだから。

ちなみに10分前に鳴るようにセットした目覚ましは同じように仕事をしたが、今はまったく気がつかない主人に諦めたかのように沈黙を保っている。

一番手の栄誉を任されて2年。その間一度も主人に止めてもらったことはない。


(……起きる、起きる、起きる……)


 目も開けることは出来ない状況だが、頭の中で呪文を唱えるように何度も繰り返す。


(……起きる、起きれる、起きれば、起きなければ……)


 少女は意を決して動き出す。

 それは俊敏とはあまりにもほど遠い動作であったが起きるという意志だけはあるようだった。目覚まし時計が自然に鳴りやむまでの時間を費やし、ようやく上体を起こすことに成功する。

 だがまだ目が完全に開かない状況では一般的に「起きた」とは言えない。


(……順調)


 それでも少女はぼんやりとした頭で判断する。

長い黒髪に寝癖はないものの乱れて顔を隠すさまは少女を密かに思っている少年が見たら少なからずショックを受けるだろう。

着崩れた黄色のパジャマもお世辞にも色っぽいとは言えない。

 だが彼女の主観的判断では今日は寝起きがいいらしい。


「……パパ、の……」


 どんな内容かはハッキリとは覚えていない。


「パパの、夢」


だが確かに今日は父親の夢を見た。

そのせいか今日は気分がいい。


『ひかり、ファンタジーは存在するんだよ』


 大きな手でポンと優しく頭を撫でて、ことあるごとに語ったセリフ。

 誰もが若い父親の未熟さに呆れたが、実の娘はそんな父が大好きだった。

 優しかった父。

 楽しかった父。

 でも一番好きだったのはファンタジーを語るときのイキイキとした表情だった。

見ている自分も嬉しい気分にさせられた。


 二つ目が鳴ってから10分後にセットした目覚ましの音が耳に届く。三つ目までは朝の支度をゆっくりしても余裕があるような時間帯なので音はまだ大きくはない。だが四つ目以降はだんだんと大きくなっていく。そのことを身をもって理解しているひかりはゆっくりとした動作でベッドから降り、目覚ましのセットをおぼつかない手つきで止めていく。

 低血圧で起きることが苦手なひかりが無意識のうちに止めないようにと計8つある目覚ましは部屋のあらゆる場所においてある。

ゆっくりとした足取りだが動き回ると少し頭が覚醒する。


「……顔、洗おう」


 ひかりはドアを開け、一階の洗面台に向かう。

 その途中キッチンのドアが開けっ放しなのに気がつき、立ち寄る。

この時間ならいるはずの母の姿が見えないので冷蔵庫につけられたホワイトボードを見る。


『急患、行く』


 と書き殴ってある。

 なるほどと思いひかりは洗面台に向かう。

救急病院の外科医である母が夜中に呼び出されることはめずらしい話ではない。

「……たまには、いいか」


 いざ顔を洗おうと思ったが、彼女にしては早起きしたので時間に余裕がある。シャワーを浴びることにし、パジャマを脱ぐ。


「目も早く覚めるし、いいよね」


 誰に言うでもなく自己弁護し、バスルームに入りシャワーの蛇口をひねる。


「ふぅ」


 ぬるめのお湯を頭から浴びると急速に頭が覚醒していく。


 大好きな父がこの世を去って今年で6年になる。

当時10歳のひかりにファンタジーを語る父と現実主義の母とでは子育ての方針が違いしばしば衝突しており、いつも劣勢な父を子供心に可哀想だと思っていた。しかし父が死んだときの母の悲しむ様子を見て口でなんと言おうとも心根では愛していたことがわかり嬉しかった。

 ひかりの父、北条暁はすでに故人。六年前の初夏、飛行機墜落事故に遭遇したのだ。

 だが暁の死を信じていない者が一人だけいる。――もちろん娘のひかりだ。


「墜落っていっても遺体があがってないんだもの、行方不明でしょ?」


 生存はほぼ絶望。故に死亡者として戸籍上では扱われている。だがひかりは父が生きていると思っている。


「墜落の際に異世界の扉が開いてファンタジーの世界に行った? そこで夢のような日々を過ごしてる?」


 仮に死んだとしてもだ、ただの事故で父が死ぬはずがない。

 ファンタジー的な要因に巻き込まれているに違いない。

 異世界転生、異世界転移。そんなものに巻き込まれているに違いない。


「魔王と戦って世界を護ってくれたんだよね?」


 口に出して誰かに言ったわけではない。だがひかりはきっとそうだと信じている。

頼りない見た目の印象通り、運動ができた人ではないがファンタジーなら虚弱な男でも勇者になれると。


「チート能力さえもらえばきっと何でもできるはず」


 だから父親は大活躍だろう。

 でも娘としての希望を言わせてもらうとハーレム展開はやめてほしい。

 特にこのご時世ロリはやめておいてもらいたい。


「ふぅ」


 汗を流し、清潔感を取り戻した頃には完全に目が覚める。

 ひかりはバスタオルを巻いたままキッチンに移動。朝食は食べる主義ではないが牛乳だけは毎朝飲む習慣がある。冷たい牛乳をコップ一杯飲み、時間を確認してから身支度を始める。日頃朝は余裕がないので手際は非常にいい。


 北条ひかりはファンタジー好きな父がきっと望むであろうヒロインを目指している。

寝起きが悪くても朝に弱くとも学校に行くまでには爽やかなヒロインになるべく清潔感ある姿と完璧な脳の覚醒は必須だと考えている。故に朝は彼女にとってもっとも過酷な時間なのだ。

 制服に着替え姿見で自身を映す。

 腰まで伸びた艶やかな黒髪は数度のブラッシングで思った通りに整えられる。大きな瞳はパッチリと開いておりクマもない。若さを象徴するかのように肌にも何の問題もない。非の打ち所がない美少女と言っても誰もとりたてて文句は言わないだろう。

 続いて制服のチェック。彼女の通う星見学園は公立高校であるが制服は近隣でも評判が高い。スレンダーなひかりが着こなすとまるで清楚なお嬢さま御用達といった感じになる。


「よし、完璧」


 胸が小さいことはご愛敬。それを差し引いても十分ヒロインの素質を持った少女が姿見に映っていると確信する。


 PiPiPiPi……


 登校すべき時間に鳴るようにセットした携帯のアラームを合図に机に置いてある鞄をとる。その際飾っている父の写真を見て、一言謝る。


「親不孝な娘を……許してね、パパ」


 十六歳になった今ではハッキリと分かっていることがある。

 ひかりは大好きな父の言葉通りファンタジーの存在を信じている。だが今現在、自分の歳の少女が言うと笑われるだけであるということを。科学の発達した世の中ではそんな夢物語はアニメや小説の中だけの代物なのだ。

そういった意味では母は世の中に適応した人で、父は少し外れた人であった。

 心情的には自分はあくまで父の味方。だが生きていくためには意に反してすごさなければならない。


「残念ながらひかりは今日も現実を生きます!」


 スカートを翻し、部屋から出て行く。



今風ではありませんが親子愛がテーマの作品を書きました。

9万字足らずで、すでに書き終わってますのでお付き合いいただければと。



ちなみに「若者のスペースオペラ離れを嘆く女神様に宇宙船をもらったんだが、引きこもるにはちょうどいい」という作品を書いていまして現在連載中です。

https://ncode.syosetu.com/n8054ey/

これはその作品の裏設定にあたります。


スペースオペラでなんで? とかそれ以前に女神? 引きこもり? などと興味が持たれた方がいらっしゃったらそちらも読んでみてください。

250話を越してますが1話2000字程度のコメディーです。

スペースオペラやSFに興味のないほうが楽しめる作品じゃないかなと思っています。


もちろん読まなくても話は通じますのでご安心を。


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