55.空の支配者と凍える町 3
お勧めされた通りこの宿は最高の宿だ。部屋自体は至って普通だが、それで十分。
何よりも料理が美味いというのが高得点だ。他の宿と比べてもここの料理は抜きん出ている。
朝昼晩、ここで食べたいくらいだ。
朝目が覚めて3人で食堂に向かうと、昨日受付をしてくれた女性が食事をしていた。
「あっおはようございます!」
「おはよう。貴方達朝が早いね!」
「朝食が楽しみで早く起きちゃいました。席、ご一緒しても良いですか?」
「良いよ!座って」
その人が座っていた席がちょうど4人席だったから俺達3人は同席についた。
「そういえばまだ名前を聞いていなかったですね!名前を教えてもらっても良いですか?」
「私はサレン。調理を作ってるのが私の両親なんだ」
「毎日こんな美味しい料理が食べられるなんて羨ましいです。私達は冒険者なんで、日持ちするパンとかばっかですから」
「へぇ、冒険者か。私はそういう生き方に少し憧れるけどな。少しだけ旅の話を聞かせてよ!」
サレンの頼みを聞いて、朝食を食べながらこれまでの旅の話を掻い摘んで語る事にした。
この世界に来てまだ1年も経過していないのに様々な事が起きた。
明るい事も多かったが、暗い事も多かった。
人に話すのも憚られる様な惨劇を何回見て来たか。
それでもまだ楽しい事の方が多いと言える。これまでに出会った人達は良い人ばっかだし、俺はその人達に助けられたからこそここに居る。
そんな事を会話の中で密かに思っていた。なんか終わりみたいな雰囲気が漂っているが、やらなければいけない事は沢山ある。
「へぇ。私よりも全然若いのに色々と経験してるんだね。どう?旅は楽しい?」
目を瞑れば嫌な思い出が蘇るけど、アリスの曇りない笑顔を見ればこう答えざる終えない。
「凄く楽しいです」
「うん!私もエレンお姉ちゃんと一緒に居られて凄い楽しい!」
「いいなー!私も旅をしてみたい。だけど親はこの宿を継げと煩くてさ」
「あはは。まあサレンさんにはこの仕事似合ってると思いますよ」
サレンさんは歯に噛んだ笑顔で自分の頭を撫でながら言った。
「いやー私も天職だと思うんだよね。自分に凄く合ってると思うんだよ」
その言葉を聞いていたのか厨房の方で料理を作っていたサレンさんの父親の口元がニヤついていた。
俺には気になる事があって、それをサレンさんに尋ねる事にした。
「昨日サレンさんが言っていた天空の支配者"ウラノス"って、どんな魔物なの?」
「あぁ。ウラヌスはね、基本世界中を飛び回ってるんだけど、何故か寒さの厳しいこの時期にだけテンペウス山脈て過ごすんだよね」
「それは何でなんですか?」
俺が質問を重ねると、サレンさんは厳しい顔付きになった。
何か語るに忍びない事象があるのかと思って、固唾を飲んだ。
「・・・さあ?」
「うん・・・?何て言いました?」
"さあ"と疑問符付きで聞かれた様な気がしたけど、あんな深妙な面持ちでそんな突拍子もない事を言う筈が無い。
俺は耳を凝らして一言一句聞き漏らさないな態勢を取った。
「だから・・・さあ?って。理由なんて知らないよ!」
「・・・なんでやねん・・・」
聞き間違いでは無かった様で、サレンさんはわざわざ深妙な面持ちでその一言を発したのだ。
何というか妙に疲れた。無駄な神経を使ったみたいだ。
「そんなガッカリしないで!噂程度なら知ってるよ。例えば一年に一度この時期にだけ実る果物を求めて来ているとか、卵を産みに来ているとかね?まあどれも信憑性に欠ける噂でしか無いし、調査しようにもウラノスは恐ろしく強いらしいからさ。これも噂だけど、遠い異国を一夜にして滅ぼしたなんていうのもあるくらい」
信憑性に欠けているのは確かだけど、火の無い所に煙は立たないとも言うからな。
少しウラヌスには興味があるな。
俺が考え事に耽っていると、サレンさんが「そうそう」と思い出したかの様に話を続けた。
「今年は例年よりも寒さが厳しいらしくて、その原因が天候を操る事も出来るウラノスの所為だって農家のおじさんが言ってた。今年は寒過ぎて、寒さに強い作物でもダメになっているらしいんだ」
「それは大変な事ですけど、ウラノスは天候を操るんですか?」
「信じられないよね。たけもそうらしいよ」
やっぱりドラゴンというのはそこらの魔物とは格が違い過ぎるな。
普通は信じられない事だけど大地を自由自在に操っていたバケモノを俺は知っているから、ウラノスが天候を操る事があっても不思議じゃない。
「まあそんな感じたから、寒さ対策はしっかりしてよ!私は仕事があるからこの辺で」
「はい!じゃあ私達も部屋に戻ろうか」
「うん!」
「わかった」
ウラノスについては気になるけど、ドラゴンを煽る様な真似は御免だ。
ガイアでさえ手に負えなかったんだから、空を飛ぶウラノスなんて無理も無理。
面白半分で手を出すのは、危険過ぎる話だな。
ただ唯一の懸念が、サターン教団だ。奴らの行動は活発化している様だし、アーダーで初めて出会した時もそうだが奴らはドラゴンに対して恐ろしい程の執着心を持っている。
そいつらがウラノスにちょっかいを掛ければ、迷惑を直に被るのはこの町の人達だ。
危険なのは心得ているけど、それでも美しくて優しいこの町が飢餓に陥るかも知れない可能性を無視する訳にはいかない。
防寒具とかを揃えたら、テンペウス山脈を調査しに向かおう。
そう勝手に決めた俺は部屋に戻って直ぐに準備を整えて、アリスとリンを無理矢理に連れ防具屋に向かった。
防具屋は広場を真っ直ぐ通り過ぎた小道の方にある事を昨日確認した。
広場に向かうと、俺達の作品を眺めてくれている人が数人いた。
通りすがり座間に耳に入ってきた言葉は称賛の言葉だった。
「この氷の城はよく考えられた作品だ!それに削りに一切の無駄が無い!」
「それも確かだが、こっちの一見出鱈目に見える作品も、中々に計算を尽くされた作品だ。こんな状態で倒れていない時点で凄まじい」
見る目がある人が見れば、アリスとリンの作品は芸術的らしい。
アリスとリンは「やったね!」とハイタッチをしていた。
広場を抜けて数分歩くと防具屋の看板が見えてた。木製の看板には防具屋と書かれていて、店の名前は防具屋という直球な名前みたいだ。
「いらっしゃい」
「寒さ対策になる防具ってあります?」
「最近は寒さが厳しくて、そういうもんは全部売り払っちまってねえな。だがちと高えが焔鋼鉄って言うもんならあるぜ」
「それはどういう物なんですか?」
店主の太ったおっさんは、カウンターの引き出しから赤い凸凹した石を取り出して、俺に手渡した。
「魔力を込めてみな!」
言われるがままに魔力を込めると、石は高温を帯びて赤さが増した。
「熱ッ!あちちちち!何ですかこれ!」
おっさんは俺の反応を眺めて笑っていた。
「わはははは!それが焔鋼鉄だ!魔力に反応して熱を発する希少な鉱石。これをペンダントやらにすれば常時熱を発する事が出来る。値段は・・・そうだな。銀貨120枚ってとこだな!」
少し高い気はするけど、寒さをこれ一つで凌げるというのは便利だ。
何枚も着込めばその分動きづらくなる。そのデメリットを銀貨120枚で解消出来るのなら安い買い物かも知れない。
「それ2つありますか?」
「お!2つも買ってくれるのか?それなら安くするぜ!2つセットで銀貨200枚だ!」
銀貨40枚ま安くしてくれる何て良い人だ。けど何か怪しい笑みを浮かべているのが印象悪い。
俺がポーチから銀貨を出そうとすると、リンが俺の手を止めた。
「えっどうしたの?」
「このひと、ウソついてる」
「は、はあ!?何言ってんだこのガキ?俺が何で嘘をつくんだよ!ああ?」
おっさんが突然苦虫を噛んだ様な顔をしてリンに怒号を浴びせた。
俺がおっさんを落ち着かせようとした時、アリスが何かを見つけたのかカウターから見て右の方にある棚に向かった。
おっさんは慌てて「あっ!おいガキ、そっちに行くな!」とカウンターから乗り出した。
「エレンお姉ちゃん!その石ここにあるけど、値段が違うよ!」
「どれどれ・・・うん。ねえおっさん、私の目が悪いのかなんなのか値札には一つ銀貨50枚って書いてあるけど?」
俺が睨みつけると、青白い顔になって黙り込んだ。そして開き直ったのか投げやりに叫んだ。
「ああ!クソッ!2つ合わせて銀貨60枚で良い!」
「あっ今手持ちに銀貨50枚しか無いんだけど・・・」
「好きにしろ!馬鹿野郎!」
「それとペンダントにする為の部品も欲しいんだけど」
「好きにしろと言っただろが!」
銀貨50枚を置くと、「出て行け!2度とくるな!」と追い出された。悪いのは明らかにおっさんだろうに。
まあ結果的には遥かに安い値段で手に入れる事が出来た。これもリンとアリスのお陰だ。
勢いで色々と交渉してしまったけど、今になって悪い気がしてきたな。
値段を一つ分の値段にして、付属品まで付けて貰ってしまった。
ぼったくったのが俺の方みたいで申し訳ないな。