53.空の支配者と凍える町 1
擬人化によってリンが人間になったお陰で、宿に困る事はなくなった。
それ以外の魔物禁止の店にも入れる様になった。これはかなりデカい。
移動の際は魔物にして、移動以外の時は人間にする。そうすれば魔物だからと気を使う事は無いし、相手にも気を遣わせる必要が無い。
ただ問題を一つだけ挙げるとしたら、魔物故の性分なのか人を見ると威嚇する所だろうな。
昨晩から泊まってるこの宿を取る時にも、店の人を見るや否や顔を顰めて歯を剥き出していた。
姿が幼女だった為、店の人は笑ってくれていたが誰彼構わずそうしてしまうのは不味い。
人間なりの礼儀と立ち振る舞いを教えてやらないといけないな。
俺達は早朝に宿を出た。本来ならグレイシアに一泊する予定すら無かったんだ。その遅れを取り戻す為にも、足早にグレイシアを出ようと思ったからだ。
宿を出る際、店の人にちょっとだけ嬉しい心配をされた。
「この町のギルドで何かでかい騒動があったらしいな。アンタらも気を付けろよ、冒険者なんだろ?小さい子が2人とアンタみたいな華奢な子じゃ色々と大変だろうが、強く生きてくれ。またここに泊まってくれな」
「あ、はい!気を付けます。お気遣い有り難うございます!」
正直、この町の印象はサターン教団の所為で決して良いものでは無かった。だけど、こうやって小さな気遣いをされると、嬉しくて印象も良くなる。
「またいつか訪れたいな」
「そうだね!次はもう少し長く泊まりたい」
そんな話をアリスとしながら正門から町を出た。
町の周辺でリンを魔物に戻すと、目撃された時が面倒だから山脈の麓まで歩くことにした。
ここら辺は寒冷な気候の様で、歩いていても手が悴む。
山脈を登る前だけど、防寒具を着用した。
そういえばと今更思ったけど、リンは防寒具無しでも大丈夫なのだろうか。
魔物時は羽毛で暖かそうに見えたが、人間の姿だと羽毛がある訳じゃ無いから寒そうだ。
「ねえリン、寒くない?」
リンとの会話には不思議な間がある。人の言葉を使い慣れていたいから、聞いた言葉の意味を理解するのと、言葉選びに時間が掛かるのだ。
「う、うん。わ、わ?わたしは全然寒くない?」
昨日よりかは大分言葉に慣れた様だ。
「そうなんだ。そういうスキルや耐性を持ってるの?」
言葉に慣れてもらう為に積極的に会話をする事にしている。
リンからしたら面倒かも知れないけど、これからリンは人間の姿で居る事が多くなるも思うから、慣れてもらいたい。
「ま、まあ・・・スキル?では無い。キオン?とかで、ちょうしが悪く、ならない・・・たいしつ?」
「便利な体質、羨ましいな」
「ひとは、さむい?」
「寒かったり、暑かったり、色々と面倒だよ」
「たいへん」
まだ歪な言葉ではあるけど、1日でここまで習得出来たのは流石と言える。
知能が高いというのは、伊達じゃないな。
グレイシアから1時間程歩くと、町からは遠くに見えていた山脈が目前に現れる。
山脈の麓は緑が生茂り、比較的小さな湖畔がある美しい場所だった。
長閑だ。という感想が正に当てはまる。行った事は無いけど、俺の中の北欧のイメージと合致する。
ここら辺ならリンを元の姿に戻しても大丈夫だろう。
「<擬人化>解除!」
アリスと同じくらいの身長だったリンの姿は、強い光が消えると2回り程多くなり、逞しい翼をはためかせていた。
「フオオオオ!」
耳が痛くなる様な高い声で吠えると、頭を俺の頬に擦りつけてきた。
「リン、少し重いかも知れないけど私とアリスを背中に乗せてくれるかな?」
「・・・私は力持ち。だから余裕!」
「えっ!?言葉を話せるの?」
「うん。人の姿の時より簡単に話せる」
「これは、驚いたな。うんいやまあ、会話出来た方が楽だから良いか!」
元の姿でもリンは言葉を話せる様で、つくづく頭の良いんだなと思った。
しかし、人間の時と声帯の構造が違うのか声質が低くイケメンボイスだ。
リンが気を使ってくれて、俺達が乗り易い高さまで腰を落としてくれた。
まず俺が乗り、抱き抱える形でアリスを俺の手の内側に乗せた。
リンの毛並みはサラサラでフワフワ。肌触りが良すぎて、この上で眠りたくなってしまう。
アリスもそう感じているのか、リンを強く抱き締めていた。
準備が整った所で「出発しよう!」と合図を出すと、軽く頷いてから翼を激しく羽ばたかせた。
空高くまで一気に飛翔する事によって掛かる重力は凄まじかったけど、空を飛んでいる楽しさで何も思わなかった。
この感覚はリンと出会わなかったら一生味わう事は無かったものだ。
俺は密かに魔物屋の店主に感謝した。
空を飛んでから数分程が経過して、やっと気が付いたのだが、高速で進んでいる割に風圧が襲って来ない。
それどころか髪が靡く程度の風すら無いのだ。
「ねえリンもしかし何かのスキルを使ってる?」
「うん。私の周囲に空気の結界を貼ってる」
「そんなスキルがあるのか・・・気遣いが日本人レベルだ」
本当に優秀な子だ。俺の周りには優秀な子が多過ぎて、俺の影が段々と薄くなっている様な気がする。
俺は毎回脳筋な行動しかしないからな。それと比べると、この気遣いは見習わないといけない。
空を飛ぶという事は、何に邪魔される事なく高速で自由自在に動き回れるという事だ。
地上を走るなら色々な障害物を気にしなければならないが、空には何も無い。
ましてやここまでの上空ともなれば、雲すらも自分達より下にある。
気温の急低下や酸素が薄まることによって引き起こされる身体の異変とかを懸念していたが、どうやらリンのスキルによってそれすらも関係ないらしい。
リンが居れば空を支配したも同然だ。
この勢いなら2つの山脈を1日も掛からない内に越えられるだろうと楽観的に考えていたが、"現実は小説より奇なり"その言葉通りそんな簡単に上手く行く筈が無い。
何も居ないと思い込んでいた上空には何かが居た。神眼を持ってもしても、その全てを推し量る事は出来なかったが、遥かに大きい魔物・・・いいや、それは神なのかも知れない。
リンが目前に現れた巨大な生物に逸早く気が付いたが、向こうはずっと前から俺達を視認していたらしく、その物体の寸前に止まる瞬間、上からの風圧に打ち落とされた。
急速に落下して行く中で、何とか空を仰ぐと蛇の様な鱗と長い身体が見えた。
空を支配している気分だった俺達を叩き落としたのは、本物の空の支配者の様だ。
地面に打つかる寸前でリンは体をどうにか起こして、衝撃を最小限に抑えてくれた。
そのお陰で誰一人として怪我は無い。ただリンの消耗が激しく過呼吸気味になっていた。
幸いな事に俺達は一つ目の山脈を既に越えていた。一つ目の山脈と二つ目の山脈の間には町がある。
そこで十分に休息を取る事にしよう。
リンを休ませる為に地面に降り<擬人化>で人間の姿にする。小さい体になったからおぶる事が出来るから、町まではそれで行こう。
「リンごめんね、無理させて。町までは私がおんぶしてあげるから」
「あ、ありがとう」
背中に乗せると、直ぐに寝息が聞こえた。飛んでる際、リンは気を遣い過ぎる余りにスキルを連発していたのだろう。
空の支配者に落とされる事なくそのまま進んでいたら、途中で倒れていたかも知れない。
そう考えると、打ち落とされて良かったのかも知れない。
山脈に囲まれたこの場所は、厳しい寒さだった。地面は雪が積もっていて歩き辛く、一面が白い為方向感覚が狂いそうになる。
「寒くない、アリス?」
「大丈夫だよ!さっきの空に居たのはなに?」
アリスは寒さとかよりも、空に居たあの巨大な生物の方が気になるらしい。
俺の目が辛うじて捉えたあの生物の姿からして、あれはガイアと同じドラゴンだろう。
ガイアが大地のドラゴンだとすると、さっきのは空を支配する空のドラゴンだ。
「あれはドラゴンだと思う」
「見た目は全然違ったけど、ガイアさんと同じなの?」
「うん。やっぱりドラゴンは凄いね!大きさもだけど、倒せる気が全然しないもん」
「凄く怖かった」
寒さに凍えながら、固まりかける足を無理矢理に動かして1時間半程で町が見えた。
やっとかと真っ白な溜息を吐いて、アリスの手を強く握る。
門まで行くと、ガラス張りの小屋が建てられていてその中で門番がうたた寝していた。
ガラスをコツコツと叩くと、門番が何かを言いながら起き上がった。
寝ぼけた顔を俺の方に向けて、人がいる事をやっと理解すると慌ててヨダレを腕で拭い駆けて来た。
「いやー、すいませんね!まさかこんな所に人が来るとは思っても居なかったので」
「そ、そうですか・・・寒いので早く入らせてください」
「ああ、すいませんね!確かに貴方達の装備では凍えるでしょう・・・はい確認出来ました!ようこそ凍える町"アンデス"へ」
「凍える町・・・ですか。寒いのは懲り懲りです」
「ははは。楽しんで下さい」
門の中に広がる景色は、これまでに訪れたどの町よりも美しく整然としていて、それでも賑わいを伺えた。
門番の言う通り至る所に氷柱が垂れていて、雪の絨毯が敷き詰められており見ているだけで凍えそうな景観だ。
しかし、町の人の柔らかい表情を見ると誰も凍えていない穏やか顔をしていた。
一目で分かる。ここはいい町だ。
そんな感想を抱いている内に体は更に冷たくなる。俺達はまず最初に宿を求めた。
リンのお陰で余裕が出来た事だし、2、3日ここで過ごしても良さそうだ。




