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48.チラつく黒い影

 リザードマンのドラゴの足取りはフラフラとよろけていたが、辛うじて歩けていた。


 馬車の所まで行くと、カイル君が馬の後ろに隠れて、こちらを伺って警戒していた。


「なななな何で、連れてきたんですか?」

「こっちを見るな、小僧!臆病者は嫌いなんだ」

「こ、怖いぃ〜!」

「カイル君、このリザードマンは俺達に危害を加える事は無いから安心して」

「俺様が危害を加えないって?そんな事いつ言った?」

「そんなフラフラでよく言えるね。まあ兎に角、馬車に乗って」


 俺が馬車の中にドラゴを手招きすると、カイル君が慌てながら近寄ってきた。


「えっ、乗せるんですか?危なくないですか?」


 魔物を怖がる気持ちは分かるけど、それより今は急ぐ必要があるから、説得する暇はない。


「良いから!私が居れば大丈夫だから馬を指示通りに走らせて」

「わ、分かりました」


 ドラゴが目指している場所は、リザードマンが暮らしている湿地帯のとある洞窟だ。

 カイル君には大体の位置を教えて、その方向に出来るだけ速く馬を走らせてもらった。


「で、何があったの?そろそろ聞かせてよ」

「別に構わないが、面白い話じゃねえぞ」


 そう言ってドラゴは、神妙な面持ちで俺と出会うまでの経緯を簡潔に語った。


「今から向かう場所は、俺様達の縄張りだ。いいや、今もそう呼ばるかは、俺様には分からねえ。ただ言えるのが、俺様達の縄張りをイカれた人族が襲撃したって事だ。俺様が、あそこに倒れていたのはソイツらに遭遇して、必死に逃げ回った挙げ句の果てって訳だ」


 皮肉っぽく投げ槍に言った。


「ドラゴは、縄張りを離れて何をしてたの?」

「俺様はキナ臭い噂を聞いて、他の奴らの縄張りを回っていたんだ。だが、笑えるよな。他所を気にするが余り自分の縄張りを蔑ろにするなんて・・・」


 自虐を織り交ぜるのは辞めて欲しいな。頷き難いし、反応に困る。


「そのキナ臭い噂って?」

「最近この湿地帯を縄張りとするリザードマンが、人族に襲われる事が頻発してるって噂だ」


 つまりドラゴ達の縄張りを襲撃した人間と、噂の人間は同一人物という訳だな。


「どんな奴なの?リザードマンを襲ってる奴らって」


 姿を教えられても、多分俺には分からないだろうけど見た目とかは聞いておいた方が良い。


「俺様が遭遇した奴らは、黒いローブを纏ってフードに顔を隠してた怪しい奴らだ。俺様を見るや否や、攻撃して来やがった」

「黒いローブ・・・!?」


 思い出したくも無いが、忘れられる訳も無い。エーダー森林での出来事は、昨日の事の様に覚えている。

 そして奴らが犯した罪も俺は良く覚えている。

 これまで色々あったが、まさかここに来て奴らと出会すとは思わなかった。


 アリスもドラゴの証言で察したのか体を震わせた。


「エレンお姉ちゃん」

「うん!間違いないね」


 俺とアリスが二人だけの会話をしていると、ドラゴが怪訝な顔をした。


「何か奴らについて知ってるのか?」

「まあ、ちょっと前にそいつらと一悶着あったから」

「そうだったか!奴らは何なんだ?」


 そう聞かれても、アイツらについてはエーダー森林での事までしか知らない。


「分からないよ。ただアイツらはサターン教団って言う胡散臭い集団って事だけは知ってる」

「人族のそういうのは分からねえな。俺様達は本能のままに食って寝て遊んで死ぬのがすべてだからな」

「人間もそう変わらないよ」


 人間も魔物と根本的な所は変わらない。だけど、魔物よりも弱い部分が多い所為で何処かに心の拠り所を作りたがる。

 俺には理解出来ないけど、人間の歴史に宗教は常にあった。


 それからサターン教団が、リザードマンを襲う理由について心当たりがあると、ドラゴが言ったから聞いてみたけど、それこそキナ臭い話だった。

 リザードマンは単に魔物というだけで無く、ドラゴンの眷属でもあるらしい。

 人が召喚魔法を扱う時、召喚する魔物に由来する何かを用いるのだが、魔物の最高位に位置するドラゴンを召喚するには多くの素材が必要で、リザードマンは、ドラゴンに由来する魔物な上に比較的弱い魔物な為、素材を集めるのが、他の眷属を狩るよりも楽なのだとリザードマン自身が語った。

 皮肉な話だけど、理に叶った話だ。そりゃ手取り早く弱い魔物を狩る方が効率的だ。

 俺だってそうする。リザードマンを襲撃したのが普通の冒険者だったなら、別に文句は無い。

 だけど、今回に関しては相手が相手だ。何をしでかすか分からない怪しい奴らなのだ。

 見過ごす訳にはいかない。


 ドラゴの案内通りに進んで、湿地帯の奥までやって来た。

 空は淀んでいて太陽の光が差す隙間が無い程に雲に覆われていた。心なしか肌寒く感じる。

 ドラゴはもう少し行った所に集落があると話した。


 しかし、俺が思い浮かべていた様な集落はそこには無かった。

 ドラゴは口を半分開いたまま言葉を失い、馬車から重い腰を何とか上げて、崩れた集落に近寄っていった。


 岩や木などの自然物を使った簡易的な家がここに建てられていたんだと分かる程、確かな跡が周囲に広がっていた。

 そして戦闘の跡も伺える。折れた木の槍やその先に付いていたであろう矢尻。

 皮の鎧に甲冑には血の跡が付いていた。それらの中には、黒く焦げた跡まであった。


 全てを察したドラゴは地面に膝を突き嘆いていた。


「遅かった・・・。誰も、誰もいねえじゃねてか」


 魔物が人間と同じ様に同胞の死で涙を流しているというのは、突飛な事の様に思えた。だけど、理性ある魔物は人間と同じなのだと思い至る。


 俺も言葉を失って立ち尽くしているとアリスが、何かに気が付いて声を上げた。


「ここには地下があるの?」


 アリスがそう言うと、ドラゴは何かに気が付いたかの様に突然立ち上がって、走り出した。

 ドラゴに着いていくと、破損箇所の比較的少ない家の前で足を止めた。

 すかさず中へと足を進めた。

 家と言うには開放的で扉という扉は無く、家の中もジメジメとしていた。


「小さい娘、お前のお陰で希望が出てきた!この家には地下に繋がる階段がある」

「そこに逃げ込んでるかも知れないって事か!」

「ああ!そうだ」


 それにしても、何でアリスはその事に気が付いたんだ?新しいスキルでも獲得したんだろうか。

 気になるけど、まずは地下に降りよう。


 家の隅に置いてある大きな丸太をドラゴが退かすと、地下へと繋がる階段があった。

 真っ暗で奥を視認する事は出来ないが、ドラゴの目には先が見えているらしく、階段に血の跡があると言っていた。

 怪我をしている事は確かだけど、ドラゴの仲間のリザードマンは間違いなく地下に居る。

 それが分かると、ドラゴの表情は少しだけ和らいだ。


 淡い希望を持って雑な作りをした階段を下りた。暗闇が怖いのかアリスは俺の腕にしがみ付いて来た。


「下に10人くらい誰かが居るよ」


 アリスは確信を持って言った。何を見て、そう言っているのかは不明だが、アリスの眼には何かが見えている。

 もしかしたら<神眼>よりも優秀なユニークスキルを手に入れているかも知れない。

 アリスの成長は素直に嬉しいけど、今はそういう状況じゃ無いから複雑な気持ちだ。


 階段を最後まで下ると、点々と松明が壁に括り付けられていた。

 それをなぞって奥に進むと、子供のすすり泣く声が聞こえた。

 ドラゴは「この声は!」と、走り出した。


「おい!リウ、クウ居るのか?」


 ドラゴの声の方に行くと少しだけ広い空間があり、その中にアリスの言う通りの人数が居た。


「父さん!父さんだ!」

「お父さん生きてんだ!」

「おお!生きていてくれたのか!」

「貴方!貴方も生きていたのね!」

「お前まで!俺様は嬉しいぞー!」


 小さなリザードマンが2人、ドラゴに飛び付いた。どうやらドラゴは2人の父親らしい。そして見た目からは、良く分からないけど、その子供達の後ろにいるのがドラゴの奥さんなのだろう。

 言われてみれば、ドラゴに比べて胸が大きい。俺は多分、リザードマンに恋する事は無いだりうな。


「そうだ、父さん!ミロさんが死にそうなんだよ」

「なに?ミロがか?」

「うん。僕達を庇って大怪我をしたの。助けてあげて」

「・・・俺様に回復の魔法は使えない・・・そうだ!アンタ、俺様を助けてくれたみたいにミロも助けてやってくれ!」


 羨望の眼差しが送られたら、断れる筈が無い。それに元から怪我人が居れば治してやるつもりだったしね。


 怪我の状態は最悪だ。右の腕を肩の辺りから失っていて、全身に火傷が見られる。

 良くこの状態で持ち堪えられたなと感心したが、そんなことも言ってられない状態なので、ポーションとヒールを併用した。

 流石に腕の再生までは出来ないが、リザードマンの生命力の強さのお陰もあり一命は取り留めた。


「あ、有り難う・・・人族の女性」


 集落を破壊した人間とは同一人物では無いけど、同じ人間にお礼を言うのは皮肉な話だ。


「ね、ねえ父さん。何で人族が僕達を助けてくれるの?」

「お父さん、アイツら私達の敵なんでしょ?」


 俺達を警戒している為、今にも噛み付いて来そうな鋭い目付きを子供達はしていた。

 その子達とは違って、大人のリザードマンには対抗心が無かった。

 俺を警戒していないのでは無く、諦めているのだ。


 ドラゴが声を張った。


「皆んなこの人は悪い人族じゃ無い。俺も助けられた」


 ドラゴがそう言ったものの誰も返答しなかった。恐らくどうでも良いのだろう。

 俺が敵であろうと味方であろうと、多くの仲間を失って縄張りを荒らされた事実は変わらない。

 自分達だけが、僅かな傷だけで生き残っている事に負い目を感じているのだ。






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