44.弔い
俺達は王都のギルドに戻り、今回の件の全てをルキウスさんに説明した。
ルキウスさんは驚いた様子だったが、案外平然とその事実を受け入れた。
いや、俺たちの前だからこそ毅然とした態度を崩さなかったのだろう。
冒険者が、死ぬ事なんて良くある事なのだ。しかし、今回のクエストで死んだ2人は二つ名持ちのギルドの英雄であり、ギルド内屈指の実力の持ち主だった。
その2人の死は王都だけで無く辺境の町にまで衝撃を与えた。
報告から2日程経った頃、2人の葬儀が行われた。2人の弔いの日には、多くの人が集まった。
ガレリアとエリザが、これまで助けて来た人達が、王国中から集まったのだ。
誰の呼びかけでも無く、それぞれが自分の意思で2人を弔ってやろうと勝手に集まった。
これこそが2人が残した最大の功績。他人の為に生きてきた2人の人望の厚さは、王都の外壁にも引けを取らない程に厚く硬い物であった。
集まった人達は目に涙を浮かべて、エリザの安らかな顔を覗き込む。
何故そこにガレリアが居ないのか疑問に思う者も居たが、大体の人がそういう事なのだと理解していた。
冒険者とは、そういうものなのだ。誰もが安らかに眠れるとは限らない。
死ぬその時まで痛めつけられる事もある。自分の四肢が喰われる事だってある。
冒険者とは。そういった痛みや死と向き合わなければいけない存在なのだ。
唯一ガレリアが残した痕跡は、美しく輝く剣のみだった。
純粋な光の輝きを放つその剣からは微かにガレリアを感じる。暖かいガレリアの瞳を彷彿とさせる。
ニアはふと思う。
悲しみに打ちのめされていた筈なのに何故だか今は、安らかな気持ち。エリザの安らかに眠る顔を見たから?それともガレリアの美しい剣を見たから?
分からない。その両方とも言えるし、その両方とも違う気がする。
ただ有難うという言葉と、御免なさいという言葉しか今は思い浮かばない。
先刻まではこんなに穏やかじゃなかった。それなのに今は恨みや憎しみが微塵も無い。憎むべき対象が居なくなった以上それは当然なのかも知れない。だけど、ここまで穏やかな気持ちになるなんて、思いもしなかった。
もっと悲しいと思っていた。ガレリアとエリザの死を受け止めきれないと思っていた。
いや。私は多分受け止める事は出来ない。それでもリクが隣に居てくれるだけで、私は私を強い人間だと錯覚する事ができる。
ガレリアとエリザが、背中を押してくれているから、私は重い足を前に運ぶ事が出来る。
私の近くには皆んなが居る。居なくなったと思っていた2人はいつでも背中を押してくれる。
一緒に居てくれると約束してくれたリクは、私の隣をずっと歩いていてくれる。
「あぁ、私は一人じゃ無いんだね。やっと気付けた。有難うエリザ。貴女の言葉でやっと理解した。私は貴女達といつでも一緒。例え貴女達の姿が見えなくとも、私は貴女達を感じる事が出来る。最後の最後まで心配をさせて御免なさい。だけどもう大丈夫。私はリクと一緒に強く生きる。もう死にたい何て思わない。2人の分も生きるから・・・だから、2人は向こうで幸せになって」
そう言ってニアは花を一輪手向けた。花の名前はスターチス。花言葉は永久不変。
ニアにとっては変わらない事が、一番大切なのだ。
それに続いて、リクがガレリアの剣向かって語り掛ける。
「ガレリア、お前とは一番付き合いが長かったな。結局、一度もお前に追いつけなかった。頭も良いし実力もある。自信過剰な所はあるけど、他人に優しく出来る。仲間思いでいつも助けてくれた。一つくらい嫌いな部分があるかなと考えたけど、何も見つからなかったぜ・・・。なあ見てみろよ!ここに集まった全員がお前の為に来てくれたんだぜ?お前は本当に幸せな奴だよ。勝手に死にやがったお前をこうして弔ってくれてるんだぜ?まあなんだ。俺はエリザにお願いされたんだ。ニアを守れって。そのお願いを破ったらエリザに怒られそうだから、俺はニアを守る事に決めた。お前の所に行くのは少し遅くなるけど、まあ気長に待っててくれ。有難うなガレリア、エリザ」
リクはガレリアの剣を手に取って、後ろで眺めていた俺の方に向かって歩き出した。
目の前で立ち止まり、剣を俺に差し出した。
「エレン、ガレリアの意志を継いでくれ。俺達には荷が重いから、お前が継いでくれ」
「え・・・でも、それは・・・」
「受け取ってあげて。ガレリアもそれを望んでいる筈だから」
リクとニアに強く頼まれた。こんな大事な物を他人に託すのが、どれだけ寂しい事なのかは、二人の顔を見れば分かった。
そう言ってくれるのなら、受け取ろう。
「分かった。けど、私にも荷が重いよ。ガレリアが築き上げた物は、大き過ぎる」
「あぁ。それでもエレンに貰って欲しい」
「うん。この剣に恥じない冒険者になるよ」
「有り難う、エレン」
ガレリアの剣は重かった。彼が今までに積み上げてきた色々な物が、どっしりと剣に乗っているからだ。
本当に俺も頑張らないといけないな。
各々がガレリアとエリザに弔いの言葉と花を捧げた。
教会の神父が祈りを捧げてから、エリザの亡骸と、ガレリアが昔使っていた古びた剣を土に埋めた。
どんな気持ちでこの場面を眺めていれば良いのか分からない。心がザワザワして何か出来ないかと思考したが、人の死をどうにか出来る術など誰も持ち合わせていない。
だからこそ、人は訪れるであろう死を嫌い。訪れた死を受け入れる。
ニアとリクはこの死を受け入れられただろうか。ニアとリクは涙を流しながらも、2人の冥福を心から祈っている。
俺も2人を見習って祈りを捧げよう。貴方達のおかげで、多くの人が助かった。死ぬ事が正解だとは言わないけど、それが間違いだとも言わない。貴方達が選んだ道がそういう道だったのだから。
そして俺もそういう道を選んで進んでいる。結局行き着く先が死だとしても、俺はこの道を突き進む事に決めた。アリスと出会い。マリアと出会い。ミラと出会った。
この道を否定する事はその出会いまでも、否定する事になる。
俺はこの出会いを嬉しく思っている。それは言わば、この道を選んで良かったと思っている事と同じ意味。
勝手な押し付けかも知れないけど、貴方達もそれぞれの出会いに感謝している筈だ。だから後悔は無いと思う。
貴方達の行き着いた先は早い死だったけど、その死は無意味なものじゃなくて、しっかりと意味を成している。そうじゃなきゃこんなに人が集まる訳が無い。
葬儀は、一通り終わった。
2人の死はギルドの関係者や助けてもらった人達には大きな出来事だったが、それ以外の人達には何の関係も無い出来事なのだ。
「また冒険者が死んだのか」と、無関係の人達にとっては、日常の中に起こり得る多少の非日常でしかない。
この非日常は、許容の範囲内で別に驚く様な出来事じゃ無い。
それは当たり前の事だけど、俺は少し悲しくなった。
葬儀の終了から大体1時間程が過ぎた頃には、俺達以外もう誰も居なくなってしまっていた。
俺たちは、まだ帰れずそこに立っていた。
これまで無言だったニアがやっと口を開いた。
「御免なさい。気持ちの整理に時間を掛けすぎちゃった。エレン有難う。貴女のおかげで二人は安らかに眠れると思う」
「お礼を言われる程の事はしてないけど。そうだね。私も安らかに眠ってくれている事を祈るよ。・・・2人は冒険者を続けるの?」
2人は一度お互いの目を合わせてから答えた。
「やめようかとも考えたけど、俺たちはどうしても冒険者が好きらしい。続ける予定だ」
真っ直ぐに俺の目を見てそう言った。
「うん。経験豊富な貴方達に言うのはあれだけど、敢えて言うよ。頑張って!」
「あぁ。エレンはどうするんだ?真祖を倒した事はかなりの功績だ。世間にその話が流れれば、エレンは英雄と呼ばれて、一気に名声を得られる」
「そうだね。でも私は名声とか栄誉とかに興味ない。それにこれから色々と調べないといけない事があるから、そういうのは逆に困るかな」
「そうか。なら、真祖の件は俺達だけの話にしよう。俺たち以外は誰も知らない事にして、俺たちが語らなければ誰も知ることのない歴史に残らない事件として片付けよう」
「私もそれが良いと思う。そういう事で良いですか、ルキウスさん?」
木陰で俺たちを伺っていたルキウスさんに声を掛けると、ルキウスさんは俺たちの方へ出てきた。
「お前達がそれで良いなら俺はそれで構わないぞ。真祖の復活を知っているのは一部の人間だけだ。俺が声を掛ければ、この事実が語られる事は無くなる筈だ。ガレリアが信頼していた情報屋にも俺が声を掛けておく」
「情報屋?ガレリアさんは情報屋から真祖の事を知らされたんですか?」
「あぁそうだが何か問題でもあるのか?」
「いや。ルキウスさんは何処で真祖の情報を得たんですか?」
「俺はギルドにある<大型探知魔法機構>によって王都の付近に強い魔力を感知したから偵察を向かわせたんだ」
「それはギルドの関係者以外に教えましたか?」
「いいや、教えていな・・・!?じゃあ何故情報屋が知ってたんだ?という事か!」
ルキウスさんが俺の抱いていた疑問を口に出した時、アリスの首飾りが光り出した。
「その事は私が語ろう。」
「誰だ?」
聞き覚えの無い誰かの声が聞こえた。それもあり得ない事にアリスの首飾りからだ。
「私が誰かなんてどうでも良いのだが、敢えて言おう。私は、ガレリアが信用していた情報屋だ」
それが真実だとしたら、この人物には聞きたい事が山ほどある。
「本当に貴女が情報屋なんですか?」
「何故私が嘘を吐く必要がある?私がガレリアに真祖の情報を流した」
真祖について知っているのは、俺達とその情報屋のみだ。だからこの声の主が情報屋である可能性が高い。
「お前達とは、直接会って話したい。私の所まで来てもらいたい」
「私もそうしたいです」
水晶との会話は何処か腑抜けていて、気が散ってしまうので、その方が有難い。
「どうやって、貴女の所に行けば良いですか?」
「その首飾りを地面に置いてもらえるか」
「うん?分かりました。アリスちょっと借りるよ」
言われた通りに首飾りを地面に置いた。その時点では、何も変化は無かった。
「<異空間接続>。そこに入ってくれ」
情報屋のその声が響いた後にネックレスの周りの空間が歪み始めた。
躊躇いはあった。信用して良いのか分からない情報屋に従うのは怖かった。
それでも真相に近付く為には、この人に接触する他に無い。
俺は思い切って歪みの中へ飛び込んだ。




