43.消えていく命が語る希望の言葉
焼かれる寸前、真祖は嗤いが止まらなかった。
死にたいくないと思えた事が嬉しかったのだ。<転生>を試みても発動しない。何処の段階で封じられていたのかと、真祖は疑問に思ったが、最初から封じられていた事に今更気がついた。
エレンの攻撃を喰らえば、間違いなく死ぬだろう。ここに至るまで死ぬ事にどうこう思った事は無かったが、いざ死ぬとなると嫌だと思うのだ。
不思議だ。強者との戦いの果てに倒れるのなら本望だと思っていた真祖からしたら死とは考えるに値しない概念だった。
しかし、それなのに死を免れない状況に立たされた今、死にたく無いと思ったのだ。
これは心を理解出来たと言っても良いだろう。人間により近付く事が出来たのだ。
真祖はやっと気がついたのである。
私は、人間になりたかったのだ。魔女に作られた人形では無く、人間という脆弱で愚かな存在になりたいと思っていたのだ。
真祖は、ケタケタと嗤う。
愉快だ。愉快である。ここまで愉快なのは初めだ。結局最後まで創生の魔女が、私を作り出した事の理由は判らないままだったが、実に愉快である。
エレンとの戦いの果てに私は人間になれた。
怒りと恐怖を抱くことが出来た。
紛れもなく私は、人間の心を掴み取ったのだ。
クククク。最早私の勝ち。
そんな下らない事を一人で思いながら、黒い炎に焼かれ真祖は消えていった。
傷つけた人間達に悪びれる事無く、清々しいまでに自分勝手に死んでいったのだ。
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とある森にある妖しげな小屋の中で若々しい見た目の女性が、真祖の最後を見届けていた。
真っ白な髪の毛を身長より長く伸ばして自由に流している。ルビーの様に赤い左目とサファイアの様に青い右目で、一部始終を水晶玉に投影して眺めていた。
表情の無いメイド服の侍女が声をかける。
「遂に死に絶えましたね、マスター。先代が残したガラクタも、ただの冒険者に壊されてしまいました。」
マスターと呼ばれる女性は薄っすらと笑って答える。
「ふふ。ガラクタとは言い過ぎだ。ヤツはよく出来た玩具だったぞ。人形のクセに人の心を理解しようと頑張っていたのだから。それにしても、あの冒険者はただの冒険者という訳では無いらしい」
「そうなのですか?」
「あぁ、魔女の娘に・・・ふふ。最近見ないと思ったらそんな所に居たのか。」
「はて?何のことでしょう?」
「お前には分からぬさ」
「そうですか」
「あぁ。一段落着いたら、奴らを招くぞ」
「やっと繋がったのですね。運命の鎖が」
「それも最高の登場人物達にだ」
2人は会話を一通り終えると水晶玉に映し出された映像を消して外の景色に目をやった。それからまた会話を始めた。
「エレンか。中々に面白い存在だ。エイルのヤツの仕業だろうが、あんな者を用意するとは本気の様だな」
「マスターの言っている事の意味は理解し難いですが、楽しそうだと言う事は伝わります。」
「ほほう。お前もあの玩具の様に人の心を理解しようとしているのか?」
「いえ。私には興味が無い事です」
「・・・お前はつまらない奴だな」
その場所は誰も知らない深い森の中に存在している。人間が近寄る事は出来ず、魔物すらも寄り付けない遥遠くの樹海に2人は、ひっそりと永遠の時を暮らしている。
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真祖を倒す事は出来たが、室内は崩壊寸前の上にエリザとニアは瀕死で動けそうに無いという最悪な状況だった。
とりあえずエリザとニアの方に向かう。
ニアはエリザの木の中で、ぐっすりと眠っていた。呼吸に異常は無いし外傷も癒えている。ニアの蘇生は完了しているようだ。
問題なのは、エリザの方だ。外傷は無いけど、顔が青白く体温があり得ないくらい低い。エリザから魔力さえ感じられなかった。
エリザはニアを助ける為に生命力をニアに与え続けていたのだ。その結果エリザは今の状況に陥っている。
意識はあるらしく俺の呼び掛けに小さい声で反応していた。
どうしたら助けるられるのか、思索したが手の施しようが無いと言わざる終えなかった。
クソッ・・・。なんでだよ・・・。なんで真祖を倒したのにエリザを失わないと行けないだ。
どうにか出来ないのか?何か手があるはずだ。
ミラの顔を見る。知識が豊富なミラなら何か手があるかも知れないという切実な願いを込めてミラの目を見つめたが、直ぐに逸らされてしまった。
ミラでさえ生命力を回復させる様な魔法は知らない。
いや、ある筈が無いのだ。そもそもエリザはニアを蘇生する為に秘術とも言える魔法を使用した。
エリザの生命力をニアに分け与える魔法。いわば自らの生命力を代償にして、ニアを生き返らせるという荒業な。
この秘術を使った時点でエリザの死は決定していた。
だから、もしエリザの生命力を回復させるとなるとエリザと同じ様な秘術を使わなければならない。
それはまた使用者の死を意味している。つまり誰かは死ななければいけないという事なのだ。
真祖の残した傷は本当に大きかった。
時期にニアが目を覚ました。キョロキョロと辺りを見渡してから寝ぼけた様に「ここは天国?」と呟いていた。
その姿を見てエリザは微笑み安堵の表情を浮かべた。
それからニアに一部始終を説明した。勿論、エリザの事も。
泣きじゃくりながら謝るニア。それを諭すエリザは少し嬉しそうだった。
「ごめんなさい・・・。私のせいで、エリザが死んじゃう。私なんかの為に・・・何でエリザなの?私よりエリザの方が生きる価値があるのに!」
「・・・馬鹿。ニア"なんか"の為じゃないよ。ニアだからこそ、私は助けたいと思えたの。私は自分より貴女が大切・・・それにリクもよ。」
「くっ・・・。エリザ、俺たちはどうすれば良いんだ!?ガレリアを失って・・・更にニアを失いかけて、それを助けたエリザを失おうとしている。俺は・4 ・・。何も出来なかった。真祖を前に怖気付いてしまったんだ。戦う事も、守る事も、出来ずに仲間が傷ついて行くのをただ棒立ちで見ていただけだ。一番死ねば良かったのは、俺だったんだ・・・」
エリザが最後の力を振り絞ってリクの顔にビンタを喰らわせた。
力は殆ど入っていなくて、最早顔を撫でたと言っても良いくらいの力だった。だけど痛かっただろう。ズキズキと心が痛むのだろう。
リクは、前にも受けたエリザにビンタの事を思い出した。気が狂い言ってはいけない事を言ってしまった時、エリザは殴ってくれた。
今回も同じだ。エリザが一番嫌う自分を蔑む様な言葉を言ってしまった。
本当に馬鹿だ俺は。何も学んでない。エリザの前で俺が死ねば良かったなんて言って良い訳無いのに俺は馬鹿だから言ってしまった。
エリザは、涙を浮かべて声を振り絞る。
「馬鹿・・・!リクは十分戦ったよ。リクの結界があったからこそ・・・はぁはぁ。真祖は転生できなかったんだから。そうでしょ?エレン?」
「あ、あぁ。そうだよ。リクのお蔭だ。それにエリザのお蔭でもある。ニアのお蔭でもあるんだ。リクは言ってたよね。ガレリアはただじゃ死なないって、確かにそうだったよ。ガレリアは<魔力障壁>にヒビを入れた。そのヒビのお蔭で、あれを破壊する事が出来たんだ。だから貴女達の勝利だ。私は貴女達の作った勝利への道を正しく歩いただけなんだよ」
「そう・・・。やっぱりガレリアは、やってくれたんだね。ふふ、私達はやっぱり・・・強かった」
「ごめん・・・ごめんよエリザ。俺は最後まで馬鹿だった。最後までエリザを悲しませた・・・」
「いいよ、大丈夫。許す代わりに・・・私の最後の・・・お願いよ。ニアを・・・守ってあげて。ニアは弱い子だから・・・誰かが守らないと挫けちゃうから・・・ね?お願いリク」
「あぁ。ああ任せな!俺は強く生きる。バカは死んでも治らないって言うからバカを治す事は出来ないかもしれないけど、もう仲間を失う事は絶対に無いから。安心してくれよ、エリザ」
その言葉を聞いたエリザは、涙を浮かべた目をそのままで嬉しそうに笑った。その涙は恐らく嬉し涙だろう。
エリザは最後にと、語りきれない思いを簡潔に纏めて口にした。
「ニア。貴女も、強く生きるの。悲しい・・・気持ちは分かる。だけど、リクと一緒に強く・・・生きなさい。私は、ガレリアの所に先に行くけど・・・貴女達は後70年・・・くらい生きてから、私達の所に来て。でも私達とのこれまでの冒険が・・・辛かったのなら・・・忘れても構わない。貴女が、幸せになる道を・・・選んで・・・ね」
ニアがその言葉を溢さずに静かに聞いていた。エリザは呼吸を整えてから、リクに視線を移す。
「そしてリク。貴方は、バカだから・・・直ぐに落ち込むし、怒るし・・・。でも立ち直るのが早い。私は、そういうリクが・・・好きだった。あぁでも勘違い・・・しないでよ。私が本当に好きだったのは、ガレリアだから」
「知ってるよ。皆んな知ってた。エリザは気づいてたか?ガレリアもエリザの事が好きだったんだぜ?」
「えっ・・・?知らなかった。ふふ、気持ち・・・伝えれば、良かったな。まあそれは・・・もう、良いの。リクはバカを・・・活かして、ニアを大切にしてあげて・・・。約束だよ」
「何だよそれ。馬鹿を活かせって何だよ・・・」
「はぁ・・・はぁ。もう時間みたい。私は、幸せ・・・だっ・・・。・・・」
言葉を言い終わる前にエリザの呼吸は止まった。だけど、エリザの最期の言葉が「幸せ」という言葉で良かったと思う。
崩壊が開始した邸を涙を流しながらも、駆け抜ける。
エリザの遺体はリクの魔法により優しく包み丁寧に運んだ。
扉に貼り付けられていたガレリアの顔は真祖の消滅と共に無くなっていた。
あんな惨いものを今のニアやリクに見せる訳にはいかないと思っていたので結果的にそれで良かった。
唯一ガレリアの遺品を一つ見つけた。それはガレリアを象徴する彼の剣だ。
美しく輝きを放つその剣は、ガレリアの強さを物語っていた。
真っ直ぐに研ぎ澄まされた魔力が微弱だが感じる。よっぽど強い人だったんだろうなと密かに思った。
皆んなが馬車に乗り込んだ所で邸に火を付けた。この邸は、悪いオーラが染み込んでいる。
このまま残しておいても魔物の棲家となるだけだ。それにこの場所では、人が傷つき過ぎた。一生見たくない場所でもある。
何も言葉は発さず村まで馬車を走らせた。村に着くと、長居はせず村長に挨拶を済ませて、マリアを馬車に乗せ王都に戻る事にした。
マリアはエリザが居ない事に気がついた筈だが、何も聞かなかった。空気を読んだのだ。
待っていたマリアも相当心配だっただろうが、何も語らなかった。
俺と村で再会した時は、跳ねて喜んでいたが、馬車の重苦しい雰囲気を察して、その気持ちを無理矢理抑え込んだのだ。
ニアとリクは気持ちの整理が付いていない様だったが、その目には光があった。
出会った時の様な死んだ目では無く、明日を生きようという薄い希望を抱いている目をしている。
俺が言うのは間違っているだろうけど、ニアとリクはこれから強く生きるだろうなと思った。




