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42.贖罪を許さない炎

 真祖はエレンとの戦いを楽しんでいた。エレンの見せる様々な表情を見るのが、楽しくてしょうが無いのである。

 自信に溢れた顔から仲間を傷つけられ、怒りに支配される顔。

 どの顔も美しく甘美。思わず見惚れてしまう。

 真祖はもっと見たいと願った。もっと様々な表情を見てみたいと心の底から願ったのだ。


 だが、それは叶わないという事を知っている。エレンがこれから見せる表情は修羅の顔のみなのだから。

 怒りと憎悪を糧として、私を本気で殺しに来る。その美しい顔を歪ませて、私を殺すだけに燃え盛るのだ。

 それもまた美しいと言える。私はそれ程エレンという特別な存在に惚れてしまったのだ。

 しかし、これは愛情などと言う曖昧な物では無いのである。

 私は、エレンを愛していない。逆なのだ。壊したいのだ。

 エレンの心を壊し続け、最後はどんな顔になるのかが気になってしょうがない。

 私をここまで惹きつけたのは貴様が初めてだ。


 そう真祖は嗤い密かに期待を募らせた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 アリスはフーゴが消えた事を不自然には思わなかった。

 またエレンが、スキルを使えばフーゴは今まで通り召喚されるものとばかり思っていたのだ。

 しかし、エレンの様子が可笑しい事に気がついた。異様に動揺している。

 嫌な予感が脳裏をよぎる。もしかしてフーゴさんは死んでしまったの?

 エレンの反応を見たら信じたく無くても、そう考えるのが一番妥当だった。

 急に不安になる。フーゴさんに守られているという安心感は消え、エレンお姉ちゃんは可笑しくなっている。

 どうしたら良いのか分からない。

 幼いアリスは、頼りを失った事により不安になり動揺した。


 唯一、ミラは冷静だった。フーゴが消滅した事によりエレンの魔力が増幅し暴走しているのを冷静に分析している。

 そしてエレンの感情と魔力が深く結び付いている事に気がついた。


 そもそも魔力というのは、それぞれに決められた量がある。

 その量を増やすにはそれなりの修業が必要なのじゃが、エレンの場合は感情によりその量が激変する。元々の量は吾輩の方が上じゃが、今のエレンは吾輩より遥かに魔力量が多い。

 これは特殊な場合じゃ。様々な文献を漁る事で魔力に関する知識に富んだミラでさえ感情の起伏によって、魔力が増えるなどエレンの他に例を見た事がない。


 更にミラを驚かせたのが、その魔力が恐ろしい程黒いという点だろう。

 真祖の魔力でさえここまで黒くは無い。エレンの魔力は黒すぎる。全ての色を黒く塗り潰してしまう程の黒さだ。

 言わずもがな状況は最悪。真祖は未だ健在。エレンは暴走状態。アリスは困惑のあまり声も届かない。

 エリザとニアは瀕死、リクは呆然と立ち尽くすのみ。


 この場に於いてまともなのがミラのみであった。

 だが、ミラにこの場を収める事は出来ない。この場を収めるという事は、真祖を倒す事を意味している。


 そんな事が吾輩に出来る訳が無いのじゃ。攻撃魔法より、補助魔法を得意とする吾輩には精々さっきの<海龍の号砲>くらいしか通用する魔法は無い。

 通用すると言っても大したダメージにはならないのである。

 故にこの場を収める事など夢のまた夢。可能性があるとしたら、エレンを正気に戻す事なのだが、エレンと出会ってまだ数日のミラには、それさえ厳しいのである。

 お互い信頼はしているが、それはどうしても表面上の繋がりだ。本来の信頼関係にはまだ至っていないのは明白。

 やはりエレンの心を動かすにはアリスしか居ない。

 アリスも困惑していて、どうしようもない状況じゃが、声は届く筈じゃ。


「アリス!吾輩の声に耳を傾けるのじゃ!落ち着け。エレンがああなった今アリスじゃなければ、エレンを元に戻す事は出来ないじゃろう。だから、アリス落ち着くのじゃ!」


 ミラは放心状態のアリスの手を握ってそう言った。

 アリスは段々と落ち着きを取り戻して、ミラの言葉に耳を傾けた。


「吾輩が真祖の引きつける。その間にエレンに呼びかけてくれ。エレンはアリスの事を一番に思っている。アリスの呼びかけなら聞こえる筈じゃ!任せても、大丈夫かのう?」

「う、うん。いつもエレンお姉ちゃんには、助けて貰ってるから、次は私がエレンお姉ちゃんを助けるよ!」

「そうじゃな!任せたのじゃ!」


 二人は行動に移った。

 真祖はエレンの異変を面白がって眺めているだけで、他には目を向けて居なかった。

 その為アリスとミラが動いた事に目も留めず放心したかのように立っていた。

 その隙を利用して真祖の背後に忍び寄り、真祖の弱点である光属性の魔法を放つ。


「聖天を抉る光の爪、暗闇を喰らう光の牙!喰らうのじゃ!<聖光天牙(ホーリー・ファング)>」


 ミラの扱える光属性の魔法で、最大の威力を誇る魔法。

 光の魔力で狼を具現化させ。その強靭な牙で相手を切り裂くという魔法である。


<聖光天牙(ホーリー・ファング)>は真祖の肋に喰らい付きそのまま肉を引き千切った。

 真祖は後ろからの奇襲に一度面食らった表情を見せたが、直ぐにお得意の妖しい笑みを浮かべてから流れ落ちる血を操った。

 血は、狼を仕留めてからミラに襲い掛かる。


 ミラは炎属性の魔法で血を蒸発させる作戦に出たが、火属性を得意として居ない為、ミラに使える火属性の魔法は最弱の部類のものであった。

 しかし、"何もやらずに攻撃を受けるのは癪に触る。アリスがエレンを正気に戻すまで耐える必要があるのじゃ。意地でも耐え抜いてやるのじゃ"と、心の中で叫ぶ。

<ファイアーボール>を複数回、血に向けて放つ。

 最弱の魔法ではあるが、ミラの魔力が高いおかげで威力はかなり高い。

 普通の水であれば一瞬で蒸発するのだが、流石は真祖の血液。真祖の魔力を帯びている為、魔法に耐性を持っているらしい。

 若干蒸発したものの大して変わらなかった。血液はそのまま突っ込んで、ミラの腕を貫いた。


「うっ・・・」


 余りの痛みに声が漏れてしまうミラ。だが腕を貫かれた位で、怖気付く訳にはいかない。

 これはミラのプライドの話だ。自分が魔女の娘である事をミラは誇りに思っている。

 故にこの程度で、根を上げてる様じゃ母親に顔向け出来ないのだとミラは考えた。

 ミラはいつか母親を超える程の大魔女になる事を密かに夢見ていた。

 とある国では、魔女は悪の具現として忌み嫌われている。

 だが、そんな事はミラに関係ない。元々小さな部屋に閉じ込められていたミラからしたら周りの評価など、どうでも良いのだ。

 唯一ミラは母親に認めて欲しいという願いだけを持ってここまで生きてきた。それは今も同じである。

 その為に魔女が作り出したという真祖を相手に怖気付いたりする事はプライドが許さない。

 力で負けているのは分かっているが、ミラの役目は耐える事だ。それさえ果たせれば最早ミラの勝ちである。

 そう自分を納得させて、ミラは痛みに耐えた。


 アリスはエレンの所に走った。黒い魔力が纏わり付きエレンを真っ黒に染め上げている。

 それに触れるとエレンの心が流れ込んで来た。怒りと憎悪と悲しみ。痛いほど伝わるその思い。

 アリスは、その黒い感情に飲み込まれそうになったが、ミラの言葉を思い出してとどまった。「エレンを元に戻せるのはアリスだけ」という言葉はアリスの気持ちを強くした。


 アリスは真っ黒に染まったエレンの手を強く握って「エレンお姉ちゃんは、私が助けるから!」と耳元で囁く。

 エレンに反応は無い。


「エレンお姉ちゃん。ごめんなさい。フーゴさんは私のせいで死んじゃったんだよね・・・」


 何を言ってるんだ?アリスのせいなんかじゃ無い。俺が弱かったからなんだ。


「エレンお姉ちゃんを悲しませちゃってごめんなさい。」


 謝らないでくれ・・・。


「けど、このままじゃ皆んな殺されちゃう。エレンお姉ちゃん、戻って来て。私はお姉ちゃんを信じてる。強くて優しいお姉ちゃんが大好き。お姉ちゃんに出来ない事はないでしょ?だから真祖を倒して」


 俺は何をやってるんだろうか。アリスを守ると決めたのに逆にアリスに心配されている始末。不甲斐ないなんてもんじゃないな。

 だから、俺は弱いんだ。直ぐに感情に流されて不安定になってしまう。こんな俺が人を守れる訳が無い。

 ごめんな、フーゴ。必ずどうにかしてお前を復活させてやるからそれまで待っててくれ。

 そして有難うアリス。俺はまだ戦えそうだ。


 エレンから漏れ出た黒い魔力は、徐々に魔剣に吸われて行く。

 アリスはエレンの顔付きが変わった事に気がついて、エレンを強く抱きしめてた。いつも通りの優しいその笑顔がまた見えたのだ。


「アリス心配させてごめん。もう大丈夫。私は大丈夫だよ!」

「うん!」


 アリスの笑顔が可愛い。涙を薄っすらと浮かべていたが、それでも満面の笑みで頷いたアリス。


 ふと真祖とミラの方に目を遣ると真祖の攻撃をミラが、間一髪の所で避けている。

 判断を間違えたら当たってしまうだろうという所で、ギリギリ避ける事が出来ているのだ。

<魔力結界>を瞬時に張りそれに真祖の攻撃をぶつけて軌道をズラしながら戦っている。防戦一方ではあるが、ミラの魔力があってこそ成り立つ消耗戦だ。


 アリスを一度抱きしめてからミラの所へと向かう。

 何だろう。さっきまでの気持ちの乱れが、嘘見たいに落ち着いている。

 怒りは無くなっていないが、暴走している様子は無い。落ち着いた怒りだ。

 グラムの色は一層黒くなったが、安定していて手に馴染んでいる感じだ。

 フレイはらいつの間にか消えていたが、もう必要ない。グラムだけで十分倒せると確信していた。


「ミラもう良いよ!私に任せて」

「やっと戻ったのじゃな!吾輩はもうクタクタじゃ、後は任せるのじゃ!」

「あぁ!任された!」


 ミラをアリスの所まで退かせて真祖と対峙する。

 真祖が「やっと来たか!」と歓喜の笑みを浮かべていた。


「何か言い残す事はあるか?」

「クククク。貴様の口はやけに達者だな。下僕を殺した程度で狼狽えてた割にまだそんな大口を叩けるとは」

「それが最後の言葉か」


 体が軽い。まるで重力がら掛かって無い様な不思議な感覚がする。それは気のせいでは無く、身のこなしがスムーズになっていた。


 真祖の懐に一瞬で、駆け寄る。


「速い!?」という真祖の声が聞こえたが御構い無しに真祖の胴体を切り裂いた。

 傷口から血が吹き出して、真祖は苦しそうに顔を顰めた。


「貴様何をした?」


 何をしたかだって?何もしていない。俺はただ切っただけだ。


「明らかに速い。速すぎる。私の<閃走>に匹敵する程速いぞ!」

「お前のじゃないだろ!」


 真祖が狼狽えている内に次の攻撃に移る。

 超速で真祖の背後まで移動し斬りかかるが、流石は真祖、流れ出た血液を動かして攻撃を防ぐと同時に血液で反撃をしてきた。

 血液で五本の槍を形成して滅茶苦茶な攻撃を繰り出してきた。

 その攻撃をグラムの特性を利用して全て回避する。グラムの特性は、身体や魔力の動きに敏感に反応するセンサーの様なものだ。

 例えば背後からの攻撃であっても周囲に散らしてあるグラムの魔力が感知して俺の体を動かす。

 その特性と<見切り>を利用すれば、真祖の攻撃など当たる筈が無い。

 真祖の顔から徐々に余裕が消えて行く。妖しい笑みは見えなくなって、顰めっ面が目立った。


 血液の攻撃を避けつつ真祖の肩を断ち切る。


「ぐっ・・・!キサマァァアアア!!」


 遂に真祖から冷静さを奪う事が出来た。

 俺もそうだったけど戦闘中に冷静さを欠くという事は、隙に繋がるのだ。

 冷静な考えが出来なくなり自棄な行動を取り始める。それこそが最大の隙となり負け筋となるのだ。

 俺の時は真祖が面白がって眺めているだけであったが、俺はそんな油断はしないし、余裕も無い。今が最大のチャンスなのだ。


 真祖は冷静さを失い見境いなしに暴れ出した。敵を定めずに一心不乱に破壊を始める。自ら漏れ出た血を操って、部屋が軋む程暴れた。


怒りの魔剣(グラム)!アイツを討ち亡ぼすぞ!」


 魔剣は吸い込んだ魔力を刃に集中させた。禍々しい黒では無く、美しく輝く黒色を鋭く研ぎ澄ました。

 心は穏やかだ。アリスとミラとフーゴのお蔭で落ち着く事が出来た。だが、怒りが収まった訳じゃない。真祖の事は憎くて仕方がない。

 今直ぐに殺してやりたいと心の底から思う。だけど気が狂いそうな怒りでは無いのだ。

 激しく燃え滾る赤い炎じゃなくて、落ち着いた青い炎の様にユラユラと燃えている。

 俺は至って冷静だ。


 暴走状態の真祖の方にゆっくりと歩いて、近寄って行く。

 真祖の攻撃は当たらない。例え攻撃をされたとしても、難なく避ける事が出来るのだから恐れる事は無い。後は丁寧にトドメを刺してやるだけで良いんだ。

 真祖の目と鼻の先まで辿り着いた所で、魔剣に更なる魔力を注ぎ込む。

 魔力の残りは僅かな筈なのに奥から絶え間なく湧いてくる。

 真祖が生き残れる道は全て閉ざした。<転生>はリクが封じた。

 エリザとニアが真祖の動きを命懸けで止めてくれた。フーゴはアリスを守り抜いてくれた。アリスとミラは俺を正気に戻す為に奮闘してくれた。

 そしてガレリアは<魔力障壁>にヒビを入れてくれた。

 全ての舞台は既に整っていた。後は俺が、勝ち筋を紡ぎとるだけの簡単なお仕事だ。

 それなのに一々感情に流されて、更なる被害を生んでしまった。本当に不甲斐ないよ。だけどそれももう終わりだ。


「真祖、お前の犯した罪は決して小さくない。ガレリアの命を奪い。エリザ達の心を壊して、私の仲間を傷つけた。許さないよ!ここで灰となって消えろ!<黒炎・滅却斬り(ヘルブレイム・ルイン)>!!」

「ワタシハアアア!!シナナイゾオオオオオ!!」

「黙れ!お前の贖罪は永遠に終わらない。永劫に続く炎の中で償い続けろ!」


 魔剣は真祖の胴体を切り裂いたのと同時に、対象を燃え尽くすまで消える事の無い黒炎が、真祖に纏わりつく。

 黒い炎の中で何かの叫ぶ様な声が聞こえたが、それすらも焼き滅ぼされ消えていった。真祖は跡形も、灰すらも残さず消え去ったのだ。


 あれ程余裕と傲慢さを感じさせて猛威を振るっていた真祖との戦いは呆気なくも終わりを迎えた。

 呆気ないと言えばそうかも知れないが、真祖の残した傷は大きかった。

 消えていった命が2つ。消えていく命が1つ、立ち直れない程に滅多打ちにされた心が2つ。

 真祖は倒せたが、完全勝利とは言えない後味の悪い結果となった。





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