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41.怒り

 ニアが地面に倒れたのを何も出来ずに俺は眺めていた。

 行動に移そうとした時には、もう手遅れだった。

 流れ落ちる血の量は、多い。あそこまでの傷だと<ヒール>では治せないだろう。

 手の施しようが無い。そう諦めかけた時だった。

 エリザが何かを呟くと、その周りに光が集まった。


「もう誰も死なせたく無い・・・!私の仲間を傷つけないで!私の命と引き換えにニアを助けられるのなら安いもの。さあ、大地よ!私の生命力と悪鬼の魔力を糧として、ニアを助けて<生命の森羅>」


 エリザの呼び掛けに大自然は応じた。

 草木など微塵も無い室内に、樹木が生い茂った。

 室内に蔓延した魔力を吸い続ける事で、更に成長を促進する。

 その傍で、樹木はニアの体に根を伸ばして包み込む。どうやらエリザの生命力と吸い上げた魔力でニアの蘇生を行なっているみたいだ。

 しかし、この行為は世の理から逸脱した行為。死んだ者を生き返らせるなど、ただの人間が行っていい事では無いのだ。

 それを理解しているエリザは覚悟を決めていた。自分の生命力を全てニアに託す。

 それは自分の死を意味している。それが人を生き返らせようとした者への代償なのだ。


 樹木の根は、真祖の体にまで絡み付いた。

 エリザは自分の役目を思い出し、真祖の体を拘束したのだ。

 真祖は、嘲笑いその根を眺めた。自分の魔力が吸われている事に気がついてはいるが、微々たるものだと気にも止めなかった。


「一人の冒険者を殺しただけで、ここまで崩壊するとは実に脆い。これだから人間は脆弱なのだ。肉体がいくら強くても、心が伴って居なければ直ぐに崩れ落ちる。馬鹿馬鹿しい存在だ。やはり理解できぬ」

「クソクソクソ!絶対に殺してやる!お前だけは殺してやる!」


 リクが真祖に魔法を放った。しかし、虚しくも<魔力障壁>が全て弾いてしまう。

 真祖の動きは、エリザが命懸けで封じている。今の内に最低でも<魔力障壁>を破壊出来なければ、勝利は見込めない。

 ニアは、既に戦えない。リクの魔法は戦闘向きでは無いから通用しない。

 どうやら真祖を倒すのは、俺の役目らしい。ここからが俺の戦いだ。

 あんな奴、俺が倒してやる。仇は必ず討つからこれ以上死に急がないでくれ。と、心の中で願う。


 俺はリクの前に出て、ミラとアリスに指示を出す。


「敵の攻撃に気をつけて!動きが、封じられてても攻撃の手段はあると思うから!」


 2人とも静かに頷いて魔法の準備をした。それを確認してから神器を召喚する。

 最早、代償なんて気にしている余裕は無い。


絵本の世界(ザ・ワールド)勝利の剣(フレイ)


 フレイの炎は、前回よりも格段に勢いが強かった。そして幸いな事に軋む様な痛みが無い。

 威力は増して、代償は減ったという感じだ。これなら前より長い時間使う事ができる。有難い限りだ。


 さて、真祖を燃やすか。魔女が作ったから何だ。俺は、今キレている。

 知り合ってからまだ間もないけど、エリザ達に親近感を抱いていた。同じ冒険者で、尚且つ仲間思いという点では、俺達と同じ様なもの。

 そのエリザ達を苦しめた真祖を許せる筈が無い。それにコイツをこのまま野放しにしておけば、世界は崩れる。

 だから俺は真祖を跡形も無く燃やす。それがただ唯一の救いだと信じてる。


「行くぞ、真祖!お前は私がここで殺す!」

「ククククク。面白い!確かにこの場にいる者で私を倒せるのは貴様くらいであろうな。さあ!掛かって来い!私を倒してみせろ!」


 真祖はエレンに期待していた。エレンという少女の正体に気が付いていたからだ。

 真祖に於いて強者との戦闘こそが最大の楽しみだった。その相手が強ければ強いほど良い。

 例え自らが負ける結果となったとしても、それはそれで最高の結果だと言える。

 そして今、目の前にいるエレンこそ最高の結果を齎してくれるであろう人物なのだ。

 エレンには可能性がある。まだ開花していない花の様に無限に広がる可能性があるのだ。

 その事にエレンは気がついていない様だが、真祖には判った。

 その正体に唯一感づいた真祖だけは、エレンに特別な期待を抱いていたのである。

 更に言えば魔女の素質を持つ娘までいる。笑いが止まらない。何度も転生を繰り返して、ここまで心が躍るのはいつ振りだろうか。

 真祖はまた笑った。


 エレンの攻撃は的確に真祖を捉えていた。そもそもエリザの魔法によって動きを封じられている真祖を斬る事など造作も無い事なのだ。

 一撃で仕留める為に火力を最大限まで上げて、真祖の頭から股に掛けて、縦一直線線に斬り込む。

 しかし、真祖の余裕な笑みが視界に写り込んで来た。

 奥の手を余す事無く使っているのに<魔力障壁>を破壊出来ない。

 俺の攻撃に続いて、ミラの水魔法<海龍の号砲>とアリスの暗黒魔法<黒の破裂弾(ダーク・バースト)が襲い掛かる。

 威力は十分であったが、その全てを軽く防いで見せた<魔力障壁>。


 どんだけ硬いんだよ!チートだろあんなの!こっちは出し惜しみ無く、全てを懸けて戦ってるんだ!クソッ!どうすればいい。


「クククク。弱い、弱いぞ!そんな脆弱な技では私の<魔力障壁>を破壊する事は叶わないだろうな。」

「黙れ!直ぐにその余裕をぶっ壊す!」」


 大口を叩いてみたが、正直なところ壊せる気がしない。

 弱点属性は光。エンチャントによる光属性の付与は可能だが、小細工に過ぎない。

 あの壁を壊すには最大級のどデカイ魔法をぶつけなければ壊れない筈だ。

 しかし、俺が使える最大威力がフレイだ。それ以上となると、フレイをそのままで他の神器を召喚し二本の神器による合わせ技とかになる。

 出し惜しみはしないと言ったが、流石に二本の神器を同時に使用するのは負担が大き過ぎる。

 大き過ぎるけど、その位の賭けをしなければ勝ち目が無いのも確かか。


 ふとエリザの方に目をやる。今にも力尽きそうな辛い表情をしている。

 エリザが命を懸けて、真祖の動きを封じてくれたんだ。俺が不甲斐無くてどうする。力があるならその全てを使え。

 どんな痛みが、後に待っていようが今は考えるな。今は、目の前の敵をを殺す事だけを考えていれば良い。

 俺も覚悟を決めた。未知の代償を恐れる事を辞めて、全ての力をここで使うと決めた。


「私は動けないのだぞ?早く殺してみてはどうだ?まあ、その聖剣や魔剣によく似た贋作で、私を倒せるとは到底思えないが、せいぜい頑張ると良い」


 鬱陶しいな。そんなに早く死にたいのか?それともカマちょ的な?

 どうでも良いけど、死にたいなら殺してやる。俺は決心した。賭けでも何でもやってやる。


絵本の世界(ザ・ワールド)怒りの魔剣(グラム)!」


 真祖の魔力より遥かに黒い魔力を帯びた魔剣が手元に出現した。

 二本の神器の同時召喚に成功したが、予想通り負担はかなり大きい。

 水の入っている器の底に穴を開けた様に魔力が時間の経過と共に減少していくのが分かる。

 そのスピードは一段と早くなり、空になるまでそう時間は掛からない事が分かる。

 早々に蹴りを付けなければ、俺の方が倒れてしまうだろう。


「お前を殺す準備は整った。お前の期待通りここで死なせてあげる!」

「クククク。よくもまあそんな事を言えるな。良いだろう。私の<魔力障壁>を壊す事が出来たなら、本気を出してやる。」


 この状況でも尚、余裕でいる真祖。こまで<魔力障壁>に自信があるのか。


 グラムから漏れた黒い魔力は、ソナーの様に周囲の動きや魔力の状態を敏感に捉える。

 その為<魔力障壁>にヒビが入っている事にも、気が付いていた。心臓付近の魔力が不安定な場所。その部分に微かにヒビが入っていて、多少の隙が生じている。

 そのヒビを容認している所からも、真祖の自信と余裕が伺える。

 これだから強者は弱い。細心の注意を払う事を忘れて、自分の実力に溺れてしまう。

 強者であるなら全てに注意して挑むべきだと俺は思うね。

 まあ、俺はその強者の油断に漬け込む事でギリギリの勝利を収めているから、俺からしたら凄く助かるんだけどね。

 強者とは自ら弱点を用意してくれる優しい存在なのだ。


 グラムとフレイに魔力を込める。グラムから漂う怒りの魔力に加えて、勝利の為に激しく燃えるフレイ。

 俺はこの瞬間確信した。必ず勝てるという事を。


 真祖を鋭く睨むと、今まで通り嘲笑って「さあ来い」と小さく呟いた。


 言われなくても行ってやるよ!


 神器に凝縮させた魔力を一気に解放する。室内の温度は上昇し、赤みを帯びた黒い魔力が、二本の神器を包み込む。


 真祖の近くに飛び込み、一気に距離を詰める。


「全てを喰らえ!!<双炎獄烈斬(ヘルブレイム・クロス)>!」


 怒りの黒い炎と勝利の赤い炎が交差して、真祖の<魔力障壁>を超火力で燃やした。

 最も火力が集中している部分は、ヒビの入っている所だ。丁度そこが中心部になる様に交差させた。

「「「壊れろ!!」」」というそれぞれの叫びが響いたのと同時に真祖の顔付きが変貌して行った。

 さっきまでのニヤケ顔が、焦り切った顔へと変わっていたのだ。

 その理由は簡単だ。<魔力障壁>が砕けたからである。


 俺は小さくガッツポーズをして喜んだ。だがしかしまだ喜ぶのは早い。

 真祖の防御力を奪っただけであって、まだ真祖はピンピンしている。


 直ぐに距離を取り歓喜しているアリスとミラに注意を促す。


「まだ終わってないよ!ここからが本当の勝負だ!気を引き締めて!」

「そうじゃな。奴にはまだ<血従者>がある。油断は出来ないのじゃ!」

「うん、私も頑張る!」


 2人の顔は真剣な表情になり、再度気を引き締める。

 さっきの炎によりエリザの魔法は消えてしまった。だけどエリザは使命を全うしてくれた。

 もう少し待っててくれ。直ぐに倒して、助けるから。それまでどうにか意識を保っててくれ。


 煙に包まれている真祖は、歓喜のあまり高笑いが止まらなかった。


「クハ!クハハハハハハ!クフフフフフ!!やってくれたなあ!久々に焦った。楽しくなって来たぞ!クハハハハ!」


<魔力障壁>は完全に消え去っていたが、<魔力障壁>により抑えられていた禍々しい魔力が一気に放出された。

 ここまで圧倒的な魔力を有した存在を相手していると思うと目眩がする。だけど、ここで押し負ける訳にはいかない。

 せっかく勝ち筋を通して<魔力障壁>の破壊まで至ったのだ。勝ち切ってみせる!

 そうは言っても俺の限界が近いのも事実だ。急がなければ。


「息が切れているではないか。もう限界か?その贋作を維持するのがそれ程大変なのか?クククク。これからが本番だぞ。私は貴様を強者だと認めたのだ。失望させるなよ。手は抜かない!本気で叩き潰してやる!」


 そう言って真祖は自らの腕を切り落とした。大量に流れ落ちた血は、生命を受けた様に独立して動き出す。

 これが真祖の<血従者>だ。真祖の腕は直ぐ様、回復を始めて元通りに治った。


 血は槍の形を成して、一直線に飛んできた。早いが見えない程ではない。

 グラムで払い落とそうとしたが、血の槍は固体ではなく液体。グラムに直撃した瞬間弾け飛びまた同じ形を成して、そのまま突き進み、俺の太腿を貫いた。

 痛みはあったが、それを忘れさせる程に技の異質さに驚いた。

 液体であるから防ぎ辛い。その上、肉を貫く程度は造作も無い。

 確かに水でダイアモンドを切れるらしいけど、それは大掛かりな機械を用いて出来ることであって、個人の力で再現して良いものでは無い。

 これはまさに実態の無い敵と戦っている様なもの。


 俺がそんな事を考えている間に真祖は本当の目的を果たそうとしていた。

 真祖の最初の攻撃は注目を集める為のお遊び。真祖は、エレンを絶望させようとしていた。

 どうしたらよりエレンは絶望するかを考えた結果、後ろにいる魔女の素質を持つ女と白い髪の女を殺すのが効果的だろうと思い当たったのである。

 エレンは、ずっと後ろを気にしている様子だった。

 思わず真祖はニヤけてしまった。あの女二人を殺された事で、絶望するエレンの顔を想像するとニヤケが止まらない。

 それに私は人の心を考える事が出来ている。今までの私なら相手を殺す事だけで十分だったが、今回は如何に絶望させられるかを考えている。

 人の心を想像して、より絶望させられる様にと慎重に思考を巡らせている。

 やはりエレンは私にとって特別だ。私に新しい何かを与えてくれる。

 クククク。たまらない。


「貴様の絶望する顔が眼に浮かぶぞ!クハハハハ!」


 何を企んでいるのか最初は判らなかったが、真祖の目線の先が俺では無くもっと後ろだという事に気がついた。

 まさか!と思って、振り向くと血の槍が今にもアリスの頭を貫こうと待機していた。


 思わず声が漏れ出てしまった。


「アリス!!避けて!」

「遅い!」


 血の槍は、アリスの頭を貫こうと発射された。

 しかし、頭に届くというギリギリの所で、フーゴが召喚された。

 フーゴは自身の体で槍を何とか受け止めて、アリスを守り抜いた。

 俺はそれを見て一安心したが、フーゴの体がボロボロと崩れて落ちて行く。

 体に亀裂が広がって形を保てずに崩れていくのだ。

 何が何だかんだ分からなかった。

 血の槍はフーゴの胸辺りに刺さり、ただの血に戻り滴っている。

 それが致命傷となったのか?いや、そもそも絵本の世界(ザ・ワールド)で召喚したフーゴ達に死という概念はあるのか?

 分からない。何も分からない。

 大丈夫だ。落ち着け。フーゴは俺のユニークスキルによって召喚された存在だ。俺がまた召喚してやれば良いだけの話だろう。

 焦るな。落ち着くんだ。今動揺してもどうしようもない。フーゴは大丈夫だ。


 深呼吸をして気持ちを鎮めた。そしてフーゴの方を見遣る。

 フーゴは崩れかけた体のままで、俺に言葉を残した。


「我が主人よ。申し訳ない。主人の願いを叶える事が出来なかった。」

「何言ってんだ!フーゴはしっかりアリスを守ってくれただろ!」

「主人よ。我はこれ以上この娘を守る事は出来そうに無いのだ。故に願いは叶えられない」


 そんな言い方するなよ。それじゃあまるで"最期"みたいじゃないか。


「また召喚してやる!だからまたアリスを守ってくれ!」

「主人よ。我らにとってあの者の魔力は毒そのもの。あの禍々しい魔力は精霊を変異させてしまう程の悪しき魔力だ。気をつけるのだ、主人よ」」

「待て!それ以上崩れるな!これは私の願いだ!崩れるな!おい、フーゴ!」


 既に理解は出来ていた。それでも信じられなかった。いや信じたくなかったんだ。フーゴは扱い辛い雰囲気がある奴だが、一番俺の為に動いてくれた。

 そんなフーゴを失うと思うと胸の辺りが酷く痛むのだ。

 声にならない悲鳴が込み上げてくる。


「クククク。そんなに動揺してどうしたのだ?そんなに下僕如きを失うのが悲しいのか?」


 エリザ達の怒りがやっと分かった。仲間が敵に殺されるというのは悲しい感情より、怒りと憎悪の方が強いのだと言う事が。

 頭が可笑しくなりそうな程、奥から怒りが溢れて来た。


「実に弱い。未熟過ぎる!」

「黙れ・・・」

「私は貴様に期待していたのだぞ!その程度で折れるとは、期待外れも甚だしい」

「煩い黙れ!」


 考えが纏まらない。お前は喋るなよ。お前が俺のフーゴを壊したんだろ。

 何故そのお前に未熟だとか、期待外れだとか言われなくちゃいけないんだ?


 溢れる怒りを抑える事が出来なかった。落ち着こうとして深呼吸をしても、更なる怒りが溢れ出るだけで、気を鎮められない。

 怒りの魔剣(グラム)は、一層黒い光を輝かせた。俺の気持ちとは、裏腹に魔剣の調子は良さそうだ。


 これ以上真祖に好き勝手させる訳にはいかない。これ以上仲間を傷つけさせない。

 骨を残してやる気は毛頭無い。真祖が存在していた痕跡を跡形も無く消し去ってやる。





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