37.プライド
俺が口を開こうとするのと同時に何かを察したのかマリアが溜息を吐いた。
「あぁもう!わかってたよ。エレンが普通の人じゃない事くらい。王族相手にあそこまで言えるエレンが、真祖なんかに怯える筈ないよね。はぁ、本当に馬鹿なんだから。エレン、私も付いて行く。その代わり何かあったらしっかり守ってね!私、弱いから」
別にマリアが来る必要は無いのだが、置いてけぼりにするのも悪い気がするしな。
それにマリアが付いてくる事によって、回復役が増えて助かるか。
「戦闘は任せて!って事で、クエストを受けます」
「助かる。早速だが地図を見てくれ」
机の上に広げられた地図のとある場所に赤くマーキングされていた。
ルキウスさんは、そこを指差して説明を始めた。
「ここには邸があるんだ。ヴァールス家という辺境伯の邸だったんだが、今や真祖の根城となっている。王都から馬車を走らせて約6時間程度。邸の近くに着いたらまず外から様子を伺ってくれ。近寄りすぎると真祖の標的になる恐れがある。気を付けれくれ。それと真祖の事が、王都中に知れ渡ったら大騒ぎになる。他言はしないように頼む」
王都から約6時間か。遠い様で近いな。もし真祖の目的が、人間を蹂躙する事とかになったら、真っ先に王都に向かって来る筈だ。その邸から1番近くて、しかも人口が圧倒的に多いから。
放置していたら、いずれ王都に危害を加えてくるだろうな。
そういう事情もあってギルドは焦っているのか。
「一応、真祖の5つの能力を伝えておく。知っておいて損はないだろうからな!」
そう言ってルキウスさんは真祖の能力を語った。
一つ目は<転生>。これはさっき説明した様に真祖が危機を感じたら新たな肉体に生まれ変わるという能力だ。
二つ目は<血縁者>。一見血の繋がった人の事を表す言葉だが、れっきとした真祖の能力で、血を吸った者のスキルや技能などを自分の物にするというスキルだ。
5つの能力と言っていたが、この能力があるだけで無限の能力と言っても過言じゃない。
三つ目は<血従者>。血液を自由自在に操る能力。一番単純な能力で、理解しやすくて助かる。
四つ目は<精神汚染>。真祖の周囲数メートルに入ると、心が侵され自我を失ってしまうというものだ。
五つ目は<魔力障壁>。常に自らを守る強固な壁を纏っているらしい。
五つの能力を聞いた感想だが、勝てなくね?
こんな化け物の討伐に向かった冒険者は、どれだけ自分の力を過信しているのだろうか。
馬鹿にする様で悪いのだが、愚かだと言わざる終えない。
「想像以上じゃな・・・」
「あぁ。情けない事に俺も聞いた時、頭が痛かった必要無いだろうが一応アドバイスだ! 真祖の奴は光属性にすこぶる弱い。だから光属性を得意とする冒険者が居ると有利に戦える。まあ、お前たちに任せるのは安否の確認だけだ」
意味深にルキウスさんは言ったが、俺たちに戦う気は微塵も無い。冒険者の安否を確認次第、即帰宅する予定だ。
「わかりました」
「馬車はギルドのを使ってくれていい。本来であれば使用料を取るんだが、今回は俺からの頼みだ!無料で構わない!」
「はい」
「頼んだぞ!危険を感じたら逃げてくれ。無事に戻って来る事を祈っている」
頷いてからギルドを出た。
面倒なクエストではあるが、ギルドマスターであるルキウスさんが俺を見込んで頼んでくれたクエストだ。
このクエストを難なくクニアして、評価を得る事が出来ればギルド側から色々な支援を受けられるだろう。
だから失敗はしない。つもりだ。
願わくば討伐に向かった冒険者が、無事である事を望むが、話を聞いた感じだと、真祖は絶望的に強い。
その為、生存している可能性は限りなくゼロに近いと思う。
それでも何か幸運が重なって唯一の生命線を手繰り寄せる事が出来たとしたら。
そう考えるのが俺にできる唯一だった。
ギルドから4人全員が乗れる大きな荷台の馬車を借りて出発した。
運転するのはマリアだ。学園で馬の扱いを習ったらしく手馴れた感じで馬を走らせた。
目的地は地図に赤い印が書かれたヴァールス家の邸から少し離れた岩場付近である。
ルキウスさんに言われた通りある程度外から確認してから近寄ろうと思う。
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数週間前。
とあるベテラン冒険者パーティーは真祖の復活を耳にして、ギルドマスターの部屋へと訪れた。
先頭に立っている男が、パーティーのリーダーであるガレリアだ。
ガレリアは単刀直入にマスターに言った。
「なあマスター、真祖の復活は本当か?」
赤い髪の毛はその男の存在を一層際立たせる。
赤毛の男なんて大して珍しくもないのだが、この男の髪の毛は、他の赤色よりも遥かに赤く目立っていた。
それに加えて背負っている大剣は如何にも重そうで、そこらの冒険者なら手に持つだけで根をあげるだろう。
ガレリアのパーティーはこのギルドでも名高い冒険者が揃っており、ギルド内最強パーティーである事は間違いなかった。
ガレリアと、もう一人の冒険者は二つ名持ちの冒険者であり、その2人は圧倒的な実力を有した。誰もが認めるパーティーの主柱である。
ガレリアの二つ名は"烈火の閃光"。<輝剣>という魔法具から繰り出される光属性の攻撃は閃光の如く高速で鋭く敵を穿つ。
それを操るガレリアの姿は、烈火の如く激しく燃える炎を連想させる。という事でその二つ名を付けられたらしい。烈火の部分は髪の毛の色も含めているようだ。
そしてもう一人は"緑の女王"と呼ばれるエリザという女性だ。
容姿端麗で実力は一流。自然を操るユニークスキルを駆使した変幻自在の技は、回復から攻撃まで一人で全てをこなしてしまう程の有能さ。
"緑の女王"と表向きには言われているが、エリザをよく思っていないゴロツキ供からは"緑の悪魔"と呼ばれている。
他の2人もそれぞれ実力のある冒険者だが、二つ名持ちが2人もパーティーに居る為、肩身が狭い思いをしていた。
それでもお互いが、お互いを信頼しているバランスの取れたパーティーなのだ。
パーティーを結成してからかなりの時間が経ち数々の死線を潜り抜けてきた。その事実が各々の自信となり力となっているのは、語るまでもない。
故に真祖を見くびっていた節がある。竜種を倒し、魔族を倒し、数多くの魔物を倒して来た俺たちに倒せない奴はいないと愚かにも過信していたのだ。
ガレリアはマスターから真祖の転生を聞いて驚きはしなかった。
そもそも、マスターが語った情報はガレリアが信頼を置いている情報屋から事前に齎されていたものと全く同じだったのだ。
信頼する情報屋からの情報は、理由が無くても信じられる。情報屋とは金を支払えば真実の情報だけを教えてくれる存在だ。
胡散臭い存在ではあるが、金さえ払えば最も信頼できるパートナーとなる。
マスターの言葉で元々信用していた不確定の情報が、確定へと変わっただけの話で驚く事はなかった。
そして5つの能力に於いても脅威である事は間違い無いが、自分達の実力であればどうにか対処が可能であると4人は考えていた。
ましてや、真祖の弱点である光属性は自分の得意とする属性であった。
「期待して待っててくれ!直ぐに片付けてくる」
ガレリアは不敵な笑みを浮かべてそう言ったが、ルキウスが抱いている不安は払拭されないままだった。
ルキウスは「油断をするな!」と一言忠告をしたかった。
今のガレリアは、渇望を埋める為に焦っている様に見えた。その渇望の正体までは分からないが、ガレリアは何かを求めているのは確かだと分かる。
しかし、"油断をするな"という言葉はガレリアにとって侮辱に値する言葉である。
一流の冒険者が他人に心配をされるなど不名誉。
それを知っているからこそ何も言えなかった。
後にその事を悔いるとも知らずにルキウスは忠告をしないままガレリア達を見送ってしまった。
ガレリア達は邸が肉眼で見える位置にまで、やって来た。
ガレリア達は各々の実力を過信してはいるが、準備を怠る事は無かった。
環境を整えてこそ実力が発揮できる事を理解していたからだ。
まずパーティーメンバーのニアが<魔力探知>により敵を捕捉する。
「邸内に魔力の反応は一つだけ。大きさからして真祖で間違いないよ!」
その報告を聞いて、もう一人のメンバーであるリクが詠唱を始めた。
「我が命に従い根源たる力を発揮せよ!<黒幕>」
リクが発動した魔法は邸を丸ごと黒く塗り潰した。
この魔法はいわゆる結界魔法で、この結界は入る事は出来ても出る事は出来ないという特殊な結界だ。
そしてこの結界は"逃さない"という一点に於いて、大いに力を発揮する。
真祖を追い詰めた時<転生>により魂が逃げられてしまったら元も子もない。それを封じ込める為の魔法がこの結界だ。
まさに完璧な作戦で真祖を少しずつ追い詰めていく。
決して油断はしていない。例え自分より格下の相手であっても、事前に作戦を立て、万全の状態で掛かるのが、このパーティーの矜恃。
しかし、それが欠点でもある。自分たちの備えが完璧であるという自信が、4人の確固たる力となる。
その為イレギュラーにはめっぽう弱く、一つのイレギュラーで作戦が崩れてしまうと、そこから全てが揺らぎ崩壊してしまう諸刃の剣でもあるのだ。
それでも二つ名持ちの2人が主柱となる事で、ここまで死なずにやってこれた。
4人は結界の中に侵入し一気に邸の中に侵入した。
ニアの探知には未だ真祖以外の反応はない。ここまで来て他の反応が無いのなら、敵は真祖一人だと考えていいだろう。
不思議な事に真祖に動きは無かった。
ガレリア達に気がついていないのか。それとも眼中にないのか。
その答えは最早分かっていた。真祖の瞳にガレリア達は映っていないのである。
自分より弱い生物に興味を惹かれる者はいない様に、真祖にとってガレリア達はそういう存在なのだ。
ガレリア達は空気の変化に気がついていた。近寄るだけで心を壊されていく感覚が、それぞれを襲う。
心をガラスだとするなら、少しずつ端の方から崩されている様な不快な感覚だ。
そこでニアが対策として魔法を使う。
「我らが心を癒せ!<浄化の光>」
心が壊れていく不快感は消え去り気分は良くなった。
<浄化の光>は一定時間状態異常系の魔法の効果を無効化する神官特有の魔法だ。
ニアは神官という神の教えを受けた者のみが就ける特別な職業で、この魔法もその神官にしか扱えない特別な技なのだ。
これで二つ目の能力を封じた事になる。
「もう、直ぐそこだよ!」
ニアが真剣な顔で言った。その声には微かな震えがあった。しかし、堪えている。"最強のパーティーの一員として敵に怖気付く訳にはいかない"という覚悟だ。
「ニアとリクはいつも通り後ろからの援護を頼む!前は俺とエリザに任せろ!」
「言われなくても任せるさ!君たち2人が揃えば最強だろ!」
「いいえ、4人が揃えば最強でしょ?私達は、それぞれがそれぞれの欠点を補う事でやっと最強なの。一人でも欠ければダメになってしまう」
「エリザは真面目ね。私とリクが居なくても、貴方達二人なら余裕よ!」
「無駄話はその辺にしとけ。気を引き締めろ!」
残りの問題は<魔力障壁>だ。これさえ壊せれば後は殴るだけの簡単な作業になる。
経験上この手の魔法は必ず魔力の歪みがあるはずだ。そこを見つけ出し、一点集中の全力攻撃で壊すのが一番効果的だろう。
「行くぞ!」
扉を蹴っ飛ばし勢いよく中に入った。
臨戦態勢をとり、いつ戦闘が始まってもいい様に警戒した。しかし、真祖はガレリア達を馬鹿にする様に椅子に座り机に頬杖をついて、薄ら笑い浮かべていた。
真祖に警戒心は全くない。
ただ邸に客人を迎え入れただけだと言わんばかりに落ち着いている。
「何の用だ?」
真祖の冷たい声が耳に入って来た。
「お前を倒す為に来た!覚悟しろ!」
真祖は嗤った。
「貴様如きが、私を倒すと言ったのか?笑わせてくれる。随分と自分の力に自信がある様子だが、それは人間という下等生物間での話だろう。私を舐めると痛い目を見るぞ」
警戒しているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
真祖に戦う意思は微塵も無く、ただ会話を楽しんでいる様子だ。
だが、緊張を解く事は出来ない。俺たちが緩んだ瞬間に襲い掛かってくるかもしれないからだ。
「そういえば先日貴様らの仲間が、私の事をコソコソと覗き見していた様だが、そいつの報告を受けて来たという訳か?」
真祖の話に付き合う必要は無い。これ以上会話を続ける事に意味はないのだ。
「今から死ぬお前の質問に答えても仕方ないだろ!」
その言葉を合図代わりにして、一気に畳み掛けた。
<魔力障壁>の弱点部分は今の会話をしている内にニアが見つけ出していた。
「心臓部分が、一番魔力が薄いよ!」
その指示を聞いてガレリアは走り出した。
エリザは大理石の床に大地を召喚して、それを操り真祖の拘束を試みた。
「母なる大地よ。私の祈りを聞いて力を貸したまえ。<修羅の森>」
真祖の腕と足に蔓が絡みついて真祖のを完封する。
抵抗を全くしない真祖の懐にみガレリアは飛び込み、心臓部分に全力の一撃を与える。
「砕けろ!<輝剣一直閃>」
<魔力障壁>は確かに存在していた。目には見えないが、ガレリアの一撃はその壁に阻まれて、皮一枚の所で真相を守った。
硬いという表現じゃ柔らか過ぎる。
ニアの指示通り魔力の緩みがある心臓部分を全力で貫こうとしたのだが、傷一つ付いていない。
真祖は自分の口を手で覆い嘲笑していた。
「クククククク。この程度も壊せないのか?やはり貴様ら人間は脆弱だ。虫とさして変わらないでは無いか。興醒めだ。今すぐ私の目の前から失せるのなら、見逃してやらんこともない」
"脆弱と言われるのは初めての経験だった"
ここまでの人生においてガレリアは、常に優秀だった。
剣術、体術、魔法。どの分野においても最高クラスの腕前を有していたのだ。
ガレリアは自分を英雄に成るべくして生まれた特別な人間だと思っていた。
全てに於いて優秀な自分こそが、英雄だと錯覚していたのだ。
周りとは違う境遇で、才能に満ち溢れ、仲間にも恵まれた。
いずれ世界を変えるのは俺なのだと疑いもせず、勝手にそう思っていたのである。
しかし、薄々気が付いていた。
確かに周りの冒険者よりは強い。経験も豊富だ。だが、ただそれだけなんじゃないか。
俺の実力じゃ、ここが限界なのではないかと疑う様になっていた。
俺は自分自身を誇りに思うし自信もある。今の自分に満足している。
"そう、満足してしまっているのだ"
真祖との戦いでやっと鮮明に理解できた。
現状に満足してしまっている人間はそれ以上成長しない事を。
実力があるから勝てる。知恵があるから負けない。
その自信は成長を辞めた奴の考えだったのだ。
無性に笑えて来た。真祖との一戦は、侮辱的にも俺を戒めてくれた。
しかし、今更理解した所で変わらない。腐り始めたリンゴが、腐っている事に気が付いて腐るのを辞める事が出来ない様に満足した人間が、その満足を空っぽにする事は出来ないのである。
俺の戦いは、ここで終結する。最後の戦いは絶望的な実力差がある相手との一騎打ちにて完敗するというシナリオだ。
俺にはちょうど良い。この戦いを生んだのは俺の慢心だ。だが、コイツらまでここで死なせる訳にはいかない。この戦いで死ぬのは俺だけで十分。
それに俺の情け無い姿をコイツらには見せたくは無い。
「エリザ、リク、ニア。俺はここで力尽きるのが良いらしい。お前達との旅は楽しかった。勝手だが悔いはない!ありがとう・・・。ありがとう!」
1度目の有難うは悲しげだったが、次の有難うは嬉しそうだった。
リクが声を荒げてガレリアに言った。
「何言ってんだよ!俺たちなら勝てるだろ!らしくない事言うじゃねえよ!」
「・・・。・・・。」
「ガレリア!何負け越しになってるの?たった一撃受け止められただけでしょ!?」
無言のエリザと必死になる2人。
その姿を見たら嬉しい様な悲しい様な不思議な感覚に陥った。
だが、勝てるか勝てないかじゃない。既に俺は負けていたのだ。
ごめん。という言葉は俺たちの間には必要ないだろう。
ガレリアは魔力を込めた。攻撃の為の魔力ではなくもしもの時の為に用意していた撤退の為の魔法だ。
どこに飛ばされるかは、その時次第の一時凌ぎの魔法。
真祖は失せるのなら見逃すと言っていた。なら何処に飛ばされても問題ない。ここを離脱出来るのなら、それで良い。
この魔法は時空を超える魔法。故にリクの結界にも囚われる事は無い。
「お前達は自由に生きろ!俺の後を追わなくて良い。真祖を倒そうと思わなくて良いんだ!きっと他の誰かが倒してくれる。俺じゃない誰かがな。だから・・・」
涙を流したのは無言を貫いていたエリザだった。
その涙をみたら、こっちも泣けてしまう。堪えろ。堪えろ。
最後は、格好付けて終わるんだ。
エリザが涙声でいった。
「ありがとう・・・ガレリア!!」
その瞬間に込めた魔力を解放した。
「強制時空転送!!」
白い光が3人を囲う。
誰かの、いや3人の声が微かに聞こえてきたが、聞こえないフリをして真祖の方を睨み続けた。
光が治るとそこには誰もいなかった。
お別れだ。生まれ変わっても、また同じ様にあいつらとパーティーを組みたい。そう思った。
「ククククククク!貴様も逃げればいいものを。プライドが高いというのは、報われないな!」
「そうでもないぞ!俺は満足だ。お前を倒せないとしても、次にくらい繋げてやる」
「何をしようと無駄だ」
残りの魔力を全て費やし死ぬ気で戦ったが、勝てる気がしなかった。
だが・・・切欠だけは・・・。




