33.大図書館での出来事
振り切った剣は正確に騎士の首を捉えていたはずだった。
俺もそれを確認していた。
しかし、騎士グリンの剣は隣に居たエドワード王子の頭スレスレを通過して、背後の本棚を切っていた。
「何故だ!?」
「ひっひぃぃぃっ!な、何をしている叛逆か?」
二人とも理解が出来ずに混乱していた。
俺も良く状況が飲み込めていなかったが、横にミラがいない事に気が付いてようやく理解した。
ミラがグリンの剣をエドワード王子の方に逸れる様に仕向けたのだ。
テーブルの下から飛び出したミラはエドワード王子を指さして言った。
「吾輩の図書館で、人を殺すなど許さないのじゃ!」
もう、こうなったら俺も出るしかない。
そもそもこのシナリオを作ったのは俺なのだ。後始末は俺がしないと。
「エドワード王子会うのは2回目ですね」
エドワード王子は眉間にしわを寄せて、強く睨みつけてきた。
「お前!何故お前がここにいる?」
「ちょっと調べ物をしようと思いまして」
「調子に乗るな!」
冗談も通じない程に怒っている様だ。
殺されそうになった騎士は、意識を失っている。もしかしたらショック死している可能性もある。
いや息はしているようだ。
目線をエドワード王子の方に移す。
エドワード王子は憤慨して息を荒げていた。
「お前達が悪魔か。ここで死んでもらうぞ!王宮にお前達の様なゴミが存在していい訳がない。
父上が許しても私は許さないからな!」
そう言って騎士を前に出し、エドワード王子自身は詠唱を始めた。
「緩やかに吹く風よ!今こそ刃となり我が為の力となれ!<ウインドショット>」
風属性の魔法が形成され今にも放たれるという所で、ミラがブツブツと何かを言っている。
「風の魔法。術式の型は精霊単式魔法。簡単じゃな!<術式破壊>」
エドワード王子の掌に集められた魔力はミラの一言で、周囲に散っていった。
エドワード王子は困惑して、もう一度同じ魔法を繰り出そうとするが、同じ様にミラによって無効化された。
エドワード王子は惨めに叫んだ。
「何なんだ!お前は!」
ミラは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「吾輩は図書館に囚われた悪魔じゃよ!」
ミラは騎士たちの言葉を借りて自分を悪魔だと形容した。
実際の所、ミラは図書館に捕らえられた、ただの被害者に過ぎないのだが。
それなのに悪魔と言われるなんて可哀想な話である。
次は騎士が突っ込んで来た。
個体名:グリン・ナード
脅威度:☆☆
騎士の一振りを剣で受け流し、蹴りを入れて飛ばす。
イアンやヴォルカニア団長に比べたらこの騎士はかなり弱い。攻撃も防御も隙が多く相手にならない。
「エドワード王子、退いた方が良いんじゃないですか?」
「はあ?退く必要はないだろ!私達の勝ちは決まっているのだぞ!」
何を言ってるんだ?明らかに俺たちの勝ちだ。
エドワード王子には勝ち目なんて何処にも存在していない。
そう思っていたが、グリンが立ち上がって獣の様に吠えた。
「ガアアア!!グアアアアア!!」
身につけていた鎧が弾けて、その姿が露わになる。
全身が茶色い毛に覆われていて、身長も3メートル近くまで大きくなっていた。
鋭い牙に鋭い爪。赤く光る瞳からは恐怖を感じた。
これはまずい事になった。
<神眼>で観察してみたところ。
脅威度:☆☆☆☆
Lv:46
ユニークスキル:<獣化>
明らかに化け物だ。これじゃイアンやヴォルカニア団長以上の強さだ。脅威度が跳ね上がっている。
狼男の様な姿に豹変したグリンが正面から突っ込んできた。早すぎて避けられない。
「ぐっ、、。」
ただの突進を一撃喰らっただけでこのダメージとは恐ろしい。
素早さと攻撃力は俺を凌駕していた。おまけに距離を取って戦おうとしても一瞬で距離を詰められる。
これは誰がどう見てもヤバイ状況だ。
グリンは右手をぶん回して攻撃してきたが、それを剣で上手く受け止める。
次に右手での一撃。
避けきれずに喰らってしまった。
軽さを重視して防御力の低い装備を選んだ事が不幸を呼んで、鋭い爪が脇腹の肉を引き裂いた。
流れる血を止めようと<ヒール>を連続で使ったが傷口は塞がらない。
「はぁ、はぁ、、。」
いよいよ不味いな。イアンとの一戦で消耗しているのが響いて魔力が底を尽き始めた。
ミラが俺の耳元で囁いた。
「ありがとう。もういいのじゃ。吾輩はもう十分なのじゃ。お前は逃げろ!
奴らの狙いは吾輩なのだろう。それなら吾輩が素直に死ねば奴らもお前の事を執拗には追いかけないじゃろ!」
「嫌だ、、約束したんだよ!必ず助けるって。それに私はそんなに弱くない!
一人ぼっちで寂しい思いをしている少女に守られる程弱くないから!」
あまり使いたくは無かったけど、あれを使うしか無い。
もう既に魔力は殆ど無いが数秒程度であれば耐えられる筈だ。
俺は憤慨している。ミラに対するあらゆる仕打ちに。
生まれて直ぐに閉じ込められ、誰の愛情も知らずにここまで育った。
そしてやっと光が見えたと言うのにそれすらもを奪われようとしているのだ。
こんな事があって良いわけない。俺がミラを解放する。
想像しろ!怒りを神器として具現化するんだ!
「絵本の世界。怒りの魔剣」
現れた武器から禍々しく膨大な魔力が感じられた。黒く明るい光を放つ武器。
何故だが分からないが、心の奥からただならない怒りの感情が湧き上がってくる。
俺の膨大な魔力に反応してグリンが襲い掛かってくる。
「グワワワアアアア!!」
動きが速くて追いつかないが、そんな事はもう関係ない。
俺から滲み出ている黒い魔力がグリンの動きを感知して体が勝手に動くのだ。
目に追えない動きであっても、勝手に反応して攻撃をする。
正面からの単純な攻撃を避けグリンの肩を目掛けて剣を一直線に落とす。
「ギャアアアアア!」
グリンの腕が地面に落ち、傷口から血が滴る。
その光景を見ても怒りの感情以外なにも湧いてこなかった。
自分の中に自分以外の誰かの感情がある様な感覚だ。
冷静に事を眺めている自分と感情に任せて意識を支配している自分がいる。
やはり神々の武器は俺には二が重いのだ。その武器の特性に意識が流されてしまう。
グリンは血を撒き散らしながらもう一度攻撃を仕掛けてきた。
鋭い爪を立てて勢いのある一撃だ。
しかし、これも避けてもう一本の腕も切り落とした。
「グッ、、。」
力の無いグリンの叫びを聞いて、心が満たされる気がした。怒りが一度緩和した気がしたのだ。
黒い景色が目の前を覆い尽くしていく。黒いが赤い何かを帯びた感情が、まだ足りないと訴え掛けてくる。
「何だ!なんなんだ!?お前は一体何なんだよ!?!」
涙声と怒号が混じり合った醜い声が聞こえたが、 何も思わない。
気が付いたらエドワード王子の首に剣を近づけていた。
うっうう。違う。俺はこの男を殺す為にグラムを召喚したんじゃない。落ち着け。自分を見失うな。
意識を返せ!この体は俺の物だぞ!
たかが剣に俺の意識をやる訳にはいかない!
意識を持っていかれる寸前で、どうにか意識を取り戻した。気分は最悪である。
「大丈夫、、なのか?」
「あぁ大丈夫だ。」
頭が痛い。ボーッとして何も考えられない。
フラフラした体を無理矢理動かして、ミラに巻き付いた鎖をグラムで断った。
魔力切れで気を失ってしまった。
その時エドワード王子は余りの恐怖に気を失っていた。
緩んだ股から何か生暖かい液体を流して、王族とは到底思えない醜態を晒したまま気を失っていた。
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部屋で寝ていたアリスとマリアは目を覚ました。
部屋にエレンがいない事に気が付き何処に言ったのだろうかと疑問に思ったが、時期に戻って来るだろうと、その時はあまり考えなかった。
しかし、なん十分経っても戻ってこない事にマリアは違和感を抱いた。
確かエレンはヴァイセ王女様の部屋に向かった。それから既に2時間近く経っている。
長話になっていると考えればそれまでだが、エレンが持って行ったベルが部屋ある。
それは一度エレンが部屋に戻ってきた事を意味している。
一度戻って来たエレンは今どこにいるのか。
考えれば直ぐに答えは出た。大図書館に行ったのだという答えだ。
私の心はざわついていた。最悪な事態が起きている気がして居ても立っても居られなかった。
大図書館の位置は把握している。
マリアはアリスを連れ、急いで部屋を出て大図書館まで向かった。
大図書館の扉が開いているのが見えた。
間違いなく誰かがいる。
奥の方から何かの呻き声が聞こえる。何か起きているのは、見なくても分かるけど何が起きているのかを想像したくなかった。
アリスちゃんは私の手を一層力強く握った。心配なのだろう。私も同じ気持ちだとアリスちゃんの手を握り返す。
急いで呻き声の方に向かった。
しかし、近付いていくにつれて足取りが重くなっていった。
近寄らない方が良いと本能が訴えかけてくる。
だけど、ここで行かなきゃ私は私を嫌いになってしまう。
私もエレンの様に誰かの為に前へ進める様な強い女になりたい。私
は進まなきゃ行けないんだ!ミラの、、笑顔の為に!
マリアは決心した。この先何があろうともミラの笑顔の為ならば何だってやってやると。
それはエレンの言葉を真似しただけだが、それでも良いとマリアは思った。
人は何かを成し遂げるには、まず他人を真似る事から始める。
真似るという行為はスタートラインに立つという意味を合わせ持っているのだ。
「アリスちゃん行くよ!」
「うん!」
アリスちゃんがコクリと頷く。
アリスちゃんが隣にいる事が何よりも勇気をくれた。幼い少女ではあるけど私はアリスちゃんに助けられている。
なるべく早く呻き声の方へと進んだのだが、その呻き声は既に途絶えていた。
私達が辿り着く前に何かが終わったのだ。エレンとミラが無事である事を祈るばかりである。
ミラは気絶したエレンに異常がない事を確認した。エレンの肋の傷口が塞がっている事に驚いたがら無事ならそれで良い。
次にグリンの方へ近寄った。
酷い出血じゃ。腕を繋げないと血は治らない。
近くに転がっていた腕を拾ってグリンの腕の切断面と合わせて<ヒール>を繰り返した。
くっ!ヒールじゃ回復力が足りない。
絶え間なく<ヒール>を繰り返すが完全に切断された腕を繋ぎ合せる程の効果は無かった。
ミラが諦めかけたその時、、。
「ミラ!大丈夫なの?」
思いも寄らない助け舟だ。
「マリア!私は大丈夫じゃ!それより早くしないとこの男が死んでしまう!」
「う、うん!私のポーションを使って」
マリアとの再会を喜びたい所じゃが、今はそれどころじゃない。
敵とは言え死なせる訳にはいかないのじゃ。
エレンもそれを望んでいない筈じゃ。
マリアの<ハイポーション>とミラの<ヒール>を併用して、無理矢理腕を繋ぎ合わせる。
「私も手伝う!<魔法固定>」
アリスの<魔法固定>で<ヒール>を固定した。
3人の懸命な処置によって血は止まったが、ただの人間であったら既に死んでいてもおかしくはない。
グリンの凄まじい生命力の賜物という訳だ。
「「「はぁ。」」」
3人は疲れのあまり地面に尻餅をついた。
「危なかったのじゃ。二人がいなかったらこの男は死んでいた。」
「そうだね。本当に危なかったよ!ここで何があったの?」
ミラは2人に大図書館での出来事を簡潔に語った。
エレンとの出会いからエドワード王子との戦闘。その終わりまでを。
マリアは全員が無事である事に安堵して笑った後に涙を流してミラを抱きしめた。
ミラは思う。これが幸せという感情なのか。と。
それから騒ぎに気が付いた王宮の騎士達が大図書館に集まって来た。
気絶しているエレンやエドワード王子、グリンを背負って逃げ出す事が出来る筈もなく私たち3人は騎士に拘束された。
夜も遅いとの事で一先ず隔離された部屋に魔力封じの枷を付けられて、閉じ込められた。
明日になったら国王様の前で事情聴取が行われるらしく国王様の判断によっては、その場で死刑もありえるそうだ。
そんな事を聞かされたら幾ら疲れたと言えど眠れない。
ミラとの再会は素直に嬉しいけど、それを素直に喜べない状況が憎い。
エレンは大丈夫だろうか。という疑問がマリアとアリスの脳裏に浮かぶ。
ちゃんと明日、約束を守ってくれて有難うって言わないとな、、、。




