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32.図書館の囚われ人ミラ

 部屋で留守番をしていた二人は、ぐっすりと仲良く眠っていた。

 色々と疲れたのだろう。

 正直な所俺も大分疲労していて今すぐにベッドに潜り込みたいけど、今日の夜にでも動ける様に色々と作戦を考えないといけない。

 まあ作戦を考えると言っても、大したものにはならないと思うが。


 まずは大図書館に偵察へ向かおう。大図書館までの道は前もってジョセフさんに聞いておいた。

 心配ではあるが、何とか辿り着けるだろう。


 迷わなかったと言えば嘘になるが、無事大図書館まで辿り着けた。


 本が数は異常に多い。流石は大図書館だ。

 四方八方、本、本、本。それ以外の物と言えばテーブルとイスが多少置いてあるくらいだ。


 成績の優秀な一般人が入れるのは、日が落ちるまでで、それ以降は基本宮殿に住んでいる者のみの立ち入りが許されているが、俺以外の人影が一つもない。

 もしかして王族はみんな勉強嫌いなのか?せっかくの本達が可哀想だ。

 とは、言うものの俺も本は好きじゃない。それは置いておいてミラを探そう。


 直ぐに見つかると思っていたが時間がかかりそうだ。

 ただでさえ広い空間なのに本棚によって見晴らしが悪い。


 マリアは図書館に居れば頻繁に会える様なニュアンスで話していたが全然見当たらないぞ。

 もしかして心を許した相手にしか見えないとか?

 いや。それならエドワード王子に見つかる筈がない。


 何処かにギミックがあるのか。

 マリアの学んでいたのは魔法薬学についてだ。それなら魔法薬学についての文献を漁っていたはずだ。

 その本に何か秘密があるのかも知れない。


 当てずっぽうな予測ではあるけど、可能性は十分にある。というかそれしか俺には思い付かないのだ。


 それにしても魔法薬学の本は万とある。それを一つ一つ手にとっていたら、今日が終わってしまうな。


 どうした物か、、、。


 突然に<神眼>が発動した。


<神眼>が捉えたのは魔力の残留物だ。その残留物が答えに導いてくれた。

 とある本に金色に輝く鎖が巻きついていた。明らかに不自然で、他の本にはそんな形跡はないのだ。


 手にとってページをペラペラと眺めてみたが普通の本だ。

 初心者向けらしく良く使われる薬草やポーションの組み合わせなどが記されている。


 灯台元ぐらしという言葉があるが、これもそういう事なのだろう。

 貴族と成績の良い学生だけの立ち入りが許可されているこの図書館において初心者向けの本は不要なのだ。

 成績の良い生徒は自分に見合ったレベルの本を読むのが普通だ。

 そもそも成績の良い生徒は初級編の本を暗記していて当然だ。

 マリアが何故この本を取ったのかは分からないが。


 本を手に取った事による変化は感じられなかったが、背後に目線を感じる。


「何故この様な時間に人間がくるのじゃ。邪魔で邪魔で仕方がないのう。」


 ブツブツと文句を言っているが、さっきまで誰も居なかったと思うんだけど。


「ほほう。主も魔法薬学に興味があるのじゃな!吾輩も好きだぞ!確かマリアも好きだったな。

 早く戻ってきて欲しいのう、、。いや別に寂しくはないのじゃよ!」


 あれ?これ俺に話しかけてる?独り言にしては盛大に喋りすぎじゃない?


「まあ吾輩がいくら話しかけようと主らには聞こえないんじゃがな!わははは!」


 1人で笑い転げている姿を見ていると悲しくなってきた。

 聞いているだけじゃ可哀想だから返事をしてみる。


「ごめんね!全部聞こえてるから」

「え!?」


 ミラは俺と目が合った瞬間、石の様に固まってから後ずさりして後ろの本棚に衝突した。

 後頭部をぶつけたのかその部分をおさえて俯いている。


「うぅ、、。痛いのじゃ、、。」

「大丈夫か?」

「問題ないのじゃ」


 恐らくこの少女がミラだ。


 見た目はマリアと同じくらいで、金色に輝く髪の毛に青い瞳がよく似合っている。

 そういえば国王も金髪だったな。マリアの言っていた通り国王の隠し子なのだろう。


 隠し子という事だから、もっとやせ細っているものだと思ったがそんな事は無かった。

 細身ではあるけど健康そうだし、服装も整っている。

 想像と違って普通の扱いを受けている事が伺える。恐らくは事情を知っている国王の側近が世話をしているのだろう。


 国王に謁見した時、国王に対して悪い印象を受けなかった。

 それは国民に対する国王の愛が伝わったからだ。王族だからと人を無下に扱う様な人間じゃない事が第1に伝わって来たから良い印象を受けたのだと思う。

 その愛は隠し子であるミラにも適用されている。俺は一先ず安心した。


 やはり国王はミラを大切に思っている。しかし、公に出来ない理由で誕生したミラを国王は惜しくも隠すしか無かったのだろう。


 後頭部を抑えながら、涙目になるミラに声をかける。


「君がミラだよね?」


 ミラはびっくりした様に目を見開いた。


「何故我輩の名前を知っているのじゃ?」

「マリアから聞いたから」

「主はマリアを知っているのか!?」

「うん!君の事を助けて欲しいってお願いされたんだ。」


 ミラは口元が緩んで笑みを浮かべていた。

 マリアが自分の事を心配してくれた事が嬉しかったのだろう。


「吾輩を助けてくれるのか?」

「約束だからね」

「そうか。ありがたいのじゃが、吾輩はこの図書館から出る事が出来ないのじゃ」


 その事は知っている。<神眼>で図書館の中を観察してみた所、ミラには魔力の鎖が巻き付いている。

 その鎖はミラを大図書館に閉じ込めておく為だけの鎖だ。

 その鎖をどうにかしない限りミラを連れ出す事が出来ない。


「これを解除しようと試みた事はある?」

「主にも見えるのじゃな。この忌々しい鎖が。

 吾輩はこの空間に10数年間閉じ込められていたのじゃ幾度と無く鎖を壊そうと試みた。じゃが無意味じゃった。

 吾輩の魔法では、歯が立たないらしいのじゃ。」


 肉眼では見えない鎖。

 対象とした者にのみ効果を発揮し、対象以外の者は触る事すら出来ない特殊な鎖のようだ。


 例外なく俺も触る事が出来ない。

 鎖を解除するには術者を倒すか、鎖の弱点となる部分を見つけ出し破壊するかだ。

 どちらも難しい。そもそも術者を見つけ出す事は不可能に近い。

 隠し子であるミラに術を掛ける事が出来る人物となると、国王自身または、国王によっぽどの信頼を置かれている人物だ。そうなるとその人物は口な硬いはず。尋問をしても口を割らないだろう。


 鎖の弱点となる部分の破壊が現実的だが俺が触らない以上ミラが自力でどうにかするしかない。


「鎖の弱点とかわかる?」

「吾輩も探したが、この鎖には弱点がないらしいのじゃ。

 そもそもこの鎖は魔族を縛る為に作られた複数術式魔法であってじゃな。」


 腕組んで冷静に話しているが、全く訳がわからない。


「待って待って!もう少し分かりやすくお願い」


 しょうがないなと言わんばかりの顔で、説明を再開した。


「複数術式魔法とは、何枚もの術式を重ねて一つの魔法に組み上げる高等魔法じゃ。

 その術式の組み合わせは無限、術者によって色々じゃ。

 そしてこの鎖は大体20枚超の術式で構成されている。

 こんな数の術式を一つの魔法に組み上げる事が出来る人物はこの国においてたった一人しかおらん。」


 術者の特定が出来ているのか。 それなら鎖の破壊より術者を倒した方が早い。


「誰?」

「元魔法師団長ミルゲイル・アルフォンスじゃ。」


 誰だよ!って感じだが、ミラの言い方からしてかなりの強者なのだろう。


「その人は今どこにいるの?」

「吾輩にも分からないのじゃ。ただもうこの王宮にはいないのは確かじゃな。

 吾輩の<広範囲魔力感知>で、鎖から滲み出てる魔力と同じ魔力の人物を探しても、見つからないのじゃ。

 まあ見つけた所でミルゲイルには勝てないのじゃがな!」


 話は振り出しに戻った。

 術者が判明しても、この王宮内にいないのであれば意味がない。

 もう時間がないというのに助け出す手段がないとは、一周回って笑えてくる。


 それでもマリアとヴァイセ王女、それにミラ自身に助け出すと約束してしまったのだからやるしかないのだ。


「術式は壊せないのか?」

「5枚程度の複数術式魔法であれば吾輩の<術式破壊>で壊せるのじゃが、20枚超にもなると術式を読み取る事が出来なくて壊せないのじゃ。」


 結論を言えばお詰みという事だ。


 そもそもミラ自身で何とか出来るのならとっくにそうしている。

 それが今でもここに縛られているという事は、ミラの力じゃどうしようも出来ないという事なのだ。


 長い沈黙が続いた。

 薄暗い図書館の中は淡いオレンジ色の光だけがユラユラ揺れていた。

 時間が刻一刻と過ぎて行きもどかしさだけが募っていく。


 ミラはこんな寂しい空間に10年以上も一人ぼっちだったのか。

 俺だったら死んでいるな。でもそれは外を知っている人間の考えで、外を知らない人間からしたらそんな考えには到底及ばないのかもしれない。

 それでも寂しいのは確かだろう。小さい頃から誰にすがる事もなく本を読み知識を蓄えるだけの日々に愛想を尽かしていた筈だ。


 沈黙の中でミラは自分の事を考えた。


 吾輩は寂しくはなかった。そもそも寂しいという感情の定義を知らない。

 よく本に登場する人物達は、寂しいという感情に囚われる事がある。


 一人で部屋にいる時、一人で遊んでいる時、一人で、、、。


 寂しいとは、一人の事を言うのだろうか。それなら吾輩は常に寂しいではないだろうか?

 常に一人。孤独に本を読むだけの毎日。吾輩はそれ以外の毎日を考える事が出来なかった。


 そういえばマリアという初めての友達が出来た時、吾輩は明日は何を話そうか。明日は何をしようか。と初めて明日を楽しみにしていた。


 あの時は心が満たされていた気がする。


 そうか。あれが幸せなのか。じゃあそれに反対する気持ちこそが寂しいなのか。


 それなら確かに吾輩は毎日寂しかったかも知れない。

 あの幸せをまた感じられるなら、吾輩は何としてもここから出たい。鎖を壊したい。

 どうか助けて欲しい。とミラは心の中で悲鳴を上げた。


 長い沈黙を切り崩したのは俺でもなくミラでも無かった。


 大図書館の扉が開いた音が聞こえた。


「誰かが来たようじゃな。」


 ミラは平然とそう言ったが、俺の心はざわついていた。

 それはヴァイセ王女が見た夢の話を思い出したからだ。


 鉄が地面に擦れる音がした。

 恐らく騎士の鉄製の靴が地面に擦れている音だ。


 複数人の足音がこちらへと近づいて来る。


「ミラ隠れて」


 ミラは訝しげに俺の指示に従って机の下に隠れた。


 すると直ぐに騎士が近くまて来て会話を始めた。


「エドワード王子、ここです!この本を取ると悪魔が現れます!」


 オドオドした若い騎士だ。その騎士の横にはエドワード王子ともう一人騎士が居た。


「お前が前回悪魔を捕らえていれば私がここまで足を運ぶ必要はなかったんだぞ!」


 怒りの感情を露わにして、騎士に怒鳴った。


「す、すいません、、。」


 エドワード王子は本を手に取りページをめくる。


 しかし、悪魔が一向に現れない事に腹を立てて騎士に悪態をついた。


「悪魔など現れないじゃないか。お前、私に嘘を付いたな!」

「いえ、、本当に現れたんですよ!嘘をつくはずないですよ!」

「黙れ!お前如きが私に楯突くな!グリン、コイツを殺せ!」


 エドワード王子が隣に居た騎士に命令を出すとその騎士は頷く事も無く腰の剣に手を掛けた。


 俺がミラと接触した事によってヴァイセ王女の見た未来のシナリオが変更された。


 そう考えると今騎士が殺されそうになっているのは俺の所為という事になる。

 最悪だ。ミラを救えても他が失われてしまったら意味が無い。


 そんな事を思っている内にグリンという騎士は剣振り上げた。


「すまない。王子の命令だ!お前にはここで死んでもらう!」


 冷たい声色で、そう言った。


「嫌だ嫌だ!僕は死にたくない!嘘なんてついてないんですよ!!王子!僕は本当の事を言ってるんです!」


 泣き噦る騎士に軽蔑の目を向けて、唾を吐きつけてエドワード王子は冷徹に指示を出す。


「やれ!」


 その言葉と共に騎士グリンは、首を目掛けて剣を振り下ろした。





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