31.ヴァイセのお願い
俺達が泊まる客室は三人で泊まるには十分過ぎるくらい広い部屋だった。
客室というより宴会場みたいな広さだ。それでも宮殿の大きさを考えたら、この広い空間でさえ当たり前の広さなのだろう。
コンコンとドアをノックして入ってきたのはメイドだ。
ハルザード伯爵の邸に居たメイドとは少しメイド服のデザインが違う。
メイドが朗らかな表情のままお辞儀をして言った。
「失礼します。私はエレン様のお手伝いをさせていただきますメイドのジョセフと言います。
何かご用件がありましたらこのベルを鳴らしてお呼びつけください。」
金色で黒い取ってが付いたベルを渡された。
鳴らしてみると大した音は鳴らなかった。これじゃ部屋の外にいる人には聞こえない。
「ジョークってやつですか?」
首を傾げてから答える。
「じょーく?の意味は存じないですが、そのベルは宮殿内であれば距離に関係なく聞こえる様に出来ていますので鳴らしていただければ直ぐに参ります。」
そういう事か。便利なベルだな。
「わかりました!」
「はい。それでは失礼します。」
丁寧にお辞儀をして、メイドのジョセフさんは部屋を静かに出て行った。
その様子を見届けてからベッドに倒れ込む。
そんな俺にマリアが声を掛けてきた。
「エレンって馬鹿なの?」
シンプルイズベストに罵って来た。どんな悪口より刺さるな。
「いきなり!?なんで?」
「だって国王様を目の前にしてあんな態度を普通取れる?」
「待って!私は真面目だったよね?」
「最初だけはね!ちゃんと敬語が使えてるなって思ったら、いきなり戦いだすし、アリスの笑顔が欲しいとか言い出すしさ!
どんな教育を受けてきたの!?」
教育の事まで言われたらもう笑うしかない。
俺からしたらマリアの指摘した全てが真面目なのだ。
それに何度も言うけど、戦闘になったのはイアンのせいだし、国王も俺とイアンが戦う事を望んでいたので、俺に非は全く無い。
アリスの笑顔だって考えた結果それしか思い浮かばなかったから仕方ない。
ほら!いくら考えたって俺は真面目だったと胸を張って言える。
「心外だよ!私はずっと真面目だった!」
マリアは呆れて溜息を吐いた。
「アリスちゃん。君のお姉ちゃんは馬鹿だから、君だけはまともに育つんだよ!」
「でも、カッコ良かったよ!」
そうその笑顔が欲しかったんだ。でも馬鹿は否定しないんだね。
悲しい様な嬉しい様な複雑な気持ちになった。
「ま、まあ確かにカッコ良かったけど。」
「でしょ!私はエレンお姉ちゃんのそういう所が大好き。」
あぁ死にたい。もう未練なんてこの世界に存在しないと思える程幸せだ。
アリスの可愛さはもはや魔法だ。誰にも防ぐ事の出来ない不可避の魔法である。
「アリスちゃんは素直だね。そんなにエレンを甘やかしたらダメだよ!」
「私の方が年下みたいに扱わないでよ!」
「精神年齢はアリスちゃんより低いでしょ?」
「心外だ!心外!」
部屋でゆっくりとしていて、ふと思い出したが確か王女様に部屋に来る様にと言われていた。
そろそろ落ち着いた頃合いだし行くとするか。一人で行った方がいい気がするからアリスとマリアは部屋に残っててもらう。
王女様の部屋を知らないので、ベルを鳴らしてジョセフさんを呼んだ。
最初はベルが聞こえるか半信半疑だったが、鳴らすと直ぐにジョセフさんがやってきた。性能は確かな様だ。
「どうかされましたか?」
「えーと、王女様に部屋まで来る様言われてたんですけど、どこに部屋がありますか?」
「王女様と言われましても、3人居ますのでどなたでしょうか?」
三人姉妹なのか。それにプラスあのエドワードという王子がいるのか。
「ヴァイセ様です!」
「承知しました。部屋の前まで案内するので付いてきてください。」
ジョセフさんの後に続いて、ヴァイセ王女の部屋の前まで来た。
ここから自分の部屋まで自力で戻れる気がしないな。ダンジョン過ぎる。
兎も角、ドアをノックする。
「エレンです。」
「ああ入ってくれ!」
「失礼します」
部屋の中を見て驚いた。
部屋中に武器や防具が所々に飾られていて、武器屋だと言われても誰も疑わないレベルだ。
一つ違和感があるとしたら、ベッドとソファが置いてある所だけだろう。
勿論この部屋は武器屋ではなく、ヴァイセ王女の部屋なのだから、ベッドとソファが置いてあるのは当然の事だが、部屋の内装の関係上ベットとソファが置いてあるのが不自然に見えてしまったのだ。
ソファに座っているヴァイセ王女は俺の全身に目を走らせてから声を出した。
「ベッドにでも腰をかけてくれ」
「はい」
ヴァイセ王女は再び俺の事をジロジロと見つめて、軽く頷いた。
「お前も晒しにしたらどうだ?晒しは良いぞ!身軽で楽だからな」
何かと思ったら服装の話か。
流石に晒しは嫌だな。身軽なのは確かだろうけど、防御面を考えると薄すぎる。
「遠慮しておきます!」
「むっ!そうか。」
不満そうだ。
ヴァイセ王女は「さて」と切り出して、本題に入った。
「エレン。お前は兄上に会ったか?」
兄上とはエドワード王子の事だろう。そいつなら国王の部屋の前で会った事を覚えている。
「エドワード王子ですか?」
「そうだ。兄上の印象はどうだった?」
第一印象はかなり悪いというのが本音だ。
一般人を蔑んでいる様な言動が印象的で、いい人とは到底言えない。
しかし、それを正直に言ってもいいのだろうか。
王族を罵倒した時点で反逆罪になる恐れもあるだろう。
言葉を選びながら答えを返す。
「王族としての誇りを持った人だと思いましたよ!」
「私の前でそういうのはいらないぞ!正直に言ってくれ」
正直に言うのが正解だった様だ。
「はい。正直な所、良い印象は受けませんでした。私たちを見るや否や軽蔑の目を向けて来ましたから」
俺の言葉を聞いてヴァイセ王女は頷いた。
恐らくヴァイセ王女もその事は承知の上なのだろう。
「兄上は一般人を軽蔑している。王族が守る筈である国民を軽蔑しているのだ。
そして兄上は宮殿にある大図書館を特に嫌っている。
エレンは知っているか?大図書館を」
マリアから聞いたので大体は知っている。
成績の良い学生なら身分関係なく使えるという図書館だ。
一見、良いシステムに思えるがそれは一般人としての意見なのだ。
貴族の中には何故平民が宮殿に入る事が許されているのかとのかと、よく思っていない者も多いだろう。
その中の一人として。いやその中の代表としてエドワード王子が君臨している。
「何となくは知っています!前に教えてもらいましたから」
「私はあの図書館が好きだ。身分の隔たりがなく誰でも使える空間。最高だと私は思うのだ。
それでも実際の所、兄上だけでなく多くの上級貴族達が良く思っていないらしい。」
どうやらヴァイセ王女は俺たち平民の味方らしい。身分関係なく接することが出来る人みたいで安心した。
しかし、それ故に悩んでいるのだ。どう貴族達に大図書館のシステムを納得させるか、どう兄であるエドワード王子を説得するかを。
「私が言うのは可笑しいと思いますが、恐らく納得出来ないと思います。
そもそも身分制度がある時点で、あらゆる差が生まれます。
根本から変えなければ、何も変わりません。」
ヴァイセ王女は俯き気味に頷いた。
ヴァイセ王女もそんな事は理解している。それでも解決策を探し続けているのだ。
情けない事に俺には解決作は分からない。力になる事は出来ないのだ。
「エレンの言う通りだ。だからこそあの空間は大切なのだ。分け隔てなく身分を気にせず誰もが一緒に居れる空間。平等の象徴だ。守るべき象徴なんだ!」
俺の目を真っ直ぐに見つめて言った。
ヴァイセ王女が大図書館に抱く強い想いは伝わったが、それを俺に話すのに意味があるとは思えない。ただ意見を聞きたいと言うのであればもっと他に適任はいた筈だ。
恐らくは他に話すべき事がある筈だ。
「そうですね。私もそう思います。で、本題は何ですか?」
「あぁそうだな。少し話がズレた。私がお前をここに呼んだのはお前に頼みたい事があるからだ。」
王女直々の頼み事なんて嫌な予感しかしない。
とりあえず話だけは聞く。
「頼みたいことですか?」
「あぁ。まずは私のユニークスキルについて話さないといけないな」
「はあ。」
ヴァイセ王女は淡々とユニークスキルの事を話し始めた。
ヴァイセ王女のユニークスキル<予知夢>は、近い未来を夢として見る事が出来るらしい。
スキルの発動は自らの意思とは関係なく不意に発動し、未来の景色を覗き見る事が出来る。
<予知夢>で見た未来は必ず訪れるが、行動次第によっては未来を変える事も出来るのだと言う。
「未来を見れるスキルですか。便利ですね。」
「いいや。言った通り私の意思に関係なく発動するからな。厄介なもんだよ。」
「厄介ですか。それで<予知夢>で何を見たんですか?」
ヴァイセ王女が見た夢の話を簡単に纏める。
夢の舞台は例の大図書館。見知らぬ少女に剣先を突き付けた騎士。その隣でエドワード王子は、少女に罵声を浴びせる。
大粒の涙を浮かべて助けを乞う少女に手を差し伸べる者は誰もいない。
エドワード王子の近くにいた騎士は皆、下衆な笑みを浮かべながらただその一部始終を眺めるだけであった。
聞いただけでムカムカしてくる様な話だ。
ヴァイセ王女の声色も暗く、憤りが伺えた。
俺にも同様に怒りの感情が湧いてきた。王族でありながら一人の少女を痛めつけて、泣かせる様な男を許せるわけがない。
早めに行動する必要がある。
不幸中の幸い。ヴァイセ王女は俺たちの味方になってくれた。
王女の頼みという建前を手に入れられた事で、一方的に俺たちが責められる事も無い。
最初より動きやすくなったと言える。
それにヴァイセ王女の夢では、俺たちがミラを連れ出す前にエドワード王子が行動を起こしている。と、言う事は今夜にでもエドワード王子はミラに接触する可能性が高い。
「分かりました。一つ聞いても良いですか?」
「なんだ?」
「私の見立てだとエドワード王子より王女様の方が強いですよね?それなら」
俺が言い終わる前にヴァイセ王女は答えた。
「いいや。私は兄上には勝てないよ!確かに兄上より私の方が実力は上だろうが、王族には呪いがかけられている。
王族同士が争わない様に生まれた順に力の補正が掛けられている。だからいくら鍛錬した所で、兄上や父上を超える事は出来ないのだ。」
だからヴァイセ王女は自分で行動するのではなく俺に頼んだのか。
その呪いが適用されるのは、王族同士の場合に限られている。
その為無関係の俺だったらエドワード王子を止める事が出来るという訳だ。
イアンとの戦闘を見た限り実力もある俺を適任だと思ったのだろう。
それは俺にとって僥倖で、勿論断る理由は何処にも無いので受ける事にした。
「任せて下さい。私が何とかしますので、後始末の方は王女様にお願いします!」
「あぁ!頼んだぞ」
俺はヴァイセ王女の部屋を出て自分の部屋に戻ろうとしたが、全く道が分からない。
同じ様な所ばかりでどっちに進んで良いか見当も付かずやむなくジョセフさんをベルで呼び出した。
「すいません。自分の部屋がわからなくて」
「はい。私に付いてきてください。」
何回も呼び出して悪い気がするけど、ジョセフさんは面倒だとか思っていないのだろうか。
表情は常に朗らかで、丁寧な対応を惜しみなくしてくれている。
その為に少し話辛い。話し掛ければ答えは返ってくるだろうが、当たり障りの無い返事をするだろう。
ジョセフさんには悪いけど、俺は少し抜けたメイドの方が好きだな。
そんな下らない事を考えている内に俺の部屋まで辿り着いた。
多分俺が道を覚えられないのは、無駄な事ばかり考えているせいだ。




