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30.国王の話

 光の刃が刺さる寸前で思わず目を瞑ってしまった。


 今から俺を貫こうと言う刃を目の前に目を開けていられる余裕なんてなかった。


 広がる暗闇が長い間続いた。人は死ぬ寸前になると走馬灯を見ると言う。刹那に記憶に残っている過去の出来事を回想するのが走馬灯だ。

 一瞬だが体感的には長く感じるらしい。自分自身も絶賛その最中だ。過去の出来事までは見えないが、暗闇が長い間続いている。


 そろそろ光の刃に貫かれて痛みが走る頃合いだと思ったのだが、時間が止まったみたいに何も起こらない。


 前世で死んだ時は走馬灯なんて見なかったんだが。


 恐る恐る目を開けると、刃は殆ど隙間が無いくらいの所で止まっていた。

 本当に時間が止まっているのか?


 いや違う。これはアリスのユニークスキルだ。


 光の刃に纏わりつくアリスの魔力を<神眼>によって見る事が出来たので、直ぐに分かった。

 守る筈のアリスに守られてしまった。恥ずべき事なのかも知れないけど俺は嬉しく思った。


 守り守られる関係。俺はアリスの事を大切にする余りアリスが成長している事に気がつかなったのだ。

 ステータスとして成長が見えたとしても、アリスは弱いから俺が守らなければと勝手に思い込んでいた。

 しかし、アリスは成長して強くなった。

 まだ弱い部分も多いが、最初に比べれば断然強い部分の方が多くなっている。

 アリスの成長を目の当たりにして、不甲斐ない自分の姿をこれ以上晒す訳にはいかないと強く思った。


「アリス!ありがとう!」


 後ろに落ちていた剣を拾って、剣先をイアンに向ける。


「光の精霊ウィルオウィスプよ!我が意志を感じて闇を穿つ弓となれ!<光穿弓>」


 剣が形を変えて光り輝く弓へと変わる。


 このスキルは前々から考えていたスキルと魔法を組み合わせたエクストラスキルだ。


<形態操作(メタモルフォーゼ)>で、剣の形を弓へと変え、その弓に<エンチャント>で光属性を付与する。矢は光属性の魔力で持続的に作り出せる。


 このエクストラスキルの難点は<メタモルフォーゼ>の扱いにくさだった。

 練度が低いから上手く変形が出来ない不安定な技だったのだ。

 しかし、床を盾に変化させた時、確信が持てた。今なら出来るのではないかと。


 その勘は間違いじゃなかった。


 イアンは絶望の表情を浮かべていた。本来であれば意識を失った時点でイアンの敗北だった。

 しかし、イアンは自分の敗北を認める事が出来ずに治療を施してくれた相手の不意を突いて殺そうと考えたのだ。


 たかが冒険者に負けるなど、騎士の名折れである。それなら反則まがいの不意打ちも厭わない。

 ある種の覚悟だったが、それすらもエレンという冒険者は超えてみせた。

 もはや勝利などは微塵もない。アルブレヒト様からの評価も滝の様に落ちていくのが目に見えていた。


 イアンは放心状態に陥りその場に棒立ちになっていた。


 もう戦う気力は無い様だ。

 弓を撃たずに相手の降参を促すという手もあるが、イアンは降参する気がないらしい。

 恐らくは自分自身への罰だろう。反則を犯した己を律する為に降参はせずに俺の一撃を喰らうつもりなのだ。


 それなら望み通り本気の一撃をお見舞いしてやろう。

 これは怒りとか憎しみとかの感情ではない。とどめを刺すという純粋な感情だ。この場での最善の慈悲なのだ。


「イアン!お前の負けだ!」


 矢が掛かっていない弓を強く引く。数秒で光の矢が構成された。

 眩い光が辺りを一層照らして、狙いをイアンに定める。


「<滅殺の光(ライトニング)>」


 放たれた光の矢は一直線にイアンを穿つ。


 イアンは思う。

 これは自分のスキルだ。私の<一閃>と同じなのだと。

 反則した私にエレンが向けた技は、イアンが反則時に放ったスキルに類似する技だった。これは戒めなんだ。しっかりとこの身と記憶に焼き付けておこう。


 イアンに接触した光の矢は強い光を放ちながら爆発し、やがて消えたいった。


 威力は大分カットしたが、それでも凄まじい威力だった。

 普通の人なら死んでいる筈だが、そこは流石の騎士様だ。

 ピンピンとまではいかないが、問題なく生きている。


「勝者はエレンか。」


 国王は溜息を吐く様な勢いで言った。


 それを聞いてイアンはボロボロになった体を無理矢理動かして国王の前に跪く。そして何も言わずに床を見つめていた。


「面を上げよ。主は何の為にエレンと戦ったのだ?」


 流れる血をそのままで、国王の問いに答える。


「自分自身の為です。私はアルブレヒト様に認めて欲しかったのです。」

「主の様に己の私利私欲で動く者は、いつかその身で罰を受ける事になるのだと。

 これからは己を戒めこの国の為に戦え。主は我が騎士であり、王都エルドラルドの騎士である。

 故に国の為に命を捧げよ!」


 国王の言葉にイアンは困惑した様子だったが、やがて涙をうっすらと浮かべて深々と頷いた。


「は、はい。」


 なんか結果的に丸く収まったが、イアンには一言謝って欲しかった。

 俺に敗北したマイナスと国王からは良い感じの言葉を貰ったプラスで、イアンにとってはプラマイゼロの結果となった。


 そんな事を考えていたらイアンが俺に声を掛けた。


「エレン。貴女には悪い事をしました。素直に謝ります。

 けれど、私は貴女を認めはしません。私の騎士団に入る事を許しません!」


 素直に謝ら無いのか。まあ別に構わないけど、そもそも入る気は無いのだから。


「そう。安心して私はワルキューレには入らないから」


 イアンは悪びれずに頷いた。よく言えばずぶとい性格なのだろう。


「はっはっはっはっは!面白いものを見せて貰ったよ!実に良い戦いだった!」


 長い高笑い。


 ここは国王の部屋なんだろ?こんな好き勝手人に出入りしていいのか?


 扉を勢いよく開けて、堂々と立つ女性。


 女性である事は間違いないのだが男っぽい。見た目の雰囲気だったらエンさんに少し似ているが、エンさんより男気がある様に感じる。


 短髪で胸に晒しを巻いているのが特徴的。俺たち以上に場違いな存在である。

 鎧も甲冑も身につけていない事から騎士では無い様に伺えた。


「主まで来たのか。」

「はい!父上の部屋がやけに賑やかだったので、面白そうと思い魔法で中の様子を見てました!

 そしたら居ても立っても居られずこうして参上した次第です!」


 今父上と言ったか?いやいや。あり得ない。


 国王が父上ならこの女の人は王女という事になるぞ!

 王女ならドレスやら装飾品やらで美しく着飾るものだろう。

 こんな場違いな格好をした王女が何処の世界にいるんだ?

 あれだな!俺を驚かせようとドッキリを仕掛けているんだな!

 そうだ。そうに違いない。


「お前名前は?」

「私ですか?」

「そうだ!お前以外に誰がいる。」

「私はエレンです。」

「エレンか。良い名前だ!私は一応王女のヴァイセだ!よろしくな」

「はっはっは!王女ってのは冗談ですよね?私は騙されませんよ!」


 マリアが俺の肩を強く掴んで、耳元で囁いた。


「エレン!この人は本当に王女様だよ!」

「マリアもグルか?」

「グルって何?とりあえず早く謝った方がいいよ!」


 マリアの慌てようから王女である事は嘘ではないみたいだ。


 王女は盛大に笑って言った。


「はっはっはっ!面白いなお前。是非とも私の騎士団に入って欲しいものだが、どうやらイアンの奴がそのチャンスを潰したようだな!」

「は、はい。すみませんヴァイセ団長、、、。」


 俺はもう一つ勘違いをしていたらしい。戦乙女の騎士団(ワルキューレ)の団長はイアンだと思っていたのだが、どうやら違うみたいだ。


 ヴォルカニア団長と対等な立場で話していたから、そう思い込んでいたが団長はこの王女の方だったのだ。

 ドッキリじゃないと言えど、ここまで来たらもはやドッキリだ。


「まあ良い。イアンは面白いものを見せてくれたからな。

 だが、お前がやった事は騎士を侮辱する行為だ!後で説教してやる!」

「は、はい、、、。」


 イアンが子犬の様に大人しくなっている。

 これが王女兼団長の威厳ってやつか。


「エレンお前にも後で話があるから父上との話が終わったら私の部屋に来い!」


 俺に話?なんだろうか。イアンの事についての話か?


「分かりました。」

「うん。じゃあまた後でな!イアンお前も来い。まずは怪我を回復させてからみっちり説教だ!」

「すいません、、。」


 2人はそのままの勢いで国王の部屋を出て行った。王族って色々な人がいるんだな。


 色々な邪魔が入り国王との話が遮られてばかりだったが、やっと落ち着いた。国王は咳払いをしてからまた話を始めた。


「邪魔がいくつか入ったが主は我の騎士にはならないという事で良いのだな?」

「はい。無礼だとは分かっていますが丁重にお断りします!」

「構わぬ。」

「はい。もう一つ質問なんですが国王陛下が私を王都に呼んだのは、騎士団への勧誘が目的だったのですか?」


 これは俺が一番不思議に思っていた事だ。わざわざ王都の宮殿に冒険者を呼んで、ただ騎士団への勧誘が目的だったなんて釈然としない。

 他に何か理由があると思うのだ。


「主は知っているか?この世界には長い間、勇者が誕生していない事を。

 勇者とは世を正す事を使命として生まれる存在。勇者がいなければこの世界の均衡は崩壊する。

 しかし、100年前魔王を封じた勇者の後に勇者は誕生していない。

 故に世界の均衡が徐々に崩れ始めているのだ。魔族の動きは活発になり、魔物は日に日に数を増やしていく。

 各国の騎士や冒険者では太刀打ち出来ない程に勢力を増しているのだ。

 それに加えて国同士の争いも絶えない。現に我が国も騎士王の国と、いつ戦争に入ってもおかしくないという状況なのだ。」

「そうなんですか?」


 勇者がいない事は知っているが、それと俺が何の関係があるんだろうか。

 国王の話を引き続き聞く。


「そんな状況の中一つの噂が飛び込んで来た。エリクの町に魔人を倒した女冒険者が居ると。

 我はその存在に希望を抱いてしまったのだ。魔人を倒す程の力がある者など、勇者以外の何者でもない。長い間、誕生していなかった勇者がやっと誕生したのかと。

 しかし、実際に主に会って驚いた。主が持っている武器は神器や聖剣ではなくただの凡庸な剣。防具に関してもそうだ。

 魔族を倒す程の力があるとは到底思えない。我が騎士団の方がよっぽど強く見える。

 どの様にして魔人を倒したのか我の目を持ってしても見抜けなかった。」


 俺はそんな大層な人間じゃない。ただの冒険者だ。勇者であるはずが無い。

 失望させてしまったのは申し訳ないが、俺に非がある訳でもない。


「国王陛下の期待を裏切る様ですが、私は勇者ではないです。聖剣も神器と呼ばれる物め何もかも何も持っていません。」


 国王は少し間をあけて、話し出した。


「あぁ主は勇者では無かった。だが、主には並外れた力があるようだ。

 故に主が望むのであれば我が支援しよう。我が持つ領地なら好きに使ってもいいように領主に言っておこう。爵位も授けよう。武器も防具も授けよう。

 主は英雄になる為にこの世界に生まれたのだと我は確信している。

 どうかこのカルディアの為に戦って貰えないだろうか。」


 有難い話だが俺にその支援は必要ない。

 俺は勇者でなければ英雄になる気も無い。


 国王の申し出は魅力的ではあるけど、俺には責任が重すぎる。そう思ったから断る事にした。


「有難うございます。ですが私はただの冒険者です。英雄にはなれません。だから武器も防具もこのままで良いです。

 爵位もいりません。領地を好きに使える権利もいりません。

 私は私の為にこの剣を振るいます。この国の為に生きる何て事は私の様な愚か者には出来ません。」


 国王は呆れて溜息を吐いた。


「それなら主は何が欲しいのだ?何の為に生きているのだ?

 地位でもなく、名声でもなく、財宝でもない。それ以外に主は何を求める?求める物はあるのか?」


 少し考えたが、頭に浮かんだ答えは一つだけだった。

 地位も名声も財宝も欲しくないと言えば嘘になるがそれを一瞬で手に入れる事に意味があるとは思えない。努力なくして手に入れた物なんて偽物でしかないから。

 積み重ねていった先で、手に入れる物がそれらだと俺は思う。


 だから俺が今一番欲しい物は、、、。


「アリスの笑顔です!」


 国王が玉座から滑り落ちた。


 ヴォルカニア団長達は慌てて国王に駆け寄った。


「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」

「あ、あぁ。大丈夫だ!下がれ。」


 玉座に戻って、ゴホンッと咳払いをしてから話しを再開した。


「主が求めるのはそこの幼き少女の笑顔だけだと言うのか?」


 冷静沈着な国王であっても、この時ばかりは冷静では居られなかった。


 国王自ら何でもやると言っているのに求めるものは、特定の人物の笑顔と答えた。

 馬鹿馬鹿しい物言いに笑いそうになったが、確かにそれだけは国王であっても与える事が出来ない。

 まさか国王という最高の地位に君臨した我でさえエレンという一人の冒険者如きが、求めるものを与える事が出来ないとは国王も大したことが無いなと現国王アルブレヒトは思った。


 国王はエレンの言葉に耳を傾けた。


「そうです。私はアリスの笑顔が欲しい。どんな地位よりも、どんな名声よりも、どんな財宝よりも、アリスの笑顔の方がよっぽど嬉しい。

 どうですか?国王陛下は私にアリスの笑顔を与える事は出来ますか?」


 国王は苦笑いでなげやりに言った。


「馬鹿馬鹿しい。主がそう言うのならば我は何も言わんし渡さん。好きに生きろ!」

「はい!そうさせていただきます!あっ!あと部屋をボロボロにしてすいません。」

「構わん。」


 国王との長い遣り取りは終わりやっと楽になった。


 本来であればもっと落ち着いた雰囲気の中で行われる筈の謁見なのだが、何故だか戦闘まで行う羽目になってしまった。

 何というか個性的過ぎるという感想以外何も浮かばなかった。


 俺たちは数日間王都に滞在する事にした。

 元々それを前提に俺たちを連れてきたらしく宮殿にある客室を俺たち用の部屋として用意してくれたのだ。


 そこまでの道中、ヴォルカニア団長には叱られエンさんには笑われた。


 普通なら国王に対しての言動やイアンとの件は許される行為じゃないのだが、今回は騎士イアンの方に非があるし、国王も呆れてはいたが怒ってはいなかったので、セーフという事でお説教だけで許された。


 まあ取り敢えずは一件落着という訳だ。



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