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29.ワルキューレの悪行

 恐らくこの女の目的は出世だろう。魔人に勝った俺に勝つという事は、実質的に魔人に勝ったとも言える。

 この女は、俺を成長する為の栄養としか見ていないのだ。

 この女の様に高位の騎士や名の知れた冒険者は直ぐに相手を下に見て見下す癖があるようだ。

 世間に知れ渡った自分の名前を過信して、自分より身分が低い者、経験が浅い者は当然自分より実力は下な筈だと、勝手な妄想を繰り広げる。

 そう言う輩が居るから世の中は乱れるんだ。何て大袈裟な事を言っているのだが、その過信のお陰もあって戦い易いとも言える。上の者が下の者へ抱く気持ちは見下すという一点のみで、自分の負けは万が一にも無いと確信している。その傲慢さが最大の隙に繋がっているのだ。


 イアンは誇らしげに大きい身振りで口を開いた。


「慈悲を与えましょう。私と一騎打ちをして、もし勝てたのならば貴女に選択する権利を与えます。」


 戦闘になる事は予想してたが、言い方が一々自分が全て正しいと言わんばかりなのが癪に触る。

 元々自由に選択する権利はあったのにそれをどっかの誰かさんが奪ったんじゃないか。


 女の勢いに乗ってしまうと確実にこちらが不利になってしまう。

 女の話を聞く必要はない。国王がどう判断するかで動けば良い。


「国王陛下。貴女の騎士と戦う事に意味があるとは思えません。」

「意味などいらぬ。確かにイアンの言っている事に道理はないだろうが、主の力は見てみたい。」


 国王は純粋に俺の力を見たいらしい。国王の発言は実に有り難い。国王が認めた戦いならば、もはやそれは公式戦と言っても過言じゃない。イアンも不正を働きづらい筈だ。


「国王陛下がそう言うのなら、、」


 イアンは胸に手を当てて国王の言葉を噛み締めた。


 この世界に来てからヤケに戦いを挑まれる。確かに冒険者である俺は、悪目立ちし過ぎてしまったかもしれないが、それにしても理不尽な物言いに苛まれる事が多い。


 まあ異世界に転生した時点この世界では異常な存在である事は間違いない。

 その異常な存在が普通の生活を送れる筈が無いと言えば確かにと頷ける。

 仕方ないと言えば仕方ないのだが、それを納得してしまうと、そこで何もかもが仕方ないで結論付いてしまって考える事を辞めてしまう気がするので、俺は少しでも抗う事に決めている。

 それでも大抵が理不尽に戦闘が始まってしまうのだが、それはもう置いておこう。


 イアンが不気味な笑みを浮かべて言った。


「魔人を倒した位で図に乗ってる貴女を私が倒してあげる。

 そうすればアルブレヒト様の信頼を今まで以上に得られるわ。フフフ。最高だわ!」


 腹の中は真っ暗だ。


「それが本性か。で、何処で戦うの?」


 俺の問いに国王が答えた。


「この部屋を使えば良い。ヴォルカニアよ!結界を張ってくれ」

「はっ!」


 ヴォルカニア団長は直ぐに詠唱を始めて、正四角形の透明な結界を俺とイアンの周りに作り出した。


 アリスとマリアはエンさんと共に離れて観戦している。


「ルールは?」

「特にないです。好きに戦いなさい!」


 イアンは自身満々に言った。


 事前に<神眼>で周りを警戒して見たが怪しい所は全くなかった。イアンの自信は単純に自分の実力を信じているからだろう。


 脅威度:☆☆☆

 Lv:58


 ヴォルカニア団長と同等くらいだろうか。

 脅威度:☆☆☆だと舐めていると負ける可能性がある。


 国王が手を上げて、何かを切る様に下ろす。同時に開始の合図をした。


「始めよ!」


 俺の事を舐めている奴なら開始と同時に突進してくるか、余裕な顔をして俺に「どっからでも掛かってきな」的な事を言う筈なのだが、イアンはそんな事はなく冷静に俺の出方を伺っていた。


 イアンは馬鹿では無いらしい。戦いに関して俺より経験が豊富だ。それ故に戦い易い状況を作るのが上手いのである。


「意外と警戒するんだな!」

「戦いで荒れ狂う者は魔族だけで十分でしょ!騎士は可憐に舞う様に戦うものです。」


 細長い刃を俺に向けて、どの行動にも対応出来る様に態勢を整える。


 先手は俺が取る。イアンの技量を図る為にも正面から攻撃をした。

 しかし、俺の行動は間違っていた。正面からの攻撃だと部が悪いという事に気がついていなかったのだ。


 レイピアを扱うイアンは、俺の攻撃をレイピアで受けるのでは無く避ける事に集中していた。

 その為難なく避けられてしまい、細い剣先を俺の右肩を目掛けて正確に突き刺した。


 経験の差がある以上、正直に戦うと俺が負けてしまう。

 剣の扱い。身の扱い。場の扱い。その全てで俺は負けているのだ。正々堂々では勝てない。


「くっ。」

「どうしましたか?まさかあれが本気ではないでしょうね?」


 レイピアに付いた血を振り払いながらイアンは言った。


 筋を正確に断ち切られて肩が全く動かない。


 それに物凄く痛いが、時期に麻痺して痛みは薄れていった。


<ヒール>により応急処置を済ませた。完全にくっ付いた訳では無いがある程度は動く様にはなった。


 深呼吸をして作戦を練る。ただの剣技じゃ勝てない以上、俺にしか出来ない何かで押すしかない。


「器用なものですね。それでも貴女の負けは不可避、私には敵わないでしょうね!」


 太々しくイアンは言った。


 イアンは俺の事を警戒している様だが、実の所そうでもない。

 最初の俺の行動を見て明らかに自分の実力の方が上である事を確認した。

 そのせいでイアンは油断してしまったのだ。俺の未知の可能性を考えずに俺の実力をその程度だと決めつけて、余裕を持ってしまったのだ。

 それは俺にとって幸いで、イアンにとっては災いという形になった。


 俺はまず相手の行動を制限する事を考えた。

 動きが俺より早いのならば、その動きを止めて仕舞えば良いという考えに至る。

 動きを止めるのなら雪の女王レイシアで氷漬けというのはどうだろう。

 しかし、ヴォルカニア団長の様に氷を溶かせるスキルとかを持っていたら逆に相手の警戒心を呼び起こしてしまう。

 それじゃダメだ。間違いなくイアンの動きを封じる事が出来る能力。

 人間の五感に直接干渉できる能力があれば簡単なのだが、、、ふとフレートを思い出した。

 あの笛で超音波の様な音を出せたら相手の動きを封じれるのではないか?

 音なら耳を塞ぐ以外に防ぐ方法も無い。


 そうと決まれば実行に移す他ない。


絵本の世界(ザ・ワールド)。ハーメルンの笛吹き男」


 イアンは目の前の光景に釘付けになる。初めて見る未知の技。

 何が来るか分からない恐怖が、イアンの警戒心を煽った。しかし所詮は冒険者の技だと舐め切っていた。


 軽快な音と共に一人の少年が現れた。


「よお!この前ぶりだな!今回はなんだ?」


 イアンは警戒心を解いた。警戒していた自分の前にいかにもチャランポランな大きな笛を持った男が現れたからだ。

 その見た目からは強さを感じる事は出来なかった。


 イアンはつくづく思った。

 所詮は冒険者。王国を守護する騎士に敵うはずが無い。この冒険者に負けた魔人はさぞかし弱っていたのでしょう。

 本気を出すまでも無い。アルブレヒト様を侮辱する様ではありますが、これに関しては見る目がなかったと言わざる終えない。

 それでも私の評価を上げる為の良い獲物になってくれた事には感謝しています。

 貴女に敗北を差し上げましょう。


 イアンはせめてもの慈悲で、スキルを使う事にした。


 レイピアの剣先を俺に向けて構える。


「フレート相手の耳だけを潰す事は出来る?」

「それは難しいな。耳を潰す事は可能だが、それを制御するのは流石の俺でも無理だな!」


 きっぱり言われてしまった。しかし、フレートは制御する事は無理だが、音は出せると言っていた。それなら耳の方は俺がどうにかすれば良い。


 まあ俺ではなくアンがと言った方が良いだろう。


絵本の世界(ザ・ワールド)。マッチ売りの少女!」


 イアンはいつでもスキルを放てる状況だったが、エレンの奇怪な行動が気になりスキルを放たなかった。


 イアンは巻き上がる炎を見て攻撃を仕掛けて来たのだと思い警戒したがそこにまた人間が現れた。


 まるで手品を見ている様。何も無い所から何かを出現させる。

 全く無意味に思える行動を繰り返すエレンを見ていたら、なんだか笑えてきた。


「エレンお姉さん今日は何の用?何が欲しいの?」

「耳栓が欲しいんだ!」

「そう。それなら私が可愛いのを出してあげるわ!」


 別に見た目は何でも良いのだが、アンが張り切っているのを見ると断りづらい。


 アンはマッチを一本擦って、デザインやらを想像する。すると、薔薇の花の様な形をした耳栓が現れた。


 アンは誇らしげに俺に渡した。


「可愛いでしょ!?」

「う、うん。いいね!」


 特に感想は見つからなかったので適当な褒め方になってしまった。それでもアンは笑って喜んでくれた。

 次はしっかりと感想が言える様に語彙力を鍛えておこう。


 さて。準備に時間がかかったがこれで整った。

 何故だか知らないが、イアンは俺の方にレイピアを向けてるだけで何もしてこない。


 面倒な事をされる前に終わらせよう。


「フレート準備はいい?」

「いつでもいけるぜ!」

「じゃあ!よろしく」


 アンを戻して、耳栓を隙間なく嵌る。


 イアンは未だに動かない。


「行くぞおおお!!」


 笛を吹く前に気合いを入れる為の声を上げた。


 その声で何かが起こる事を察したイアンは、再びレイピアに魔力を込める。


「何をしても無駄です。」


 イアンが言い放った次の瞬間!


 "フォォオオオオオオオ!!!!"


 結界が軋む程の超音波。音を漏らさない筈の結界の外からでも、その音は耳うるさく聞こえた。

 国王、騎士団、アリス、マリアは思わず耳を塞ぎこむ。


 耳栓越しでもかなりの威力で、音が空間全てを支配した様に揺さぶった。


 耳栓も何もしていないイアンは、瞬時に意識を失って倒れ込んだ。


 作戦を実行してから気が付いたが、俺は最低な事をしたのかも知れない。

 容赦はしないにしても五感の一つを完全に破壊するという悪辣な手段を取ったのだ。


 音が止み。フレートが満足気に俺の方を向いた。


「ああ最高だ!久々に思いっきり吹いたぜえ!」

「う、、、、うん。あの人大丈夫かな?」

「鼓膜は間違いなく破れたね!もしかしたら脳震盪とかもあるかもな」

「、、、、、、」


 本当にやり過ぎた。挑んで来たのが向こうだとしても、これはやり過ぎだ。


 倒れ込んでいるイアンの隣に行きポーチからハイポーションを取り出して、耳にかける。同時にヒールも用いてなるべく綺麗に治る様に試みる。


「う、うう、、」


 直ぐに意識が回復した。


「大丈夫か?」


 俺の質問に答える前にイアンはレイピアに手を伸ばした。

 まだフラフラしている様で、立ち上がっても倒れそうになっている。


「私は貴女なんかに負けない。私は、、私は本気じゃなかっただけです。」

「何を言ってるの?貴女の負けだよ!」


<神眼>がイアンの魔力に反応した。


 スキル名:一閃

 脅威度:☆☆☆☆


 これはやばい。この距離で受けたら間違いなく死ぬ!避けないと、、、!


 イアンが構えたレイピアから眩い光が溢れた。


「貴女の負けです!<一閃>!」


 光の刃が一直線に進んでくる。速度は速い。この距離では避ける事が出来る筈ない。

 潔く避けるのを辞めて少しでも当たりどころを良くする為に<一閃>の軌道を眺めた。


「エレンお姉ちゃん!!」


 アリスの声が聞こえた。どうやら結界は既に敗れているらしくアリスの声が鮮明に耳に届いた。


 もしも、ここで俺が死んだらどうなるんだろう。アリスは誰が守るのか。ずっと一緒だよという約束を果たされないまま終わる。

 中途半端が嫌いな俺からしたら、約束を果たせないというのは死ぬより嫌だ。

 守ると決めたら守り切りたい。助けると言ったらどこまでも助けたい。

 俺はこんな所で死ねない。


「止まれええええ!!!」


<形態操作(メタモルフォーゼ)>で床を盾の様に変化させて、光の刃を受け止める。

 攻撃を受けた盾には亀裂が入っていき今にも割れてしまいそうだ。


 唯一の打開策も虚しく壊された。光の刃は俺を貫く、、、、。



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