22.平穏な一日 1
ほのぼのパートです。
ふと目が醒める。外がまだ薄暗い事から時間は大体把握出来た。
どのくらい寝ていたのだろうか。昨日宿に着いてから風呂に入ってその後直ぐに眠ってしまった。
夢も見ない程ぐっすり眠れた。そのお陰で体の疲れは、嘘みたいに消えている。
朝の気分はなかなか良いのだが起きるのが早すぎてやる事がない。二度寝をする気分でもないから本当にやる事がないのだ。
早起きは三文の徳と言うが、早起きした事によって暇に苦しむ事になった。早起きしても徳なんて無いから、早起きしない方が良いよ!とアドバイスしておこう。
まあ暇だしアリスの寝顔を見観察しながら魔導書を読むとしよう。
正直言ってあまり本を読むのは好きじゃない。特に挿絵とかが、全く無い小難しい本は苦手なのだ。
国語の授業で芥川龍之介の羅生門を読んだ時なんて、難しい表現に酔って吐き気を催した程である。
それは芥川の作品に限った話では無く文豪と呼ばれる誰かの作品を読んでも同様に吐き気を催す始末である。
その為に活字を読む事を避けてきた一生だったのだが、もう既にその一生は終了している。だからこの新しい一生では、活字にも目を通そうと思う。
魔道書を開いて静かに読む。
一見難しいのかと思いきや案外読みやすい。本が嫌いな俺でも読みやすいのだ。表現が直接的で考えなくても理解できる。
そもそもが小説とは違って、魔法という一つの概念を伝える為の物であるから難しい言葉や表現はいらないのだ。
その文章の意味は理解出来るけど、それを感覚的に理解する事は出来なかった。
スポーツとかでも良くあるが、理論的にどう動けば良いのか理解できたとしても、それを実際にやるとなると話は別だ。
この魔導書を読んだ俺も同じだった。
そもそも魔導書というのはそこに書かれている魔法なら好きに使えるのではないのか?と思うだろうがそうじゃない。
現に俺が使えるのはヒールとエンチャントの二つだけだ。
読んでみて気がついたのだがページに書かれている魔法を使うにはその文を理解する必要がある。
当たり前の話だ。理解出来ない物を使う事は出来ない。
理解した上で行使する事を扱えると言うのであって、理解しないままで行使する事を扱えるとは言わない。
最終的に俺が理解出来たのは<ヒール系>と<エンチャント系>のみという結果に終わってしまった。
魔導書を手に入れた事で、魔法を好き勝手に使えると浮かれていた俺の期待を裏切った魔導書を引きちぎってやろうかと思ったが、もしかしたら今後使える魔法が増えるかも知れないし、ここでそんな暴挙に出たらせっかくの<ヒール>と<エンチャント>まで使えなくなってしまう。
そんな棒に振る様な行為はしたくない。だから俺は一先ずこれで終わりにする。
魔導書をバタンと閉じて、アリスの横にまた寝転がる。
外から微かに入ってくる朝日は眩しかった。
もう日が昇ったのか。この部屋には時計がないので正確に時間を把握できないが、大体6時くらいだろう。
アリスが起きたらまずを朝食を食べて、その後にギルドに向かう。
前回のクエストが長期戦だったし、今日はオフにしようと思う。クエストは受けずに防具屋とかを巡る。それに服ももう少しあった方が良い。服屋にも行く事にする。
あとこれからの事を考えると薬草やポーションが必要になるはずだ。
それも買っておこう。
アリスが目を開けた。まだ眠そうな目を擦りながら朝の挨拶を交わす。
「おはよう」
「おはよう!起こしちゃった?」
「ううん!」
「そう。もう少し寝てても良いよ」
「うん!でももう起きる!」
そう言って両手を上に広げて伸びをした。
ボサボサの髪を梳かしてから、朝食を食べに食堂に向かった。
「二人ともおはよう!」
元気の良い挨拶。
「おはよう」
「ミルさんおはよう!」
「二人とも朝食?」
「そう。」
「今日はパンとベーコンと卵焼きだよ!」
この世界の主食は主にパンだ。他にはパスタの様な物もある。
どれも美味いのだがやはり米が恋しい。伯爵の邸で食べた料理にも米が使われてる物は一つも無かった。
それを考えるとこの世界には米という文化がないのかもしれない。
米信者の俺にはちょっとした地獄だ。今度米を探す旅に出ようかと悩むくらい深刻な事態なのだ。
まあでもテーブルに運ばれて来た料理は全て美味しそうだから、良いんだけどね。
早速食べよう。
「いただきます!」
「いただきまーす!」
米が無いのは寂しいけど、パンにバターを塗って食べるのも、たまらなく美味しい。
シンプルイズベスト!それにカリカリベーコンも美味い。
この世界の家畜は殆ど元の世界の家畜と変わらないらしくベーコンは豚から、卵焼きは鶏の卵だった。
異世界だから魔物を家畜として飼って食べているのものだと勝手に思っていたけど、そうでもないみたいだ。
少し期待外れだけど料理が美味しいなら文句は無い。
アリスも満足そうにフォークに刺したベーコンを頬張る。
「ベーコン美味しい!」
「そうだね!私も好きなんだよね!このカリカリがたまらないよ」
「ベーコンでそこまで喜ぶ人は他にいないよ」
ミルが苦笑いで言った。
「そうか?このベーコン一枚で人は幸せになれると思うよ!」
「なにそれ」
適度な談笑と食事を済ませた後、ボロボロになった防具をポーチに入れて、宿を出た。
ミルの「いってらっしゃい」の声に送り出されて、気分の良いままにギルドを目指す。
流石商業が盛んな町である。朝なのに賑わっている。新鮮な魚が置かれる朝市。野菜や果物も売られている。
そこにミルのお母さんも居た。果物に野菜、魚、肉と言った物を大量に抱えていた。せかせかと仕入れを済ませている。
その姿を眺めているとミルのお母さんと目が合った。
「あらあら、エレンちゃんとアリスちゃんじゃない。もうお出かけ?」
「ちょっとギルドに行こうと思いまして!」
「そうなの。」
「急ぎって訳じゃないんで荷物持ちましょうか?」
「いいわ!私こう見えて力持ちなのよ!」
腕を曲げて力こぶを見せつけようとするが、全く筋肉の無い綺麗な腕が見えた。
「あら筋肉ないわね!」
多分天然なんだろう。
自分の言った事に自分で笑っている。
「筋肉はないけど、このくらいは大丈夫よ!心配しないで!」
「そうですか!それじゃ私とアリスは行きますね。今日は早く帰るので」
「晩御飯楽しみにてて!」
「はーい!」
1日の楽しみがまた一つ増えた。
ギルドに入るとクエストが貼られる掲示板の前に冒険者が群がっていた。
冒険者にとっては重要な戦いである。いかに楽かつ報酬が良いクエストを取れるかの勝負なのだ。
まあこの戦いに参加するのは中級の冒険者が殆どだ。
ランクの高い冒険者は、難易度の高いクエストに向かい、ランクの低い冒険者は掲示板の端にある簡単なクエストを受ける。
だから中級の冒険者は必死になって、この戦いの覇者になろうとするのだ。
俺は大体余りのクエストを巡るから関係ない。
受付の方に視線を移してそっちの方に向かう。
「おはようございます!エレンさん。」
いつもの受付嬢さんが笑顔で挨拶する。
「おはようございます!クエスト無事に完了しました。」
「申し訳ありません!急ぎとは言えエレンさんのランクに合わないクエストに向かわせてしまいました。」
頭を下げて深刻そうな雰囲気で謝る。
「いえそんな事言わないでください!確かに厳しい内容でしたが、無事に私とアリスは帰ってこれました。それに向こうの村長には凄く感謝されたんですよ!」
「そう、、ですか?そう言ってもらえると助かります!これからはしっかり気を付けますので!」
「そうしてください」
受付嬢さんはそう言ったけど、このギルドにガイアを止める事が出来る冒険者がいるとは思えない。
それに今回の場合はイレギュラーが多過ぎた。チートに近い能力を持つ俺だから、どうにか対応出来たけど普通の冒険者だったらそれこそ深刻な事態に陥っていた筈だ。
だから受付嬢さんの判断はあながち間違いじゃなかった。
「村長から貰った文書です!」
「はい!拝見させてもらいます。」
内容を確認して、引き出しから報酬を出した。
「はい。確認出来ました!エレンさんの事を絶賛していますね!流石エレンさんです!
これは報酬です!」
麻袋に硬貨がいくつも入っている。しかし俺はその報酬に期待はしていなかった。
クエストを受ける時に報酬額をよく確認しなかったが、クエストの難易度に見合っていないという事だけは確認したのだ。まあ報酬が欲しいから受けた訳じゃ無いから幾らでも良い。
「ありがとうございます!今日はクエストを受けないので」
「そうですか!」
「ポーションや薬草を売っている良い店ってありますか?」
「それでしたら防具屋さんの近くにある薬屋さんが良いですよ!」
「わかりました!行ってみますね!」
「はい!また来てくださいね!」
微笑んで見送ってくれた。
次は防具屋に行く。主に防具の修理を依頼する。ガリウスとの戦闘でアーマーが壊れてしまったからだ。
意外とあの防具を気に入ってるんだよな。なかなか動き易くて、耐久性もある。
「らっしゃ〜い!おっ嬢ちゃんじゃねえか!」
「こんにちは!」
「こんにちは。」
「おう!今日は何の用だ?」
ポーチにしまっておいた防具一式を机に並べる。
「先日のクエストでボロボロになっちゃいました!」
「おいおい!どんだけ荒い使い方してんだ?」
頭に手を乗せて呆れた様に言った。
「いや〜敵が思ったより強くてですね、、、すいません」
「おじさん怒らないで!エレンお姉ちゃんは村の人の為に頑張ったの!」
溜息を吐いてアリスの頭を撫でた。
「わかったよ!で、これは廃棄で新しいやつを買うのか?」
「いえ。出来れば直して欲しいんですよ!」
「新しく揃えた方が安いぞ?」
「気に入ってるんですよ!」
「そうかい。一応大事にはしてんだな!」
「はい!」
おっさんは笑って防具とローブを裏に持って行った。
「そうだ!鉱石とか魔物の鱗とかがあれば、それを使って防具を強化できるぞ!」
そういえばガイアから鱗を貰っていたな。
ポーチからガイアの鱗を出すと、おっさんが目を見開いて驚いた。
「おい!なんだこれ?」
鱗を手に持ってマジマジと見る。
「とあるドラゴンの鱗です!」
「ド、ドラゴンの鱗?なんで嬢ちゃんがこんなもん持ってんだ?」
「色々あったんですよ!」
おっさんは目を輝かして言った。
「これを使っていいんだな?」
「はい!防具が強くなるならどう使っても良いです!」
水を得た魚みたいに生き生きしている。
おっさんは常に活気がある雰囲気だけど、今回はいつも以上に活気がある様に見える。
そんなにドラゴンの鱗が珍しいのか。
今のおっさんは好奇心のままに行動する子供の様な感じである。
「どのくらいで終わりますか?」
「あぁそうだな。大体3日くらいだな!」
思った以上に早いんだな。
「そんなに直ぐ終わる物なんですか?」
「いや。普通だったら2週間くらい掛かるだろうが、正直こんな良い素材を使える事にウズウズしていてな。
多分作業を始めたら出来上がるまで、熱中しちまうだろうから、大体3日くらいで完成するだろう!」
ガハハと笑ったが、あまり無理をして欲しくない。
急ぎではないんだからゆっくりで構わない。と言っても、無視されそうだ。
もう好きにやってもらおう。それにおっさんなら絶対良い物を作ってくれるはずだ。そこに疑いは無い。
「じゃあお願いします!3日以上掛かってもいいので、無理しない程度でやってください!」
「おうよ!作業が終わるまでの間は、店を閉めるから無理にはならないぜ!」
店を閉めてまでやるって無理しているのではないか?
俺がどうこう言っても聞かないから何も言わないけど。
「それじゃ!」
「まいどありー!」
今まで全然気にしてなくて気づかなかったが、防具屋を出て直ぐ近くに薬屋があった。店の名前は<シーラ>。店主の名前かなんかだろう。
「次はそこに行くから」
「うん」
オープンと書かれていて微かに明かりが付いているが薄暗い。
落ち着いた雰囲気というよりかは、ホラー系の雰囲気が漂っていた。
ドアを開けるとキィーッ!という効果音が鳴る。尚更恐怖心を煽る演出になっている。
「誰か居ますか?」
返事は無い。
薬草やポーションの独特な匂いのせいで嗅覚が狂いそうだ。消毒液の様な匂いもする。
「怖いよお、、」
アリスが雰囲気に負けて怖がりだした。
「誰かいませんか?」
相変わらず返事はなく静かな間が暫く続いた。
とりあえず奥へと進んでみる。オープンと書いてあったのだから、営業はしているはずなんだ。
縦長の店でなかなか奥に辿り着かない。
この奥行きのせいで、店主に声が届いていないのではないか。
大分進んだ所にオレンジ色の淡い光を放つランタンが見えた。
ランタンの横に赤いコートに身を包んだ人が、倒れていた。
ここの雰囲気の所為もあって、死んでいるのでは?と思ったが、よくよく見てみるとしっかり息をしているのが分かった。
紛らわしいからやめて欲しい。それに朝から眠っているのはどうかと思うよ。
仕事をやりたくない気持ちは分かるが、ここまで堂々とサボっているのを見ると、逆に清々しく思える。
俺の目的はポーションと使えそうな薬草の入手だ。その目的が果たせれば寝ていたってどうでも良い。
とりあえず今は起こすけど。
「あのー!」
肩を揺らしながら声を掛ける。
反応が無い。寝ているフリだろうか。仕事をやりたくないという確固たる意志は分かったが、薬を売ってもらえないのは困る。
「起きろー!!!」
耳の近くで大声を出して呼びかけた。
「うわああああ!」
飛び起きて周りを警戒する様にキョロキョロ見回す。
特に変わった所が無いのを確認して、一旦深呼吸をしてから、俺の方に目を向ける。
「君か?私の健やかなる眠りを邪魔したのは?」
元々吊り上がっている目を一層尖らせて睨んできた。
何故か俺が悪いみたいに思われているけど、仕事中に寝ていたこの人の方が悪いのだ。
そんな目を向けられても俺は謝らないぞ!
「私はねえ!昨日から徹夜だったの!やっと完成して、気持ちよーく寝ていたのにそれを邪魔するなんて酷いよ!まったく!」
本格的に逆ギレされてる。
「いや別に私は邪魔をするつもりはないですよ!」
今気が付いたがかなり若い子の様だ。
大体ファンタジー系の薬屋といえば、胡散臭い魔女の様なおばさんを想像していたのだが、この店の人は俺より少し年上位の女性だった。
女の人は近くに置いていた眼鏡を掛けて、俺の事を睨んだ。
「じゃあ何をしに来たの?」
何をしに来たも何も薬屋に薬を買いに来ただけである。
「ポーションとかを買いに来ただけですよ!ここは薬屋ですよね?」
「え?」
女の人は少し黙って辺りを再確認した。
それから赤面して慌てる素振りを見せてから、謝った。
「ごめんなさい!そういえば此処、おばあちゃんの店だった!本当にごめんなさい!」
少し何を言ってるかわからない。
言っている言葉の意味は分かるが、彼女の言っている事の意味が分からないのだ。
わざわざこの店が、彼女のおばあちゃんのお店である事を伝える意味が分からない。
「どういう事ですか?」
顔をいっそう赤くして答えた。
「ごめんなさい!ついこの間まで王都にある学校で寮生活を送っていて、それでこの前やっと卒業たんだけど、まだその実感が無くて君が私の部屋に無断で入って来たのだと勘違いしちゃった。
ごめんなさい!迷惑をかけちゃったね。」
「そういう事ですか。それならまあしょうがないです。気にしないでください。」
昔の習慣を今でもついついやってしまうと言うのは、よく分かる。
習慣というのは意識して辞めようと思っても、簡単にはやめられないものだ。
例えば貧乏ゆすりとかもそうだ。辞めろと言われても、意識を他に向けるとついついやってしまう。
それにこの人は本当に申し訳なさそうにしているので、怒るわけにはいかない。
他人に優しく自分にはもっと優しくが、俺のモットーだからね。
「君優しいね。私はマリア!こう見えて魔法薬学検定第1級を持ってるんだ!凄いでしょ?」
よく分からないが、とりあえず褒める。
「凄いですね!私なんて漢検4級しかないですよ!」
「カンケン?何かは分からないけど、4級って誰でも取れるレベルじゃないの?」
「まさにその通りです!」
自慢気に言ってみたがマリアの言う通り4級程度は自慢にもならない。
漢検というこの世界には存在しない検定を持ち出す事で、4級という低いハードルでも凄いと感じさせられないかと試みたのだが、それは失敗に終わった。
因みに英検も4級を持っている。自慢では無いんだけどね。




