19.全てを喰らう炎
「僕の顔を見たな!」
表情が見えた事によって雰囲気でしか感じ取れなかった殺気を、視覚でも色濃く読み取れた。
まさか体が鱗で覆われたドラゴンの様な姿だとは予想していなかった。
ドラゴンと人間のハーフ?という事だろうか。
キャラが濃すぎやしないか?
俺だって転生して美少女で、しかも強いユニークスキル持ちでキャラは濃い筈だけど、それさえも凌駕する程のキャラの濃さだ。
ダメだ。変な事を考えるな。そんな事を考える暇も余裕も俺には無いんだから真面目に考えろ。
考えるなら作戦だ!作戦!打開策を見つけないと本当にマズイぞ!
「執行者は姿を隠すのが鉄則なんだ!
それをお前は!クッ!殺す殺す殺す殺す、、」
時間が止まった様にガリウスは目を瞑ったまま静止する。
それから数秒後に目を開けて、人格が変わった様に笑い出した。
「はははははは!我が名はガリウス。灼熱の炎を喰らう者である!」
ローブを破いて大きな翼が背中から生えた。
今のガリウスからは人間の要素がほとんど消えていた。
鱗に爪に牙に翼。ドラゴンとしての要素の方が強く出ていた。
唯一二足歩行であるという点が人間らしいと言えるが、それさえもこの世界にはリザードマンなどの二足歩行の竜種の眷属がいる。
もはやドラゴンと化したガリウスは、炎を操りガイアの表面を焦がした。
まさに暴走状態で、手がつけられないといった状態だ。
顔を見られた事をここまで嫌うのは何故だろうか。
イスラム教とかの様に素肌を晒す事を良しとしていないのだろうが、ここまで憤慨するとは思わなかった。
「危なっ!」
飛んでくる炎をギリギリで避ける。
「ふむ。妾の氷を溶かすとはなかなかの炎ではないか!
それならこれをやろう!<女王の慈愛」
ガリウスを囲む魔法陣から冷気が溢れた。
急速に冷える魔法陣の中は、既に氷点下を下回りガリウスの操る灼熱の炎でさえ凍りついた。
雪の女王の氷は溶けることのない永遠の愛。
しかしその氷はガリウスを縛るに足りなかった。溶けない氷を溶かす炎。
矛盾の様だが、この場合は溶けない氷の概念を溶かした炎こそが最高なのだ。
雪の女王は驚きのあまり言葉を失った。
「効かぬ効かぬ効かぬ!我の炎は凍らない!我の炎は全てを喰らい、全ての概念を燃やす!」
ガリウスは一層炎を激しく燃やして、高笑いと共に俺の方へ炎を伸ばした。
一つ気づいたのだが、全てを燃やす筈の炎は、ガイアの鱗を焦がしただけであって、燃やせていない様だ。
そういえばガイアの動きは完全に停止している。
ちょうどガリウスが逆鱗から出てきたのと同時に動きを緩めた。
と、言うことはガイアの意識は未だにガリウスに奪われているが、そのコントロールは放棄されている状態だと予測出来る。
つまり戻すのが容易になったという事ではないだろうか。
さっきまではガリウスがガイアの体を直接操る事で、ガイアを操作していたが今は意識を奪っているだけで操作は出来ていない。
俺の勝手な推測だがガリウスがガイアを動かすには、それだけに意識を集中しなければならないのではないだろうか。
その為に自分自身が戦闘を行なっている今、ガイアを動かす事が出来ない。
そう考えるのが一番妥当だと思う。
そしてガリウスの支配が無い今ならフレートでガイアの意識を取り戻す事が可能なはず。
我ながらナイス考察力だ!
ガリウスの炎を避けつつ唱える。
「絵本の世界。ハーメルンの笛吹き男!」
「おいおい!二度目の召喚か?」
「またお願いしたいんだ!」
「構わないが効かないぜ?」
「大丈夫!さっきとは状況が変わったんだ」
「オーケー!よく分からんが任せろ!失敗しても文句は言うなよ!」
「あぁ任せたよ!」
フレートはガイアの頭に登って愉快に笛を吹き始めた。
綺麗な音色。どこか楽しげな音だ。
ピンチな状況の俺にも勇気が湧いてきた。
とりあえずフレートがガイアの意識を解放するまで時間稼ぎだ。
「さあ!私もそろそろ本気で行くよ!」
実の所、最初から本気ではあった。だけど今は見栄を張らせてもらいたい。
俺に続いて雪の女王も、勇ましく言った。
「妾も本気を出すとしよう。妾の愛を砕いた報い受けてもらう!」
隣の雪の女王からは体が震える程の冷気を感じ、前にいるガリウスからは、焦げる程の熱を感じた。
向こうは暑くてこっちは寒い。それが酷く気持ち悪い。
「喰らう喰らう喰らう、、我の炎は欲しているぞ!お前たちの血肉を!早く喰わせろ!」
炎がドラゴンの頭を形成して噛み付いてくる。
避けても避けても、執念深く追ってくる。
だが、その挙動は単純で避けるのは造作も無い。それが唯一の救いだった。
俺が炎のドラゴンと戯れている間に雪の女王は、魔法陣を展開していた。
空中に浮き上がった幾何学的な模様の魔法陣は、スナイパーライフルのスコープの様に正確に敵の頭を狙っていた。
「妾は氷を統べる女王である。妾の命令だ。氷の精霊たちよ!
目の前の愚かなる者を穿て!」
詠唱が終わると同時に魔法陣か光だした。
「<氷の聖槍!」
魔法陣から無数に放たれた氷の槍は、狙い通りの場所に一直線に向かっていく。
炎を貫く為に放たれた氷の槍は、迷いなくガリウスまで辿り着いた。しかし甘かった。威力は申し分ないがガリウスの炎は全てを焼き喰らう。
それが氷であれば、尚更歯が立たないというものだ。
案の定ガリウスの炎は氷の槍を吸収した。
「お前は馬鹿なのか?我にそんな軟弱な技は聞かない!
うっ、、?」
ガリウスは体の異変に気がついた。
外傷がない事から体の中で何かが起きているのは直ぐに分かった。しかし敵の攻撃を受けた覚えは無い。
次にこの地で流行っている即効性の高い伝染病である可能性も疑ったが、目の前にいる人間には異変が起きていない事を確認してその可能性を否定した。
炎の権化とも言えるガリウスの体から体温が抜け落ちていく。
異様を感じて肝が冷える。ここまで冷えたのは生まれて初めてだった。
寒いという感覚はガリウスにとって非日常的な現象で、無性に気持ち悪いものだと感じるのであった。
ガリウスは冷静に考えた。
唯一の結論はさっきの魔法に何か仕掛けがあったのだと言うことだ。
ただの攻撃ではなくガリウスが吸収する事を踏まえた上での攻撃で表面的にダメージを与えるのではなく内部に入った時に初めて能力を発揮する。ウイルスの様な魔法だったのではないか。
雪の女王は嘲笑した。
「どうしたのだ?辛そうではないか。」
「ハァハァ、、殺す、殺す、、、殺すぞ!」
ガリウスの足が白く凍りついていく。
フレートがガイアの意識を覚醒させるまでの時間稼ぎとは言ったが、このまま行けば勝ち切れるかもしれない。
そう思わせる程に雪の女王の実力は確かなものだった。
しかし、ガリウスはそんな実力すらのも凌駕した。
全てを喰らいたいという感情が、炎となりガリウス自身の力となった。
「ククククク!ハハハハハハハハ!喰わせろ!<侵喰する火炎>」
異様に黒い炎はガイアの鱗を削りながら俺たちに向かって来る。
ガイアの身を削る程の炎を受けきる事は出来ない。
雪の女王であっても、あの炎を凍らす事は出来ない。
俺に出来ることはもう無い。思い付く物語を探っても、今の状況を打開できる物語が思い付かない。
やはり代償を払った大技を使うしか無いのか。確かに死ぬよりはマシだが、あの技は身を滅ぼす気がする。
ただの人間に神や英雄達の武器は荷が重すぎる。その武器に付いた奇跡や呪いは、俺にとって害そのものなのだ。
だから次使ったら運が悪くて''死ぬ"まである。
一度は終わった命だから、死ぬのはやむ終えないと言えば、確かにそうだが俺はアリスを置いて逝く訳にはいかないし、それに絵本の世界で呼び出す事の出来るアイツらだって一人の人間だ。
アイツらを唯一呼び出せる俺が、死んでしまったらその全員の命を見殺しにする気がする。
色々と考えたが、要は死にたくないという事だ。
死にたくない理由は多い方が良い。その理由全てが生命線となって生きる事に執着してくれる気がする。
炎が当たる寸前。ガイアの鱗が収縮して俺たちを守る盾となった。
普通の鱗の強度より更に硬く、炎を完全に止めてみせた。
迫り来る炎にビビりまくって為す術もなく腰をぬかしていた俺を笑い飛ばす奴が居た。
「グワハハハハハ!良い顔しておるわ!」
聞き覚えのある声だった。
「お主の召喚獣は中々役に立つではないか!
褒めてやろう!だが感謝はせぬ!
お主は己を助けた。己もお主を助けた。貸し借りなしだ!」
一人称が己という奴は俺の知り合いでただ一人しか居ない。いや一人ではなく一匹か?
「この声!ガイアか?」
「今頃であるか?」
「ごめんごめん」
聞き覚えあると思ったこの声は、今俺が乗っかっているガイアだ。
意識を完全に取り戻した様である。
フレート。流石に良い仕事をするな!
結果的に諦めなくて正解だった。
運で俺は勝ったのだ。ガイアが仲間となるのなら、話は別だ。 負けるはずが無い。
雪の女王は俺の顔を拝んでから口を開く。
「妾はもう限界だ」
「ありがとう!名前考えとくよ」
「ふん」
雪の女王は、はやり冷たかった。
雪の女王が消えた後にガイアが言った。
「己も戦ってやろう。己の体を操り己の大地を踏みにじった罰、存分に受けてもらう!」
大地が震え上がった。
ガリウスは危険を感じて空へと逃げる。
大きな赤い翼は、物語に出てくるドラゴンそのものの翼だった。
空へと逃げたガリウスの判断は的確なものだった。
大地の龍であるガイアには翼が無いのだ。故に空に対しての攻撃手段を持っていないのである。
しかし、ガイアは笑う。
俺はガイアを降りてアリスとユダラさんの所に向かった。ガイアの上は危険だと感じたからだ。
ガイアは空を見上げて、高みの見物をしているガリウスに吠えた。
「ゴアアアアア!!」
目眩がする程の咆哮。
ガリウスも溜まらず空から落ちて来た。
手が届かないのなら落とせば良い。簡単な戦術ではあるが、それを咆哮だけでやって見せるガイアの力は異常だ。
ガイアはガリウスが地面に着地したのを確認して地面に足を勢いよく落とす。
その場所は陥没し、ガリウスの周りの地面はドラゴンの牙を形成してガリウスを襲った。
「クソオオオオ!空も飛べないドラゴンが、図に乗るな!侵喰する火炎」
全てを喰らう炎は、ガイアの身を包んで圧倒的な火力でガイアを燃やしたが、大したダメージにはならなかった。
大地で形成された牙はガリウスの体を貪り致命傷を与えた。
ガリウスはその場に倒れ込んで、虫の息となった。
圧巻だった。
この圧倒的な光景を目の前に口をポカンと開けたまま立ち尽くしていた。
さっきまで俺が苦戦していた相手をこんなにもあっさりと倒して見せた。
頼もしいと思うのと同時に恐怖を感じる。
もしもガリウスが完全にガイアを操っていたとしたら、それこそ為す術が無い。
よかった。三割の意識があったお陰で俺たちはどうにか助かった。
ガイアがガリウスにトドメを刺そうと近寄る。
「愚かなる人間よ!大地に仇をなす事の愚かさを存分に知っただろう。
己は寛大なドラゴンではあるが、貴様の犯した罪を許す気はない。」
ガリウスは倒れたまま言った。
「グッ、、、邪魔が入らなければ、、お前を喰えたはずだった、、あの女さえ居なければ!、、、」
そう言われると俺が悪役みたいで、耳が痛い。
ガイアは静かに足を上げてガリウスを踏み潰す。
しかし、寸前でガイアの足を止めた者が居た。
数百トンはあるガイアの足を片手で、難なく受け止めたその男は何食わぬ顔でガイアの足を投げた。
その男も黒いローブに身を包んでいた。
仲間であるのは間違いない。
「ガリウス。君に死なれたら困るんだ!もう少し私の言う事を買いたくないと。」
ガイアは、足を投げ飛ばされて後ろに後退した。ズシンという重低音が響き大地が揺れた。
ガリウスの仲間であろうローブの男は愛想の良い笑顔で挨拶をした。
「私はメルエル・ドライン。サターン教団執行者代表。この子は私の可愛い部下でね。死なせる訳にはいかないんだよ!」
ローブの奥に知的な笑みが垣間見えた。
身長はガリウスより少し小さく175cmくらいで、黒い髪の毛に眼鏡が特徴的だった。
いつでも戦闘に入れる様に臨戦態勢を取ったがこの男はガリウスより圧倒的に強い。どう考えても勝てない相手であると俺は悟った。




