18.ガリウス
ガイアは久方ぶりに人と言葉を交わした。
村の人達は、ガイアを強く信仰するあまりガイアの事を神聖視しすぎる傾向にあった。それ故にガイアの元を訪れる者は当然いなかったのだ。
森林の奥深くに暮らしていたガイアは、置物の様な日々を長い間続けていた。
正直な所暇だったのである。退屈で仕方なかったのである。
今まで嫌悪していた退屈な時間を皮肉にも最悪によって、壊された。
村を破壊し、信仰してくれた人達を喰らう。
己の意思では無いのだと分かって欲しい。だが、そんな思いが伝わる者なんて居ない。心の声が聞こえる者など何処にもいないのだ。
そう思っていた矢先だ。突如として現れたこの娘は、己の声を聞こえると言って話しかけて来た。
神聖なドラゴンである己の名を躊躇なく呼び捨てた。
本来であれば死に値する愚行だったが、己は嬉しかった。
久方振りに言葉を交わした人間が、遠い昔に出会った勇者の様に肝の座った女であった事に懐かしさを感じた。
竜種を恐れる事無く声を掛けてくる。
何ともまあ面白い娘である。
己はこの娘に全てを委ねる事にした。
人間に頭を下げるなど死んでも嫌だが、それ以上に己を操る痴れ者に腹が立っていた。故に己は委ねる。
己を救おうなど千年早いが、少しは期待をしても良いのかもしれない。
逆鱗に向かう為の足場は用意しておいてやる。後は任せた。
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逆鱗に近付く為の算段を立てていると、ガイアの体の一部が変形して足場となった。
これはたまたまでは無くガイアからの支援だろう。
ガイアは、話してみると意外にも話しやすいドラゴンだった。
まあ他のドラゴンを知らないから何とも言えないけど、イメージ的にはもっと凶暴なモノを想像していた。
比較的温厚な性格故にガイアは人間を愛しているのだ。
己を信仰し慕ってくれる者達を守護しようと100年以上もの時をそう思って過ごしてきた。
その為にこの状況を悲しんでいる。俺はそんなガイアを尚更救いたいと思った。
助けたいと思うだけなら誰でも出来る。俺が今からやるのは、無謀にも近い事なのかもしれない。
しかし俺には一応特別な力があるんだ。それなら誰でも出来るというカテゴリーより上を目指さないと行けない。
傲慢かも知れないが、俺以外に出来る者はいない。
そう言い聞かせる事で、自分を奮い立たせた。
ガイアの作ってくれた足場を頼りにして逆鱗へ近付いたが、敵のいる気配が無い。
逆鱗と言っても、少し出っ張った周りの鱗より一回り大きな鱗で、普通の鱗だと言われればそれで納得してしまいそうなものだった。
敵は確かにここにいるとガイアは言っていたが、何処にいるのだろうか。
探すと言っても、別に隠れられる場所は見当たらない。
あと考えられるのは一つだけだ。逆鱗の中に居るというのが、俺に考えられる唯一の可能性だ。
逆鱗の中にいる場合、ガイアの弱点を攻撃する事になるのだが、力加減を失敗したらガイアを殺してしまうかも知れないのだ。
少しだけ考えたがもう割り切るしかない。ガイアもこの状況を直ぐに脱したい筈だ。
失敗する事を考える前に成功する事を考えろ!、、、失敗したらごめんだけど。
荒技ではあるが、逆鱗を破壊して調べる事に決めた。
弱点を刺激されるのは辛いかも知れないけど我慢してくれ!
俺は、剣に魔力を込めてから逆鱗を思いっきり叩く。
叩いた振動が手にそのまま返ってきて、痺れた様に痛かった。
「弱点とか絶対嘘だ!1番硬いよ!」
(グワハハハ!)
高笑いが聞こえた。この声はガイアだ。
「あんたここでも話せるのか?」
(当たり前だ!己の体だぞ!)
それならもっとアドバイスとかくれれば良いのに。
「それじゃこの逆鱗の壊し方を教えてよ」
(結論から言って無理だ!ドラゴンの逆鱗はそれと同じ強度の武器でなければ壊せないのだ。いくら武器に魔法をかけて強くしたとしても無駄だ。ドラゴンの逆鱗は魔法を打ち消すからな!)
「お手上げじゃん!それの何が弱点だよ!」
本当にお手上げだ。俺の持っている武器は明らかに逆鱗より強度が劣っている。
ガイアは誇らしげに逆鱗の強度について話たが、これを壊さない事には敵を倒せないのだ。
その事実にガイア自身が気づいていないとは呆れる。
「煩い。」
為す術なく途方に暮れて座り込んだ俺に誰かが声を掛けた。
ガイアかと思ったが、声の質が違ったので直ぐにガイアではない誰かである事はわかった。
「女?何でここにいる?」
180cmくらいある身長で俺を見下ろしていた。
何処から現れたのかわからないが、ただならない雰囲気がある男だ。
それに村長が言っていたローブにフード、男という特徴が上手く合致した。
この場合コイツを敵と認識するのが、正しいはずだ。
「黙りか。まあいいよ。殺すから」
この男の出現によって、ガイアの動きは止まった。
恐らくこの男の意識が俺に向いているからだ。
この時点で考えられるこの男の能力とは、魔法によってガイアと感覚を共有してガイアの体を自分の体の様に動せるという能力だ。
フレートの能力で解放出来なかったのは、洗脳では無く感覚共有による操作だったからだ。
要するに意識を奪っていたのでは無く、体の操作も行なっていたという事だ。
「大体お前の能力は分かったよ!」
「へえ。それでどうするの?僕を殺すのか?」
感情がこもっていない無機質な反応だ。
「それもやむ終えないかな!」
「随分と自信があるな。まあいいか。殺すし。」
男は一度お辞儀をして、礼儀正しく名乗った。
「僕はガリウス・ノーウエン。喰侵炎魔教執行者。
僕の仕事は殺すこと。ただ殺すだけが僕の仕事だ。」
力の行使には、名乗る必要があるという事だろうか。名乗り終えた前と後で、明らかな魔力の大きさが違う。
前に戦った魔人の様に黒いオーラがガリウスの身の周りを渦巻いている。
喰侵炎魔教。初めて聞く宗教名だが異世界なのだから当然そういう事もあるだろう。
「ガリウスね。その喰侵炎魔教って何だ?」
「お前如きに説明しても何の意味も無い。」
「教えてくれてもいいじゃん!」
「死ね。」
心なしかガリウスの体つきが良くなった気がする。
ローブ越しなので、よく見えないが細長い体に重圧感が出た様な気がしたのだ。
曖昧に感じたそれとは違って確かに変わったのは、殺気だ。
元々殺気ダダ漏れだったが、俺の質問に対してガリウスの放った一言には重く鋭い殺意が込められていた。
相手にビビっている事を悟られない様に気丈に振る舞ってみたが、正直なところ今直ぐに逃げ出したい。
俺はいつもそうだ。本当は逃げ出したいのに虚勢を張って平気なふりをする。
本当は臆病でヘタレな自分を隠そうと、一丁前なセリフと、態度で装う。
内心は穏やかじゃ無いのにそれを表面に出さない様に必死に堪えて無理矢理足を動かして進もうとして、まるで恐怖なんて、物ともしないかの様に無謀な戦いに身を投じる。
その行為はただの虚勢でしか無い。逃げたらカッコ悪い情けないと自己嫌悪した結果でしか無いのだ。
誰かを助けたいと思う自分をカッコいいと思っている。
必死になって敵に挑む姿をかっこいいと思っている。
結局俺は他人からの目を気にしているだけで、実力がある訳でも正義感が強い訳でも無いのだ。
そんな俺が本当の強者と対峙した時、何を思うか。
そんなの簡単だ。諦めたい。今すぐにこの場から逃げ出したい。率直にそう思うのだ。
しかし、結局外面を気にしている俺はここで逃げ出す事は出来ない。
俺は今の自分を肯定して無理矢理体を動かす。嘘は嘘と言わなければ本当になるらしいから。
それならヘタレな自分を隠し切れれば強い自分が真実になるのだ。と自分に言い聞かせてその気にさせる。
これは単純な俺だからこそ使える技とも言えるな。
呼吸は少し荒いが震えはない。剣の感触は良い。作戦は無い。それでもやるしかない。
ガリウスは臨戦態勢に入った。
戦闘は開始した。
ガリウスの攻撃は単純な突進だった。
しかし、俺はそれを避ける事が出来なかった。<見切り>のスキルは、作用していたにもかかわらず突進を避ける事が出来なかったのだ。
理由は単純明解でなんら不思議じゃなかった。ただ反応が出来なかったというだけの話である。
分かりきった理由だったが俺には俄かにも信じ難い事実だった。
あの魔人の攻撃でさえ反応出来たというのにガリウスの純粋な突進を捉える事すら出来なかったのだ。
「ぐわっ、、」
血の味が口にふんわりと広がる。
殴られた腹部は、一瞬の酷い痛みを味わった後、何も感じない程に麻痺していた。
ガリウスはしゃがみ込む少女に思う事はなかった。
人が人を殺す時、少なくとも一つは躊躇いの心があるはずだが、ガリウスという男にはそれが欠落していた。
人の行動は4割が習慣だと言われている。
この男にとって殺しというのは、習慣的な行動だった。
朝起きたら「おはよう」と挨拶するのと同じ様に自分の行動の支障となる人は、何食わぬ顔で平然と殺す事の出来る男なのだ。
「どうだ?最後の言葉くらいは聞いてやる。奴が人の言う最後の言葉には最も価値がある。と前に言っていたからな。」
「、、うっ、、誰だ?そいつ、、」
追い討ちが無くて助かった。
この隙にヒールを自分に使って治療した。
吐血は止んだが、腹部を回復していくにつれて麻痺が解けていき、それが返って痛みを復活させて激しく痛い。
「お前は質問が好きだな。最後の言葉まで質問か。」
少しずつ近付いてくる足音。
ガリウスは油断している様だが、その油断に乗じて技を繰り出したとしても、俺の技が通用する気がしない。
それでも何かをやらなければ結局殺されてしまうのだ。だから俺は少しでも足掻く。
「絵本の世界。雪の女王」
寒い風が肌に触れた。
咄嗟に召喚してしまったが、どうなるか判らない。
「暑い!何故妾がこんな所に呼び出されたのだ?」
ガリウスは警戒して後ろに下がる。
「ごめん、適当に呼んじゃった!」
水色の長い髪に白いドレスを着た冷たい目線の女の人は、無愛想に俺を見つめた。
「お主が妾を喚んだのか?ふむ。好かんな!」
「ええ、何で?」
「まず妾に対する態度だが、妾は女王であるぞ?敬意を払ってこうべを垂れよ!」
この状況でこの人を喚んだのは、間違いだったかもしれない。
面倒くさいというか、厄介だ。敵を増やしてしまった様なものでもある。
「何だ?そこの女は。」
その発言は女王である彼女にとって無礼に値する言葉だった。
女という敬意のカケラも無い単語は雪の女王の逆鱗に触れてしまったのだ。
「ふむふむ。お主は妾を女と呼んだな。確かに妾は女だが、その言葉を女王に使う者が何処におるか?」
冷たい空気がこの場所を氷付けた。
俺に向けていたヘイトがガリウスの方に向いてくれたおかげで、2つの意味で助かった。
「お前も殺す。」
ガリウスの強い殺気と雪の女王の冷たい怒りが、相まって良く分からない恐怖を感じた。
「妾を殺すと言うのか。面白い!やってみよ!」
ガリウスは俺の時と同様に超速で突進をした。
雪の女王は呆気なくも、その突進を避けられずに直撃した。
しかし可笑しな事に血は一滴も垂れていないし、俺の様に膝をつく事もなかった。
あたかも全く効いていないかの様に涼しい顔をして蔑んだ表情で笑みを浮かべた。
「速いではないか。」
「くっ、、何をした?」
攻撃を仕掛けたガリウスの方が怪我をしている。
右手の拳から血を流して、これまでピクリとも表情を変えずにいたガリウスの顔からは、困惑が伺える。
ガリウスの表情を見て薄っすらと笑いながら雪の女王は更に煽る。
「妾を殺すのだろう?どうしたのだ?何故攻撃をした貴様が血を流すのだ?」
「死ね。」
またガリウスの体が変化した。
先程、体つきが良くなったと感じたが今回はそれどころではない。
腕の太さが二倍ぐらいに膨れ上がったのである。
それもローブが破れるのでは無いかと思うくらい明らかに太くなっている。
ガリウスは太くなった腕を振り回して雪の女王を殴る。
「さっきより重い!?」
雪の女王の余裕顔は徐々に崩れていった。
雪の女王は自らの体に氷の鎧を纏って、ガリウスの攻撃を凌いでいた。
それに気づいたガリウスは自分の特殊体質により体を変化させ攻撃力を増強したのだ。
ガリウスの予想通り雪の女王の鎧は攻撃力の増したガリウスの攻撃を受け切る事は出来ない様で、亀裂が少しずつ入って行く。
ガリウスは一心不乱に雪の女王を破壊すしようと攻撃を繰り返す。
腹の痛みもほとんど消えたし、万全とは言えないがそれに近い状態だ。雪の女王のお陰で戦えるまで回復した。
俺は近くに剣を拾って立ち上がる。
「炎の精霊よ!我が剣にその紅き意志を授けよ!<ファイアーエンチャント>」
効くとは思えないが、少しでも雪の女王が立て直すための時間を稼ぐ。
「くらえ!」
炎の斬撃を飛ばしてガリウスを燃やす。
やはりダメージは殆ど無いようだが、ローブが燃えて隠してた姿が露呈する。
驚いた。体の形状を変える事が出来るのだから、普通の人間ではないと睨んでいたが、まさかこれ程までとは思っていなかった。
これじゃダメージが入らないのも頷ける。
今回召喚したのはアンデルセンの雪の女王です。




