16.エーダー森林の守り神
何の変哲も無い普通の朝が訪れた。天気が良いと気分が良い。
ソラタ村の少年フィルはいつも通りの時間に起きて朝食を食べてから、父親の農作業を手伝っていた。
そこまではいつもと同じだった。
村は至って平和で、異変などが起こる予兆もなかった。平凡だけど楽しい、いつも通りの日々にフィルは満足していた。
お父さんとお母さんは優しいし、村の婆ちゃんや爺ちゃん達もみんな良い人で、なんの文句の付けようが無い充実した日々を送っていた。
ちょうど農作業がひと段落して昼食を食べようとした時だった。
地面が酷く揺れて、ズシンと心臓に来る様な重低音が響いていた。
地震は珍しかったけど、大して心配はしていなかった。珍しいといっても年に2、3回はあるから、それと変わらないものと思っていたんだ。
だけど違った。地震の揺れは一秒ごとに強くなって、重低音は段々と近付いてくるのが分かる。
その揺れの正体に気付いた時にはもう手遅れだった。
大きなドラゴン。村長はエーダー森林の守り神ガイア様って呼んでいた。そのドラゴンが地震のを起こした張本人だった。
村長達は地面に膝をついてガイア様にこうべを垂れていた。
ガイア様はそんなのに気を止める事なく村に侵入して建物を破壊し村の人を喰らった。
村の人達はパニックに陥り右往左往している。それを鎮めた村長は直ぐに村から出る事を決定して、近くの洞穴に避難した。
フィル自身も避難をしようとしたのだが、崩れた建物の瓦礫に足を引っ掛け転んでしまった。その際に頭を強く打ち意識を失ってしまったのだ。
緊迫した状況の中で気絶した子供に意識を向ける人はいなかった。
母親と父親は息子の事を悲鳴を上げたような声で呼んだが、周りの大人に引き止められ洞穴まで強制的に連れていかれたのであった。
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経緯は大体把握した。
しかし、そのドラゴンの目的はなんだったんだろうか。
何故守り神と呼ばれるドラゴンが、今になって人の村を襲ったのだろうか。
食糧に困ったからやむなく人を喰らったのか?いや。そもそもドラゴンとは食事を必要としない存在だ。
ドラゴンは魔物として扱われているが、魔物とは少し違う。ドラゴンとは精霊種であり魔力の塊の様な存在だ。
その為食事が出来ても必要では無いのだ。ドラゴンは自然の中にある魔素を媒体として構成された魔力個体。
もしドラゴンが食事を必要としているとしたら魔素が枯渇している事の表れなのだが、この地域の魔素は至って普通それどころか濃いとさえ感じるくらいだ。
だから俺は違和感を抱いたのである。俺の知っている情報と掛け合わせて考えたが、ドラゴンが人を襲う理由が無いのだ。
邪龍の類であれはここら一帯はとっくの昔に壊滅させられている筈だが、そんな訳でもなく、ガイアは守護神と崇められているとの話だ。
とりあえず村から避難した人達に会う事が先だ。
「ねえフィル、村の人達が避難した所は分かる?」
フィルは考えてから言った。
「多分近くにある洞穴だと思う!」
「そこまで案内して」
フィルを馬車に乗せて洞穴まで向かった。
その途中で地図を開いて近くの村を確認する。
エーダー森林の周りにはフィルの村ソラタ村を含む5つの村があった。
ここから1番近い村が、ユーン村だ。ガイアがもし人を好んで襲っているとしたら次の標的はその村になるだろう。
村が襲われる前にガイアをどうにかしたいのだが、まずはソラタ村の人の話を聞いてからだ。何か事情を知っているかもしれないからね。
エーダー森林に少し入った所に大きな洞穴があった。
そこがフィルの言っていた避難所みたいだ。
フィルは洞穴の中に向かって走り出した。アリスもつられて走って行く。
子供同士という事でアリスはフィルと直ぐに仲良くなっていた。
フィルの声が洞穴中を反響して入り口まで届く。
「おーい!みんなー!」
中は薄暗くてジメジメする。
昔、肝試し感覚で入った防空壕を思い出して懐かしかった。その時の防空壕より少し大きい穴だなと密かに思っていた。
「エレンお姉ちゃん!居たよ!」
アリスの弾む様な明るい声がした。
声の方に駆け寄って行くと、微かなオレンジ色の灯りが見えた。ランプとか、焚き火ではなくて光が直接浮いている。そういう魔法なのだろう。
その先でフィルが男の人と女の人に抱きついて泣いていた。
恐らく両親だ。両方とも心配から解放された様な安堵の表情を浮かべていた。2人は強く強くフィルを抱いてごめんねと何回も謝っていた。
フィルはいいよと両親を許して大粒の涙を2人の肩に落とした。
一通り泣いたのか親子は笑顔になっていた。そこで俺が声を掛ける。
「よかったねフィル。」
「うん!」
「貴女は?」
フィルの母親が涙の跡を拭って声を出す。
「エレンさんは俺を助けてくれたんだよ!」
それを聞いたフィルの母親が俺の手を強く握って「ありがとうございます。」と心からのお礼を言った。笑顔が泣き顔か、よく分からない表情だった。
本当に心配だったんだろう事が伝わって何だか、俺の方も嬉しくなった。
「よかったです。フィルがまた両親と会える事が出来て。
それで村長っていますか?」
「なんじゃ?村長はワシじゃよ」
長く白い髭を生やした模範的な村長が俺たちの直ぐ近くに座っていた。
「あなたが村長ですか。私はエレン。クエストを受けて来た冒険者です。」
「ほーう」と言って品定めをする様に俺を見回して頷く。
「まさかこんなお嬢さんが来るとはのう。」
その言葉は聞き飽きた。大抵訝しげな顔をされる。
まあ確かに俺は可愛いし、美しいけど期待外れみたいに言われるのは心外だ。
「期待外れですか?」
試す様に聞く。
「まさか!粗末な報酬であったのにこんな美しいお嬢さんが来てくださるとは思っても居なかったのじゃよ!」
「そうですか。そう言って貰えて良かったです。早速ですがガイアの事を詳しく教えて下さい!」
軽く頷いて白い髭を弄りながら、話してくれた。
「ソラタ村を襲ったドラゴン。名はガイアと言ってのう。ここら辺の村では、昔から守り神として崇められていたドラゴンじゃった。」
「それはフィルから聞きました。何故その守り神であるドラゴンが、人の村を襲ったんです?」
長い溜息を吐いた後に顔を強張らせた。
「ガイア様が、ここを襲う前日に不審な者が村を訪れたのじゃ。
黒いローブにフードで顔を隠した男でのう。いきなり「ドラゴンは何処に居るんだ?」と強引に迫って来たのじゃ。
ワシは教えはしなかったのじゃが、その男は狂った様に笑い始めて「そうか!そこに居たのか!」と言って去って行ったのじゃ。よく分からぬ男じゃった。」
村長が言いたい事は分かった。
そのローブの男が、ガイアに村を襲わせたんじゃないか。という事だ。
確かにそう関連付ける事で全ての辻褄が合う。
守り神と言われるガイアが突如として村を襲う。それは、ガイア自身の意思では無くローブの男によって操られたからと言えば腑に落ちるのだ。
しかし、未だに疑問なのだが小さな村を襲うメリットは何なのだ?全く検討がつかない。それにどんな魔法を使ったのかも分からない以上、慎重に動く必要があるな。
「わかりました。それで村を襲った後ガイアは何処に行ったんですか?」
「分からないのじゃ。ワシらはすぐに逃げてしまったからのう。」
「そうですか。」
村長の話を聞いて、さっき俺が立てた予想が当たっている可能性が高くなった。
ローブの男がとんだサイコパス野郎で、見境なく近隣の村を襲っているとしたら一刻の猶予もないのである。
アリスが楽しげにフィルと遊んでいるのを邪魔したくないが、そんな事も言ってられない。これ以上被害を拡大させる訳にはいかないのだ。
「村長。私はユーン村に向かおうと思います。当てずっぽうではありますが、次ガイアが襲うのはユーン村だと思うんです!」
「そうか。ユーン村の人達を助けてやってくだされ。フィルを助けてくれてありがとう。」
「はい!」
見た感じ洞穴の中には50人程が居た。
いくら洞穴がデカイと言っても、この数の人が一つの空間に集まっていると窮屈に見える。
皆んな不安そうな顔で下を向いている。この不安を早く取り除いてやろう。と俺は決心した。
「アリス行くよ」
「うん!フィル、また来るね!」
「うん!また遊ぼ!」
手を振って別れを告げる。
外に止めてあった馬車に乗り込んで、ユーン村に向かってもらう様にお願いした。
「随分早かったな!」
「これ以上被害を出す訳にはいかないので!」
「ふん」と鼻で笑った。
「お前は勇者気取りか?」
「どうでしょう。そうなのかもしれないです。」
「エレンお姉ちゃんは強いんだよ!」
「そうか。まあ気をつけろよ!俺はお前みたいな奴を何人も見て来たが、大抵の奴が死んだよ。
誰かを助けるとかほざいて自分の身を案じなかった馬鹿どもを何人も見送ってきた。」
馬車をひく男は前を向いていて、顔は見えなかったけど多分寂しそうな目をしていた筈だ。
「そうですか。」
「エレンお姉ちゃんは死なないよね?」
「大丈夫。死なないよ!」
保証はないけどそう言うしかなかった。
冒険者だからいつ死んでもおかしくない。自ら危険に飛び込むような馬鹿な生き物なのだから自分の未来を保証する事は出来ないのである。
勿論、死ぬ気は無い。俺が死んだらアリスが危険になるし、またアリスが一人になってしまう。
それだけは避けなければいけない。
まあそんな事を言っているくせに危険な事にばかり足を踏み入れてしまう俺は、やはり俺は勇者気取りなのかもしれない。
半端な力があるから人を助けたい。力は人の為に使うものだと思っているから自分の事よりも人の身を案じてしまうのだろう。
前世だったらこんな事を考えるなんてありえなかった。人は変わるって事だろうか。
そんな事を考えている間にユーン村の近くまで来た。
どうやら村はまだ襲われていない様子だった。
一安心ではあるけど、いつガイアが来るかわからない。
とりあえず村に入ってユーン村の村長に事情を説明して避難してもらう様にお願いする事にした。
来客は珍しいのか村に入っただけで辺りがざわついた。
「すいません。この村の村長を呼んできてもらえますか?
私はソラタ村から来たのですが!」
近隣の村の名前を言えば部外者に対する冷たい目を少しは和らげてくれるはずだ。
すると、身長の高い筋肉質の男が前に出て来た。
「俺はユーン村の村長の息子、ユダラだ!
何をしに来た?」
「出来れば村長を混ぜて話をしたいのですが」
ユダラは怪訝な表情であったが、話を聞き入れてくれて村長の住む家まで案内してくれた。
「ゆっくりしてくれ。」
「はい。」
「ねえこれ食べても良いの?」
緊張感のある空間をアリスがぶっ壊す。
「ははは!可愛い嬢ちゃんだな!」
「すいません。お菓子には目がないらしくて」
「構わないさ!」
ユーン村の村長はソラタ村の村長と比べてかなり若かった。
大体50歳くらいで、話しやすい雰囲気の良いおじさんって感じだ。
この人に反して息子のユダラは少し気難しい雰囲気がある。俺を敵視?してるような感じである。
「それで本題を言ってもらおうか。アンタみたいな女を寄越すって事は何かあったんだろう?」
「その言い方は少し嫌みたらしくないか?」
「いえ。良いんですよ!
本題なんですがユダラさんの言う通りソラタ村は今壊滅状態にあります!」
ユダラの目つきが鋭くなる。
「どういう事だ?」
「はい。まずは経緯を話します。」
それから簡潔にソラタ村で起きた事を簡潔に伝えた。
2人は驚きはしたものの疑いはしなかった。
それは俺が嘘を吐くメリットが無い事と最近起きた地震の正体に繋がったからである。
「そんな事があったのか。」
「で、そのガイアの行方は把握しているのか?」
首を横に振ってノーを伝えた。
「だけど、この村にも必ず来ると思います。」
「根拠は?」
「ありません!」
「ははは!冒険者の感ってやつか?」
俺が冒険者である事を言っていないのに村長は言い当てた。
「何で冒険者だと分かったんですか?」
「ソラタ村にあんたの様な美貌を持った女の子がいたら噂になってるはずだからだよ!噂になってないということはあんたは依頼を受けて来たんだろ?」
「そういう事ですか。正解です!それだけでよく分かりましたね!
私はエリクから来た冒険者ですよ!」
「やっぱりな!そっちの小さい嬢ちゃんもそうなのか?」
「はい、アリスもそうです。」
「ほう。」
村長は顎を触りながら、訝しげに言った。
「エリクでは奴隷商売をやってる奴が居ると噂で聞いた事があるがもしかして?」
その言葉に過剰反応して目を見開いてしまった。
確かに幼い少女に戦いを強いるというのは、酷な話で側から見たら異常な関係と受け取るのが一般的なのだろう。
だけど、そうじゃない。俺はその言葉を聞きたくなかった。
俺の事を探るにしてもその言葉を出すのは無礼ではないだろうか。
目を鋭く尖らして、強い口調で言い返してしまった。
「言って良い事と悪い事があるだろ?アリスがどんな思いか知ってんのか?」
勢いのあまり胸ぐらを掴んでしまった。
友好的に話をしようと思っていたけど、俺は自分の感情を制御できずに村長に手を出してしまったのだ。
これじゃこの村にとっての敵は、ガイアより俺になってしまう。
「エレンお姉ちゃん!落ち着いて、私は大丈夫だから」
その言葉で我に返って、胸ぐらを掴んでいた手を引く。
「あっ!すいません。」
「いやお前は謝らなくて良い。親父が無駄な事を言うから、こうなったんだ。」
「あぁ。申し訳ないな!あんたは信用に値するのか再確認の為に言ったんだが、言葉を間違えたみたいだな。本当にすまない。小さい嬢ちゃんもすまないな。」
感情に流されて人に手を出してしまう人間を信用しろなんて無理がある話だ。この村の人には信用して貰えそうにないな。
「あんたは信用出来る。」
思ってもいなかった言葉が聞こえた。
「なんでですか?」
前のめりになってその言葉の真意を尋ねた。
「あんたは小さい嬢ちゃんの為に必死になって俺に掴みかかっただろ?
それは小さい嬢ちゃんを守ろうとしての行動だ。仲間を守ろうと必死になる奴が悪い奴の筈が無い。
この村を守ってくれるか?」
俺の行動は間違っていたけど、正解もしていたみたいだ。
感情に支配されて動いたのは間違いだったが、その感情はアリスの為のものだった。それが村長に伝わって正解となったのだ。
矛盾しているが、結果オーライという訳で納得してほしい。
それから村長とユダラさんの呼びかけで村の人達は、エーダー森林の中にあるキャンプ場に避難してもらった。
村で1番信頼されている村長とユダラさんのお陰で迅速かつ迅速に避難が進む。
そして俺は村に残ってガイアの迎撃を試みる。
「いつ来るかな?」
「分からないけど、夜の内に来るはずだよ!
ゆっくりは出来ないけど、ご飯は食べておこう。」
「うん!お腹空いた!」
馬車に積んである食料と水を少し下ろして食事だ。
「薪は俺の家のやつを使え。」
「うん、、って、なんでユダラさん避難してないの?」
平然といつものメンバーだと言わんばかりにユダラさんが隣に居た。
村長と一緒に避難したと思っていたがまだ村に居たのか。
「ここは俺の村だ!避難など出来るわけ無いだろ!」
村が大事って訳ね。
ユダラさんはもっと冷たい人だと思っていたが、それは俺みたいな部外者に対してだけみたいだ。
村の人を避難させている際も足の悪い老婆の荷物を持ってあげたり、迷子の小さい子供を背負って避難所まで連れて行ったりと、かなり良い人というイメージを植え付けられた。
それが本来のユダラという男なのだろう。俺はこの男を信頼出来ると思ったのであった。
いつ敵が来てもおかしくない中でする食事はあまり美味しく感じなかったが、腹が空いては戦は出来ぬという先人の言葉を信じて、適度な食事をとる。
やはりあまり美味しくなかった。




