15.村まで
焦る気持ちを落ち着かせる為にも俺は馬車の中で魔導書を読む事にした。
異世界語で書かれていて読めないなんて事は無くて、俺にもしっかり読める字で書かれていた?
それは良いけど言い回しが難しい。古文を読んでいる気分だ。
雰囲気で、なんとなく分かる所もあるけど、正直言って分からない所の方が多くて頭が痛くなる。
そんなでも俺にも使えそうな魔法がいくつかあった。
ヒール系とエンチャント系の部分を読んでいて、しっくり来た感じがしたのだ。
その部分だけスラスラと読み進められた。
俺は基本的に前線で戦うスタイルなので、ヒール系とエンチャント系という完全支援型の魔法は如何なものかと思ったが、自分自身にも使用できるみたいで、相性はあながち悪くない。
前線で戦っていて怪我をしたら自分で回復して、攻撃時はエンチャントで属性を付与し、攻撃力を底上げする。
よく考えたら欲張りな組み合わせだ。
それにアリスが怪我をしたとしても、直ぐに治してやれる。これはデカイ。
何よりも<ヒール>は無詠唱で扱える魔法らしく、ただ<ヒール>と唱えるだけで発動する。
エンチャントの方には簡単な詠唱が必要だけど、本当に簡単だ。
実践の前にいっちょ練習してみるか。剣を鞘から抜いて<エンチャント>試してみた。
「 炎の精霊よ!我が剣にその紅き意志を授けよ<ファイアーエンチャント>」
炎が剣に絡みつく様に燃え始めた。
「うわー、すごい!」
アリスが興奮気味に声を上げた。
まさか最初の1回で成功するとは思わなかった。やはり感覚の通りエンチャントは俺に向いてるみたいだ。
「おいおい!あんた何してんだ!?」
馬車をひく男が、動揺して大きな声を上げると、その動揺が馬にも伝わり馬が暴れて馬車が酷く揺れた。
男は直ぐに馬をなだめると、俺を鋭く睨みつけた。
「ええと・・・すいません。魔法を試してました」
悪いのは明らかに俺なので素直に謝る。
馬車をひく男は許してくれたが「もうやめてくれよな」と強い口調で釘を刺された。
魔法に関してはまた後で試すとしよう。これ以上この人を怒らせたら、辺鄙な場所にポイ捨てされ兼ねない。
馬車の微かな揺れを感じながら、ゆったりした気分で外を眺めていると、アリスが話しかけてきた。
「ねえエレンお姉ちゃん、字を教えて」
親に売られ奴隷として売り出されていたアリスに、字を教えてあげる様な優しい人はいない。
字の読み書きが出来ないのは不便だよな。教えてあげるか。
字を覚えるというのは、生きていく上では必須だからな。
「いいよ!少し難しいけど出来る?」
「出来る!!」
自信満々に言うと急かす様な眼差しで、俺を見つめた。
そんな目で見られてもペンや紙はない。残念だけど、このクエストが終わってから町で紙とペンを買わないと教えられない。
と、思ったがそうでも無いか。
アンに頼めば紙とペンを一時的に手に入れる事が出来る。
今更ながら、本当に便利な能力だ。
「絵本の世界。マッチ売りの少女」
「本当にお姉さんは、私が好きね!」
クスクスと笑いながら、アンが現れた。
「紙とペンが欲しいんだかど、お願いできる?」
「勿論よ!私のマッチで出してあげる!」
アンがマッチを擦ると、頼んだ物が瞬時に飛び出した。
「どうぞ使って!」
「ありがとう!」
欲しいものが手に入って嬉しそうにしているアリスの満面の笑みを見て、アンが倒れそうになる。
分かるぞ!その気持ち!
さて、早速教えようと思うんだけど、五十音からで良いんだよな?それとも、いろは唄で教えるか?
そもそもこの世界の字は日本と同じなのだろうか。
今まで気にならなかったけど、今考えるとどうなんだろう。
今までこっちの世界の字が読めないなんて事は無かった。
俺には自動翻訳機能が付いているのだろうか。
それが自分の書く字にも適用されると良いのだがどうなんだろう。
魔導書の字を確認してわかったが、やっぱりこれは俺が知っている字では無い。
知らない字だけど、見た瞬間に日本語に翻訳されてその文字の意味を理解出来ている。
気にならなかったのはこのせいか。
俺の予想があっていれば、俺が書く字も無意識的にこの世界の字に翻訳される。
読めても書けないってのは、不自由だからな。エイルもその点は考慮してくれているだろう。
「じゃあ私が書いた字を声に出しながら、真似して書いて!」
「うん!わかった!」
淡々と文字の練習を進めて行く。
予想通りこの世界の字をスラスラ書ける。感覚的には、英語を書いてるようだ。
そしてアリスの覚えが良くて、やりがいを感じる。
「エレンお姉さん、教えるの上手なのね!」
「うーん、どうかな。アリスの覚えが良いんだよ」
「字って色々あるんだね!」
「だから難しいんだよ」
「でも面白いよ!」
「そうか。じゃあどんどん行くよ!」
教えた事を素直に理解してくれるっていうのは嬉しい。
基本反論されるのが嫌いだからな俺は。
こうやって素直に聞いてくれるならいつまでも、何でも教えたくなる。
そんな事をやっていると、馬車が急停止した。
「クソ!なんで木が倒れてんだ!これじゃ進めない」
馬をひく男が、舌打ちと共に馬車に急ブレーキを掛けたのだ。
前方に大きな木が、道を塞ぐ形で倒れている。
アリスに字を教えるのに夢中で、森に入った事すら気付かなかった。
辺りを見渡す限り、道はこの一本のみ。迂回なんてしたら、どれだけ時間が掛かるか。
どうやら木をどうにかしない事には、進めないらしい。
「なんで木が倒れたのかしら」
アンが馬車を降りて、倒れた木の横にしゃがみ込んだ。
「おい!あんた誰だ?俺の馬車から降りたよな今?」
そういえば、アンの事をこの人は知らないんだったか。
説明しないといけないな。
「その子は私のスキルで召喚したんです」
「魔法を使うなと言っただろう!」
「ごめんなさい・・・」
「おじさん怒らないで!アンさんはいい人だよ!」
「いや、そういう事じゃあ・・・まあいい。もう変な事は辞めてくれよ」
「はい!」
アリスに助けられたな。こんな可愛い子に怒らないでと言われたら、怒れない。やはり可愛いは正義なのだ。
ともあれこの木をどうにかしないといけないけど、大した問題でも無い。今まで戦って来た魔物やらの方がよっぽど厄介だ。
「この木は私がどうにかしますよ!」
「あぁ」
「 炎の精霊よ!我が剣にその紅き意志を授けよ!<ファイアーエンチャント>」
2回目のエンチャントも上手く発動した。
ちょうどいい。威力を試そう。
横たわる巨木を斬りつけると、炎は瞬く間に燃え移り、火力を増しながら巨木を燃やし尽くした。
森に燃え移る可能性もあるので直ぐに消火する。
「水の精霊よ!我が剣にその蒼き意志を授けよ!<ウォーターエンチャント>」
剣に巻き付いた水を使かって、炎を完全に消す事が出来た。
エンチャントした属性が武器に巻き付いている間は術者の意思で好きに操作をする事が可能みたいだけど、それが他の物に移り変わると操作が効かなくなるみたいだ。
仕組みがもっと良く分かれば、他の物に移り変わった属性さえも操作できるかもしれない。
これに於いても練習が必要だな。
巨木がなくなった事でそのまま道を進める様になった。俺たちは馬車に乗って移動を再開した。
「お姉さんのさっきの魔法凄いわね!」
「うんうん!私もやってみたい!」
アリスとアンは、はしゃぎながらそう言った。
俺からしたらアリスの<暗黒>に、アンのマッチの方が羨ましいが、隣の芝生は青いという事だろう。
俺のエンチャントは属性ごとのいづれかの精霊に語りかけて、その力を借りる事で力を発揮する。
その分タイムラグが発生するし、エンチャント時間も限られる。考えながら使う必要があるようだ。
「珍しいな」
馬車をひく男が独り言の様に言った。
「何がですか?」
「お前の様に剣を使う魔導士なんて見た事も聞いた事も無い。魔剣士とか言う奴は聞き覚えあるが、それは魔法使いで剣も扱える奴だ。お前の様な魔導剣士なんて初めて見た。それに何故エンチャントなんだ?他にもっと実践的な魔法があるだろう」
そんな事を言われても困る。俺に魔法使いとしての素質があれば、魔導書なんて必要無かった。
それに魔導士って訳でも無い。魔導士の定義が魔導書で魔法を行使する者なら、俺はそうなるだろうけど、そもそもが魔法頼りって訳じゃないかり魔導士とは違う。
エンチャントを選んだ理由は、何となく簡単そうで自分に向いていると思ったから。
「私は別に魔導士じゃ無いです。この魔導書はたまたま手に入ったから使っているだけで、エンチャントを選んだのは私に向いてるなあと思ったから」
納得はしていない感じだが頷いていた。
「それにしてもあなたの言い方からして魔導士とかの事をよく知ってるみたいですね!」
「まあな」
余りにも字数が少ない返信にびっくりした。
短い返事で終わりという事は、言いたくないって訳か。
まあ言いたくない事を詮索する趣味も無いので、構わない。
それから特に大した会話もなく優雅に過ごした。5時間というのは意外にも短い道のりで、森をそろそろ抜けて村が見えてくる筈だと馬車を引く男が言っていた。
少し先から光がだんだんと近寄って来る。
「あそこが村だ・・・なんだあれ!?酷えな!」
酷い。確かにその言葉が一番当てはまる。
俺の考えていた最悪が、そのまま具現化された様な景色が広がっていた。
馬車で村まで一気に近寄る。
クエスト内容にあったドラゴンの姿は見当たらないのは幸いだった。
馬車から降りて村に入ったが、村には家屋の残骸しか残っていなかった。
その残骸から推測してこの村には、100人程度は住んでいたはずだ。
死体はまだ見ていない。もしかしたら村が壊される前に村の人達は上手く逃げられたのかもしれない。
俺は声を上げて、誰かが居ないか捜索した。
「誰かー!!居ませんか?」
返事は返って来なかった。
「エレンお姉ちゃん、あそこ!」
アリスが指を指した先には一人の少年が倒れていた。
近寄って心拍を確認すると、心臓が機能している事が分かった。
「まだ生きてる!」
「よかったわ!」
幸いにも魔導書のおかげヒールがある。
「<ヒール>」
暖かい光が少年を包むと、小さい傷口はみるみるうちに塞がった。
「アリス馬車から水を持ってきて」
心配そうに見つめるアリスに指示を出すと「うん」と頷いて小走りで馬車から水を持ってきた。
「ねえ!大丈夫!?」
意識がまだハッキリしていない様だけど、呼吸をしっかりとしている。
少年は微かに目を開けた。
「だ・・れ?」
消えてしまいそうな声で、それだけを言った。
「助けに来たの!とりあえず水を飲んで」
水を口の中に入れてあげるとゴクゴクと勢いよく飲み干した。
「はあ・・・助けてくれてありがとう」
さっきまで死にそうだった少年が、生き返ったかの様に元気よくお礼を言った。
「よかった!・・・君の村に何があったのか教えてくれないかな?」
少年は暗い顔になって村が破壊された経緯を語たる。




