12.魔人の恐怖
「只者ではないと思っていたが、まさか魔人のお出ましとはな!」
デオンさんが震えを堪えながら言った。武者震いという訳では無い。ただの怯えだ。
敵の正体が明らかになった所で、戦況が変わる事は無く絶望的だ。
敵の正体が魔人だと知った冒険者たちの士気は下がっていく一方。まともに立てずに地面に這い蹲る冒険者まで居た。
何が冒険者達の士気を下げているのか、俺には理解出来なかった。戦況は絶望的だとしても、勝つ見込みが無いと迄は断言できない。
勝てる可能性があるにも関わらず魔人を目の前に冒険者達は思考を停止したのだ。
デオンさんによると、魔人は世界の終わりを告げる者と言われる程、この世界では恐れられている存在らしい。それ故に冒険者たちは動揺を隠しきれていないのだ。
先の戦いで、人族は魔族に蹂躙された。数えきれない程の痛みを与えられ、その痛みは世代を超えて本能にまで、恐怖を植え付けた。
だから、冒険者達が震えるのも仕方ない。必然的な事なのだ。
その恐怖を抑えて、デオンさんが敵の魔人に恐る恐る話しかけた。
その会話で、冒険者が魔族を恐れるもう一つの理由が明らかになる。
「何故魔人が、俺達の領域にいる?」
「悪いか?どこにいようと我らの勝手だろう」
冬の寒さより冷たい声色だ。
「・・・魔族は俺達の領域に侵入出来ないんじゃかったのか?それとも魔王が復活したのか・・・?」
クスクスと魔人は嘲笑う。
「人間は頭が悪い。我らがお前らの領域に進入出来ないなど、誰が言った?魔王様が封印されてから、我らは入る必要がなかっただけのこと」
魔人の声が響くのと同時に冒険者達の長い沈黙が続いた。
言葉に出来ない気持ちが冒険者達にはあったのだ。
入る意味が無かったと魔人は言ったが、その言葉の意味は"今は、入る意味がある"と受け取る事も出来る。
それは魔王の復活を意味しているのかは定かでは無いが、魔人が人間の領域に侵攻してきた事は間違いなく事実なのだ。
今までとは、何らかの事情が変わったのだろう。
その事を誰よりも早く察知したデオンさんは、強張った顔のまま固まっていた。
恐れていた魔王の復活。確定はしていないが可能性としては、極めて高い。
現に魔人は目の前を悠々と飛んでいる。
世界に何が起きているのかを脳をフル回転させて考えたが、最悪のシナリオしか思い浮かばない。
魔王の復活という最悪のシナリオ以外想像出来ないのだ。
赤く鋭い眼光の蔑んだ冷たい目を魔人は俺たちに向けた。
「安心していいぞ!魔王様は復活しない。我が主人は魔王の復活を望んでいないからな。だが、お前たちを生かしてやる道理もない。主人はこの町を我に下さったのだ。そこにお前達は足を踏み入れた。ならば、お前達の事も好きにして良いという事だろう?」
魔王の復活は無いみたいだ。魔人の言葉を鵜呑みするのは危ういのだろうけど、嘘を付く必要性が無いと思う。だからと言って、ピンチが覆る訳じゃない。
俺たちが今考えるべきは、魔族の侵攻が開始した理由では無く、ここをどう切り抜けるかだ。
魔人は落ち着いた雰囲気で話しをしていたが、いつ攻撃を仕掛けてきても可笑しくない。
デオンさんの指示も滞っている。デオンさんには思い付く打開策がないんだろう。
デオンさんが扱える最高火力の魔法で、魔人に傷をつける事すら出来なかった事に困惑していて、作戦を練る余裕も無いんだ。
他の冒険者も動けるようには見えない。 既に死を受け入れようとしている感じだ。
ヘタレと罵りたくもなったけど、この世界の人達にとって魔人とは恐怖そのもの。本能に魔人への恐怖が植え付けられているから、仕方が無い。
魔人が、空中を静かに動き出した。
ゾンビたちの頭上を通って俺たちへと近づいてくる。
冒険者はガタガタ震えだし、多呼吸になる者もまで居た。
デオンさんですら手に持っている剣を地面に落としてなるべく魔人の姿を見ない様に俯いていた。
魔人がクスクスと笑う。
「どうした人間。お前たちは我と戦うのだろう?武器を地面に落としては戦えないのではないか?」
嘲笑。ニヤリと微笑んで冒険者が、落とした武器を拾いその武器を持ち主の手に渡した。
持ち主は泡を吹いて倒れる。その光景を見てまた魔人は笑う。
この場の空気は最悪だ。息苦しい。圧迫される様な異様な空気感だ。
「うん?お前は我が怖くないのか?」
お前とは、俺の事だ。他の冒険者が震える中俺だけが、この状況に馴染めずにいた。
その事に魔人も気がついたのだ。
「申し訳ないけど、私は怖くない。」
魔人の冷たい目を見つめて言った。魔人は感心した様に頷く。
「面白い奴だ。お前、我の下僕にならぬか?可愛がってやるぞ?」
勧誘してくるとは少し驚いたけど、答えはノーだ。
女神の加護を受けている俺は、魔人を根本的に拒絶しているらしく、それ以外の答えは思いつかなった。
「嫌だね。別に正義感とかが強い訳じゃないけど、貴女みたいに他人を嘲笑う奴は嫌いなんだ」
その言葉を聞いて魔人はまた笑う。ケタケタと楽しそうに笑った。
そして魔人は俺の目の前に右手を突き出した。
「それなら死ぬが良い!」
魔人は、魔力を込めただけのエネルギーを手の平から放出した。魔法と言うより魔力をただ放出するだけの単純な技だ。
普通だったら威力なんて皆無の技なのだが、俺の勘が絶対に当たるなと訴えかけてくる。
ゼロ距離で放たれたその技をどう避けるか。
考える間も無く放たれたが、間一髪の所でフーゴが召喚され、技を代わりに受けてくれた。
フーゴは大分後ろに飛ばされたが、怪我はしていない様子だ。
「ありがとうフーゴ!」
魔人を睨みつけたままフーゴにお礼を言って、フーゴに指示を出す。
「フーゴは、アリスを守るのに専念して!私はもう大丈夫だから!」
フーゴは頭を縦に振って、了解の意を示した。
「デオンさん魔人は私が倒します!でもゾンビにまで気を払えないので、お願いします!」
俺の指示を聞いて我に返ったのか、硬い表情のまま何とか答えた。
デオンは、情けなく思った。自分より遥かに年齢も経験も乏しい少女が、勇敢に戦おうとしている。
それなのにベテラン冒険者の自分は、恐怖に震えて動けずにいた。
少女の小さくも逞しい背中を見ていると不思議と魔人への恐怖が和らいだ気がする。
それも含めて情けなく、不甲斐ない。
デオンは目を瞑って深呼吸をする。それから汚い声で叫んだ。
「お前らは、情け無いと思わないのか!?俺たちより年も、経験も浅い少女が、俺たちを背にして戦おうとしているんだぞ!俺は情け無い!あんな魔人1匹に怯えて、動けない自分を殴ってやりたい。お前らもそうだろう?立て!動け!!剣を抜け!!!」
デオンさんの雄叫びで、滞っていた時間が、ふと動き出した。
冒険者たちは体の震えを無理矢理に抑えて戦う事を決意した。
それを見ていた魔人は、「面白くないな」と溜息を吐き、ゾンビに指示を出した。
「奴らを殺せ!」
その言葉に反応して、蠢き出す。
教会の柵より外には出られなかったゾンビは、制限を解除されたのか、柵を破壊して俺達の方へと動き出した。
だが、士気が上がってた冒険者は、もう怯える事なく立ち向かう。
数は圧倒的に不利だが、ゾンビの元は一般人なので動きが鈍い者が多かった。
「行け、エレン!ゾンビは任せろ!」
頷いて、魔人の方へと突っ込む。
勝ち目はあるのか?いくら考えても判らない。
クソッ!何でこうなった。逃げるって手もあったじゃん・・・。
ここで死ぬより逃げて生き延びる方が得策だろ。
いや、違うな。怯えで動けない冒険者達を見捨てて逃げる事が得策の訳が無い。何より後味が悪過ぎる。
ヒーロー気取りとは言わないけど、あの状況で前に出れるのは俺だけだった。助けられるのは俺だけだった。
そう考えると腑に落ちた気がする。俺は誰かを助けたい一心で、動いているのだと。
笑える話だ。俺が前世で死んだのはそれが原因で、転生してまでも同じ事をしようとしてる。はは、悪い気分じゃ無い。
魔人を目の前にして、抱いた感想は気持ちが悪いという簡単な感想だった。
魔人の赤い瞳に自分が映る。確かな恐怖と緊張。足がすくんで動けそうにない。
「何だ?さっきとは違って恐怖しているのか?」
心が読まれているのか。それとも微かに震える体を見てそう言ったのかは分からない。
今にも吐いてしまいそうなこの気持ちの悪い感覚。これが本当の恐怖という感情なのか。
虚勢を張って、剣を大きく振り上げて斬りかかる。魔人は避けようとはしなかった
魔人は、その体で敢えて受けたのだ。
カキンッ!鉄と鉄が触れ合う様な高い音が鳴った。
弾き返された剣の刃は、微かに欠けている。
魔人は「何かしたか?」と言わんばかりに微笑んで俺の顔を覗き込む。
歯が軋む音がした。それくらい歯を食いしばっていた。
どうにかしてダメージを与えてやろうと、何度もぶつかっていくが、ダメージなどは微塵も入っていない。
「興醒めだ。お前ならもっとマシだと思ったのだが、やはり人間でしか無いのだな」
魔人は溜息を吐いて、そう言った。
ゴキンッ!聞いた事のない擬音が聞こえた。次の瞬間、痛みが体を支配する。口からは血が溢れた。
腹部に目をやると、魔人の拳が深く食い込んでいる。骨もいくつか砕かれた様だ。
目に見えなかった。至近距離ではあったが、油断をしていた訳ではない。それなのに魔人の攻撃を目で追えなかった。
痛い・・・血が止まらない・・・。
人は死ぬ寸前に走馬灯を見るらしいが、それは真実。
俺はあの時の事故を思い出していた。
あの時は人を助けて死んだ。けど、今回はそうもいかないらしい。
ここで俺が死んだら、後ろにいる他の冒険者達も、アリスも殺されてしまう。
嫌だ。死にたくない・・・死なせたくない。
意地でも起き上がろうと、這い蹲って魔人の足にしがみつく。
「・・・ゴホッ・・・俺が守るんだ・・・」
振り絞った声に力は無くて、吹く風の音にかき消された。
霞みがかった視界は、見えずらい。魔人の表情がもう見えなかった。
遠のく意識の中でアリスの声が聞こえた。
「お姉ちゃん、死なないでえ!!」
ごめんなアリス、もうダメみたいだ。体が冷たくなってきた。
最後にアリスの頭を撫でてやりたかったな。
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「こんな所で死んでどうするんだい?」
聞き覚えのある声だ。でも、誰だろう。アリスの声にしては大人っぽい。
「君は勘違いをしている様だけど、君の能力の真価はそんなものじゃない。物語なら何でも良いんだよ!あっ!でも漫画とかはダメだよ。あれは曖昧な思惑が混ざりすぎてるからさ。それと神や英雄を呼び出すのもダメだ。異世界の神や英雄を呼び出すというのは、その世界の歯車を狂わせちゃうんだ。けど、それ以外なら」
それ以外って何だよ。どうしろって言うんだ。
漫画はダメで、神や英雄もダメ。何も無いじゃないか。
・・・神や英雄ではなくて、神や英雄が持っている武器とかならどうだ?
前回の検証でマッチ売りの少女のマッチのみの召喚は出来なかったけど、それはマッチについての記述が無いから。
現にアラジンと魔法のランプの指輪は召喚出来た。
それなら英雄達の扱っている武器なら、召喚できるんじゃ無いか?神話や伝説の武器には明確な記述がある物が多い。
「君が出会ったのが、僕でよかったね。他の神ならここまで世話を焼かないよ?まあそれも今回が、最後になるけどね。流石の僕も、いつまでも君に世話を焼く事は出来ないんだ。これから忙しくなるからね。それじゃ頑張って!君の力は無限の可能性を秘めてるんだ!自信を持って!」
ありがとうエイル。あんたのお陰で助かりそうだ。
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意識が、戻って来た。腹部の痛みが消えている事に直ぐに気づいた。
エイルが助けてくれなかったら、今頃俺は、また死んでいた。
感謝以外何もないな。流石の俺でも二度目の死を受け入れる事は難しかった。
魔人は俺が死んでると思い込んでいる様で、見向きもしない。
その隙に俺は唱える。
「絵本の世界勝利の剣」
後ろで違和感を感じて魔人が振り向く。
殺したはずの女が立っている事に険しい顔をして、手を俺の方に向けて魔力弾を放った。
「運良く生きてたのか。まあいい。生きていたとしても、もう動けまい」
その慢心を突いて、魔力弾を避け相手の懐へ飛び込み一撃与をえた。
感触は確かにあった。魔人の厚い皮を切り裂く感覚だ。
魔人は唖然とした。
自分の体に傷を付けられた事に対してもかなり驚いていたが、それ以上にエレンの体の傷が消えている事に驚いていた。
魔族でもあるまいし、傷を治すために治癒魔法を使う暇さえなかったはずなのに、何故か傷が塞がっている。
ユニークスキルだろうかと疑ったが、治っていたのは深い傷のみで、他の擦り傷やらは治っていなかった。
魔人はエレンを全力で排除する事に決めた。
油断をしていたら負ける。根拠の無い予感がしたからだ。




