11.魔に侵された町
2日が経過した朝、町の外に人数分の馬と馬車が用意されていた。それぞれ好きな馬にに乗る様にと言われたが、俺は馬に乗った経験がないから困っていた。
困ったな。他の冒険者はもう準備万端って感じだ。
馬をどうやって扱えばいいか悩んでいると、ある人が声を掛けてくれた。
見覚えのある顔。エリクの町に入る時、カードを見せてくれた人だ。
「どうした?お前はあの時の女か」
「あっ、はい。あの時の女です!馬の乗り方が分からなくて」
「そういうことか。だが、その心配は無用だ。この馬は、魔法によって目的地まで走ってくれるようになっている」
前に素っ気ない態度をとったことを今になって悔やむ。滅茶苦茶親切な人の様だ。
「そうなんですか。有難うございます!あと名前を聞いてもいいですか?」
あの時は急いでいたから名前を書く事が出来なかったが、今回は聞くチャンスだ。
「デオンだ!」
「デオンさんですね!私はエレンです!色々とありがとうございます!」
お互い名前を知っているということは、間違いなく知り合いだ。
次からは、心置きなく話しかけられるな。
馬の乗り方は分かったので、整列する。
前衛に8人、後衛に7人。後衛は、遠距離魔法を扱える者や物資を運ぶ者に回復魔法を扱える者が配置されている。
ただ俺は、そのどれも出来ないので後衛部隊の護衛の様な役割を任されていた。ちょっとお荷物みたいな扱いだ。
デオンさんは、黒い馬に乗り陣の先頭で周りに指示を出していた。
「これより出発する!陣形を崩さずに付いてこい!」
どうやらデオンさんは、この部隊の隊長を務めているらしいい。デオンさんの合図で一斉に馬が動き出した。
伯爵の推薦で集まった先鋭の中で、隊長を務めるデオンさんの実力はどれ程何だろうか、少し気になった。
まあ先鋭とは言え荒くれ者が多い冒険者だ。連携が取れるか心配だが、それも含めてデオンさんの腕次第なのだろう。
そういえば俺はまだ自分以外の冒険者が戦っている所を見た事がなかった。
クエストをやっていれば、他の冒険者と遭遇する事もあると思っていたけど、意外にも会うことはなかった。
基本的に弱いクエストばかりを受けていたから、遭遇しても駆け出しの冒険者だけなんだけど、それでも滅多に遭遇する事はなかった。
意外にもエリクの冒険者の水準は高いのか?
そうだとしたら今回のクエストは、楽勝なのかもしれない。
一つ懸念があるとしたら、支度金で豪遊していた奴らだ。精々周りの迷惑には、ならないように頑張って欲しいね。
馬がかなりの速度を出しているにも関わらず陣は崩れずに整っていた。
これも魔法で馬を強制しているからなのだろう。
この世界には、様々な魔法があるらしいが、俺は魔法っぽい魔法を会得していない。
異世界と言えば、魔法。魔法と言えば、異世界。
それなのに俺に魔法を使う権利は無い。少しだけエイルに文句を言いたいな。
いや、確かにどんな魔法よりも俺のユニークスキルは凄いよ。でもね、魔法はロマンなんだよ。詠唱すれば、火が出せるとかカッコいいじゃん。憧れるじゃん?
つまり、そういう事なの。
アリスは手綱を掴んでいる俺の両手の間に座っている。
小さい空間なだけあって守備は完璧。落ちる心配は無いし、攻撃を受ける可能性も低い。まさにベストスペースだ。
アリスと他愛の無い話をしながら、馬に乗るのは中々に楽しい。
緊張感がない様に思われるかもしれないが、逆にこのくらいの方が気楽でいい。
緊張の余り体が動かないとか洒落にならないからね。
けど、緊張が皆無というのはダメだ。ある程度が1番。
アリスが居るとある程度の緊張状態を持続的に作る事が出来る。
俺にとっての精神安定剤みたいなものだ。
このまま優雅に走って行くものだと思っていたが、簡単には行かせてくれないらしい。
デオンさんの合図で全員一斉に止まる。
魔物が出たみたいだ。それも大型の植物の様な魔物である。
お初にお目にかかる相手だったが、俺が気を引き締める前に直ぐに倒されてしまった。
前衛の3人が、対処に当たり秒で倒してしまったのだ。
本当に早くて、俺たち後衛が前衛に追いつく頃には既に魔物の死体がそこに転がっていた。
前衛の冒険者達の実力は確かなようだ。
それから何度か魔物と遭遇したが、後衛からの支援を必要とさずに一瞬で前衛が片付けてしまう。
前衛はそろそろ温まる頃だろうが、後衛はただ馬を走らせているだけで、体が冷えていく一方だってた。
少しは、後衛の俺たちにも回して欲しい。
そろそろ着く頃だ。
流石にノンストップで8時間も馬に乗ると疲れる。
それでも冒険者達の士気は上々。 いつでも来いと言わんばかりの勢いだった。
町の外観はエリクと相違ない。外からでは異変が起きた様には見えないが、壁に隔たれているのだから中の様子を伺えないのは当然だ。
正面の門を前衛がこじ開けて突き進む。
デオンさんを先頭としてゆっくりと門をくぐるが、異変は感じられなかった。
気がかりなのが人気が無いことだ。本来であれば門番がいる筈なのだが、それすら居ない。
明確な異変と言えばそのくらいだった。
大きな町にも関わらず町中に人っ子一人歩いていないのは、有り得ない話だ。
どの建物にも明かりがついていないし、店は開店していない様子だった。
まさか全ての店が休業という訳では無いだろう。
馬を門の付近に繋ぎ、歩いて町の調査を始めた。
静まり返った町は不気味だ。空の真ん中まで昇った太陽が気温と緊張感をジリジリと高めていった。
雰囲気に飲み込まれて、冒険者達は終始沈黙していた。
町の状況は不明。ただ人が居ないというだけが判明している。
その時点で断言出来る。町には何かが起こって、その異変の元凶が、この町に潜んでいると。
その元凶が、町の人を何処に隠したのかは未だに分からない。隠したという表現は、少し違うかも知れない。
町に住む人全てが神隠しに遭うなんて、相当考えられない事態だ。魔物の仕業だろうか。
魔物の仕業だと考えると、町の人達は殺されている可能性の方が高い。
アリスが不安そうな顔で俺を見上げる。気持ちは分かるが、何とも言えない。
今は町を歩き回って状況を確認する以外何も出来ないのだ。
デオンさんが、ふいに立ち止まって言った。
「あの教会を目指す。恐らくあそこに敵がいる筈だ!どれだけ強力な魔法を使ったのかは、見当もつかないが敵はバケモノだ!気合いを入れていくぞ!」
デオンさんの言う通り敵がいるとしたら教会だろう。
大抵敵というのは、分かりやすくて目立つ所にいるのがお決まりだ。
更に言えば、教会周辺の空気の色が、明らかに違う。薄暗い霧がかかった様な淀んだ空気が教会を覆っているので、一目瞭然だった。
俺達が安全を考慮して取るべき行動は簡単だ。
まずは遠距離魔法でダメージを与えてから、前衛が畳み掛けるというのが安定だと思ったのだが、流石は血の気が多い冒険者たちだ。
何も考えずに猪突猛進の文字のまま教会に突っ込んで行った。
デオンさんの制止を聞かずに一心不乱に突っ込んだが、先頭の奴の悲鳴を聞いて皆、足を止めた。
「来るなぁあ!!ぎゃあああ」
1人の冒険者が戻ってきた。
「何があった?」
デオンさんが尋ねると、涙を流し声を震わせて答えた。
「ゾンビ・・・ゾンビだ!」
「ゾンビだと?お前ら剣を構えろ!魔法が使える者は魔法の準備を!」
こんなイレギュラーな状況下でさえ、頼もしいことに隊長であるデオンさんは冷静だ。
直ぐに陣を立て直して応戦の準備をした。
怯える冒険者が言っていたゾンビとは、そのままの通りの者達だった。
教会に近づくにつれて、その得体の知れない人型の者達の姿をはっきりと捉えられた。
青黒い肌で、目が虚を見ている。爪は黒くなっていて、まるで生気を感じられない。
正直、近寄るのも憚れるくらい気持ちが悪い。
不思議なことにゾンビは一定の線より外には出てこなかった。
恐らくゾンビの行動範囲は、教会を囲む様にして、設置されている鉄製の柵内側のみなのだろう。
前衛に居た冒険者が片足をゾンビに引き千切られた痛みに悶えている。
止めどなく流れる血は、一本の線を引いて冒険者が移動した道に跡を付けた。
柵の内側で蠢くゾンビは、滴った血を舐めては歓喜した。
その冒険者は、周りの者にしがみ付いて治療を求めていた。自分のポーションを使って応急処置を済ませれば良いじゃないかと思ったが、この冒険者は支度金を豪遊していたアホな奴だ。
「助けてくれえ・・・死ぬ、死ぬ」
本当はこんな奴を助ける義理はないのだが、アリスが、悲しそうな表情で俺の袖を強く握っている。
ここで見捨てたらアリスは俺に失望してしまう。あくまで俺は、自分の印象の為にコイツに手を差し伸べるのだ。
俺は馬鹿を救う程お人好しじゃない。俺は馬鹿とアホは嫌なんだよ。
ポーションを右足にかけてから、目を細めて睨みつける。
「君、自分のポーションはないの?支度金貰ったよね?」
冒険者は少しの沈黙の後に口を開く。
「・・・すまねえ。こんな事になるとは思ってなかったんだ!こんな事になるって知ってたら、ちゃんと備えてたさ!」と、開き直った。
何というか、もう本当に救い用のないアホとしか言いようが無い。
未来に起きる危険が、事前に分かるのなら、失敗は存在しない。
人間は確定していない未来を少しでも安全に過ごす為に備えるのだ。その事を点でわかっていない。
本来なら、救う必要が無い阿呆なのだが、放っておいたらアリスが悲しんでしまう。それだけは見たくない。
とりあえず負傷した冒険者を後退させて残った11人で対処する事になった。
ゾンビが教会の柵より外には出られないなら、その外から攻撃をすれば良いと思い当たったデオンさんが指示を出す。
「魔法と弓を使える者は、奴らの迎撃を頼む。このゾンビは、この町の住民達だ。何らかの魔法で、ああなったのだろうが、躊躇う必要は無い!俺達は、この町の安寧を取り戻す為に戦うのだ!気負うな!後悔するな!せめてもの弔いとして俺たちの手で殺してやろう!」
一度静寂が辺りを包んだが、みんな受け入れて猛々しく吠えた。
デオンさんの判断は正しい。
町の住人達を元に戻せるなら、そうするのが一番良いのだろうが、そんな手立ては何処にも無い。
あるとしても。それは俺達の手には届かない所だ。
デオンさんの言う通りせめて俺たちの手で安らかに眠らせてやるのが唯一の救いなんだ。
アリスには、こんな悲劇に首を突っ込ませたくは無いのだが、アリスもやる気の様だ。
「アリス、大丈夫?辛かったら目を瞑ってて」
アリスは一度俺の目を見つめてから頷いた。それからアリスは詠唱を始めた。
「光を穿つは、闇の真髄!ごめんなさい!ダークボール!」
ゾンビに命中して、腕が宙に吹き飛んだ。血が、噴出したにも関わらず何事も無かったかのようにそのゾンビは変わらず蠢いている。
他の冒険者の攻撃も同様だった。弓で頭を射抜いても、ゾンビは微動打にしない。
ゾンビには痛覚と理性が存在していないのだ。故に痛みに狼狽える事が無ければ、人を殺す事に躊躇いもしない。
デオンさんが困惑している冒険者達に言い放つ。
「落ち着け!一見無敵の様に見えるが、ゾンビはこれ以上外には出られない!足を狙えば動きは止まる。着実に教会までの道を切り開くぞ!」
デオンさんはそう言った後に持っている剣に魔力を込めた。
「剣よ轟け!この輝きは全てを焼き払う光なり!くらえぇっ!威光の雨!!」
教会の上空に大きな魔法陣が展開した。
強い光を放つ魔法陣から無数の光の矢が無差別に教会を襲う。
まさに雨の様に降り注ぎ、教会を粉々に粉砕した。
「やったのか?」と誰かが口にしたが、ゾンビは未だに健在だ。
デオンさんの魔法は、凄まじい威力だった。その証拠として、砂埃の合間から壊れた教会が伺えた。
この威力でも、倒せないとなるといよいよピンチかも知れない。
未だ元凶が、顔を出していない状況にも関わらずそんな気がしてならなかった。
危険を犯してゾンビの行動範囲内に入り、運良く元凶まで、たどり着いたとしても元凶に勝てる気がしない。
絶望まではいかないが、それに近いものを感じていた時、敵の親玉が姿を現わした。
女性の体に大きな蝙蝠の羽と蜥蜴の尻尾が生えている。頭にはツノまであった。
亜人?いや、魔人か!?
亜人と魔人は似ている。一見人間の様に見えるが、人間には無いツノや尻尾がある者を亜人や魔人と呼ぶのだが、その二つの区分は曖昧だ。
今回のアイツも、俺には亜人にしか見えないがデオンさん達は魔人だと言って目を見張っていた。
魔人は亜人より人間の要素が少ないらしい。目の前にいる魔人は、その典型とも言える。角に羽に尻尾に鉤爪。
人間には無い要素がてんこ盛りなのだ。亜人はここまでかけ離れた存在では無い。人間とは違う部位を持つが、それは大抵一つや二つだ。
そもそも亜人は人族に区分される。人間である俺から見て異様だと感じたのなら、それは魔族なのだ。
それらの理由で目の前の相手を魔人だと断言したのだ。




