10.動き出す思惑
この世界には2つの領域が存在している。
1つは人間や亜人と言った人族が主に暮らしている領域。
そして人族の干渉が禁じられている場所であり、全ての悪を閉じ込めた魔族だけの領域がある。
神は均衡を図る為に世界を二つに分断した。人族は魔族に敵わない。当たり前の事実であり、不変の事実。
力無き者は蹂躙され、力ある者でさえ上級魔族を前に為す術なく討ち滅ぼされる。
神は人族を守る為に世界を隔てた。
お互いの領域の境界に結界を張り隔てる事で、無闇に侵入する事が出来ない様にしたのだ。
しかし、魔族の実力者ならばその結界を難なく破る事が出来る。
神はそれを前提としてそれを作った。何故なら、魔族は人族の領域に侵攻する理由が無いからだ。
魔族であれ態々結界を壊すなどという苦労をしてまで、人を襲うつもりは無いのだ。
しかし、今から、ちょうど100年前。
その領域から魔王率いる魔族軍が、人族の領域に侵攻を開始した。
当時の魔王クレイモア=ウィルハイツは、破壊の魔女の挑発に乗り、神の結界を砕き、人族の領域で理由なき虐殺を繰り広げた。
人族の血肉を喰らい。殺す事を娯楽だと笑い。ただひたすらに蹂躙し続けたのだ。
力無き人族は魔法と剣で対抗したが、脆弱な人族から繰り出される攻撃は魔族に通用するはずも無く打ち砕かれる。
予想外の事態に面を食らった神は、1人の青年に神の力の一端を分け与える事で、無理矢理に勇者を誕生させた。
青年は、授かった力と聖剣によって魔族と戦い。遂には魔王までも、その手で封じて見せた。
魔王が封印されたと知った上級魔族は、人族の領域に下級魔族を残して、自らの領域へと帰還した。
その戦いの後に勇者は死亡した。ただの人間であった青年の体には神の力は重すぎたのだ。
体に見合わない力は、青年の体を焼き、長い苦しみを与え、その果て死したのだ。
人族は青年を英雄だと賞賛したが、その最後を見届けた者は誰一人として居なかった。
勇者の醜い体を見た者は、誰も居なかったのだ。
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薄暗い部屋に7個の玉座が置かれていた。
その5つには既に何者かか座っているが、2つは空席のままだった。
眉間にシワを寄せた赤い髪の女が口を開いた。
「はぁ・・・また2人はいないのですね」
ため息を吐いて呆れた様子で、頬杖をした。
足を組んでいる目付きの悪い男がそれに答える。
「怠惰の野郎は分かるが、色欲まで来ねえとは意外だな!どっかでのたれ死んでんじゃねえか?」
「それはないでしょう。けど、はあ。本当にだらしがない」
「ねえねえ!私は?私について何か無いの?」
ツノを生やした青い髪の少女が、そう言ったが4人は黙り込んだ。
少女は子供の様に駄々を捏ね始めた。
「気にしてってばあ!他の奴より私だけを見てよ!」
頰を膨らませて、赤い髪の女に顔を近づけた。
その光景を眺めていた目つきの悪い男が、薄ら笑いで言った。
「なあ?嫉妬よお。それでこそお前だが、視線全てが欲しいとは強欲じゃねえか?強欲は俺だけの特権だろ?お前が視線を独占するなら、俺もその視線を全部奪いたくなっちまうじゃねえか」
「強欲は融通が利かなくて嫌よ!い・や!私の嫉妬まで、強欲を理由にして奪おうとしないでくれる?」
2人の会話にもう一人の男が割り込む。
「はっはっ!これだから虫共は煩い!少しは羽音を立てるのを自重して欲しいものだ!」
「あぁ!?誰が虫だ?殺すぞ!いくらテメェが、傲慢だろうと許さねえぜ?」
傲慢は一笑に付して何も言い返さなかった。強欲は舌打ちをして黙り込む。
苛立っていたが、強欲は傲慢の事をよく理解していた。他人の意見を聞く事など、傲慢はしないのだ。
「傲慢の言う通り少し静かにしてください。暴食を見習ってもらいたい」
「この女は、ただ食うだけだろ!それ以外に興味はねえクズだぞ」
「何とでも言えばいいさ!ボクの食事を邪魔しなければ文句はないよ。」
赤い髪の女、憤怒はまたため息を漏らす。
纏まりのない4人に苛立ちながらも我慢して、本題を切り出した。
「魔王様が封印されてから、100年が経つ頃です。そろそろ報復の時だと思いませんか?」
「この前お前が止めてなければ、あっちの領域は既に俺の物だったはずだぜ?それが今になって報復だと?」
「強欲みたいな下らない男じゃ無理でしょ!」
「ぶっ殺す!」
嫉妬が揶揄う様に言うと、強欲は殺気を嫉妬に向けた。
しかし嫉妬は、強欲の殺気では無いものに恐怖した。
背筋が凍る様な感覚が強欲にも襲いかかる。
それは憤怒の怒りだ。殺気にも似た赤く激しい異様なオーラ。
強欲は上げた腰を直ぐに下ろして、腕を組み黙り込んだ。
「お前らは少し大人しくしていろ!流石の私もこれ以上は怒るぞ」
急変する空気が、強欲と嫉妬の肌にビリビリと触れる。これが憤怒の本性。礼儀正しい姿は、偽物なのだ。
強欲は舌打ちをしたが、それ以上声を出す事は無かった。嫉妬も同じように静かに俯く。
ゴホンッと咳払いをして憤怒は話を続けた。
「さて、話を戻しましょう。何故、いきなりこんな話をするかと言うと、魔王様の封印が弱くなっているのです」
「待て憤怒よ。お主はまさか勇者如きに封印された魔王を復活させようと思っているでは無いだろうな?」
傲慢は鋭い眼光で、憤怒を訝しげに見つめて威圧した。
「違います。魔王様の復活など誰も望んでいないでしょう」
「当たり前だ!それでは何故魔王の話を持ってきた?」
「そうですね。私は貴方達と競争がしたいと思っています」
「ほう」
4人は憤怒の言葉に興味を示して耳を傾けた。
魔王を強く崇拝している筈の上級魔族の5人は、魔王の復活を誰よりも望んでいなかった。
そもそもここに来ていない2人を含め7人の上級魔族は、魔王が信頼を置く魔族の最高有力者なのである。
言い方を変えれば、この7人全てが魔王の後継者。つまり、7人は元より魔王を崇拝などしていなかったのだ。
ただ魔王が強かったから、主人として従っていただけに過ぎないのだ。
先の戦争に於いて、勇者は未熟だった。恐らくはここにいる7人でも勝てる筈の相手だったのだ。
そんな未熟者に敗北した魔王を最早強者だと言える訳がない。ただ嫌悪感だけが込み上げてくる。
故にこの7人は、主人である魔王を忌み嫌った。故に魔王の復活を誰一人として望んでいない。
憤怒は提案する。
「それぞれで魔王様を探し出し力を奪い取るというのはどうでしょう?魔王様の力を奪い取る事が出来た方が次の魔王という事にしましょう」
今まで息が合わなかった4人は初めて同じ事を思った。
「面白い」その気持ちは、誰もが等しく自由に抱げる事ができるものだ。
憤怒でもなく嫉妬、強欲、傲慢、怠惰、色欲、暴食、そのどれにも入らないその気持ちは、5人にとっての最大の行動力であり、好奇心を煽る物であった。
故に大した理由は要らない。気持ちに従って行動するのみだった。
「ふん、良い案だ!憤怒にしては良いではないか!」
「良いぜ!元々欲しかった物だ。それを賭けに使うのなら尚更欲しくなったぜ!」
「私も良いよ!その力で全員私だけの為に動くようにするから」
「あまり興味は無いけど、魔王様の力には、確か豊穣の力もあったよね?それがあれば無限に食べられるって事だよね!久々に本気を出しちゃおうかな!」
「 満場一致の様ですね。他の2人には私が伝えておきます。それでは今回はこれで解散です。次会う時は新たな王の誕生の時ですね。」
それぞれは消えていった。玉座だけをその場に残して、5人は自由なやり方で魔王を探し始めたのであった。
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その頃会議に参加をしていなかった色欲の女は、人間の町にある牢屋に拘束されていた。
魔力を封じ込める特別製の枷で、両手両足を拘束されている。
色欲の罪状は、町の男を誑かし色欲に溺れさせた末に殺した事だった。その数は少なく見積もっても34人以上。
裁判により死刑を下されたが、この女は生きている。
先日、死刑は執行された。斬首、絞首、火刑、溺死刑。
いくつもの刑を執行したにも関わらず色欲は、当然の如く生き続けた。
町の人々はこの得体の知れない女を殺す事は出来ないと悟った。
その為に永久に牢屋に繋いで置く事に決めたのだ。
色欲は特殊な性癖の持ち主であり、痛みという感覚は色欲にとっては快楽。
故にいくら重い罰を与えたとしても、それは色欲の心を満たすだけであって、罰にはならないのだ。
故に人は何もしない事に決めた。寿命が来るまで放置する事に決めたのだ。
しかし、色欲には寿命が存在しない。
寿命を待つ事は無意味で、殺すしか無いのだが、人族の攻撃で上級魔族が死ぬ事は無い。
色欲はそれを良いことに今を楽しんでいた。
更なる快楽を求めてここに囚われているのだが、色欲は気がついた。
もうここには求める快楽は存在しないのだという事に。
色欲は見張りの看守に声をかける。
「もし、そこの人。放置も悪くないわ。でも飽きてしまったの。新しい事をしてちょうだい!そうじゃなきゃ私はもう我慢できない。爆発しちゃうわ」
艶のある色っぽい声を聞いた看守は蕩けてしまいそうであったが、ギリギリで持ち堪えた。
看守は色欲の恐ろしさを知っている。一度落とされたら戻れない奈落の様な女だと、看守は理解していた。
その為に看守は返答はしない。聞こえないフリをしてなるべく言葉を交わさない様に心掛けた。
その判断は間違ってはいなかった。しかし、どの選択をしても結末は変わらない。
色欲は、魔力が封印されているにも関わらず枷を軽く壊してみせた。
そして看守に後ろから近づき看守の肩を叩く。振り向いた所に濃厚なキスを交わした。
ただのキスではない。男を落とすキスだ。
色欲の唾液は媚薬のような効力を持つ。それも強力かつ見境のない性欲を引き起こすものだ。しかも、それは粘膜の接触により他人にも感染する。
看守は本能のままに人を襲うゾンビとなり、町中の人々を襲い続け感染を瞬く間に広げた。
終いには、馬や豚などいった人間以外の動物にまで、感染した。
色欲は町の人々をゾンビへと変えたが、この行為に意味は無かった。
ただ看守の男とキスがしたかっただけだった。
元々が自由気ままな性格の色欲は、何かに執着する事はなかった。
やりたい事をやり行きたい所へ行き、飽きたら壊滅させて、また次に移る。
今回の町も例外なく色欲は思うままに町を崩壊させた。
新しい快楽を与え続けてくれるなら、崩壊させる気は無かっのに、看守は殺すことを諦めて、来る筈のない寿命を待つだけに専念したのが、悪いのだと開き直る。
私は常に快楽を味わって居たい。常に心を満たして欲しい。それが色欲の願いだった。
快楽を与えてくれない者に用は無い。色欲は新しい快楽を探して次の町を目指した。
この町から出て直ぐに会議の件を憤怒から知らされた。
魔王の力には興味無かったが、その力を手に入れる事が出来れば魔王になれるのだと憤怒は言っていた。
権力には興味無い。けれど、魔王になれば自分の好きな世界を作れる。楽園を作る事が出来る。
色欲はニンマリと笑って、楽園に思いを馳せた。
あぁ楽しみ。楽園を作れたら色々な快楽を集めよう。私の為だけの楽園。楽しみだわ。
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一方、エリクのギルドではその町の調査を緊急クエストとして貼り出されていた。
ここまで早い対応には理由がある。その町はエリクと商業的に強い結び付きがあり、伯爵はその町の領主と友好的な関係を築いていたらしい。
そんな町に異変が起きたとなれば、エリクが動かない訳が無い。
最初にそのクエストを受けたのはギルド内でも手練れと言われる冒険者パーティーだった。
自信満々に「俺たちなら問題ない」と息巻いていたが、ニ週間経った今も彼らは帰らずにいた。
それに今回のクエスト内容はあくまで調査だ。手練れと言われる冒険者パーティーが、遠くもない町の調査に二週間も掛かる訳が無い。
恐らくその冒険者達は、調査中に何か不備の事故や思ってもいない事態にあったのだろう。
ギルドが焦りを見せている中、俺とアリスはレベル上げの為に難易度の低いクエストをひたすら回っていた。
俺たちには関係無いとしらを切っていたのだが、どうやらそういう訳にもいかないみたいで、伯爵の推薦により俺達もそのクエストを受ける羽目になった。
その推薦を断る訳にはいかないし、推薦してくれる程信頼して貰えてるのは、正直嬉しいのだが、こんな面倒なクエストを押し付けるのは辞めてもらいたい。
手練れの冒険者パーティーが向かって、帰っていないのはまさに異常事態。出来れば関わりたくないのが本心だ。
明らかにヤバい匂いがする。断りたいけど断れない俺を恨みたい。
成り行き任せで、行く事になったが出発まで時間がある訳でも無いみたいで、2日後の朝にエリクの町を出るという話だ。
クエスト内容は調査から問題解決に変わっているし。
しれっと内容が変えられていたが、調査と解決では、難易度が天と地の差もある。
何も事情が分かっていない事件の解決なんて、探偵でも難しいよ。
半強制的に向かう事となったが、不幸中の幸い。俺は後方支援がメインの仕事だ。
15人構成で陣を組みながら移動するのだが、俺とアリスのハッピーセットは、陣の後衛になった。だから少しは楽を出来る。
15人の冒険者には、伯爵から支度金として銀貨300枚が渡された。
そのお金で真面目に備える者もいたが、大半は豪遊していた。
正直言ってアホだ。備えあれば憂いなしという言葉を知らないのかと叱りたくなったが、ああいう奴らはプライドが高い。
自分がやっている事を否定されるのを最も嫌う連中なのだ。俺が注意したとして、反省する所か逆ギレする事請け合いだ。
本来であればこんな奴らとクエストに向かいたく無いのだが、それもしょうがないので我慢する。
15人の中には門の前で、冒険者カードを見せてくれた男の人も居たが、声を掛ける程親しくも無いので、素通りした。
少し素っ気ないとも思うが、あっちも俺には興味がない様子だったから問題ない。別にコミュ障たいうわけでは無いから。空気を読んだだけだから。
支度金の銀貨300枚は、ポーションの購入と防具の強化に費やした。
回復ポーションと解毒ポーションをいくつか買い揃えて、アリスのローブの性能を上げてもらった。
おっさんのスキルによって、ローブに書かれている防御魔法の魔法陣を書き換えて貰ったのだ。
おっさんは「並大抵の防具屋にはこんな事出来ないぜ」とドヤ顔で言っていた。
それと防具屋のおっさんが「良いもんが手に入ったんだ!見せてやる」と、シンプルなデザインのただのポーチをこれ見よがしに見せ付けてきた。
素人目には価値が全く分からない代物だが、おっさんの言い方からして高価な物であるのは間違いない。
何かと聞くと。
「これは規定の容量までだったら大きさ関係無くしまっておけるマジックアイテムだ!あまり市場に出回る事は無いんだが、とある冒険者が買い取って欲しいと言ってきたな!運が良かったぜ!本当は俺が使いたいくらいだが、嬢ちゃんが欲しいと言うなら特別に売ってやってもいいぜ?」
俺の悩みの1つがこれで解消出来るのだ。荷物の持ち運びが楽になる便利アイテム。
なんて画期的なアイテムなのだろうか。これを買わずして何を買う?
俺は、迷わず買う事に決めた。
「欲しいです!」
「おう!それじゃ銀貨630枚だ!」
高くね?前に教えてもらったこの店で、1番値が張る魔法剣でも500枚程度だったはずだ。
それより高いって事はそれ程、実用性と需要があると言う事なのだろう。
伯爵からの支度金は既に使ってしまったので、自腹を切るしか無い。まあこれからの事を考えるとお得なんだろけど、流石に大金過ぎる。
渋々銀貨630枚を机に出すと、それを見ておっさんが笑っていた。
「ガハハ!嬢ちゃんが金を出すのを躊躇うとはな!最初なんて金貨1枚、何の躊躇いもなく出してたくせにな!」
それを言われて仕舞えば何も言えないな。あの時は硬貨の価値なんて知らなかったんだ。
その事を知っていて尚、笑うこのおっさんは意地悪なのだ。
「むっ!そこまで言うならこの店にはもう来ませんよ!」
おっさんは笑い顔を辞めて引き攣った顔をした。この店は外見があれだから、あまり客が来ないのだ。
その中でもお得意さんの俺が居なくなると言うのは、おっさんとしてもいい話ではない。
まあ俺からしてもいい話ではないのだが、これはあくまで脅しみたいなものだ。
おっさんは悪かったと頭を下げた。俺も本気で怒っているわけでもないので、直ぐに冗談だと言って、そのポーチを購入した。
容量は200kg。200kgというと、ほぼ何でも入る大きさだ。荷物の持ち運びには、もう困らなそうだな。
クエスト決行までの2日間は、ゆっくりと過ごす事にした。
最近は毎日クエストに向かってたから、丸一日休むなんて事がなかったので、ちょうどいいかもしれない。
この2日間を有効利用して、アリスと町の料理屋巡りをしたりするのも良いかもしれない。




