プロローグ.平凡な男を襲った過激的なシナリオ
初投稿です。よろしくお願いします。
「面接頑張ってね。」と送り出された俺は、只今就職活動中の何の変哲も無い、ただのバキバキ童貞男だ・・・。
高校卒業まで息子は新鮮なままってどうよ?周りの友達は皆んな卒業しているってのに、何故俺だけは卒業出来ないんだろうか。
顔はイケメンの部類をやや下回るくらい。性格は悪くない。172cmという至って普通の身長を誇っているし、考えてみても悪い所が見当たらない。
普通なのがいけないって事か。"普通が一番"とか言った奴は誰だ?人生舐めんなこの野郎。
普通というレールに乗った俺が、高校卒業後の進路を就職にしたのには、深い訳がある訳でもない。
やりたい事、学びたい事が無い訳だから、態々大金を払って進学するなんて、ボランティアも同然。
だったら直向きに仕事をして稼いだ金で風俗にでも行ってやろうかと考えただけに過ぎないのだ。
つくづく下らない人生を謳歌するんだなと自分を鼻で笑ってやったのは何回目だろうか。
俺が向かっている会社も、俺と何ら変わらない極々普通の会社だ。
仕事内容は覚えていない。担任の先生に「お前にはこの仕事が合っているよ」と投げやりに勧められたからここに決めただけだ。
もし、弊社を選んだ理由は?とか聞かれたらどうするんだろうか。
他人事の様に言っているけれど、俺の事だ。
馴染みの制服に身を包んで、イヤフォンを耳に詰目込んだ俺は一見余裕そうだが、実は緊張している。
適当に選んで来た会社ではあるが、少なからず人生の岐路。大事なライフイベントなのだから緊張するのも仕方が無い。
それを余裕、余裕と嘯ける豪胆さを生憎持ち合わせている俺では無いのだ。
内定を取れたなら、後の高校生活は勉強というしがらみのない天国に豹変すると言うのに、何故か不安があった。
周りが受験だ何だと焦る中、俺だけが楽々としている。
それで良いのか俺は・・・?
信号は赤色に変わった。
目の前を車が数台通り過ぎて、若干の間隔を空けてまた車が向かって来た。
子供とは好奇心旺盛で怖いもの知らずだ。
それは知識が乏しいから、何が危険で何が安全なのかを全く理解していない所為なんだろう。
だからこそ未知の物に触れたいと好奇心を抱く。
例え、その結果が自分にとってマイナスになろうとも、知識を得たという観点からしたらプラスなのかも知れない。
まあ、それも"死ななければ"の話なのだが。
俺が言いたいのはつまり、今にも男の子が車に轢かれそうという事だ。
赤信号を顧みず車道へと飛び出した子供の狭い視野には、迫り来る車なんて写り出されていない。
子供は軽く握っていた母親の手を解いて、道路の真ん中に悠然と立っているオレンジ色のポールが気になり駆け出したのだ。
子供の小さい背中をその母親と同じ様に俺は眺めた。
母親らしき女性の甲高く鋭い悲鳴が耳に刺さり俺は我に返る。
そしてパニックになる。
どうする何をする?何をすれば良いんだ?助けるのか、そうしたら俺はどうなる?死ぬ。死ぬよな?死ぬに決まってる・・・!
母親らしき女性は、子供の背中に手を伸ばして"私は貴方を助けたいの。でも死にたくない。しょうがないでしょ?足が動かないの"と、同情を求める様な態勢を取った。
悲鳴だけを忙しくなく響かせて子供の轢かれる様を当たり前に眺めている母親に俺は憤りを覚えた。
"叫ぶ暇があるなら動け!母親なんだろ?"と、言ってやりたいけれど、この状況で飛び出す事がどれ程の恐怖かは想像に難しく無い。
実際、俺も他人事として片付けようとしているのだから、文句の付けようがない。
名誉挽回。ふとそんな四字熟語が脳裏をゆっくりと通り過ぎた。
挽回も何も俺には名誉なんか元よりない。だけど何の変哲も無い俺がここであの子を助けたらカッコイイ男になれる。
それこそが名誉になるんじゃないか?
何に納得したのか、俺は清々しい気分に陥った。
死が目前に転がっている。拾おうとしなければ全く関係が無いものなのに、俺は名誉とかいう曖昧な物を求めてそれを拾おうとしている。
そう思った途端、体は勝手に動いていた。
一か八かの大勝負。一瞬で事を済ませなければ俺かあの子あるいは両方ともに死が訪れる。
俺は脹脛が破裂するんじゃないかという位足に力を込めて、子供の背中を目掛けて飛び込んだ。
勢いを殺さず子供の背中に殴る様にぶつけて、反対車線まで突き飛ばした。
"よし!上手く行った"
後はこのままの勢いで、向こうまで転がればいいだけだ。
バランスを崩したとしても、意地で転がるんだ。
俺は、妙な安心感に気を緩めてしまった。遠足は家に帰るまでが遠足。先生、あんたの言ってる事は正しかったよ。
現実は残酷だ。何の慈悲も無く不条理がここに極まった。
まさか靴紐のもつれが、この大事な局面で完全に解けて足がすっぽりと靴から抜けて大転倒。
誰が想像出来ただろうか。神でさえ想像出来なかったバッドエンド。
俺は目前にある死を当然の如く拾ってしまったらしい。
例えるなら地雷がある事を知っていながらその上を平然と歩き案の定起爆させてしまった様なものだ。
クソガキ怪我はするだろうけど、死ぬ程の怪我にはならない筈だ。強く生きろよ!俺の分まで・・・。
清々しい。実に清々しい最後じゃないだろうか。笑いが止まらないぜ。
狂った訳じゃない。ただ適当な生き方しか出来なかった俺がやっと真っ当な生き方が出来たのが、嬉しかった。
終わり良ければ全て良し。天国確定だよな俺は?
いや、それは許されないかもしれない。親孝行も出来ずに死ぬ奴が天国行きなんて親に会わせる顔がない。
俺は微かに笑顔を浮かべて「ごめん」と、小さく呟いた。
その時見計らったかのようなベストタイミングで、車は俺の体を道路と見間違えたのか走り抜けていった。
最後の言葉を言えた事が、神からの唯一の手向けなのだろう。
一瞬痛みはあったがほんの一瞬だった。
目に見える範囲はドス黒い赤がこびり付いた酷い有り様で、それを見たら苦しくて視界には暗幕が掛かり始めた。
ビルが反射した太陽の光は、俺の体を遠慮なく焦がしていたが、次第にそれも感じられなくなる。
やがて聴覚だけを残して、他の感覚は全て何処かへと消えてしまった?
四肢があるのかすらもう分からない。指の感覚が恋しいし、太陽を肉眼で見た時の痛みが愛おしい。
死とは全てを置き去りにする事では無く、俺自身が全てを失う事らしい。
冷え性って訳でも無いのに体がやけに凍えた。感覚を失った俺でも感じられた確かな寒さ。まるで、自分が死体のように冷たい。
誰だって死ぬのは嫌だ。当たり前の事だけれども、死んだ事のある奴じゃないと分からない感覚だ。
自殺志願者が近くにいるなら死ぬのは怖いぞって言ってやりたいもんだ。
最後に俺がたすけた子供の母親のだらしない涙声が聞こえた。
何て言ってんだ?有難うか御免なさいか、どっちかは良く聞こえないけど、まさに子供みたいに泣いていた。
何の変哲も無い男の人生は、その男には見合わないまでの過激的なシナリオを最後にして幕を閉じた。
最後だけは一丁前に他人を助けて呆気なく死んだ男の人生は、本当に下らないものだった。
後悔が一つだけあった。当然の後悔だ。俺と同じ境遇の人間ならば、皆口を揃えてその後悔を口ずさむだろう。
俺の後悔とは、一度でいいから女を抱きたかったというものだ。当たり前で何の変哲も無い普通の後悔。
唯一の未練がこれだ。