安らぎの代償
綴也は戸惑っていた。
駅らしき施設にいるのは確かだが今まで見てきた新天神駅では無い。
「此処は…何処?」
自分は誰なのかと思いそうになったが口には出さない。
記憶喪失になった訳でもないし覚えも無い。
確かなのは此処がイリュシオンのだという事。
何故ならば駅の大型ディスプレイにヴィヴィアンヌとドラゴンの戦いが映し
出されていたからだ。
「何時見ても凄ゲェ…」
「コレで向こうで何日経ってんだ…」
耳に入る周りの話によると二人はまだ戦っているようだ。
画面の中ではあの二人の動きがキチンと映っていた。
「でもこれ実際はもっと速いんだよな…」
「だからこれなら勝てるって思う奴等が戦い挑んで…」
「散っていくんだな…」
「生で見たら大抵の奴は戦わないよな…」
「だな…」
(やっぱりコレって見えるようにしてるって事か…って違う違う!!)
イリュシオンの運営はあの二人の戦いを観客に見える様にしている事に驚き
と少し感動を覚えたが直ぐに現実に向き直す。
綴也は此処が自分の知らない場所では無い事に安堵したが来た事が無い場所
にいる。
新天神に戻りたいがどうしたら良いのか解からない正に迷子だった。
どこか案内が無いか見渡してもそれらしい所は見当たらない。
更に綴也が周囲を見ていると周りから視線が向けられていた。
(見られてる…だけど…何だか…)
姫神殺しの悪評故に見られているかもしれないが少し今までとは何かが違う
気がしていた。
(笑われてる?…まさか…)
クスクスと笑われているのだ。
どこからかそんな声が聞こえている。
何せよ理由は解からないので放っておく事にした。
今はそんな場合ではないし聞こうにもどう聞いたら良いのか言葉が思いつか
なかった。
「全く…日頃の行いが悪いからこうなるのですよ…朝倉綴也君」
「うわっ!?」
綴也の耳に呆れているのが分かる声が当たった。
それは電子製命体ミフルに良く似たその兄ミトラの声だった。
ミトラが出てくるのは珍しいと綴也は素直に思った。
有名な電子製命体の登場は余程の事なのか住人達が驚いている。
しかし綴也は何時も一緒にいる為に驚きはしなかった。
ただこういうのを見るとミトラが有名人なのだと理解する。
「ミトさん?」
「妹は忙しいので私が出る羽目になったのです。仕事でも無い限り貴方の様
な男の所に行かせませんよ」
「…何だかすみません」
「もう少し自分の行いに自覚を持って行動するように!!でないと貴方の悪
評どころか誤解も悪化しますよ…」
傍から見ると有名な電子製命体ミトラが悪名高き姫神殺しを説教している様
に見える。
それを見て住人達はどこか安心している様だった。
これならここにこの悪名高き男がいても大丈夫だと…。
(すみませんね…皆さんの前で親しくする訳にはいかないので此処は心を鬼
にしてこの姿対応させていただきます。ああ…でもこれはこれで…良いです
ね…ウフフ)
しかし怒られている側の綴也には真剣に説教するミトラの背後にミトラによ
く似た女性の念のようなものがニヤニヤしているのが見えた気がした。
「でもやっぱり…此処イリュシオンだったんだ…良かった…」
「それ以外の何処だと言うのですか…イリュシオンの事位ネットで調べなさ
い…って今は誤情報ばっかりですね…余計に駄目かもしれませんね…」
「それって…良いの?」
「好きでそうしている訳ではないのですそもそもメディアが悪いのです…マ
スコミが…いや塵か?」
こんなコントのようなやり取りでようやく此処がイリュシオンだと確認出来
て綴也はようやくホッ胸を撫で下ろす。
トイレに行きたかったとはいえ突如トイレにいるのだから考えてみればそれ
は凄い事だ。
「それで此処は一体?」
「新天神駅と同じくこのエリアにあるホームポイントの一つ博多駅です。
理解はしていると思いますけど貴方は死んだ際に便意が限界と判断されてト
イレに緊急転送されたのです」
「成程…」
「イリュシオンに入っている住人たちの体調は常にモニタリングされていま
す…生理現象までは倫理的にという意見もありましたが理由もあってモニタ
リングされてますね」
綴也の推測は正しかった。
そういうシステムがあったのだ。
しかも噂の転送装置も初めてだった。
只それがトイレに行く為というのは自分でもどうかと思ってしまう。
「そうなんだ…でも何でこの駅に?」
「綴也さんがお腹をいためていた頃新天神のトイレが満員で込んでた為に貴
方には新天神駅ではなく最寄の駅に…今日は此処博多駅に飛ばされたのです
よ」
「そっか…だけど…」
最寄り駅に飛ばされるのはどうかだけど親切なシステムだと綴也イリュシオ
ンに対する苦手感情が在っても素直に凄いと思った。
コレならもしも今日のような事態になっても安心だった。
「しかしこの緊急離脱を頼る行為自体はあまり住人達から良い目では見られ
ません」
「?どういう事?」
「例えばイリュシオンで重大な戦いというイベントが起こっていた場合に急
に便意に襲われて主役級またはボス級に活躍していた住人がそれで緊急離脱
したら…もうそれはそれは凄い空気破壊になってしまって…」
「え?でも…生理現象だから仕方無いんじゃ…」
「ええ…ですがこの緊急離脱は自己管理がなってないと言われます…何せこ
のシステムが出来るまでの間結構な住人がゲームにかまけてトイレを忘れて
やらかしてその場の空気が破壊されるのです…ゲームとはいえ世界の命運を
掛けたと戦いいうイベントがあった時に同様の大人災が発生した事が有って
…それはもう…」
ミトラの言葉でゲームには素人の綴也でもその先はイメージが出来た。
それは物凄い事になっているのではと思った。
自分だって一日に一回は排泄するので生理現象を否定出来ないがそれを忘れ
てしまう程熱中してしまう。
そしてそうなったらそれは後をどうしていいのかわからないと思う。
「つまりゲームするにしてもトイレに行くのは忘れるな…もとい自己管理は
しっかりしろと?」
「阿呆の貴方にしては百点満点です。ゲームをするなら自己管理はしっかり
と、でないと今現在みたいに笑われますよ…」
「え?」
ミトラに言われて綴也は周囲を見る。
するとクスクスと笑われているのが見えた。
先程笑われているのは気のせいではなかった。
(何だか入学式の時みたい…)
綴也は自分だけが明らかに違う服装で来て笑われたのを思い出した。
「…ね?」
「はい…」
「ちなみに現在イリュシオン内では姫神殺しトイレに飛ばされると記事にな
ってましたよ…」
「え!?それって…記事になる事なの?」
「貴方は姫神殺しなのでそれだけ注目もとい注意されているという事です…
今やこういう事態は初心者が結構やる洗礼みたいな物なんですよ」
自分が何かあるかやるたびに記事になっている。
自分はそんな記事にされるような事はしていない心算は無いが周りからはそ
う思われているのかと思うと嬉しくは無い。
何にせよこの様なゲームでは自己管理はしっかりしないといけない事を綴也
は心に刻んだ。
「それでミトさん…どうしたら新天神に戻れますか?そろそろ家に帰ろうか
と思って…」
「各駅には転送装置が設置されてますからそれで簡単に戻れますよ」
「じゃあ…その…」
「確かに通常ならば転送装置を使えば新天神に戻れますが…」
「え?もしかして…」
「ええ、現在緊急メンテナンスが入って動けません」
「え!?」
自分もトイレに行きたくて突如別の駅に飛ばされるなどという凄い体験をし
た直後にまた新たな問題が発生した。
しかしメンテナンスならば仕方が無い。
今日は綴也は運が悪かったらしい。
「まあこの駅から電車に乗って家に帰ることも出来ますが…」
「ごめん帰り道が解かりません」
「ですよね…念の為に聞いておきますがお金は…?」
「630円」
「新天神駅で買える切符代丁度ですか…この駅から家からの最寄り駅からバ
スに乗らないと一時間以上歩かないと帰れません」
「それだと…」
「今からではギリギリですね…それ以前にお金が無いでしょう…」
それは問題だった。
父は夜九時までにと言った。
時間を見ると夕方の六時を過ぎていた。
まだまだ時間はあるがこのままでは門限を破ってしまう。
破ってしまったら休みの日に外出禁止を言い渡されるかもしれない。
綴也も一応は高校生なのでそれは流石に地獄行きに等しい罰であるので何と
しても避けたかった。
「門限を守る為の方法はただ一つです!!」
「何ですか?」
「現在このエリアはあの二人の激しい戦闘が行われています。さらには今日
からGWなので他にも様々な戦闘好きの住人達が戦闘を開始しています」
「あの…もしかして…」
「ええ…そんな中を新天神まで突っ切るのです!!」
ならばそれしかない。
それがミトラから提示されそして綴也もそれしか思いつかなかった方法だっ
た。
「言っておきますが貴方のイリュシオンでの行動は住人達の中にいる有志達
は勿論あの狙撃手達にによって監視されています。そんな中この戦闘の中を
突っ切れば何が起こるかもわかりません。ましてやあの二人の戦いの最中を
向かわなければならないので巻き込まれて死んでしまうと新天神ではなく再
びこのエリアに死に戻りします。しかし死ぬと一時間は休憩させられると門
限は守れません。転送装置はメンテナンスで使用不能なので門限は守れませ
ん。故に綴也さんは門限を守る為には死ぬ事も許されません」
「…」
「それでも…この方法を選びますか?」
ミトラは綴也に問う。
門限を守る為には死ぬ事が許されない。
果してそれが出来るのか?
正直できるとは思えない。
「うん…やるよ…門限を護る為に…家に帰るために!!」
でも綴也は決意する。
他の方法もあるのかもしれない。
だがそれでも門限を守るために綴也は目の前にある戦渦に挑む事にした。
これはゲームである。
それでもゲームに見えないゲームだった。
だから怖いと言うのがある。
でも今は門限が懸っている。
恐怖しているがそれでも恐怖していてもやらねばならない。
それでも挑むと決意した綴也を見てミトラは笑う。
しかしそれは綴也を嘲笑するものではない。
それはミフルの時に見せる微笑みにも見える。
「決意は立派ですが…ただ…」
「ただ…?」
「綴也君は今日から思命さんがいないと此処では行動できませんので思命さ
んを待たないといけませんけどね」
「え!?思命さん…あ!!」
トイレと帰り道の事で必死でトイレの時に逸れてしまった老紳士の事を綴也
は失念していた。
今日から綴也がイリュシオンで活動するには思命がいないと駄目になってい
た。
探すにも何処にいるかも分からない。
「ああ…やっと見つけましたよ」
「え!?思め…い…さ…」
思命を探すのに悩む最中その当人が現れたのだ。
それは時間に追われつつある綴也には願っても無い奇跡だと言えた。
しかし綴也はその名前をちゃんと呼べなかった。
「?どうしました?綴也君?」
「ええっと…その…」
「そんな姿ではそうなりますよ…何をやっていたのですか?」
「その姿?…って…ああ…少々人を見る目が無い新人住人君を指導していた
ら熱が入りすぎてしまって…」
笑みと共に語る思命に傷は一つも無い。
しかしその老紳士の服と肌は赤い液体で濡れていた。
それがペンキでは無いのは綴也でも解った。
言葉にしないのは言葉にしない方が良いと思ったからだ。
これはゲームなので気にしても仕方が無いのかもしれないが自分がトイレに
行っている間に何があったのか気になって仕方が無い。
「あの…ミトさん」
「思命…今すぐ服を着替えてきなさい」
「え?」
「転送装置がメンテナンス中で使えないのです。綴也さんが門限までに帰る
為に今から新天神まで行かねばならんのです。そんな中でそんな姿の貴方が
一緒にいたら…」
「ああ…成程そうですね…少し待っててもらって良いですか?」
思命が着替える為にその場を離れる。
その身を濡らす赤い液体以外は本当に何事も無い。
「ねえ…ミトさん」
「何ですか?」
「思命さん何かあったの?僕がトイレに行ってる間に…」
「嘘は言ってはいないでしょうけど…返り血で濡れてる指導って…」
「…」
綴也が言葉にしなかった事を目の前の男はした。
家に帰る為にゲーム初心者綴也は戦場を横断するというとんでもない事に挑
もうとしている。
しかしその前にその同行者に己が挑もうとしている事よりもとんでもない事
が起っているのでは無いかと気になっていた。
「まあ…付き合いはそれなりにですが怒らせない様にしてくださいね」
「う、うん…」
今は家に帰る事が第一だと綴也は思命が着替えるのを待つ事にした。
その思命が何事無かった様に着替えて戻ってきたのはそれから十分経った後
だった。
「あ!!」
「な、何です?ミトさん?」
「綴也さんは死んでからトイレに転送されましたから…」
「死…んで…ってまさか!?」
「ええ…思命と合流できても綴也さんが外に出れるのは後40分位待たない
といけませんね…」
綴也は残り時間を計算しながらその時を待つ事にした。
Mル…2章35話において文章に一部誤字脱字のひどい部分が見つ
かりました。
当該箇所は修正しましたが深く深くお詫びいたします。
E香…初期の状態のまま書き換えてなかったので本当に展開が解
からない状態だったな…。
Mル…作者は今回の事をしまったと受け止めながらも今後もこん
な事が有っても見つけて直して作品を続けたいと思ってお
ります。
E香…其処は重く受け止めて二度とこの様なことが無い様にと言
う所では…。
Mル…二度とない事が当たり前ですがテレビの謝罪会見を見てい
るととても誠実な言葉に聞こえないし見えないそうなので
…。
E香…どれだけ誠意に信用が無いのだ国だった頃の日本とは…
一つ言いたいのだが…
Mル…何ですか?
E香…ご両親に事情を説明すれば流石に門限くらい許してもらえ
るのでは…
Mル…綴也さんがやる気なのに野暮な事は言わない事です。
E香…解かっていてからかったな…オカマ野朗。
Mル…からかう事が半分綴也さんがそれを良しとしなかったが半
分ですよ…うふふ。
それに今回綴也さんをからかったのは私だけではありませ
んから…
E香…あの子か…
意外だったな…
そんな事をする子には見えないのだが…
Mル…貴女は綴也さんをからかった事が無い様にしていますけど
貴女だってからかっているでしょう?
E香…さて…どうだったかな…




