あり得ない力
対人戦はアイディアルでは立体映像相手ではあるが良くやっている。
しかしアイディアルの経験がどれだけこのイリュシオンで役に立つかは綴也
自身解らない。
加えて自分は今日が初めて。
あの黒いドラゴンとの戦いという経験があるがあの時は此処を現実と思い込
んで自分自身が混乱の中で何であんなに戦えたのか解らない。
あの老紳士が助っ人とやらを連れて来るのにどのくらいの時間がかかるのか
解らない。
もしもあの老紳士がこのまま逃げてしまったらそれこそアオヤは死ぬしかな
い此処がゲームの中とはいえ此処で死んでしまったら本当に死んでしまうの
ではと言う恐怖が湧き上がって来る。
それでもあの老紳士思命をアオヤは信じる事に決めた。
此処は遊戯の中なのにこんな恐怖を感じたり誰かを本気で必死に信じようと
する事があるなんてアオヤは少し不思議に思えた。
「あたしらの戦いをよくも邪魔をしてくれたわね…アンタ?」
「それなりの覚悟はあるのでしょうね…貴方?」
武器は長年の得物ではなく今日初めて使うもの。
だがアイディアルではずっと使いたかった武器である大剣をイリュシオンと
いう違う場所で使えるなどまさか約八年越しの思いがこんな形で叶うとは思
いもしなかった。
ならばその喜びも先程の様々な思考も全て込めて思いっ切り振り回そうと決
めた。
「はあぁぁぁあああああ!!」
少女達に向かって走る綴也。
これは勝算も何も無いただの特攻。
ゲームではあるが現実過ぎる遊戯に向かって逃げたいという気持ちも逃げた
くない気持ちも全部込める。
アオヤは自分が大剣を持った時に振り回したいフォームを思い浮かべ大剣を
右逆手に持ちそのイメージ通りの構えを取った。
「でやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ドラゴンの時もこんなに叫んでたなと心の中で一瞬思いながらも目一杯の雄
叫び上げながら思いっきり大剣を振り回した。
そこから再び大剣を振り回す。
但し大剣は初めて彼女達に攻撃が当たるとは思っていない。
ただそれでも彼女達を遠ざけられればと思っていた。
そこからは何も考えていなかった。
どうすれば良いかなんて考えていなかった。
大剣をかわしたそんなものなのかという表情の少女達がアオヤに迫ってくる。
アオヤはそのまま向かってくる彼女達に向かって大剣を振るおうとする。
彼女達はそれをまるで埃でも払うかのよう構えで迎え撃とうとしていた。
それだけ少女達から見てもアオヤの大剣の振り方は下手だった。
しかし振るっていた大剣から剣身と同じ色の光が発せられていた。
(え!?)
それを認識した瞬間には大剣から発せられた光は蒼色の炎となりまるで大き
な津波のように彼女達に襲い掛かった。
「ええぇぇぇぇぇ!?」
「なっ!?」
「くっ!?」
彼女達もそんな攻撃が来るなど思いもしなかった突撃を中止し回避に専念し
ていた。
超能力者の少女はその場から消えて気が付いたら最初にいた位置よりも遠く
に現れた。
魔法使いの少女は何処から出したのか箒を手に取り箒に引っ張られるように
離れて箒の穂に両足を乗せて空中で浮遊していた。
大剣から放たれた一撃はものの見事に当たり一面を覆いつくしていった。
そんな現象が自分から発生するなど思いもしなかったアオヤは振るった姿勢
のまま炎が消えるのを見ていた。
「って何であんたが驚くのよ!!」
「って何で貴方が驚くのですか!!」
「え!?」
と同時に突っ込まれた事で呆然としていたアオヤは我に返った。
「ごめんなさい。まさか剣から炎が出るなんて思いもしなかったから…」
まさかこの大剣にこんな力があるなどと思いもしなかったのだが。
何でこんな力があるのか不思議だったがこれもゲームだからなのかとも思っ
たが。
「白々しい嘘ついてるんじゃないの!!」
「白々しい嘘をつくんじゃありません!!」
「ええ!?何で!?」
と今度は同時に否定されてしまった。
嘘ではないのに信じてもらえない悲しみを心にかみしめる。
「全く素人かと思ったらどうやら私たちの戦いの邪魔をするだけの力は如何
やらあるみたいじゃない」
「そうですね。腹立たしいですがそこの女と同意見です。ですが先程の弁明
が本当ならば貴方その大剣の力を知らないという事ですね」
「?そうですけど…」
「嘘ですね。では貴方の武器の力は何なのですか!?貴方が此処に来たばかり
の初心者!?ありえません!!私達を止められるのは上位の住人か「名持ち」
そうで無ければ貴方は不正を働いている違法住人以外ありえません!!」
「ええ!?い、違法住人!?」
「そうね。むしろ違法住人のほうが納得が出来るわ!!」
「ええ!?」
名持ちや違法住人とは何の事なのかはわからないがつまりズルをしてこの大
剣を手に入れたり強くなっているのではと思われているようなのはアオヤも
理解できた。
しかし本来アオヤは少女達の闘いを止めようとした筈なのに今度はいきなり
ズルをした悪いヤツに思われてしまった。
「ちょ、ちょっと待…」
「ケンカの前にインチキよりも許せないこの違法住人をぶちのめすわよ!!」
「そうですね違法住人は突然変異よりも許すべきものではなりません!!」
先程まであんなにお互いにさっきだって殺し合いをしていた筈の二人の少女
が何故か同調して初心者であるアオヤを全力で倒そうとしている。
先程の二度の同時突っ込みといい実は二人とも仲が良いのではと思えてしま
う。
「あたしが時間稼ぐからアンタが仕留めなさい」
「良いでしょう」
超能力者の少女が一人で突撃してきた。
魔法使いの少女はその場で何かを唱え始めていた。
超能力者の少女は身の回りから何千発もの炎を発してそれをアオヤに向けて
機関銃のように放ってきた。
アオヤはそれを大剣を振り回すと再び大剣から出た蒼い炎が少女の紅い炎の
群を押しつぶすように消していった。
その事に驚く暇もなく少女はアオヤに接近し蹴りを放ってきた。
「うわぁ!?」
蹴りを避けられた少女は近距離で拳と蹴りを交えながら炎の弾を自らの周り
に配置し拳や蹴り等の体術を交えながら放つという攻撃を繰り出してきた。
アオヤは体質の為女性の胸を見たり触れてしまった場合は致命傷になりかね
ない。
女性相手に接近戦を仕掛けられる事はアオヤにとって最悪の状況だった。
どんな事をしてもアオヤは回避出来ないと思った。
しかしアオヤは少女の拳や蹴りもその後に来る炎弾も全て大剣で受けたり避
けたりしていた。
それも胸を瞬きでやり過ごしながらである。
「何で避けられるのよ!?」
「それは自分が知りたい!!」
「瞬きしながら避けるとか舐めてるわね!!アンタ!!」
「これは女性の胸を見ると吐いちゃうからです!!」
「っ!!ふざけんな!!この糞野朗が!!」
「避けなさい!!」
と魔法使いの少女の声がすると少女の頭上に大きな黒い球体が在った。
先程の唱えていたのはこの球体を出す為のものだったとアオヤはようやく理
解した。
「これで…終わりです!!不正なる者!!」
魔法使いが球体を放った瞬間黒い球体はとてつもないスピードでアオヤに向
かっていった。
超能力者の少女は球体が近づいてくる瞬間にアオヤの視界から消え去り目の
前にはあの黒い球体が綴也は咄嗟にその球体を大剣で受け止めるが受け止め
た瞬間、白い光の柱がアオヤを飲み込んでいった。
それを見た二人の少女達が勝利を確信していた。
しかし白い光が消えた瞬間その場にはあの蒼い炎が燃え盛っていた。
そしてその炎の中には驚愕のあまり呆然とした表情のアオヤがいた。
二人の少女が驚愕していた。
アオヤも驚愕していた。
「だから何でアンタが驚くのよ!?」
「だから何故貴方が驚くのですか!?」
と再び二人の少女からの突っ込まれたがアオヤは今度は反論しなかったし聞
いていなかった。
アオヤの頭の中は驚きを通り越し疑問が浮かび細胞分裂のように増殖してい
った。
明らかに少女達の実力は自分よりも圧倒的に強い。
強い筈だった。
でも今自分は自分よりも圧倒的に強い筈の少女達二人を相手取って圧倒して
いた。
黒いドラゴンの時には感じる事はなかったが今はっきり思った。
そんな状況はゲームとはいえ明らかに異常だ…と。
今は自分は攻撃を防いでいるだけだが今己が攻撃を加えたらあの二人の少女
はどうなってしまうのか?
この大剣をあの少女達に振り下ろしたらどうなるか?
そう考えがアオヤの中で浮かんだ瞬間。
「うぐ!?」
突如として吐き気がこみ上げてきてアオヤはうずくまりその場で嘔吐してし
まった。
「うげぇぇぇぇぇ」
女性の胸に触ると吐くという体質の持ち主である為吐き慣れているアオヤだ
がこの吐き気は何時もとは違う気がした。
「ゲホッ!ゲホッ!」
「何があったのかは知らないけど如何やらここまでね…」
「ええ。イリュシオン酔いでしょうどうやら貴方は此処には相応しくないと
いう事でしょう」
「…い、イリュシオン酔い?」
「貴方みたいにズルをした人に下るべき天罰です」
「そうねアンタにはお似合いの罰よ」
吐き気の原因は良く解らないが二人の少女が近づいてくる。
しかしアオヤは強烈な吐き気のために身動きも取れない。
二人がアオヤに止めを刺そうとした。
「お待ちなさい」
「「!?」」
「……?」
と何処からか声が聞こえ二人の視線と声の先に何とか顔を向けるとそこには
長身の女性が立っていた。
Mル…戦闘中に自分の武器の能力に驚いている綴也さん。
うふふ…。
S命…初めての戦闘なのだから解らなくは無いのですが…傍から
見るととても何と言うか…。
Mル…御馬鹿さんに見えますね…うふふ。
S命…所で何か録画デバイスが起動している気がするのですが…。
Mル…お客様の状況を監視するのはイリュシオンの健全な運営に
おいては当然の行為なのですが…。
S命…それ以外の目的で使用しませんよね?。
Mル…見てて和みはしますがそれ以外とは何ですか?
S命…本当ですか?
何かいかがわしい目的の為に使っていないか疑ってしまう
のですが…。
Mル…思い切り言いましたね。貴女も…。
しかし、そこは命を賭けましょう。
彼に嫌われたら私の人生が壊れてしまいますから。
いかがわしい目的などにこの映像は使いません。
S命…命を賭けると…。
Mル…ええ、彼の画像は私の癒しなのです。
人間で言うところの癒し動物の画像のようなものです。
S命…需要が本当にきわめて限定的な癒し画像ですね…。