遺恨は残さないようにしましょう
洞窟が上下に分岐する分かれ道で解放した女達に待機するよう指示し、フウとシルヴィの二人は階段を上る。そして少し進んだ先、曲路の奥からは賊達の話し声が微かに漏れ聞こえて来た。
「”ル ガム・エウア クヴェロナ・バーラド レーポ・ディト グレア・ラチアー パーダー・揺蕩う霞籠”」
その手前でまた呪文を口にするシルヴィ。先程と同じように岩肌から滲み出した水が、今度は集まることなく霧へと変わってゆく。
「さっきと比べて随分と長い呪文だったみたいだけど」
声を潜めてそう尋ねるフウに彼女は呆れたように息を吐いた。
「長い呪文って…今のは完全詠唱よ。私も中級上位の魔法までは誓名のみの詠唱破棄じゃ使えないから」
どうやら先程唱えていた短い呪文は誓名、そして今回長々と口にしていたのは完全詠唱というらしい。口ぶりからして簡単な魔法は誓名で発動出来るが、高度な魔法の行使には完全詠唱が必要といったところか。
「へぇ、それでこの魔法は?」
「揺蕩う霞籠。霧内部の標的の体温を奪い動けなくする魔法よ。魔力強化で多少防がれようと、洞窟という密閉空間なら霧も奴らにも逃げ場はないわ」
瞬く間に濃くなってゆく霧は吸い込まれるように奥へ奥へ流れ込んでゆく。周囲の温度がグッと下がり、聞こえてくる賊達の声も慌ただしい喧騒へと変わっていった。
「一緒にこっちまで凍らされたりしないよね」
「馬鹿にしないで。魔力制御の甘い見習い魔導士じゃないんだから、自分の魔法くらい完全に掌握してるわ。ほらまず一匹、動けなくなった」
シルヴィはここまでの鬱憤を晴らすように嗜虐的な笑みを浮かべそう呟く。フウの視点からは何も分からないが、魔法を操っている彼女は霧の内部の状況を事細かに把握しているよう。
「チッ、こっちに抜けて来るのがいる。大人しく死んでおけば良いのに」
彼女がそう舌打ちを打った直後、靄の奥の暗闇からフラフラと賊が一人姿を現した。質の良さそうな装備と装飾品に身を包み腰に絹の小袋をぶら下げたその男は、戦棍を手に曇る視界の中で二歩三歩と足を進めたところでシルヴィの存在に気付くと寒さからか血の気の引いた顔を憤怒に歪める。
「てめぇの仕業かぁっ!」
そして怒りのままに戦棍を振りかぶって踏み込もうとした刹那、その太腿へ背後からナイフが突き立てられた。
「ぐがぁ!?」
刃が筋肉の健を断ち切り、踏ん張りが効かなくなった男は前のめりに転倒、その拍子に手放された戦棍がガランガランとシルヴィの足元へ転げる。
彼女はそれを両手で拾い上げると、手を付き何とか身体を起こす男の頭部へ掬い上げるようにフルスイングした。
「がっ……」
額を打ち抜かれた男はゴキャっと鈍い音という共に白目を剥いて仰向けに倒れる。
「余計なお世話だったかな」
「いえ、おかげで魔法の制御に集中出来たわ。こいつがこの賊の頭よ。残りの連中はもう奥で碌に動けなくなってるから、後はトドメを刺すだけ」
魔力強化を失ったことで頭髪や髭が凍り始めた男の頭部へシルヴィは戦棍を振り下ろした。そして二度三度と繰り返し頭部の原型が分からなくなったあたりで手を止める。
「気は済んだかな?」
「いえ全く。けれど、こんな奴にずっと囚われてるのも癪だからこれで終わりにするわ」
彼女はそう言って鼻を鳴らし戦棍を捨てると、霧が薄くなり始めた曲路へ歩を向けた。フウは賊の頭だった骸に近付き何かを確認すると、少し遅れてその後を追う。
暗い曲路を一分程進み抜けた先、賊達が根城としていたであろう開けた空間は魔法の濃い霧に覆われていた。フウは魔法の対象では無いにも関わらず体感温度は冷蔵室にでもいるかのように低く、ランプの明かりがぼんやりと照らす霧の中で体温を奪われ動けなくなった賊達が転がっている。
不明瞭な視界の奥、空間の一角にら木製のスタンドが置かれ、質の良さそうな武器や防具が展示でもするかのように陳列されていた。シルヴィはその中から装飾の施された銀色の杖を掴み取る。
「それは?」
「私のメイン武装よ。どう?これなら少しは魔法使いらしいでしょう」
確かにフウの知る地球における様々な創作物においても、魔法使いといえば杖というイメージはあるが、
「でも君、さっき杖無しで魔法使っていたよね」
素手でも魔法を行使出来るのであれば、何のために武器としては扱いづらそうな杖などを持っているのか。
「杖の役割はあくまで魔力操作の補助、一人前の魔法使いなら持っていなくとも魔法自体は使えて当たり前よ。ただ術者の負担と無駄が軽減されるから、出来ることの幅が広がるの。例えば"輪唱・穿つ凍礫"」
シルヴィが若干呆れたような表情で杖を構え誓名を唱えると、その頭上で霧から一メートル近い大きさの鋭利な氷柱が生み出され射出、近くの倒れる賊を貫いた。同時に彼女の頭上では次の氷柱が生成されており即座に撃ち出され、というように魔法は一度の誓名で繰り返し行使され倒れる賊へ次々とトドメを刺してゆく。
「こんな風に魔法の反復行使なんかは杖がないと難しいわ」
「なるほど、杖は魔法使いの能力を引き上げる補助器具みたいなモノか」
「そうね。少なくとも実戦へ出る魔法使いには必須の装備よ。さて、これでこの場にいる連中は全て始末出来たみたいね」
最後の賊を氷柱が貫いたのを確認したシルヴィは構えを解く。そして今度は杖の立て掛けられていたスタンドの隣、無造作に纏められた低質な武器の山から片手剣と短弓を一つずつ手に取った。
「魔法使いってのは杖以外にも、剣やら弓まで使うのかい?」
「これは知り合いの冒険者が使ってた武器。前に少し面倒を見てた二人組の新人でね。行方が分からなくなって探していたの。まぁそれで自分が捕まってるんだから間抜けな話だけど」
「へぇ、それは災難だったね」
シルヴィの話を横耳に相槌を打ちながらも、フウはスタンドに並べられた武器を吟味し始める。
「貴方ねぇ。もう少しこう…いや良いわ。同情して欲しい訳でもないし」
鎧を纏って剣や槍で戦っているらしいこの世界で消音狙撃銃は明らかにオーバーテクノロジーだ。あまり人前で見せびらかしたくはない。加えて消費した銃弾が復元されるとはいえ、一度に装填できる数は十発。魔法なんて訳の分からないものも存在している中、近接武装がナイフだけというのは不安が残る。
せっかくこれだけ溜め込まれた武器が目の前にあるのだから、使えそうな物を拝借しておくべきだろう。
ボクでも使いやすそうな武器は…お、こんな物まであるのか。
と、手に取ったのは湾曲の内側に刃のついた所謂ククリ刀と呼ばれる類のもの。
刃渡りは三十センチ程と刀剣としては小振りで取り回しやすい一方、切っ先に向けた前方重心のため遠心力を利用することで威力も申し分ない。
「随分と変わった剣、見たことがない形だけど……」
「ククリ刀って言ってね、慣れると色々使いやすいんだよ。懐かしいな、この感じ」
手首でクルリと勢い付けたククリ刀を、近くに倒れる賊の氷像へ振り下ろす。刃は引っ掛かりもなくザンッと首を断ち切り頭部が地面へ落下した。
切れ味も抜群、良いね。
「…まぁ貴方が使えるなら良いけど。見たところ装備品と食料以外は置かれていないみたいだし、目的も達成した。洞窟、さっさとおさらばしましょうか」
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