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殺し屋フウの異世界譚  作者: Bell
序章
6/25

迷子の迷子の殺し屋さん

 陽も傾き始めた頃、賊のアジトだという洞窟から百メートル程離れた枝葉の影で、フウは周辺の把握に努めていた。


 洞窟の入り口は腰程の高さしかなく中の様子は伺えないが、近くの木陰に見張りらしき人影が一つ。

 他に見張りはおらず、幾つか仕掛けられていた罠も児戯に等しい稚拙なものだった。


 不用心だね。


 まず一人の頭部に消音狙撃銃(VSS)の照準を合わせ引き金を絞れば、標的は脳漿を炸裂させ崩れ落ちる。


 さて、問題はここからだ。


 気配を抑え洞窟入り口のすぐ横まで接近、内部の様子を伺う。


 地下へ緩やかに下る形の穴を足を滑らせないよう奥へ降りると、一際狭い岩壁の間から僅かに光が漏れ出ていた。

 近くに人の気配はない。

 

 ギリギリ通れるかというその隙間の先は整備された跡のある石灰洞となっており、木の枠組みが奥へと続き吊るされたオイルランプが薄暗く照らしている。

 雰囲気としては自然洞窟を整備した坑道といったところ。


 閉鎖空間における跳弾の危険性、狭い洞窟での取り回し辛さを考えるに狙撃銃の使用は無しだ。


 狙撃銃はバラして鞄へと仕舞い、ナイフだけを手にフウは洞窟の内へ身を投じる。


 気配を消し五感を研ぎ澄ませ慎重に進んで行くと、洞窟は突き当りで上下に分かれていた。

 階段が設置されオイルランプに照らされた上へ向かう道と、明かりがなく闇の広がる下り道。


 そこでフウの聴覚が階段の上の方からこちらへ近付いてくる話し声を拾う。


「…で失敗するとは。(かしら)も随分とキレてたが」


「逃げ帰ってきた奴ら曰く変なガキが乱入してきたって話だろ?正直信じられねぇよな。ガルサの奴もいたってのに」


「そのガキとやらに殺されたらしい。魔道具も回収出来なかったそうだ」


 岩の影に隠れ声を待っていると、賊が二人ランタンを手に階段を降りて目の前を通り過ぎた。


 影に紛れ気付かれないよう、ギリギリの距離を保ってその後ろを付いて行く。


「こないだ捕まえた女を使うんだっけ?」


「あぁ年齢や背格好が近いから、顔を潰した上で誤って殺しちまったことにすればバレないだろうとさ」


 どうも馬車の襲撃に失敗したことで連れ帰れなかった少女の身代わりを立てる、という話らしい。


「…それにしてもやっぱり勿体ねぇなぁ」


「確かに見た目は良いが、ありゃあ気が強すぎてダメだろ。牢に放り込んでもう一週間も経つってのにまだ反抗して来やがる」


「そういうのを無理やり組み敷いてぐちゃぐちゃにしてやるのが良いんだろ」


 話の内容が下世話な方向へ変わり出した頃、ランタンの明かりが照らし出したのは道の側面の岩壁を掘って作られた檻。

 その先は行き止まりとなっており荷物らしきものが積み上げられている。


「ほらっ、来い!」


「痛っ、離して、このっ」


 二人の賊の片割れが檻の南京錠を開け、中から腕と首を枷鎖で繋がれた女を引きずり出した。

 そして手隙なもう一人が南京錠を掛け直そうとランタンを地面へ置き、影が大きくなったその刹那、フウは限界まで体勢を低く下げ飛び出す。


「誰、ぅぐっ」


 暗闇から男の懐へ潜り込み、喉元を掻き切って声帯を潰して心臓を一突き。

 そのまま何事かと振り返ったもう片割れの口元を掴むと、足払いで後頭部から岩肌の出っ張りへ叩き付け、白目を剥いたところで頚椎を捻り折った。


「っ?!あなた一体っ」


 目の前で起こった一瞬の出来事に、枷鎖で繋がれた女が思わずといった様子でそう声を漏らした。


「もう声量を抑えて貰えるかい?」


 フウが倒れた男の左胸からナイフを抜き取りシーと人差し指を立てて見せれば、彼女はすぐに冷静さを取り戻しコクリと頷く。

 濃い青髪に蜂蜜色の瞳、容姿はかなり整っており年齢は二十歳前後といったところか。


 混乱のままに大声を出すようなら息の根を止めてしまおう考えていたが、どうやらその必要はなさそう。

 深呼吸一つで落ち着きを得た様子だ。


「私はシルヴィ、グラナタの街を拠点にしている銀級冒険者よ。それであなたは……」


「ボクはフウ。気付いたら森の中にいてね。まぁしがない迷子ってやつかな」


 何の説明にもなっていない胡散臭い自己紹介だが、嘘は言っていない。

 実際に気付いたら森の中にいたし何処かもわからず迷子になっていた。

 ついでに性別も迷子になっていた。

 

「…まぁ良いわ、あなたが何者でも。こいつらの仲間じゃなさそうだし」


 彼女はすぐにそう納得して、倒れ伏し血を流す賊達を憎々し気に睨んだ。


「勿論さ、こんなロクデナシと一緒にしないで欲しいね」


 標的の捕縛に失敗したから身代わりを用意して騙そうだなんて、仕事への責任が欠如しているにも程がある。


「それなら、この枷鎖を解いて貰えるかしら。鍵はその男が持っているから」


「ふむ、その前にいくつか質問させて欲しいな」


 別に損が無いなら助けること自体は構わないが、フウとしては無益な人助けより先に情報を得たい。


「これを解くのが先、拒むならここで叫び声を上げるわ。それはあなたも困るでしょう」


「声を上げようとすれば、このナイフですぐに君の首を掻き切るだけさ」


「わたしを殺したら代わりに、後ろの彼女達が声をあげるだけよ」


 檻ごしに向けられるいくつもの視線、それは助けの期待とフウへの猜疑心の入り混じったもの。


 目の前の彼女を殺した時、実際に檻に囚われた女達が騒ぎ立てるのかは分からない。

 そもそも騒いだところでその声が賊達へ届くかも不明、とブラフの可能性は十分に考えられる。


 けど考えるべきは最悪の想定だね。


 声を上げられた場合、檻の中の全員を一瞬で殺すことは流石に不可能だ。


「…交渉上手だね」


「悪いけど、こっちも必死なの」


 息絶えた賊の手から鍵束を抜き取ってシルヴィの枷鎖を解き、そのまま鍵束を渡す。


「他の人達も解放したいなら好きにすると良い」


「ありがとう、礼を言うわ」


「気にしないで、何事も助け合いだからね」


 それから適当な口調でそう言い捨てると、転がるランタンを拾って檻の横を通り過ぎ奥へと歩を進めた。


 照らし出されたのは積まれた木箱とその上に置かれた麻袋。


「これが賊達の溜め込んでた金品ってやつかな」


「襲った商人から略奪してきた商品ね。ここは奴らの倉庫だから」


 フラリと立ち上がったシルヴィは、憔悴の見える頼りない足取りで檻の中へと入ってゆく。


 盗品の類かぁ。


 足が付く品は後々厄介なことになる可能性が否めない。

 拝借するものはしっかりと選ぶ必要があるだろう。


 薄明かりを頼りに囚われた女達の枷鎖を解錠してゆくシルヴィを尻目に、フウは手早く積まれた物品を漁り始めた。

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