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殺し屋フウの異世界譚  作者: Bell
序章
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交渉事は印象が大事

 街道での一悶着の見学を終えたフウは森の中に逃げてきた賊の生き残りを捕まえ…もとい誘って、ある交渉に勤しんでいた。


「くそっ、さっきのガキといい、一体何だってんだよ!」


 髭面の中年男が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を歪めながら叫ぶ。


「あまり大きな声は出さない方が良いよ。あの少年がまだ近くにいるかもしれない。今の君が鉢合わせたら、今度はさっきみたいには逃げられないだろう?」


 両の膝の骨を砕かれたうえ左手をロープで木の枝に括られた男は、逃げるどころか立つことすらままならないだろう。


「ギルドの冒険者かっ?それとも…ぎゃっ」


「だからボクはただの通りすがりの遭難者だって。それより、そろそろ質問にも答えてほしいな。まずは君達の拠点の場所と君達の一団の規模、それから保有している武器や防具に資産の量。どれもそう難しい質問じゃないだろう?」


 交渉の基本は笑顔だ。

 フウは不信感を抱かせないよう人の良い笑顔を心掛け、その右手の爪と肉の間にダガーナイフを差し込む。


「ぎっ、がっ…辞めっ」


 缶の蓋を開けるかのようにナイフを捻ってゆけば、爪がゆっくりと剥離し肉は抉れ、その刃先はついに骨へと当たった。


「勿論、答えを聞かせてくれたら辞めるとも。けれどこのままだと中指まで使いものにならなくなってしまう。ボクはなるべく早く答えた方が良いと思うな」


「話すっ、話すから!」


 真摯な問い掛けが功を奏したのか、男は感涙の涙を流しながら答えを口にする。


「こ、このまま森を東に進むと崩れた砦跡がある。そこから北へ少し歩いた先、崖の下の洞窟が俺達のアジトだ!」


「ふむ、じゃあ仲間の数は?」


「残ってる仲間はさっきの生き残りだけでアジトには大した武装はないっ、だが金品の類はそれなり溜め込んでる!これでっ……」


「なるほど、なるほど」


 そんな相槌と共に向けられた笑み、闇の広がるようなその真っ黒な瞳に男は一瞬苦痛すら忘れる程の怖気を覚えた。

 しかしすぐにナイフで指の骨をがりっと削られ悲鳴を上げる。

 ほとんど剥がれていた爪が根元の肉ごとボトリと落ちた。


「がぁぁぁッ。な、なんでっ、話したのに!」


「アジトの場所と金品を溜め込んでいるって話は本当。他の二つは嘘だね」


「違っ、嘘じゃ、ぎゃぁっ」


 金に目を眩ませたフウが戦力を誤解したままアジトへ乗り込み返り討ちに合うことを期待したのだろうが、


「嘘っていうのは眼に出るんだ。よく見ていれば結構分かりやすいものさ。これはもう無意識の範囲の話だから努力や根性でどうにか出来るモノじゃあない。だからその手のプロは尋問に堪え黙秘を貫く訓練をする。嘘を吐く訓練じゃなくてね。さて、じゃあそれを踏まえたうえでもう一度、ってあれ?」


 まだお話の途中だというのに、男は白目を剥いて泡を吹き気を失ってしまったらしい。


 流血と失禁の据えた匂いが鼻を突いた。


「久しぶりだから、力加減を間違えっちゃったかな。こっちの方が色々と知っていそうだったんだけど仕方ないね。いやぁ、一応もう一人残しておいて良かったよ」


 そう言って振り返ったフウの視線の先には出来たてホヤホヤの新鮮な死体が二つと、両脚の腱を斬られ拘束された賊の生き残りがもう一人。

 

「ぐゔぁ…な、何でも話すっ。だから()()は辞めてくれ!」


 口に噛ませていた轡を解いてやれば、まだ年若い青年は必死にそう言い募る。


「話が早いのは助かるね。ボクも面倒なやり取りは好きじゃない。質問に君が正直に答えてくれるというのなら、無事に解放すると約束しようじゃないか」


「も、勿論だ!俺は嘘は吐かないっ」


「そうかい?じゃあ……」


 目の前で気を失っている中年男の惨状が余程堪えたのか、青年は質問だけでなく聞いていないことまで全てつらつらと話し出した。


 やはり彼等は表社会から爪弾かれた賊の一団で合っているらしく、掠奪、奴隷商売、暗殺、何でもござれの地球における非正規武装勢力といったところ。

 人数は四十人程で、半数以上が先程の馬車の襲撃に加わっていたそう。


 現在アジトに残っている人数は十と少々、やりようによっては十分に殺しきれる数だ。

 

 ただ彼らの武装に関する話の中に、気になる事柄が一つ存在した。


「魔道具?」


「あぁ、支援者(パトロン)が寄越した強力な魔道具がいくつかあるらしい。そのうち一つはさっきガルサさんが使ってた魔力強化や魔法の行使を封じる結界だ。あとはアジトには奴隷の枷鎖もある。他は知らないっ、本当だ!」


 魔力やら魔法やら魔道具やらと当然のように口にされる馴染みのない概念。

 聞いたことくらいはある言葉だが、地球においてそれらはあくまで架空の存在だった。


 だがこの世界にそれらが存在するならば、ここまで遭遇した様々な事象も腑に落ちる。


「その魔力強化やら魔法とやらは君も使えるのかい?」


「魔力強化くらいは当然出来る。練度は高くないから下っ端止まりだけどな。魔法は無理、というか団の人間に使える奴はいない」


 その口振りからするに、魔力強化とやらは彼らのような力を是とする者達の間では習得して当然な基礎技能。

 一方で魔法は限られた人間にしか行使出来ない専門技能といったところか。


「その魔力強化はどうやったら使えるようになるんだい?」


「使えるようにって、あんた何言って、」


「質問しているのはボクだよ」


 訝しむような表情を見せた青年に、フウは血の付いたナイフをくるりと回して見せる。


「いや分かってる、何でも答えるから!対象を魔力で満たし覆い固めるだけだっ。武器でも防具でも人体でも変わらない。そもそもあんたもそのナイフを魔力で強化してるだろう」


「ボクが?…あぁ、これが」


 そんな指摘を受けたことで初めて、フウは自身が無意識のうちに扱っていたソレを知覚した。


 おそらくは標的を捕捉して武器を握り意識を切り替えたのが契機だったのだろう。

 心臓の右隣りの辺りで燻る熱と似て非なる何かが拍動と共に全身を巡り、右手からナイフへと流れ込み固く強く覆っている。

 

 例えばそれは走る時に腕を振るような、大声を出す前に大きく息を吸い込むような、無意識のうちに身体が動く本能的な行動でもいうべきモノ。

 意識をしなければ気付かないが、一度気付いてしまえばあとはそれを思うがままに操るだけ。


 地球には存在しなかったこの世界固有の法則だろう。


 これは面白いね。良い情報を得られた。


 先程口にしていた支援者の存在や、何故あの馬車を襲撃し少女を誘拐しようとしていたのか等々、事細かに聞きたい事はまだまだあるが、


「残念だけど、そうもいかないようだ」


 フウはそう言って賊二人を縛っていたロープをナイフで切る。


「さて、すんなりと情報を吐いてくれてありがとう。約束通り君達はここで解放しよう」


 そして青年が安堵の表情を見せた直後、聞き覚えのある鳴き声と共に十匹近い猿もどきが草葉の影から姿を現した。


「な、何でゴブリンの群れがこんな街道の近くに?!」


 どうやら猿もどきの正式名称はゴブリンというらしい。


 それぞれ骨から削り出したらしき棍棒や錆びたボロボロの剣などの武器を手にしたゴブリン達は、一定の距離で足を止めると警戒を露わにギャアギャアと騒ぎ立てる。


 やはり道具を作り使うだけの知能を持ち合わせているらしい。


「君達の今後に幸運があることを祈っているよ。それじゃあ」


 と、フウは踵を返し駆け出した。


「ま、待ってくれ!その前に、そいつらをどうにか…おいっ、く、来るな。助けっ、ぎゃぁぁぁぁっ」


 そんな声を背に。

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