取引相手はしっかり選びましょう
「失礼します、ギルドマスター。お二人がいらしました」
「入ってくれ」
明け方に訪れた時より明らかに書類の増えた執務室のデスクでは、この数時間で更にやつれたようなギルドマスターのエディットが疲れ果てた様子でペンを動かしていた。
「早かったな。シルヴィ、フウ」
呼び方がさん付けからフウと呼び捨てに代わっているのはこれからはお客さんや商談相手ではなく、いち冒険者として扱うということだろう。
「私達も確認しておかないといけないことがあって、ギルドに来たところだったの」
「それは僥倖だった。早速本題に入ろう。まず例の襲撃現場の調査だが、現場にはバラバラに壊れた馬車の木片と魔物に食い散らされたらしき遺体の一部位のみが残っていたらしい。その痕跡からして遺体を食らったのは竜種であるとジャックから報告が挙げられた」
「なるほど、それで緊急依頼を発令した訳ね。でも街の守りはどうするつもり?討伐が失敗するとは考えたくないけれど、傷を負った竜種が逃げて来る可能性もある。街に残り衛兵隊と連携して防衛線を張る要員の選別や、北壁沿いの住民の避難は?」
「衛兵隊との連携はなしだ。防衛線も張らない。集めた冒険者全員で討伐に全力を傾けて貰う」
「正気で言ってる?そんな危うい賭けみたいな手段に出る必要が無いでしょう」
「先程、賊と繋がっていた支援者が男爵家の家令だと判明した」
やはり男爵家の内部に賊の支援者がいたらしい。
そりゃあ令嬢も自分を狙った相手のいる家へなど帰れないだろう。
「この数時間でよく突き止めたわね」
「あの後、有力な情報提供があってな。その話通りなら全ての辻褄が合う。残念ながら情報提供者も信頼のおける相手だった」
エディットはそう言って手元に積み重ねられた単行本ほどの厚さはあるであろう書類の束に手を乗せ溜息を吐く。
「その情報提供者っていうのは、行方が分かっていなかった男爵令嬢本人かな?」
そんなフウの指摘に、エディットは何故そのことを知っていると眉を顰めた。
「機密事項の筈だが」
「いや、実は少し前にそれらしい一団がこちらの方へ向かっているのを見掛けたんだ。やっぱり来てたんだね。それで、今は何処に匿っている感じかな」
自身の家である男爵家が頼れないとなれば、この街で強い力を持っているらしい冒険者ギルドを頼ろうと考えるのはごく自然だ。
まぁフウからすれば少し迂闊だとも思うが。
「…令嬢曰く、家令は魔道具で他者の意思を操る術を有しており、既に当主を始め男爵家関係者の多くを傀儡としているそうだ。衛兵隊の指揮系統はもはや信用出来ない。である以上、脅威の排除に全力を注ぐべきだと判断した」
「なら冒険者だけで防衛線を張れば…いや無理筋ね」
「あぁ衛兵隊の備品と人員無しでは、討伐は出来ても間違いなく街へ被害が出る。加えて例の家令の目的が分からない。もし竜種との戦闘中に妨害など入れられようものなら討伐すら危うくなる」
故に、街から離れた場所にいるうちに信用できる冒険者のみで討伐するしかない。
それが失敗して竜種が街に来たら打つ手なし、と。
「この緊急依頼は後がない。招集を掛けられる銅級以上の冒険者全てを動員、ギルドの備品も全て放出して迅速で確実な討伐に当たる。帰って来たばかりで悪いがお前も討伐に加わってもらうぞ、シルヴィ」
「言われなくても元よりそのつもりよ。」
「それからフウ。君が希望するのであれば今回の緊急依頼への参加を条件に銅級への昇格を手配しよう。鉄級と銅級では冒険者としての信用度も天と地の差だが、どうだ」
銅級への昇格は冒険者が通る最初の大きな壁。
十分な信頼と実績、そして実力をギルドに認められる必要があり、銅級に昇格出来ず鉄級のまま引退する冒険者は決して珍しくない。
推薦があったとはいえ今朝登録したばかりの身元不明の怪しい新人を昇格させるなど明らかに許されない職権乱用だ。
シルヴィも視線を逸らし見て見ぬふりをしている程に。
それほどに今は猫の手も借りたいということだろう。
それは理解できるが、
「謹んで辞退するよ。ボクはまだ登録したてのぺーぺーだからね。銅級昇格なんてまだまださ」
話を聞いている限り竜種がとてつもなく強力な魔物であることは間違いなさそう。
そんな相手に対し事前準備も無しでぶっつけ本番の討伐だなんて不確定要素の多い仕事は御免だ。
加えて既にフウが鉄級の冒険者証であることを認識している人間は少なからず存在する。
唐突に銅級へ昇格などしたら怪しまれることは間違いないだろう。
断られることは想定していたのだろう。
エディットはすぐに「そうか」とすっぱり諦めをつけた。
「話は分かったわ。私達からも聞いておきたいことが幾つかあるんだけど良い?」
話が一段落したところでシルヴィがこちらの本題を切り出す。
「切羽詰まった状況であることは説明した筈だが、そのうえで優先すべき重要な内容か?」
「えぇ、とても」
「なら端的に話してくれ」
「まずここ半年、グラナタを訪れる旅人が減っているらしいんだけど。知っているかしら」
「いや、初耳だが、一体何の話だ?」
「同時に街の東や南の住人に行方不明者が続出していたって話も聞いていない?」
「それも聞いた覚えはないな…」
「じゃあ最後。半月前に南門にゴブリンが現れて衛兵が討伐したって報告は?」
「…確かな話か?」
「客観的に見れば真偽は半々ってところかしら、情報源は孤児の少年の証言だから。けれど私は本当だと思うわ。あの場でそんな嘘がパッと出て来るとは思えないし、何より話を聞いてからずっと直感が警告を鳴らしてる」
苦虫を嚙み潰したように表情を歪めるエディット。
高位冒険者の直感というのは第六感と呼ばれるような胡乱なモノではなく、幾度となく命のやり取りを繰り返した経験から導き出される一種の予測だ。
それは決して馬鹿に出来る物ではない。
「つまりは何処かで報告が握り潰された、ということになるな。やはり衛兵隊の指揮系統が正常に機能していないか」
旅人の減少は街の政治や経済的な問題であり男爵家が対応する内容だ。
しかし行方不明者に関しては街中でのことであれば衛兵の領分ではあるとはいえ、話の一つくらいは来ていてもおかしくない筈。
そして魔物への対応に至っては完全に冒険者の役割であり、本来であればギルドへ報告が来ないなどということは有り得ない。
領主である男爵家の乗っ取りに賊の支援。
ギルドの調査の妨害に、衛兵隊の報告の隠蔽。
例の家令の目的は分からないが、街を害そうとしていることだけは間違ないよう。
「そちらの調査であれば受けて貰えるか?」
エディットは叫びたい衝動を抑え込むように一度深呼吸をしてからフウへ問い掛けた。
「ボクは推薦で鉄級になっただけのポッと出の新人だよ。実力も出自も分からない。そんな相手に街の命運が掛かっているかもしれない案件を任せて良いのかい?」
「シルヴィやジャックから話を聞いた限り君の実力は銅級でも上位クラス、加えて偵察能力で言えばおそらくこのギルドでも最上位だ。どう見ても裏社会の出身であるにも関わらず指名手配を受けていないのも、その優秀さの裏付けと言えよう。ギルドに登録して後ろ盾や冒険者としての立場を欲したのは、何かしらの事情で古巣に居られなくなり食い扶持の確保と保身を欲したといったところか」
「へぇ、面白い推測だね」
自信の来歴を当てられ、思わず笑みを溢すフウ。
少し違うのは『何かしらの事情で古巣に居られなくなった』のではなく殺されたことで元居た世界から叩き出されたという点だが、流石にそこは推測出来ずとも仕方がない。
フウ自身も未だ信じ切れていないのだから。
「そして君は慎重で臆病、合理的で堅実、思慮深く自身の不利益が最小になるよう行動を決定するタイプだ。何かしらの利得が目の前にあるとしても、後ろ盾と冒険者としての立場を捨てギルドという巨大組織を敵に回してまでグラナタを危険に晒すような行動はしまい。この場にいること自体がその証明だろう。であれば使えるものは使う」
冒険者ギルドが商会としての側面を強く持っている以上、支部とはいえその長は馬鹿には務まらないだろうということは考えていたが、
思っていたより随分と頭がキレるね。けどやっぱり商人気質が強い。馬鹿や狂者よりかはずっと付き合いやすいかな。彼自身がこのグラナタにおける一組織のトップというのも素晴らしい。
少なくとも上からの指示とやらで自身の命と引き換えにこちらの道連れを謀ったり、大都市のど真ん中でヘリコプターからサブマシンガンをぶっ放したりはしないだろう。
「…良いよ。調査内容と期間、報酬を聞こうか」
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