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殺し屋フウの異世界譚  作者: Bell
序章
2/25

先送りは人類の叡智

 涼しげな風が吹き抜ける。

 見渡せば周りは一面、鬱蒼とした深緑。


 フウ()は一人、森の中に立ち尽くしていた。


「…へ?」


 木々の背はあまり高くなく、地面には根が露出している。

 所々に見える苔や地面の色から察するに湿気の多い土地だろうか。


 日本でいえば九州以南に見られる亜熱帯地域の常緑樹林に近しい雰囲気だが……


「ここ、何処?」


 そもそもフウはつい先程まで東京のビルの一室にいた筈だ。

 短機関銃(サブマシンガン)で全身を蜂の巣にされた衝撃もはっきりと覚えている。

 

 手には馴れ親しんだ消音狙撃銃(VSS)

 足元には革の鞄が落ちている。


 とりあえずその鞄に手を伸ばしたところでふと、フウはある事に気付いた。

 それは自身の胸元に存在する見覚えの無い二つの膨らみ。


 シャツの上からその膨らみに手を当てればしっかりと感覚があり、つまりそれは確かに自身の身体の一部であるらしい。

 そのまま次は自身の股座に触れるが、こちらには何の手応えも無い。


 処理落ちしたコンピューターのようにその思考は真っ白に染まり、数秒のフリーズを経てから再起動する。


「うん、とりあえず一旦置いておこう」


 そして選んだのは人類が長い歴史の末で獲得した秘技、理性的な問題の先送り。


 フウは現実逃避半分に足元の鞄を開く。


 まず取り出した弾薬箱には9×39mm弾が十発。

 空になっている十の窪みはビルの窓を割る際に消費した分だ。

 加えて手元の狙撃銃と、ジャケットの下に忍ばせているダガーナイフ。

 内ポケットの財布とライターがフウの所持している全て。


 少なくとも意識が飛ぶ直前に有していた品は全て揃っているよう。


 ナイフを自身の小指に沿わせ軽く引いてみると、軽い痛みと共に薄皮が斬れてプクリと血が浮き出る。


「死に際の夢、という訳でも無いか…間違いなく死んだ筈、なんだけどなぁ」


 見える木々も風の音も土の香りも五感の全てに何処までも現実味があり、というかフウの知る森そのものだ。

 目の前にはおそらく野生の動物か何かが通ったであろう獣道も伸びている。


 何にせよ、ずっと突っ立ていても仕方がない。

 フウは狙撃銃に残りの9×39mm弾十発全てを装填し、


「よし、よく分からないけどとりあえず行ってみようか」


 そう呟いて獣道へ沿って歩き出した。


 それから一時間程、道の先で幅数メートル程の浅い渓流に突き当たる。


 その端の死水をのぞき込むと水鏡に映ったのは、紺色のショートカットに少し切れ長な目をした少女。


「まぁ、ボクだね」


 自分自身であると認識出来るほどには面影が残っているが、以前より輪郭が丸みを帯び女性的に変化していた。


 ふむ、さっぱり訳が分からない。


 正直、今の情報量でこれ以上考えても何も分かる事はないだろう。

 完全にお手上げだ。


 であれば考えるべきは、これからどうするか。


 人間は死んだら意識も記憶も全てが無くなってはいお終い、というのが無神論者であるフウのこれまでの信条だった。


 しかしその先があるというのであれば、


 先ほどナイフで切った指先がズキズキと痛痒く、今更ながらまだ生きている実感に口角が上がる。


 今度こそ、だね。


 何にせよ、まずはこの突然のサバイバルを乗り切るのが先決。


 水源は発見済み、次に考えるべき水の煮沸と食料の確保だろう。

 ついでに此処が一体何処なのか、手掛かりも見つけられたら万々歳といったところ。


 そうして軽い足取りで渓流の下方へと歩を向け、下ってゆくこと数時間。

 対岸の低木がガサリと揺れ、反射的に狙撃銃をそちらへ向ける。


「…猿?」


 そして姿を現したのはフウの知るどんな動物とも異なる面容な生き物だった。

 

 身の丈は一メートル程だろうか。

 太く短い足に筋肉質な長い腕で体毛はほとんど見当たらず皮膚はくすんだ緑色、身長に対して頭部が大きく類人猿のようなノタノタとした二足歩行。

 不格好な木筒を手に持ち、獣の皮らしきものを腰布として巻いているあたり知的生物と見るべきか。


「あー、こんにちは。良い天気だね」


 とりあえず対話によるコミュニケーションを試みるフウの視線と、声に反応した猿もどきの視線が交差する。


 そして、


「グギャ」


「ぐぎゃ?」


「ギャガガ、グギャアッ!」


 猿もどきは足元から拳大の石を拾い上げると、やかましい鳴き声と共に長い腕をしならせてフウへと投げつけた。


 投石はかなり堂に入ったフォームで速度も狙いも悪くない。

 人間であったのなら野球選手を目指せた事だろう。


「うわ、うるさっ」


 とはいえそれも目視で捉えられる程度。

 少し体を捻って石を避けたフウは、躊躇いなく狙撃銃の引き金を絞る。


「ッギャ!?グギャァッ」


 大きく重い銃弾は狙い通りに猿もどきの右太腿を撃ち抜き、肉を弾き飛ばし骨を砕いた。


「何か情報が得られたら、と思ったんだけど。こっちの言ってることは理解出来てないみたいだね。まぁどう見ても人間じゃないし予想は出来てたけど。弾の無駄使いだったかなぁ」


 手元にある弾は有限。

 出し渋って危機に陥るのは馬鹿らしいが、使わなくて良い場面で無駄撃ちするのも避けるべきだろう。


 フウは川から露出した岩の上を伝って跳ねるように対岸へ渡ると、千切れかけた太腿を抑えてのたうつ猿もどきの喉元を思い切り踏みつけた。


「ギャッ」


 ゴリッと鈍い感触が靴越しに伝わり、猿もどきはビクリと大きく痙攣してから泡を吹いて動かなくなる。


 それを尻目にフウは不思議そうに首を傾げた。


「やっぱり、何か軽いよね?」


 その違和感は獣道を歩いていた時から感じつつあったものだが妙に体が軽い。

 例えるならギアの重い自転車から電動自転車に乗り換えた時のような感覚が体全体を巡っている。


 試しにトントンその場で飛び跳ねてみれば、軽く跳躍しただけにも関わらずその高さは一メートルを優に超えた。

 しかし身体操作自体に違和感があるわけではない。


 慣れていない胸が引っ張られるような感覚に少し痛みがあるくらいか。


 まだ何も分かっていないのに謎だけが増えてくね。


 とはいえ収穫もゼロではない。


 猿もどきの骸の隣にしゃがみ込みその手から零れ落ちた木筒を拾い上げる。


 不格好ではあるが穴や罅は見受けられず、川の水を飲むために煮沸するのには十分に使えそうだ。


「あとはこの猿もどきだけど、あんまり美味しくはなさそうだよなぁ…とりあえず一度解体してみようか」


 胃の中を見れば生態も分かるだろうか、と解体の為にナイフを取り出したその刹那、フウの聴覚がギャアギャアと喧しい鳴き声を捉えた。

 静かに立ち上がり木陰の奥に視線をやれば、こちらへ近づいてくる複数の影。


 おそらく猿もどきの仲間だろう。


 拝借した木筒や毛皮の腰布を見るに、猿もどきの知能は地球における類人猿を超えている。

 何も状況が分からない今、そんな群れを正面から相手するのは勘弁願いたい。


「こりゃあ逃げるが勝ちだね」

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