勇者になった彼と伯爵家の少女・Ⅰ
寒いですね。文字を打っている指が霜焼けになりそうです。
「ん、ここは?」
「アリシア様、目を覚ましましたか!」
カルミアさんが更に詳しく事の経緯をストラストさんに話している途中、領主の娘だという少女、アリシアさんが目を覚ました。
「カルミア、私達はいったいどうなったのですか」
「護衛騎士は…私以外全滅しました。私ももう少しでというところで、こちらにいるマコト殿に助けて頂きました」
「そん、な…私のせいで皆が」
「アリシア様、どうか教えて頂けませんか。何故急に王都に行くなどと?」
それは、と彼女は黙り込む。しかしカルミアさんの揺るぎない視線を受け、
「…お父様は…この国を、いえ人族を裏切っています」
彼女は思い詰めたようにそう言った。その言葉に俺以外の2人は目を見開き、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべる。
「アリシア嬢ちゃん、それはどういうことだ?俺にはあの伯爵様が国を裏切るような行為をするとは考えられないんだが。領民からの尊敬も厚く、王が自分の娘を降嫁したほど信頼されてる人だぞ」
2人ともこんなに驚くとは、相当信頼されてたんだな。この街の領主様は。
「半年ほど前から、お父様の様子が少しずつおかしくなっていきました。夢を見ているかのようにぼんやりすることが多くなり、目は虚ろになっていったのです。とは言っても本当に少しずつの変化でした」
「まさか…魅了か!」
「はい、今思えばそうなのだと思います。そして一昨日の夜、お父様が執務室で吸血魔族の男と話をしているのを聞いたのです。この街を明け渡す、領民を逃がさないために街の近くで大氾濫を起こすと」
カルミアさんは俺と同じく話についていけていないようで、どこか上の空でずっと黙っている。
「大氾濫って…《なんですか、とか聞くではないぞ、ただでさえ厄災を知らないことで呆れられているのに、これ以上無知と分かれば下手をすれば怪しまれるぞ。大氾濫は大規模な魔物の大量発生じゃ。ただの大量発生との違いは上位種の魔物が大量に産まれることじゃな》
「大氾濫がどうしたのか少年」
「そ、その大氾濫って人為的に起こせるものなんですか?」
「普通の魔族なら無理だな。ただ厄災が絡んで来ているとすれば別だ。魅了に掛かっている思われる伯爵様に闇結晶、大氾濫と来れば確実だろう。『夜の厄災』吸血公のしわざだ」
「「なるほど、そうなんですか」なのか」
「だからカルミア、何故お前まで……」
ストラストさんが呆れたようにため息を吐いた。
《アホの子じゃな》
話し合いの結果、ストラストさんが手紙を持って王都へ向かうことになった。
「ストラスト、どうかよろしくお願いします」
「隊長、お気を付けて」
「任せておきな嬢ちゃん。さてカルミア、お前傷は塞がっていても完治はしていないだろう。必要な時動けるようにしっかり休んどけ。少年、いやマコト。2人のことを頼むぞ」
「「「ストラスト」隊長」さん」
「止めろ止めろ湿っぽい、というか3人してハモるな。今生の別れじゃねぇんだ。何かあったら冒険者ギルドのギルドマスターを頼れ、あいつなら信頼出来る。じゃあな、次会う時は大量に援軍引き連れくる」
ストラストさんは無骨な剣を腰に下げ、貸馬を連れて宿を後にする。
「さて、マコトさん。まずはお礼を言わなければいけませんね。助けて頂いてありがとうございます。その上とんでもないことに巻き込んでしまってすみません」
「いえ当然のことをしたまでです。それに厄災は俺も探していましたから」
「その上で、失礼を承知で1つだけ聞かせて欲しいのですが」
なんだろうか?俺に答えられることだと良いけど。
「あなたは……いったい何なのですか?」
「アリシア様、何を……」
「カルミアは知っていると思いますが、私は人の魂を視ることが出来る特殊能力を持っています」
(ラーヴァ、《特殊能力とは何か、じゃろう》
(良く聞きたいことが分かったね?)
《まぁお主が全くものを知らないことは、もう分かっておるからの。特殊能力とは、スキルや魔法と違いこの世の摂理から逸脱した能力のことじゃ》
(なるほどね、ありがとうラーヴァ)
《全くお主は儂がおらんと、こんなこともわからんのじゃから仕方ないのぅ》
「アリシアさん、その魂を視るっていうのはどういうものなんですか?」
「私に視えるのは、魂の輝きの強さと色、形です。私はこれらはそれぞれ、相手の大まかな力量と魔法の適正、人格の根底を表していると考えています」
《便利な能力じゃな、相手を見ただけで力量だけじゃなく、使ってくる魔法や動きの予想までたてられる》
(なるほどね、確かに凄い能力だ)
「勝手に失礼だとは思ったのですが、先ほどマコトさんの魂も見させて貰いました。正直その……」
そこでアリシアさんは言いづらそうに口をつぐんだ。
「俺の魂を視る限り、強いようには思えない。ということですね」
「はい。正直に言うと、マコトさんの力量はカルミアどころか並みの兵士よりも低いように視えました。カルミアがやられた盗賊達を倒せるようには思えないのです」
「アリシア様!マコト殿は間違いなくあの盗賊供を「カルミア、分かっています。あなたが私に嘘など付かないことも、マコトさんが悪い人間ではないことも、魂を視れば一目瞭然です。ですが……」
アリシアさんの青い瞳が金色に染まる。
「何度視てもあなたが強いとは思えないのです。それに、見たことがないとても綺麗な色をしています。マコトさんあなたはいったい」
どうしよう、何て言えば良いんだろうか。
(ラーヴァ、どうすれば良いかな)
《ふむ、これは誤魔化しようがないのう。マコト、お主が好きなように話すと良い。どうせもう厄介ごとに巻き込まれている。下手に疑われるより、正直に話した方が良いじゃろう。ここで全て忘れてこやつらと別れるつもりなら別じゃが、お人好しのお主のことじゃ、そんなつもりはないのじゃろ?》
(あぁ勿論だ。今さら彼女達を見捨てたりするもんか)
《本当お主はにお人好しじゃの》
ラーヴァが呆れた様に、でも何故か嬉しそうにそうぼやく。俺は意を決して口を開いた。
「俺…実はこの世界の人間じゃないんです」