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殺し屋フウの異世界譚  作者: Bell
序章
1/25

ある殺し屋の最期

大幅改稿&再投稿版です。よろしくお願いします。

 八月某日、東京都某所。

 雲一つない空へ伸びる摩天楼の一角でオフィスビルの最上部が黒煙に包まれ、大通りにはサイレンと野次馬達の喧騒がこだまする。


 そんな参事を横目に、通りを挟んだ向かいのビルの窓際に二人の人影が腰かけていた。


 片方はまだ暑さが残る晩夏にも関わらず黒いスーツにネクタイをピシりと着付けた壮年の男。

 眉間には深い皺が刻まれており、何処かくたびれた苦労人の雰囲気を醸し出している。

 

 そんな男の対面に座るのはワイシャツの上から少し大きめのジャケットを羽織り、紺のスラックスにショートブーツを履いた中性的な青年だ。


「随分と派手にやったな、(フウ)


「ニホンは警察が優秀だから直接的な暗殺だと露見した時のリスクが高いんだヨ。多少面倒でも事故に見せかける方が後々楽なのは君なら分かるだろう、佐竹(さたけ)サン」


 そう言ってヘラヘラと笑う風に、佐竹は心底うんざりした様子で溜息を吐く。


「民間に犠牲者は出すなと言っておいたはずだが」


「今日は祝日でビルに入ってる企業は殆どがお休み、火災報知器もすぐに作動したし巻き込まれる人間なんていないサ。偽の情報に釣られて高層階のオフィスに侵入していたおマヌケさんでもいない限りネ」


「…まぁ良い。最悪多少の巻き添えが出たとしても、対象(ターゲット)さえ始末出来ていれば許容範囲だ。あとは人為的なモノだと露見さえしなければ構わん」


「あれはモバイルバッテリーの発火による小火が、運悪く老朽化していたガス管に引火して広がった不幸な事故だヨ。当時オフィスにいたのは不法侵入者だけ、疑われる余地がないネ」


「なら良い。周に関する資料データは返して貰うぞ」


 風はポケットから取り出したUSBメモリを投げ渡し、わざとらしく肩を竦めた。


「相変わらず几帳面だネ。君達ともそれなりの付き合い、そうピリピリしなくても今更裏切らないヨ」


 この日本という国に渡り彼等からの依頼を請け負うようになって三年。

 金払いが良く色々と融通も利く相手は取引相手としてはかなりの優良物件だ。

 わざわざ裏切って我が身を危険に晒す必要性も無い。


「というか、君達の方で暗殺を揉み消してくれれば面倒な工作もせずにサクッとやれるんだケド。公安警察って国家公務員なんだろウ?」


「その名は口にするな。どこで誰が聞いているか分からない。用は済んだ。次の任務はまた追って通知する」


「はいはい、分かったヨ」


 風はヤレヤレと首を振りながら立ち上がり、ソファの隣に置いていた革の鞄を手に踵を返す。


 そして、部屋に一発の銃声が響いた。


「どういうつもりかな、佐竹サン?君達とはそれなりに上手くやってきたつもりだったんだけド」


 そう問い掛ける風の顔から先程までのヘラヘラとした笑みは抜け落ち、代わりに張り付いていたのは感情の読めない無表情。


 盾のように構えた鞄から、潰れた鉛玉がカチンと床に落ちる。


「…何故防げる」


「この鞄、特別製でネ。銃弾くらいなら防げるのサ」


 その的外れな返答に、拳銃を構えた佐竹は苛立ちを隠さずチッと着火音のような強い舌打ちを鳴らした。


「反応速度の話だよ、化け物め」


「それより質問に答えて欲しいナ。この距離ならボクが一息で君を殺せる事くらい、知っているだろウ?」


「あぁ、嫌という程に知っている。だが私を殺したところで結末は何も変わらないぞ。お前は既に処理対象として指定された」


 国にとっての危険因子、公安警察内部から出た裏切り者、再犯が確実視される重犯罪者、社会を揺るがしかねない機密の数々。

 そういった日本の社会にとって不都合な存在の処理を任としているのが佐竹の所属する表向きには存在しない部署。

 

 警視庁公安部執行課。


 彼らは何を使っても、どんな犠牲を払っても、消すと決めた存在を確実に屠る。


「その理由を聞いているんだけどネ。全く、秘密主義もいい加減にして欲しいヨ」


「そうだな、どうせこれが最後だ。良いだろう教えてやる。この間、執行課(うち)への所属を打診された話を蹴っただろう」


 それは前回の依頼を終えた際に持ち掛けられた提案だ。


 外部協力者ではなく執行課の実行部隊として正式に公安警察に入らないか、と。


「それを断ったから即殺処分とは、随分と気が短いじゃないカ」


「私達が外部の者に暗殺や裏工作の依頼をする場合、基本的に消耗品として命を落とす前提で使い潰す。生存期間は大体一年から二年だ。だがお前は三年以上、多くの機密情報を有したまま生き延びている」


「公安入りの打診はボクに首輪を付ける為だった訳ダ」


 まぁそれを薄々勘付いていたから断った訳だが。

 従順な姿勢さえ見せておけば問題ないだろうというのは甘い考えだったらしい。


「国家の犬として忠誠を誓いその身を捧げられるのなら構わない。だが、そうでないなら許容出来ない。対象を処理する際に知り得る情報には、この国を混乱させ社会基盤を壊しかねないモノも少なくないからな。陳腐な物言いになるが、知り過ぎたんだよお前は」


「さっきまでとは打って変わって、随分と饒舌ダネ」


「言ったろう、これが最後だと。厄介な腐れ縁もこれで終わりかと思うと清々して口も軽くなる」


 そんな言葉と共に佐竹は銃口をゆっくりと自身の頭へと向けると、


「一体、何を?」


 目的が読めず困惑を露わにする風を見て初めて口角を上げた。

 しかしその笑みは喜色ではなくおそらくは自嘲。


「ずっと前から最期はこうしようと、決めていたんだ」


 佐竹は躊躇いなく引き金を絞り、二度目の銃声が部屋に響く。

 銃弾が頭蓋に穴を開け脳漿と血が壁に飛び散りその体がソファへ倒れ込んだ刹那、フロア中の警報が一斉にけたたましく鳴り出した。

 扉が自動でガチャリと施錠され、部屋唯一の排気口から白色の煙が流れ込んで来る。


「っ…生命活動の停止と共に発動する仕掛け、全く徹底していて嫌になるヨ」


 おそらくは致死性のある毒ガスか何かが混ざった煙だろう。

 よしんば致死性が低いものであっても、密閉された部屋から脱出しなければ待っているのは酸素欠乏による意識喪失、そしてその先に待っているのが死である事は変わりない。


「扉の鍵を壊して外に出るのは容易いけド……」


 ここまでお膳立てしておいて部屋を抜け出された後の対策をしていない訳がない。

 外には武装した公安警察の部隊が控えている筈。


 こういう事にならないよう何事も準備を重ねて臨むのが一流ってものなんだけど、お行儀の良いこの国に慣れ過ぎて少し腑抜けていたかな。


 鞄を開き分解収納していた消音狙撃銃(VSS)を手早く組み上げる。

 弾倉(マガジン)に9×39mm弾十発を装填してハンドルを引き、銃口を窓へ向け固定した。


 本来こんな使い方をする銃ではないが、公安警察所有のこのビルは全ての窓が防弾加工されている。

 風が所持している武装の中で破壊出来る可能性があるのはおそらくこれだけだ。


 手癖で装着した照準器(スコープ)も、この距離であれば覗く必要もない。

 窓の中心に狙いを定め引き金を絞れば、コシュッという空気の抜けるような発砲音と共に大口径から放たれた重く鈍い弾が窓ガラスを穿つ。

 銃弾は表面のガラス層を貫くもそこで衝撃に耐えきれず砕け、二枚目の樹脂層には罅を入れるに留まった。


 煙が部屋に充満し始め視界が悪くなる中、風は冷静に弾痕の付いた同じ場所へ再度発砲。

 そうして二発目の銃弾が弾痕の上から樹脂層を正確に撃ち抜き罅は全体へと細かく白く広がる。

 更にダメ押しのごとくもう二発、四発目の銃弾が樹脂層を破壊し外側のガラス層までを貫いた。


 とはいえ一センチ程度の穴が空いただけではどうにもならない。

 今度は窓ガラスを支える四つの頂点へ六度の発砲を繰り返し、装填した銃弾十発全てを吐き出す。

 

 そうして掛かる力が歪み支えを失った窓へ近付き銃床で殴りつければ、限界を迎えたガラスは遂に積み木が崩れるよう割れ落ちた。


 部屋に充満しつつあった煙がガラスの失われた窓から外部へと吐き出された事で遮られつつあった視界も晴れ、


「後はこの高層階からどうやって脱出を……」


 開放的になった窓枠の手前で風は自身の失態に気付き溜息を吐く。


「ハァ、所詮は平和ボケした国の警察組織だと舐めてたヨ」


 フロアに鳴り響くサイレンの音で搔き消されていたのだろう。

 そのプロペラ音を拾えなかったのが運の尽きだったか。


 黒煙を振り払うようにホバリングする消防ヘリの後部席からこちらに向けられていたのは短機関銃(M9)


「全く、やっぱり随分と腑抜けていたみたいだ。これは完全にボクの負けかナ」


 これまで散々殺してきた。今更になって自分の死に方に文句を付けるつもりはない。あぁけれど、


 ボクは何処で間違えたんだろうか。

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