表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

後日談 の 後日談

素敵なレビューを頂きました。

如月ちあきさまに、感謝を込めて。


 



 秋の夜長、ふっと目がさめると、旦那さまがちゃんと側にいた。


 最近、王妹殿下が隣国へ輿入れされるとの事で王宮が忙しい。

 侍従筆頭の旦那さまは朝から晩まで勤めていて、なかなか我が家には帰ってこない。


 月明かりが少しだけ部屋を照らしていて、旦那さまの顔をうっすらと浮かび上がらせている。

 ほっそりとした眉に金茶色の前髪がかかっていて、いつもあまり寝乱れることがない人の前髪の乱れに、蓄積された疲労が見えた気がした。


 朝、起きたら、また居ないのかな。


 この一月(ひとつき)、自宅で一緒に過ごした日は数えるほどしかない。


「メイド、辞めなければ一緒にいれたかな……」

「貴女が辞めていなければ私は仕事にならないので勘弁して下さい」

「はひ?! 起きてたのです?!」


 思わず身を起こせば、身体の下からくつくつと笑う声がした。

 前髪を掻きあげてこちらを見ている細いラベンダーの瞳が、薄い月光を受けて煌めいている。


「貴女の声が聞こえたら起きるに決まっています」

「す、すみません。もう寝て下さい。明日も早いのでしょう?」

「そうもいきません。寂しい思いをさせていたようですから」

「ちが! そういう意味じゃな……ベネットさんっ!」


 仕事と同じようにしなやかに動く腕をばちんと叩いて止めた。


「つれないですね。もしや……あまりに帰らないから離縁を考えているとか」


 ひやりと室温までも下がりそうな声音に、アーニャも負けじと目に力を入れる。


「ベネットさん、怒ります」

「冗談です」

「言っていい冗談と悪い冗談がありますっ」

「そうですね、安心しました」


 何のことです? とアーニャが問いつめようとしたのだが、ベネットは何でもないですよ、と言うとアーニャを引き寄せ、腕の中に包んでしまった。


 肩にかかる腕が、だんだんと重みを増してくる。


「ベネットさん……お疲れですね」

「流石に、ね」

「今度のお休み、一緒にいましょうね。何もしなくてもいいから」

「何もしないのは、何とかしたいのですけれどね……」

「一緒にいれるだけで、私は大丈夫です」

「私は……」

「しー、旦那さま」

「……」

「おやすみなさい」


 珍しく先に眠っていくベネットの様子を見て、アーニャは細身ながらも弾力のある胸に顔を埋めた。


 耳をすますと、トク、トクと穏やかな鼓動が流れていて、ほっとする。


 会えない時間が寂しくないといったら、嘘になる。

 でもぴしりと一分の隙もなく働いている姿も、今のアーニャにとっては大好きな姿でもある。


 明日、早起きをしよう。


 きちんと髪を撫でつけた旦那さまを見送れるように。

 アーニャが内緒で素敵だと思っている旦那さまの出勤姿の頬に、行ってらっしゃいのキスが出来るように。




 ****




 ルビーのカフスをはめながらベネットはむにゃむにゃと寝言を言っている妻を見る。


 昨晩、夜中に起きてしまった妻はこんな早朝に起きる事はない。

 至極弱いのだ。朝起きるという事が。


 いつも何事か呟いているので、声をかければ起きる事は可能だが、最近のベネットは声をかけずに家を出る。


 寝ぼけ顔が可愛らしすぎて、ふにゃふにゃとしゃべる舌足らずが可愛すぎて、仕事があるというのに我を忘れてしまう事、この上ないからだ。


 まだ身体が起きていないのに気持ちばかり焦ってすぐにベッドから落ちそうになるし掛布を踏んで転びそうになるし、フォローすれば身体が密着する。


 ふわんと柔らい身体にほのかに甘い石鹸の香り、寝ぼけてこちらにこてんと無意識に身を寄せてくる妻の仕草にあらがえる夫などいようか?


 否。


 少し前であればなんとか口実を作って午前休をねじ込む事も出来たが、今はそれも叶わない。


 王妹殿下の件が片付かない事には自分の身体が空く事は無い。

 その為にはさっさと滞りなく送り出して、通常業務に戻るのが一番。


 今は我慢。

 我慢だ、というのに。


「むにゃむにゃ、だんなさま、そんな事しちゃ、や……」

「夢の中の私は何をしているんです? 嫉妬しますよ」


 ぎしりとベッドの上からアーニャを覗けば、目をつむりながら、にへらと笑う妻がいる。


 滑らかな頬に手を当てればすりすりと寄せてきて、満足そうにため息を吐く。


 たまりかねてそのうっすらと無防備に開いた唇を貪ろうと顔を近づけるのだが、ベッドサイドにこれ見よがしに置いてある時計が目に入るのだ。


「これを置いた自分を呪いたくなりますね」


 時刻は午前五時十八分。

 あと二分で家を出なければならない。


 ベネットはため息をついて、桃のように柔らかな頬にキスを一つだけ置いて身を起こした。


「今日はなるべく早く帰ります」


 起きている時間に、ゆっくりと話が出来る時間に。


 そう囁いてベネットはコートを羽織った。


「いってきます」


 名残惜しげに妻の髪をゆっくりと梳いて、ベネットは部屋を離れた。


 家を出るとシンとした空気が流れてくる。

 朝日が白々と昇ってくるのを横目に見ながら、ベネットは足早に王宮への石畳を歩いて行った。








 fin






一年を経ってからも掘り起こして読んで下さる事、とても嬉しく思います。

私も久しぶりに読んでみました。

そしたら、ふっとまた、アーニャとベネットさんが出てきてくれました。


追加されたのに気づいて下さる方、いらっしゃるかな?

サプライズでごめんなさい。


ブクマをして下さっている方に届きますように。


読んで下さって、ありがとうございました。


2018.10.30 なななん




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ああー、素敵。ベネットさん素敵。 働く男性素敵すぎる! そしてアーニャの可愛らしさが止まるところを知らないっ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ