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テスト?知らない子ですね  作者: 型破 優位
第一章  常識と非常識
3/25

勉強?必要がないですね



日間最高105位、ジャンル別日間最高1位を取ることが出来ました。

さらに、ブクマ百件!


皆様、本当にありがとうございます!


それと、感想の設定を変えるのを忘れていました。

誰でも感想が書けますので、思ったことを好きなように書いてください。



 クラスからの第一印象は、『変人』になったことは間違いないだろう。ただでさえ昨日休んでイメージは良くないというのに、これではただ追い討ちをかけただけになってしまっている。



 行事も近いのに、世論の脳内では一人浮いている未来しか見えていない。

 そんな頭を抱えたくなるような想像の中、現実に引き戻す声が真横からかけられた。




「悪かったって、比亜里。少しふざけただけだよ」




 ――こいつ、なんで毎回忍び寄ってくるのだろうか。しかも、いつの間にか隣に座っている。




「そうか、少しふざけただけなのに俺も大袈裟な反応だったな。デコピン一発追加で許してやるよこの野郎」



「げっ……お前のデコピンむっちゃ痛いから勘弁してくれないか」




 デコピンという言葉に反応して、さっきデコピンを喰らった場所を押さえながら椅子を引いて離れていく坂田。どうやら、かなり効いていたらしい。



 さすがに同じ場所は可哀想か――




「じゃあ、そこにはやらない」



「それなら、まぁいいけ――」



「隙有り!」



「――どっでぇ!?」




 ――そんなこと思うはずもない。先程の代償はデコピン一発では生温いのだから。

 不意打ちで全く同じところにデコピンされ、その痛みで坂田からは変な声が出た。彼の額は一ヶ所だけ真っ赤だ。




「おまっ! 同じところはやらないって言ったじゃん!」



「俺は『そこは』やらないと言っただけだ。同じところをやらないとは言ってない」



「屁理屈じゃねぇかよ」



「お前が勝手にそう解釈しただけだ」



「……少し、静かにしてくれないかな?」




 まさに詐欺師の手口。騙された人が悪いという言い分で坂田を一蹴した世論だが、どうやら、少しうるさすぎたらしい。

 後ろで勉強している眼鏡の男子生徒に注意を受けてしまった。




「少しは周りを見て貰いたい。僕以外にも勉強している人はいるのだから。まぁ、君達に限ったことではないけどね」




 男子生徒に言われて見渡すと、確かに、机に向かってペンを握っているクラスメイトは数人いた。

 この男子生徒と彼らは若干雰囲気が違う気もするが。




「それは悪かった。それにしても、この高校に入学して勉強とは熱心だな」



「当たり前だ。授業が無いのなら自分で勉強するしかないからな――全く、この高校は授業が無いとか、一体何を考えているのだ。入試テストもどんな難問が出るかと思えば、中学一年レベルの基本問題ばかりだったし」



「まぁ、テストが無いとは聞いていたけど、授業が無いというのは俺も知らなかったな。それに、入試テストが簡単すぎたのも同感だ。それで話を戻すけど、そこまで気合いを入れて勉強することか?」




 それにしても、机に広げてある教材を見ても何をやっているのか世論にはサッパリだ。一応数学らしく、『円周角の応用』と書かれている。




「僕は全国模試は常に一桁を取り続けている。それを維持するためには一日十時間は勉強しないとダメなのだ」



「すっげ……全国模試一桁か。俺なんか最高でも四桁だぜ」



「勉強量が違うのだから、当然のことだ」




 世論にとっては坂田の順位ですら驚きだ。

 彼も一応一桁は取ったことがある。

 ただし、下から数えて一桁目、ワーストだが。

 だがそれを言う必要はない。ここは相手を褒めることも兼ねて、さらっと受け流した方が良いだろう。




「なるほどな。だからそんな訳の分からない問題も分かるんだな。すげぇよホント」




 当たり障りの無い、完璧な言葉選び。

 自分自身の模試の順位には触れず、相手を褒める。

 これなら場に上手く馴染める――




「比亜里、マジで言っているのか?」



「冗談は止めたまえ。これは中学三年の範囲だぞ?」




 ――寧ろ地雷だった。




「え? 中学三年の範囲? そんなもんやったっけ?」



「嘘だろお前……」



「すまない。少し席を離れてくれないか? アホが移る」




 ――何故だろう。考えて行動に移していることが全て反対に動いている気がする。

 とりあえず、坂田から可哀想な者を見るような目で見られて腹が立ったので、デコピン一発を再び同じところへぶちこんだ。



 本日三度目のデコピン。

 寸分違わず撃たれたそれは、見事に同じ場所にクリーンヒット。坂田は本当に効いているのか、目頭に涙を浮かべている。




「仲良いな、お前ら」




 そんなことをしていた内に、気がついたらほとんどの人が登校を済ませており、教卓からは担任らしきガタイの良い男性教師がこちらを見て笑っていた。

 何故かは知らないが、何処かで見たことある。




「お前ら一回適当に席ついてくれ――二日目にして出席が二十人越えるとは中々真面目じゃないか。まぁ、交流を楽しむことは大いに結構なことだ」




 片手で数える程度に休みはいるらしいのだが、ほぼ全員出席。ほぼ自由登校のこの学校にしては、高い出席率なのだろう。




「それと比亜里。お前は昨日いなかったから知らないと思うが、俺は一年D組担任の岩田だ。岩田とそのまま呼んでくれて良い。よろしくな」



「あ、はい。よろしく……お願いします」




 印象として、とても良い先生だ。

 あまりにフレンドリー過ぎて、一瞬タメ口で挨拶をしようとしてしまっていた――ただ慣れていないのもあるのだが。




「さて、一つお知らせがあるのだが、その前に。西園寺(さいおんじ)、お前に聞く」



「はい。なんでしょうか」




 当てられたのは、先程の模試一桁の眼鏡の生徒。名字は西園寺というらしい。

 まぁ、岩田の雰囲気的にも表情的にもごく普通の、なんてことない冗談混じりの質問に違いない。

 とても、優しい雰囲気を纏っている。




「お前は今、ここで何をやっていた?」



「何を……と言われましても、勉強ですが」



「勉強か。何のだ?」



「数学の『円周角の応用』をやっていました」



「成る程。それは感心だな」



「いえ、当然のことをしているだけです」




 嘘は言ってないし、勉強をしていて怒られるなんてことはまずないだろう。クラスメイト全員の目の前で褒められたためか、若干西園寺の表情が誇らしげになっている。




「そんなお前に一つお知らせがある」



「なんでしょうか?」




 だから、その優しい雰囲気のままさらっと放たれた言葉に――




「お前は『退学』だ。今すぐ退学届けを出し、学校から出るように」




 ――誰もが絶句した。

 聞き間違いでなければ、二日目にしていきなりの退学通知が出されたことになるのだから。




「すみません……今なんと言いましたか?」



「だから退学だ。寮の荷物は纏められて実家に送られるから安心して出ていけ」




 西園寺も耳を疑ったのか、何の理解も出来ずに岩田に聞き返した。その場の空気が、急激に糸が張り詰めたような緊張感に支配される。

 岩田の優しい顔にも少しずつ陰が落ちてきているように思え、不気味に感じる。ガタイが良い分、その効果は倍増だ。




「何で……何でですか……おかしいじゃないですか! なんで僕が退学なのですか!? その理由を教えてください!」




 そして、ようやく退学という事実のみは理解ができた西園寺。いきなりの退学通知なのだから、理由を知りたがるのは当然だろう。




「入学式でも言っていただろう? つまらないやつは容赦無く切り捨てると。お前はつまらないから切り捨てられた。以上だ」



「納得いきません! 何故二日目で僕がつまらないやつだと――」



「ゴチャゴチャ言わずにさっさと出てけよこのグズ野郎」




 ――教室が凍りついた。

 優しい人というのは、比例して怒ると怖いものだ。

 たった一言。たった一言で、西園寺は何も言えなくなってしまった。それくらいの圧力が、岩田からは放たれていたのだ。




「ならいくつか聞くが、お前は何故勉強をしていた」



「全国模試で、ひ、一桁を維持するためです」



「では、何故この学校にきた」



「で,できるだけ、い、良いところに就職するため、です」



「入試の手応えはどうだった?」



「ベ、べストを、つ、尽くしたつもりです!」




 最早、先程とは全くの別人だ。

 岩田が言葉を放つ度に緊張感が増していき、凄みを増していく。西園寺はなんとか質問に答えてはいるが、内心は恐怖に染まっていることが容易に分かる。




「まぁ、確かに入試テストはベストを尽くしたのだろうな。お前は入試テストは満点だった。よく頑張ったな



「あ、ありがとうござ――」



「まぁ、入試成績は合格者の中で最低だがな」



「――え?」



「え?」



「どうした? 比亜里」



「あ、いえ。何もないです」




 てっきり自分が最低点だとばかり思っていた世論だが、違ったようだ。あまりにも予想外な人物が入試成績最下位だという驚きと、自分が最下位じゃなかったという驚きが混ざり合い、雰囲気ぶち壊しの声を出してしまった。




「そうか――例えば、この問題。『大人三人、子供二人が一隻のボートを使って船着き場から川の対岸にあるキャンプ場に移動する。

 ボートには、大人なら一人、子供なら二人までしか乗れず、また、大人と子供が同時に乗ることはできない。船着き場からキャンプ場、キャンプ場から船着き場への移動をそれぞれ一回と数えると、全員をキャンプ場へ届けるのに最短で何回必要か』

 西園寺。お前はなんて答えた?」



「……十三回です」



「模範解答だな。だがな、そこがつまらないと言っているのだ。そうだな……坂田、お前は何回と答えた?」



「えーっと、子供二人乗せて大人三人はボード押しながら泳ぐので、一回ですね」



「それも正解だ」




 西園寺の表情が驚愕に染まる。

 確かに、普通に考えたらそんなことは有り得ない。そんなの常識的ではない。




「そんな! それでは問題の意味が――」




 だが、この場では、この非常識な学校では坂田の答えも正解となるのだ。




「この系統の問題はかなり有名な問題で、解き方を知っているものも多かっただろう。しかし、今回のミソはこの問題には何処にも『泳いではいけない』とか『ボードを使わなくてはいけない』などとは書かれていないことだ」



「でも! そんなこと言ったら泳げるとも――」



「書かれていないな。なら、模範解答が絶対に正しいと? 子供二人が何度も何度も行き来させられることを前提にする模範解答が? ……確かに模範解答は正解の一つだ。だが、唯一無二の答えではない。あくまでも『模範』だ。さらに、お前のそれを認めるならば、ロープも何も無い状況で子供一人が対岸までボートを何往復も運べると思うか? 俺には流してくださいと言っているようなものだと思うが、どうだ?」




 世論でもわかる暴論だった。

 その理論が通じるなら、世の中のほぼ全ての事が理屈一つで成り立ってしまうことになる。




「学校側は覚えただけの解答なんか聞いてねーんだよ。問題用紙にも書いてあったはずだ。『次の問題を解け』、ではなく、『自由に書け』とな。さらに、そのテストの種類は、『閃き・アイディア』。答えを書くだけなら、『答えの判別』で充分だ」




 しかし、それと同時に先生の言っていることも理解できる。これはとっても簡単なことだ。この高校に居るのは、全員が常識に囚われない生徒ばかり。常識の範囲の非常識な生徒という矛盾を体現する生徒たちだ。

 既に答えがあるものに囚われず、その問題の枠組みをはみ出さない程度に新しい答えを導き出した生徒のみが、この学校に入れるのだ。




「お前は先人達が引いたレールの上を走っているだけ。それなら他の高校に行った方がいい。しかも勉強する理由は一位を狙うためではなく『本校は絶対にやらない模試』の順位を落とさないという保守的なもの。明確な目標も無くただがむしゃらに勉強する愚の骨頂。面接も誰でも言えそうなつまらないこと言いやがって……一応入試テストを満点とったことを考慮し、他に良さそうな奴もいなかったから普段はどのようにしているのか見るために合格にしたが、こんなことなら最初から不合格にするべきだったな」




 最早、西園寺は何も言うことはできない。

 言っても無駄だだと理解してしまったから、この学校に常識的など、存在しないのだから。



 ――理屈に収まる範囲の非常識こそが、正義。




「それに、お前みたいなやつならこの日本にもごまんといる。本校を支援している企業が欲しがっているのは、お前みたいな安定的な仕事をしてくれる発展も何も無いやつではなく、企業に新しい風を吹かせてくれる変わり種だ」



「で、でも……勉強が理由で退学なら、ぼ、僕以外にも勉強していた人は……」



「ああ、いるな。だが、お前とは違う。あいつらは先を見据えた、将来絶対に必要があると思ってやっている、意義のある勉強だ。面接でも将来のことについて聞いていたし、教材からしても正しい――そういえばお前は、全国模試が常に一桁とか言っていたな」



「……言いました」




 彼の武器は、学力。

 全国模試一桁の実力なら、それはとても大きな武器。場合によっては、この学校でもオンリーワンの武器にもなる。




「悪いが、この学年には全国模試で三年間一位を取り続けた生徒もいれば、二位と三位を交互に取り続けている生徒もいる。つまり、唯一誇れるはずだった学力面でさえも、ここでは二番煎じ以下にしかならないのだ。これでいい加減分かっただろう。さっさと出ていけ」




 だが、現実は残酷だった。

 常に一桁を取っている西園寺は、全国的に見てもその学年でトップ五の学力の持ち主だろう。そんな彼よりも学力が高い同学年の者など、全国でも本当に指で数える程度しかいない。

 その内の三人が、同じ学校の同じ学年に来てしまった。そして、入試を含めた昨日と今日の行動。

 この学校で退学になるには、十分すぎる理由だ。



 何かを堪えるかのように、手を強く握って荷物を持ち、教室を出ていく西園寺。

 教室の空気はとても重い。




「それでは、来週に行われる行事について少しだけ説明するとしようか」




 そんな重い空気を他所に、入学二日目から退学通知を叩きつけた岩田は、教室に入ってきたときのような優しい顔になっていた。

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