入学式?ブッ飛んでますね
入学式とは、なんなのだろうか。
高校の入学式。
別々の学校から受験し、当時はまだ見ぬライバルとして勉強に励み、お互いを高め、初めて対面すると言っても良い式典。
そこで高校の校則を聞いたり、担任を発表されたり、在校生や先生方から歓迎の言葉を受けたり、在校生や先生方に向かってこれからの意思表示をしたりとするものだ。
「本校に入学するにあたり、中学までの規律は全て忘れ去れ。ここでは不必要なものだ」
さて、もう一度問う。
入学式とは、なんなのだろうか。
「何時に学校に登校してきても良い。学校に来なくても良い。最低限の出席さえ取っていれば、文字通り自由だ。この学校には授業など存在しないからな」
未だかつて、こんなぶっ飛んだ入学式は見たことも聞いたことも無い。当然他の新入生も同じようで、若干場がざわついている。
テストが無いのは、そこを売りにしている高校なのだからまだ理解できる。だが授業がないというのは、それはもう学校と言えるのだろうか。
「ただ、行事には必ず参加だ。これはこの学校の支援をしてくれている企業からの条件……知っての通り、本校の卒業生は今、世界へと活躍の場を広げている。それに伴って企業側も本校の人材を欲しがるのだが、それを見極める数少ない場が行事だ。彼らはそこで君達の『才能』を見極めるだろう」
最早、誰もが黙るしかない。
理解が追い付いていないのか、それとも理解して黙っているのか。そこは多種多様なのだろうが、企業関係の話が出てきて静かにならないはずもない。
「また、君達新入生の入学金、食費などのあらゆる面が、企業の支援金によって無償化されている。これは、本校に対する企業側からの信頼の証だということだ」
これが、日本初のテストという概念がない高校。
卒業したら、確実にエリート街道を歩めるという高校。
しかし、その甘い密に隠れているモノを忘れてはいけない――
「それにあたり、金銭問題は厳しく取り締まっていく。発覚した場合は即退学処分だ。そして最後に――つまらないものは容赦無く切り捨てる。以上だ。これにて2045年度の入学式を終わる。各自自由にしてろ」
――成程高校は退学率も異常に高いということを。
◆◆◆
狂っている、という表現が正しく似合う入学式を終えた講堂では、人が次々と出口へ向かっていく。
その中、一人手を組み頭を悩ませている男がいた。
「……なんで俺は合格したんだ?」
彼には、分からなかった。
近い割に環境が良いからノリで受けてみたようなものであるこの成程高校。問題をみて、解ける可能性が低い国語、数学、英語よりも先に、まだなんとかなりそうな『アイディア・閃き』を解くためにそのページを開いてみたのだが、そこには訳の分からない問題ばかり。
問題用紙は解答用紙と一体型で、一頁目に「解答の書き方は自由にしてよい」とあったのだが、自由に書くも何も、難しすぎて何一つ解けなかった。
そして不思議なことに、難しい問題を解いているととても眠くなってくるもので、問題を解いている途中に寝てしまい、気がついたら試験終了一分前の指示。
問題用紙には名前が書いてあるだけであり、後は綺麗に白紙だ。ここまで来たらもういっそのこと0点で、さらにどうせノリ、記念受験に近いものなのだからせめて爪痕だけでも残そうと、一言だけ書いて試験終了。
国語、数学、英語を白紙で出すという愚行を犯し、さらに『アイディア・閃き』には最後のページに一言だけ書いてあるだけ。この時点で既に、清々しいレベルで不合格のはずだ。
さらに追い討ちをかけるのは面接。
緊張はしておらず、むしろリラックスできていた。
だが、一つだけ大きなミスを犯してしまったのだ。
そこで結果的に爪痕を残すことにはなったが、その言葉聞いた瞬間に面接官の表情が厳しくなったところを見て、世論の中で不合格は揺るぎのないものになった。
しかし、後日届いたのは合格通知。
理解しがたい出来事だ。
「おーい。お前大丈夫か? さっきから唸ってるけどよ」
そんな思考に耽っていると、隣から声をかけられた。顔を向けてみると、隣にいたのは黒髪で短髪の好青年。何時から居たのかは知らないが、式中は隣ではなかったことは間違いない。
「ん? ああ。大丈夫じゃないけど大丈夫だ」
「いや、どっちなんだよ……あ、俺の名前は坂田 真緋流。お前と同じD組だ」
「へぇ、俺D組なんだな」
「いや、お前マジかよ」
本当に知らなかった。
というよりも、それ以上のことを考えられなかった、という表現の方が正しいだろう。何処でD組と知ったのかは分からないが、教えてくれたのはとても有難い。
「俺は比亜里 世論だ。決して毒なんか持ってないから安心しろよ」
「ああ、ヒアリ……まぁ、よろしくな。比亜里」
とりあえず、これからの高校生活でボッチになることは無くなった。世論は心の中で坂田が話しかけてくれたことに感謝の意味を込めて合掌をする。
「それで、なんで唸っていたんだ?」
「ああ。いろいろありすぎてありすぎた」
「……まぁ、あんな入学式だったしな」
なんか知らないが、少しだけ分かってくれたようだ。坂田の言うとおり、確かに今日の入学式は過去に例を見ないものだ。
今日の入学式で分かったこと。
校内面積は日本最大で、比べる場所によっては一つの市町村と同じ大きさがある。
新入生は百人。生徒会や委員会は存在しない。
お金は必要なく、全てが無料。
飲み放題で食べ放題。食べたいものがあればリクエストすれば食べられる。
施設は全て無料で使用可能。学校に許可を取る必要はない。登校時間は自由。必要な出席日数さえ守れば問題はない。
中学までの規律は全て必要ない。
授業は存在しないが、行事には絶対に参加。
行事の数は、入学式と卒業式を含めて六つ。二年と三年は入学式がないため五つ。
金銭問題を起こしたもの、つまらない者は退学処分。
ざっと纏めるとこんなものだ。
「あの入学式だけ聞くと本当にエリート校なのか疑いたくなるけど、実際これで活躍している卒業生が多数いるんだから驚きだな」
「そうだな……さてと、俺らもそろそろ行くか」
「お、教室か?」
一応この学校も、行事をやる関係上クラス分けはしている。本当に表面上のクラスだろうが、入学式初日だ。クラスメイトと交流を深めた方が良いのだろう。
「え? いや、俺は帰るよ」
だが、それは本来の高校なら、の話だ。
今後全く顔を合わせなくなるであろうクラスメイトと交流を深めても意味がないし、どうせ今日は皆帰るだろう。
意味がないことをしても本当に意味がないのだから、帰った方がマシだ――という建前で、世論は学校そのものにあまり良いイメージがないため、ただ帰りたいだけなのだが。
「マジか……なら、一応連絡先だけ交換しようぜ。グループ出来たら誘っとくからよ」
「ん? ああ、頼むわ」
携帯の持ち込みは、学校から支給されたもののみ可能。機能は全く一緒なのでプライベートでも勿論使える。
連絡先を交換し、坂田と別れて帰路へついた世論。彼の家はバスを経由して数十分のところにある。それまでのバス停で待つ時間や歩く時間を含めると一時間弱はかかるため、どうしても手持ち無沙汰になってしまう。
やることもないため、とりあえず携帯を手に取ってスリープモードを解除。すると、先ほど連絡先を交わしたばかりの坂田から、一つのメッセージが届いていた。
『一年D組のグループへ招待されました』
「いや、マジかよ……コミュ力すげぇな」
向こうから話しかけてきたときからわかっていたが、彼はとてつもなくコミュ力が高いことは間違いない。
しかも驚くことに、グループの参加人数は二十四人。世論以外の全員が参加していた。
一人だけ蚊帳の外、というのは嫌なためすぐさま『参加』のボタンを押す。そこに丁度来たバスに乗り込んで、適当なところに腰をかけた。
ふぅ、と一息。携帯を見てみると、さっそくグループにメッセージが届いている。
『比亜里。このクラスで帰ったのお前だけだぞ』
なんとも言えない雰囲気を漂わせる世論を乗せたバスが出発する。こうして、比亜里 世論の高校生活は始まったのだった。
◆◆◆
翌日、本当は登校しなくてもいいのだが、昨日のことを考えると登校せざるを得ない。
さらに坂田情報によれば、一つ目の行事が来週にまで迫っているとのことだ。尚更行かなくてはいけない。
成程高校の制服に着替えて、一応中学の時と同じ時間に高校へつくようにバスへと乗った。
世論のように家から通学する生徒は珍しく、大抵の生徒が成程高校の寮で生活している。
寮から学校へは徒歩数分。そのため、バスに乗って友達と一緒に、なんて展開は無く――
「いいもん……俺には坂田がいるから……」
――バスの中には、世論一人きりだった。
寂しいバス移動を終え、歩いて校門へと向かう。
校門には駅の改札機みたいなものが置いてあり、そこに携帯を翳して中へと入っていく。
合格通知とともにこの学校のIDカードと携帯が支給されたのだが、IDカードは出席確認として使われるらしく、IDカード本体は家または寮にスペアとして保管。携帯にもIDカードのデータが入っているためそちらを使うのが基本だ。
出席確認を終えると教室のある目の前の建物へと向かう。
成程高校は私立高校で創立八年ということもあり、外装内装ともに高級ホテルみたいな装飾となっている。
ここまで来ると周りにも生徒が見え始め、集団でいると安心するという人間特有の、というよりも日本人特有の性質で世論の心も安心を覚えていく。
本校舎は寮の近くにあるため、バス停からもそこまで遠くは無い。
靴を履き返る必要も無く、自動ドアを通ってDクラスのあるところまで入り口にあった校内の地図を見ながら歩いていく。
D組は四階。
一階のA組が良かったというのは、言っても仕方の無いことだ。遠いからせめて四階だけは避けてほしかったなんて言えなかったが、そんな心配は必要なかった。エレベーターがついているのだ。乗ってみるとあっという間に四階Dクラスの教室の前。エレベーターは本当に有能だ。
教室を廊下からみた感じ、どちらかと言えば大学に近い感じになっているのだろう。
廊下と教室の間に窓ガラスはない。
中からは既に数人の話し声が聞こえるため、既に何人か登校しているのだろう。
昨日ここに来なかったというハンデはかなり大きい。
世論は大きく深呼吸をして、ゆっくりとドアをスライドさせていく。せめて、第一印象だけでも良くしておかないと、後々響いてくる――というよりも、ひび割れてしまうことになる。
ドアを自分が余裕をもって入れる広さまで開けて、自分なりに凛々しい表情を作り、中へ入っていく。
あまりにもゆっくりと、慎重にドアを開けたためかクラスメイトは誰も世論に気づいていない。
だが、これなら見られたとしても第一印象は悪くない――
「わっ!」
「だあぁぁぁ!?」
――こともなくなってしまった。
クラス中の視線が集まっているのを視界の端に捉え、肌で感じる。
「御早う、比亜イデッ!」
とりあえず、元凶である坂田に恨みを込めてデコピンを一発かまし、クラス中から熱い視線を感じながら、身近にあった席へ座った。