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第八画 漢闘者の基礎を覚えよう(3)

「やっぱ……先手必勝だろ!!」


 隼兎は地面を蹴り、男に向かって走った。


「単純だね」


 男は片手に糸を持ち、もう片方の手でペンを構えた。


「【絡】発動」


 次の瞬間、糸が意志を持ったかのように隼兎に向かって伸びていき、文字通り隼兎の右足に絡んだ。


「ちっ、邪魔だな」


 隼兎は絡み付く糸を剣で断ち切ろうとした。

 だが男はその前にまた漢字を唱えた。


「【固】発動」


 男は口元を緩ませながら漢字を具現化させる。

 隼兎に絡みついた糸が剣で断ち切ろうとする前に一瞬にして固まった。


「なっ、くそっ!!」


 それでも隼兎は剣を振りかざした。

 だがそれは鋼と鋼がぶつかり合ったような音がして、断ち切ることが出来ない。


「僕の攻撃はこれで終わりじゃないよ」


 男はまたペンを書き流す。


「【吸】発動」


 ¨吸¨という漢字隼兎へと続いている糸に染み込むように入っていき、糸を光らせる。


「うっ……ぐぁぁぁぁぁっ!!」


 光が隼兎に到達したとき、体の力が徐々に失われていく錯覚に陥った。

 心がズキズキと痛み始める。


「何っ!? 何が起こっているの!?」


 苦しみからもがく隼兎へと糸を伝う光は右足から吸収されていく。

 男は笑った。


「その糸が絡みついている限り、君の力は徐々に減っていくのさ」

「ぐっ、あぁっ……!!」


 体の力を徐々に抜き取られいてるせいで足にも力が入らなくなり、これ以上立っていることができず思わず膝をついた。


「はっ、それで僕に勝てるとでも思ってるのかい?」


 男は余裕の表情を晒し、隼兎を哀れみのこもった目で見つめる。

 だが隼兎はそんな状況の中、口元を緩ませた。


「それはどうかな?」

「……何が言いたい?」


 男は隼兎の言葉の意味を理解出来ていない様子で睨みつける。

 隼兎は顔を上げた。


「お前が繋いでくれた糸さ」


 ニヤリと笑うと同時に隼兎は自身の右足に巻き付いた糸を今ある力すべてを注いで引っ張った。

 何も糸が繋いでいるのは隼兎だけではない。

 糸を具現化した男にも結び付いているのだ。

 男はしまったというような表情を浮かべ、糸から手を離そうとしたが遅かった。

 男の態勢が崩れると同時に男の手から糸が離れ、隼兎の元へと巻き取られる。


「同じ手は二度と通用しねえぞ」


 態勢を崩し、倒れていた男を見据えた。


「く、くそッ!! 解除!!」


 男は慌てて自分で具現化した漢字を解除する。

 同時に隼兎に巻き取られた糸が消える。


「そんな……こんな展開は予想していないぞ……!!」


 近付いてくる隼兎に少しだけたじろぐ。

 あれだけ漢字を具現化すれば隼兎などに負けるはずはないと思っていた。

 この状況に陥った原因はただ一つ。


「慢心したな」


 男は隼兎の瞳を見て恐怖した。

 その瞳に映るのは自分が炎の中に囚われ恐怖している姿。

 いや、違う。

 隼兎の持っている剣がいつの間にか炎を纏っていたのだ。

 男は再び恐怖する。


「ふ、ふざけるな!! 最近来たばかりの君なんかに負けるはずが──」

「それはフラグか? ……それじゃあ折っちゃダメだよなぁ?」


 イタズラっぽい笑みというより、もはや悪魔の笑み。

 男は怯えからか、燃え盛る剣の中に再度自分がもがき苦しんでいる姿が浮かんできた。


「バカな!! 僕は……僕はッ!!」

「期待通りの展開だな」


 隼兎は男を斬った。

 斬ったといっても体に傷などは出来なかった。


「うわぁ!!」


 男はそのまま倒れ、しりもちをついた。

 隼兎は静かに剣先を男に向け、ジッと睨みつける。


「どうする? まだやるか?」

「……ちくしょう。こ、今回は僕の負けということにしとく!! だが次は僕が勝つ!! 見てなよ!!」


 男は一瞬の隙をついて立ち上がり、全速力で逃げていった。

 男が尻もちをついていた場所にピンクのノートが落ちている。

 隼兎はそれを拾い上げ、後ろにいるミズキにわざとらしくチラリと見せた。


「中は見ちゃダメなんだからねッ!!」


 ミズキは頬を膨らませ、急ぎ足で歩み寄ってきた。


「分かってる、分かってるって」


 隼兎は素直にミズキにノートを返した。


「あっ……ありがと……」


 ミズキは隼兎の手にあるノートへとゆっくりと手を伸ばした。

 何故かこの時、隼兎の顔を見るのが恥ずかしく思えた。

 ちょっと世話好きのただの男子だ。

 それ以上でもそれ以下でもない、ただの――

 少し妄想に耽っていたがすぐに現実に戻り、変な妄想をしてしまった自分を恥じて思わず隼兎を押した。


「そそそそんなはずっ!!」

「うおわっ!!」


 恥ずかしさのあまりつい隼兎を突き放してしまった。

 隼兎はドスンという音を立て尻餅をついた。


「痛ててててっ……」


 隼兎は尻をさする。

 涙目になりながら目で何をするんだ、と訴える。

 ミズキもハッと正気に戻り、


「あっ……私ったら……」


 急いで隼兎に手を差し伸べて起こす。

 その拍子にミズキの懐からピンク色のノートを落ちてしまった。

 落とした拍子に開いてしまったノートを隼兎はが拾い上げたが、その時に思わず中身を見てしまった。


「これは……日記?」


 先ほどは中身を見ないと言ったが、ノートが開いてしまっているのだからワザとではない。

 不可抗力だ。


「見ちゃダメェー!!」

「ぐほあっ!!」


 ミズキの拳が見事に隼兎の腹部にめり込んだ。

 隼兎は目を白黒させながらゆっくり、ゆっくりと倒れていく。

 なんの支えもないまま地面に大の字を描くように倒れた。

 ジメジメした土。

 囁く木々達。

 そして降り注ぐオレンジに染まる太陽の光。

 晴れ渡る空が気持ちをクリアにさせる。


「べ、別に怒ってるわけじゃないわよ!?」

「じゃあ何故……殴るんだ」


 隼兎は腹部を抑えながら上半身を起こす。

 だが先ほどの闘いでかなり体力を消耗してしまったせいで起き上がるのもやっとだ。


「はあ……特訓に戻るぞ……」


 あぐらの体制からしっかりと力を入れてゆっくりと立ち上がった。

 パンパンと手を二回程はたき、手に付いている土を払う。

 ミズキもパッと笑顔になり、


「うん!!」


 と、元気よく答えた。

 この出来事を通して、隼兎はついに漢字を具現化することができた。

 白い刀身に黒い柄、そして特殊能力にも似た炎を纏う剣。

 ついに漢闘者の道を歩み始めたのだった。



 その頃、准と凛は──


「隼兎、遅いな……」


 特訓は一応しているが、何故か身に入らない。


「確かに遅いね……」


 さすがの凛も、不安に駆られてきた。

 ここまで帰りが遅いとなると、何かしらの事件に巻き込まれたのではないか、やはり自分も行くべきだったのではないか。

 そんな気持ちが押し寄せてきた。

 だがそんな気持ちを無理やり胸の奥に押し込む。


「でも陽野君なら絶対大丈夫だよ!!」


 あの時の隼兎の目は真剣な眼差しだった。

 だからこそあの時不安そうな顔をしていたミズキのことを隼兎に託したのだ。


「だから夜川君も、ね? 特訓しなきゃ!!」


 准は少し暗い表情を浮かべたが、凛の励ましを受けて気持ちを切り替えることにした。


「うん、そうだな。宮野さんの言うとおりだ!!」


 いや、正確に言うなら隼兎のことを昔から知っているからこそ信頼出来るのかもしれない。

 隼兎はいつでもなんだかんだ言って頼りになる奴だった。


「よし!! 特訓の続きだ!!」

「うん!!」


 真夏の暑さにも負けず、特訓を開始する。

 それが闘いに勝つ為に最低限にする¨努力¨なのだ。


 それから二十分経過。


「……発動」


 准が宙に浮いた漢字に手を翳すと今までにはない光を発して漢字は具現化した。

 具現化したのは大きさ、幅ともに二十センチほどの鋭利な氷が5つほど。


「夜川君、凄い!!」


 決しておだてる為ではない。

 これは心の底から祝っているのだ。

 准は照れくさそうに後頭部に手を当てる。


「これも全部宮野さんのおかげだよ」


 微笑を浮かべ、准は凛に向かって手を差し出した。


「ありがとう」


 凛は一瞬キョトンとしたが、すぐに笑顔を浮かべ准の手を握った。


「どういたしまして」


(はうあっ!! 思わず宮野さんと手を繋いじゃった!! うほほぉい!!)


 その時だった。




「お二人さん、熱いねぇ」




 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 振り返るとそこには疲れている顔をしている隼兎と、そんな隼兎の体を支えるように歩いてくるミズキの姿を捉えることが出来た。

 准と凛は急いで手を離す。


「いや、ははっ……」


 准がどうにかして誤魔化そうとして隼兎を見ると、


「隼兎こそどうしたんだ? なんか疲れてるように見えるだけど」


 と、急いでミズキが、


「あっ、えっと……こ、これにはワケがあるのよ!!」


 准と凛にこれまでにあったことを全て話した。


「なるほど。そんなことがあったのか……」


 准は腕を組みながらミズキの話を聞いていた。

 ようやく隼兎が疲れている意味を理解した。


「で、勝ったのか? 負けたのか?」


 ¨結局はそこかよ!!¨と、隼兎はツッコミを入れようとしたが、残念ながら今はそんな気力さえない。


「はぁ……勝ったよ。一応な」


 少し自慢気な表情を浮かべ、准に言う。

 隼兎はミズキにこれ以上迷惑をかけたくないという思いからミズキの肩から手をどけ、その場に座り込む。


「勝ったのか!?」


 准は半分疑ったような顔で座り込む隼兎を見た。

 隼兎は苦笑すると、


「まぁ少しカッコ悪かったけどな」

「そんなことない!!」

「えっ」

「えっ」


 ミズキの突然の発言に准と隼兎は驚く。

 ミズキ自身、ハッとして、


「あ……いや、別にそういう意味じゃないんだからねっ!!」


 意味が分からず、ポカーンと口を開ける隼兎。

 凛はクスッと笑うと、


「素直じゃないんだから」

「なっ、なななななっ!?」


 空がすでに茜色に染まっているせいか、ミズキの顔がほんのりと染まっているように見えた。

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