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第七画 漢闘者の基礎を覚えよう(2)

 四時限目のことである。

 准達の授業は体育の為、教室はとても静寂に満ちていた。

 しかし、誰もいない教室の静寂を破るようにドアを開く音が響く。

 その人物はある席を目指し、足を運ぶ。

 目的の場所は……ミズキの席。

 その人物はそこでピタリと止まると、机の中やカバンの中を漁り、何かを見つけたのかニヤリと笑った。


「君はミズキちゃんに近付きすぎた……」


 男は不気味に、且つ勝利の笑みを浮かべ、窓の外を眺めた。

 外では准達のクラスが五十メートル走をしている。

 ホイッスルの音がここまで軽快に聞こえ、その度に生徒が駆け抜けていく。


「陽野 隼兎……勝負だ」


 男は再びニヤリと笑うと、音を立てずに教室を出て行った。


 


 放課後──


「それじゃあ練習に行こっか!!」


 カバンを片手に、凛は准に向かって女神のような微笑みを浮かべた。


(うへっ……うへへ……宮野さん可愛いよ、宮野さん……。)


 准は相変わらずというか何というか、とろけ落ちそうな面を晒し、凛のあとについて行く。

 教室の外には、すでに隼兎とミズキが待っていた。

 准と凛より掃除が早く終わったのだろう。


「宮野さん、背後に気をつけた方がいい」


 凛は隼兎が言った言葉が理解出来なかったのか、あからさまに頭の上にクエスチョンマークを乗せている。

 後ろで気持ち悪い表情をしている准がいるから注意しろと遠回しに言っているのだが、どうやら凛は気づいていないらしい。

 もう少し危機感を覚えた方がいいのではないか、と無駄に心配してしまうが言っても意味がないような気がしたため、何も言わなかった。

 さて、四人は准と隼兎が毎日かかさず来ている広場にやってきた。

 道中、帰宅している生徒達と何度もすれ違っては、何か楽しそうな話題で盛り上がっていた。


「あー、カバン重ッ」


 隼兎は、ミズキがいつも座るベンチに重たいカバンをドスンと置く。

 そのいかにも重圧感がある音を聞くだけで、確かに重たい物なんだな、と容易に感じ取れる。

 ミズキはその隣に静かに座り、隼兎をチラリと見た。

 少しだけ汗がにじみ、髪が顔に引っ付いている。

 ミズキは何故か自然と頬が染まり、急いで自分の膝へと視線をそらした。


「陽野君、始めるよー」


 少し離れたところから凛が手を挙げて呼ぶ。


「了解、了解」


 カバンからお茶の入ったペットボトルを取り出し、軽くひと飲みした後、足早に向かっていった。

 ミズキはベンチに座ったまま静かにその背中を送り、自分のカバンを寄せた。

 目当ての物を見つける為に、かき回すようにカバンの中を探り始める。

 が、いっこうに見つからない。

 誰にも見られたくない、大切な──


「…………」


 どこかに落としたのかもしれない。

 カバンの中を必死に探りながらそう考えた。

 すると、見慣れない紙切れが教科書と教科書の間から顔を出していた。


「何、これ?」


 ミズキは折り畳まれた紙切れを無造作に開いた。


「ッ!?」


 ミズキはその紙切れを握りつぶすと同時にベンチから立ち上がり、辺りを見渡した。


「凛!! 私ちょっと用事を思い出したから帰る!!」

「えっ、あっ、ちょっとミズキ!?」


 凛が呼び止めようとするも、ミズキの耳には届かなかったのか、そのまま走ってどこかへと行ってしまった。


「空橋さん、どうしたんだろ?」

「分からない。今朝は用事があるなんて言ってなかったし……」


 ミズキが走っていった方向を見つめながら、頭の中で思い当たる節を探ってみるが、やはり用事があることなど聞いていない。

 凛は人差し指を顎につけて空を見上げた。

 鳥達が夕暮れ時の中を優雅に飛んでいる。


「俺行ってくるよ」

「えっ、陽野君!? 練習は!?」

「悪い、准に付き添ってやってくれ。そいつ一人じゃ何も出来ないから」

「おまっ、それちょっとどういう──あっ、おいッ!!」


 隼兎は准と凛に背中を向け片手をちょっとだけ挙げると、ミズキが去って行った方向へとそのまま走っていってしまった。

 

 

 その頃ミズキは──


「はあ……はあ……」


 ここは校舎から少し離れた人気のないゴミ処理場。

 人が来るといえば、ゴミを出しに来る時だけ。

 それ以外はめったに来ることがない。


「いるんでしょ? 姿を見せたらどう?」


 人気のない場所で静かに、だが怒りのこもった声で辺りを見渡す。


「ふふっ、さすがだね」


 どこからか声が聞こえた。

 いや、背後からだ。

 ミズキは隙を見せないようにとっさに振り向く。


「やぁ、ミズキちゃん。こんな所で奇遇だね」


 その男子は忍び寄るようにやってきた。

 手入れをしていないボサボサの髪にメガネをかけた細い体の男から発せられるオーラは負を纏っている。

 ミズキはその男子生徒の顔を見て、絶句した。


「あ……あんたは!!」

「そう、この前君がフッた男さ」


 ミズキは准と隼兎がこの学校に転校してくる数週間前に、この目の前にいる男子生徒の告白を断ったのだ。


「なんであんたがこんな所にいるのよ!!」


 見た限り、その男の手にはゴミ袋は握られていない。

 その男はニヤリといやらしい笑いを浮かべ、こちらを舐めまわすように見てくる。


「これ……君のだろ?」


 その男が手に持っていたのはピンク色で少し小さめの長方形のノート。


「あんただったのね……!!」


 そう、それこそミズキが探していた物だったのだ。


 「くっ!!」


 ミズキはすかさずポケットからペンを取り出した。


「おっと、これがどうなってもいいのかい?」


 その男はミズキのノートをちらつかせる。

 ミズキはグッとこらえ、ペンを静かに納めた。


「目的は何よ?」


 その男に冷ややかな視線を送りながら聞く。

 男はまたニヤリといやらしい笑いを浮かべて、


「何、簡単なことさ。君が僕の物になれば、このノートを返すよ」

「なっ!?」


 いわゆる脅迫だ。

 だがこんな男と一緒になるなんて正直、千歩譲っても無理な相談だろう。


「どうだい? このノートの中身、バラされたくないだろ?」


 いやらしい笑いを浮かべたまま、ゆっくり、ゆっくりとミズキに近付いてくる。


「いや……来ないで……!!」


 この男にこれから何をされるのか考えるだけ足がすくむ。

 これが恐怖というものなのか。

 男は尚、ゆっくりと近付いてくる。

 ミズキは後ずさりを始めたが、すぐに後ろの壁に背中が当たった。


「ふふふふっ……もう逃げ場はないよ。諦めて僕の物に──」


 その時だった。




「ミズキ!!」


 ミズキの目には、汗をダラダラと流した隼兎の姿が目に入った。


「あ、あんた、どうしてここに!?」


 言葉ではそう言ってしまったが、内心では隼兎が来てくれたことにとてもホッとしていた。

 恐怖が徐々に和らいでいくのが分かる。


「まさか……私の為に……?」

「来たな、陽野 隼兎。君に会いたかったよ」


 男はジロリと隼兎を見た。

 対する隼兎は膝に両手を当てて、息を荒々しく乱していた。


「お前……なんで俺の名前を……」


 途切れ途切れに息を整えながら男に問う。

 男は相手を見下したような笑みで隼兎を見た。


「それは君がミズキちゃんにまとわりつく害虫だからさ。残念だけど、ミズキちゃんは僕の物になるんだ。君には邪魔させないよ」


 男はポケットから紫のペンを取り出した。


(やっば……俺まだ全然漢字習得してねぇよ……。)


 だがこの状況、闘うことは回避出来ない。

 隼兎はゆっくりとペンを取り出した。

 まだ一度も漢字を具現化出来ていない隼兎とすでにいくつかの漢字を具現化出来るであろう男。

 その差は圧倒的。


「ふふふふっ、君は今からミズキちゃんの前で無様に負けるんだ」


 高らかな笑いが人気の少ないこの場所に響き渡る。


「はっ、この変態ストーカーが。この俺がお前みたいな奴に負けるかっての」


 はったりでもいい。

 口に出して言えば、実際に真実に変わることもある。

 隼兎は呼吸を整え、男をギロッと睨んだ。

 男は一瞬、獣に睨まれたかのように身をすくめた。


「いいか……俺の『友達』に手を出すんじゃねぇ!!」


 夕日が差し込む中、隼兎は吼えた。


「お、おしゃべりはここまでだ!!」


 男は空中にペンをスラスラと書き流す。

 そこに現れた字は¨糸¨。


「【糸】発動」


 漢字は渦を巻きながら、男の手の元へと入った。

 見ると、長く白い糸の束が握られている。


「そんな細い糸でどうするつもりなんだ?」


 わざと嘲笑するように隼兎は言い放つ。

 だが男は隼兎の挑発には動じず、


「笑っているがいいさ。少しすれば君は僕の前で跪くんだ」


 余裕な態度が気に障ったが、隼兎もペンを構え、ササッと書き流す。

 まさかぶっつけ本番で漢字を具現化しなくてはならないとは思わなかった。

 こんな切羽詰まった状況で具現化が成功するとか失敗するとかは考えていられない。

 失敗したら数をこなせ。


「¨剣¨発動!!」


 ミズキを助けるため、そして目の前にいる男を倒すために力を必要とした。

 心の中でこの想いを¨剣¨として具現化したい、そう思った。

 漢字は渦を巻き、隼兎の手のひらへと吸い込まれるように入っていく。

 あれだけ特訓しても具現化出来なかった漢字。

 それが今、白い刀身に黒い柄の剣と化して隼兎の右手に収まっていた。

 ついに漢字を具現化することができたのだ。

 男は若干ビクついた様子だったが、すぐに攻勢に出た。


「¨剣¨か……僕の前では無意味さ!!」


 夏の暑い風が突風のような勢いで駆け巡り、その場にいる者達の髪をなびかせる。

 太陽は隼兎を見守っているのか、隼兎の周りにだけ、光が降り注いでいる。


「まさか今具現化出来るなんて……!!」

「おい、ミズキ。見た所、アイツが持ってるあのノート、お前のだろ?」


 隼兎は顔をミズキの方へと向け、尋ねる。

 ミズキは黙ってコクリと頷いた。


「ということは用事があるってのは、あれを探す為だったのか?」

「うん……」


 ミズキは下を俯く。


「何で一言でも言ってくれなかったんだ? 言ってくれたら一緒に探してたのに」


 隼兎は少し不機嫌そうに聞く。

 ミズキは下を俯いたまま、


「だって言ったら特訓の邪魔になるじゃない……だから──」


 隼兎はフッと口元を緩ませ、ミズキの言葉を遮った。


「何だ、そんなことかよ」

「なっ!?」


 ミズキはバッと顔を上げ、隼兎を見る。


「いいか? 特訓なんか自身の努力次第でどうにかなる。深夜とかにすればいいしな」


 隼兎は男を見据え、言葉を続ける。


「だけどそれよりも大事なことがあるだろ? 友達が困ってる時に助ける。これが一番大事なことだ」


 ミズキは目を見開いた。

 隼兎の横顔が夕日を浴びて輝いている。

 ニヤリと隼兎は笑い、


「なんてな」


 ビシッと決めたというのに、最後の最後で崩しにかかる。

 だがそれが隼兎の良いところなのかもしれない。


「が……頑張るのよ!!」

「らしくねぇセリフだな」


 バカにした態度でミズキに言う。


「何イチャイチャしてるんだよぉぉぉぉぉ!?」


 男は二人のやりとりに耐えられなくなったのか発狂に近い奇声をあげた。

 眼が血走っているしあの顔は、正直ヤバい。

 何がヤバいかというと……とにかく全部がヤバい。


「ミズキちゃんを賭けて勝負だぁぁぁぁぁ!!」

「はっ? 誰がミズキなんか──」

「なんかとは何よ!! なんかとは!!」


隼兎、初めての戦闘に挑む。





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