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第六画 漢闘者の基礎を覚えよう

 ここは日本のどこかにある森。

 黒いコートに身を包み、赤い紋様の入った仮面で顔を隠している人物が二人、歩いていた。


「今日の任務はっと……」

封龍石(ふうりゅうせき)の回収だよ」

「ははっ、知ってるっての」


 声は透き通ったような声で、二人共まだ若いことが窺える。


「そろそろ慶花学園(けいかがくえん)につく。(ざん)、行くよ」

「了解、ミスって生徒達にやられるなよ?」

「そっちこそ」


 表情は読みとれないが、おそらく二人共笑みを浮かべている。

 はたして何者なのか。

 それはまだ分からない──



 夏も本格的な暑さを迎える今日この頃。

 准と隼兎は冷房が利く部屋で過ごしていた。


「いやぁ、やっぱり休みの日は何もしないのが一番ですなぁ」


 真っ白なベッドに大の字で寝転んでいる准。

 その表情は半分夢見心地で幸せそうな顔だ。

 一方、隼兎はイスに座り、前に貰った黒いペンを眺めていた。

 一見そこら辺のペンと何ら変わりはない。


「不思議なもんだよな……」


 特に意味もなくペンをクルクルと回しながら、それをジッと見つめる。


「二人共いる?」


 ちょうどその時、扉をノックする音が聞こえたあと、向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 あれだけぐったりしていた准だが、その声を聞くなり寝ていた態勢から急に起き上がり、扉に向かった。

 扉を開けると、予想した通りそこには凛とミズキが立っていた。


「あ、よかった。いた」


 ニコリと微笑む凛。

 白いワンピースがとても似合っている。

 後ろでは仏頂面で腕を組んでいるミズキが頬を膨らませていた。

 だが服装はちゃんとしているというか、さすがは女の子というべきか、ファッションを熟知しているようなヒラヒラとした黒いスカートをはいている。


「なんで私まで……」

「いいじゃない、暇なんだし」


 凛は振り返り、またもやニコリと笑う。

 ミズキはムッとしたままだが、それほど嫌ではないようだ。


「宮野さん、何か用?」


 准の後ろから隼兎が歩み寄ってきた。


「うん、実はね、二人の漢字習得を手伝いたいなと思って」

「漢字習得? あれ? あのペンで漢字を書けば何でも具現化出来るんじゃないの?」


 准は首を傾げ、頭の中に黒いペンを思い浮かべた。

 凛は首を横に振りながら、


「違うよ。自分が習得したい漢字は、具現化出来るまで書き続けなければならないの」


 そう都合よく漢字が具現化出来るわけがない。

 檜原先生が言っていた努力とは、このことだったのだ。

 とりあえず凛が場所を移動しようと提案した為、准と隼兎はそのあとをついていった。

 歩き始めて数分。


「着いたよ。ここが練習場」


 そこは校舎と校舎のスペースにつくられた広場のような場所だった。

 漢字を具現化した際に、暴走しないように高いフェンスで囲んである。

 案外静かな場所の為、集中するには持って来いの場所だ。

 ミズキは相変わらず仏頂面のまま、端に設置されてあるベンチに座り、ノートのような物を取り出した。


「ん? なんだ、それ?」

「うひゃぁッ!?」


 いつの間にか隼兎が近くにいたことに驚いたのか、ミズキは急いで背中の後ろにノートを隠した。


「べ、べつに何でもないただのノートよ!!」

「じゃあ何で隠す必要があるんだよ……」

「そ……それは……」


 イタズラ好きな子供のようにニヤリと笑う隼兎。

 ミズキはどんどん頬を赤らめていく。


「もうッ!! あ、あんたには関係ないでしょ!?」

「まっ、それもそうだな」


 隼兎は腰に手を当て、軽く笑った。

 空を見上げると夏らしさを強調する入道雲が浮かんでいた。

 鳥も優雅に飛び回り、四人の上で何度か旋回したあと、どこかへと去っていった。

 カンカン照りの中、早速習得する為の最初の段階に入る。

 まずは凛がお手本を見せる。


「【猫】発動」


 凛が具現化したのは猫。

 白い上品な毛並みと、オシャレをしているのか首に赤いリボンが結ばれているのが特徴だ。


「可愛いー!!」


 いきなり猫に抱きつく凛。


「宮野さんのペットか何かなの?」


 幸せそうな顔をした凛を見ながら准は問った。


「ううん、ネリアは戦闘パートナーだよ。あっ、ネリアっていうのはこの子の名前ね」


 そう言うと、凛は再び猫と顔をすり合わせた。

 凛が大の猫好きなのは分かったが、このままではおそらく話が進まない。


「あのう……宮野さん? じゃれているところ悪いんだけど……」


 准の呼びかけにハッと我に返ったのか、照れ笑いをしながらネリアを離した。


「ごめん、私猫を見ると周りが見えなくなっちゃうんだ」


 両手を背中の後ろで組み、無意識に舌をペロッと出す凛。

 狙ってやっているはずがないのだが、その仕草は見事に准の心を射止めた。


「ナイス笑顔ッ!!」

「あっ、おい、准」


 親指を立てながら倒れていく准。

 まるでお花畑が見えているかのようにその表情はとろけるように笑っていた。


「ったく、コイツは……」


 隼兎は額に手を当て、やれやれとため息をつく。

 とりあえず腹部に一発蹴りをお見舞いし、現実世界へと引き戻す。


「おふぅッ!? な……ナイス蹴り……」

「いいから立て。全く話が進まん」

「あいっさー!!」


 さっきの痛みをこらえている表情は演技だったのかピシッと立ち上がり、敬礼までする。

 ミズキはミズキでベンチに座ったまま動こうとしない。

 もちろん仏頂面で、だ。


「ごめんね、ああいう子で。私の前では優しい子なんだけど他の人がいるといつもあんな風なの」


 准と隼兎はミズキをチラリと見た。

 と、先ほど隠したノートを開き、ぱらぱらとめくっている。

 気にならない。

 そんなことはないが本人があれだけとっさに隠すということは、よほど見せたくないものなのだろう。

 だからあの時隼兎はそれ以上追求しなかったのだ。


「じゃあ、始めよっか」


 漢闘者としての第一歩を踏み始めるこの時を待っていた。

 どのような漢字を覚え、どのように扱っていくのか。

 准と隼兎の眼はこれまでにないほど光り輝いていた。


「いい? 漢字を具現化する為には、まず習得したい漢字を頭の中に思い浮かべるの。まずは目を瞑ってやってみて」


 准と隼兎は凛が言ったとおりにゆっくりと目を瞑った。

 自分が習得したい漢字を頭の中に思い浮かべる。


「そして思い描いた漢字が頭の中ではっきりと見えた時、ペンでその漢字を書くの」


 はっきり見えるまで思い描く。

 そして──




「【氷】発動!!」


「【剣】発動!!」




 准は¨氷¨を、隼兎は¨剣¨という漢字を空に書いた。

 書いた漢字は光り出し、以前檜原先生が具現化した時のようにうねうねと動く。

 うねうねと動く、それまではよかった。

 しかしその後も動くだけで、一向に具現化する様子はなく、逆に弾け飛ぶように消えてしまった。


「……なんで?」

「最初だからね、仕方ないよ。早い人で一週間、遅い人は三週間もかかっちゃうんだから。それに檜原先生も言ってたけど、漢字の画数が十画までなら簡単に習得できるけどそれでも画数が多いほど習得に時間がかかるの。夜川君が五画、陽野君が十画だから陽野君は夜川君より大変ってことだね」


 漢字を具現化するのはやはり努力なしでは容易ではないということか。

 それに発動を唱えた時に何か胸の辺りが一瞬だけざわめいたような気がした。


「難しいけど二人なら大丈夫。きっとやれるよ!!」


 その言葉を信じて、准と隼兎は日が暮れるまで特訓をした。

 が、


「ああ、ダメだ。具現化できないや」


 准はお尻を地面につけ、そのまま寝転ぶ。

 隼兎は汗を拭い、片手を腰に当て、オレンジ色に染まる空を見上げた。


「一日じゃ習得は出来ないよ。でも二人なら……一週間もかからないような気がする」


 オレンジ色に染まった頬で凛は微笑んだ。

 准と隼兎は疲れきった顔で少しだけ口元を緩めた。

 次の日も、そのまた次の日も准と隼兎は特訓に明け暮れた。

 放課後に始めて、終わるのは日が暮れるまで。

 夏は日照時間が長い為、およその時間でいえば七時から八時くらいの間まで特訓を続けている。


「はあ……はあ……くそッ」


 隼兎は額の汗を拭い、握りしめているペンを見つめる。

 あと少し。

 あと少しで具現化出来る。

 だがそのあと少しがとても遠いように思えた。


「隼兎……俺、もうダメ……」


 隼兎以上に息が荒い准は、弱りきった老人のように腕を震わせながら伸ばす。


「お前って何気に演技上手いよな」

「あっ、バレた?」

「何年お前に付き合ってると思ってんだ?」

「ま……付き合ってるだなんて……」

「おいやめろッ!! 気持ち悪いわッ!!」


 すでに月は二人の頭上で白い顔をさらし、笑っていた。

 次の日──


「あっ、夜川君、陽野君おはよう」

「おはよッ、宮野さん!!」

「うぃっす」


 登校の為に部屋を出ると、ちょうど向かいの部屋から凛とミズキが出てきた。


「調子はどう?」


 凛は歩きながら隣に並んで歩いている准と隼兎を見ながら問った。


「あと少しってとこかな?」

「本当!? やっぱり二人なら一週間もかからないよ!!」


 まるで自分のことのように興奮している。

 簡単にいえば人思いな性格なのだ。

 が、その隣にいるミズキは、相変わらずいつものように素っ気ない態度だ。

 どうやればまともに会話してくれるのか。

 それは准と隼兎には分からない難題だった。

 他愛ない話をしながら四人は教室に到着し、各自席に座る。

 ガヤガヤと騒いでいる風景は、相変わらず何処の学校でも変わらない。

 隼兎は、窓の向こうの空を見上げた。

 これはもう日課になりかけている。

 ちぎれ雲が流れていき、眩しい日差しが降り注ぐ。


「……ねぇ」


「んぁ? 珍しいな、お前が話しかけてくるなんて」


「う、うるさいわね!!」


 隼兎は大げさに反応するミズキを笑った。


「で、何だ?」

「あの……えっと……漢字……」

「え、なんて?」


 声が小さい。

 先ほどの声に比べて数段も小さい。


「か、漢字の習得……が、頑張ってるようね」


 もぞもぞと小さく動く口から出た言葉が、いつものミズキからは想像出来ない言葉だった。

 隼兎は頭の後ろで手を組み、空を見ながら、


「ああ。まあイメージはだいぶ固まってきてるんだが、最後の一歩がどうしてもな……」


 隼兎が苦笑している表情はミズキからは見えない。

 ミズキは次の言葉に詰まっていた。

 元々人と話すのはあまり得意ではない。

 女子ならまだしも、男子相手となるとより一層厳しくなってしまう。

 だが、ミズキが次の言葉を切り出す前に隼兎が頭の後ろで手を組んだまま、こちらに向いた。


「なんだ? 心配でもしてくれてんのか?」

「な、何言ってるのよ!! 誰がアンタなんか心配──」

「ありがとな」

「えっ……」


 隼兎は微笑み、ミズキを見た。

 前に凛から聞いた、ミズキは人前ではなかなか本音を言えないということを隼兎は覚えていた。

 きっとミズキは心配してくれているだろう。

 ミズキは頬を一気に赤らめ、机に突っ伏した。

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