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第五画 ハーレム!? 新天地!(3)

「あっ」


 急に何かを思いついたのか、凛はポンと手を叩いた。


「そういえば夜川君と陽野君は先生からペンを貰ったの?」

「あっ……」


 よくよく考えると、この学校に来てまだ何も貰っていない。

 困った顔をしているとミズキが機嫌の悪そうな表情でこちらを見た。


「今から貰いに行けばいいじゃない」


 だが准と隼兎は校舎を一通り見て回ったとはいえ、すぐに覚えられるものではない。

 ここでまたもや凛を頼ることにした。

 凛について行くこと数分。

 職員室は正面玄関を入ってすぐ左にあることが分かった。

 ということは先ほど自分のクラスに行く前に一度通った場所だ。

 階段は職員室の部屋の向こう側に設置されているということになる。

 四人は職員室前に着いた。

 凛がドアをノックする。


「失礼します。一学年一組の宮野 凛ですけど、檜原先生はいらっしゃいますか?」


 この職員室、一言でいうと、長い。

 教室三つ分ほど使っている。


「あら、宮野さん。どうしたの?」


 檜原先生の机はこの開けたドアの近くにあるらしく、すぐに檜原先生が歩いて来た。


「あの、夜川君と陽野君にペンを渡して貰おうと思って」


檜原先生はポンと手を叩き、


「あぁ、そうだったわね。忘れてたわ」


 そう言うと自分の机に戻り、机の上に置いてあった紙袋の中をゴソゴソと探り回す。

 そして目当ての物を見つけたのか手の動きが止まった。


「あった」


 紙袋から出された手には黒いペンが二つ握られていた。

 そして檜原先生はそれを准と隼兎に手渡した。


「あれ? ペンの色が黒い?」


(確か先生のペンは白だったはず……。)


 手に持ったペンを見つめながら准がポツリと呟くと檜原先生が人差し指を立てた。


「階級でペンの色が変わるのよ」

「階級……ですか?」


 隼兎がそう聞くと、檜原先生はコクリと頷き、


「そうよ。まず新入生が持つペンは黒色なの」


 二人は心の中で納得しながら檜原先生の話を聞く。


「それから自身が努力することで黒→紫→青→黄→橙→赤→白という風に昇段していくの」


 つまり、檜原先生は最上級ということになるわけだ。

 准と隼兎の今までの檜原先生への評価としては、かなり横暴で変な人だと思っていたがここで初めて檜原先生を尊敬した。


「ついでに言うと、そこにいる宮野さんと空橋さんはすでに紫よ」


 准と隼兎は驚いた様子で凛とミズキを見ると、凛は照れくさそうに頬を掻き、ミズキは腕を組んで鼻で笑うように立っていた。


「へぇ……」


 准は感心したが、次の言葉が出て来ない。

 と、ここで隼兎が、


「あっ、先生」

「何?」

「今日からここで暮らすって言ってましたけど、どこで暮らすんですか?」


 檜原先生は人差し指を立て続けたまま、


「寮に決まってるじゃない。まぁ寮というより家と思った方がいいわね」


 二人は首を傾げる。


「寮はこの学校の一番奥にあるわ」


 准と隼兎は学校を一回りしたが、一番奥に寮なんてものはなかった。

 一番奥にあったのは白い外壁の高級そうなホテルだけ──


「えっ? もしかしてあのホテルが寮なんですか!?」


 准が先生に詰め寄る。

 檜原先生は冷静な態度で、


「まぁそうなるわね。あれがあなた達がこれから住む場所よ」


 二人、唖然。

 確かに冷静に考えてみるとホテルがこんな場所にあるのは明らかにおかしい。

 なるほど、ホテルが寮だということは納得できたがここで心配事が一つあった。

 それはお金についての面だった。

 准と隼兎は昔、親を亡くしている。

 元々家族ぐるみの付き合いだった准と隼兎は両親がなくなったあと、幼少から同じ孤児院で暮らし、中学校入学からは二人でアパートに暮らすようになり、今までアルバイトをして生計を保ってきた。

 月に一度、どこからか不明の仕送りが来ていたのだが、新手の詐欺か何かと疑い今も使わずに保管している。

 そしてここは孤島。

 働く場所など当然……ない。

 准はガックリと肩を落とし、


「先生、俺達──」

「お金の心配ならご無用よ」


 檜原先生は、まるで二人が考えていたことをはじめから分かっていたように、准の言葉を遮り、そう言った。


「あなた達の過去は知ってるわ。で、それを踏まえてこの学校で話し合った結果、夜川君と陽野君は免除ということになったの」

「えっ、じゃあ──」


 檜原先生は優しく微笑む。

 二人は今、物凄く飛び跳ねたい衝動に駆られた。

 それほど喜ばしいことなのだ。

 だが、檜原先生は二人に続けて注意を促す。


「あっ、でも努力はしないといけないわよ? じゃないと私が見込んだ意味が無いんだから」


 二人は顔を見合わせた後、笑顔で檜原先生の方を向き、


「はい!!」


 と、元気良く答えた。

 そんな二人を見て微笑む檜原先生。


「あっ、ちょっと待ってて」


 檜原先生は何かを思い出したようで職員室に入り、どこかへ行ってしまった。

 数十秒程待っていると、檜原先生が手に何かを持って戻ってきた。


「はい、これが部屋を開ける為に必要なカードキーよ。これを部屋のドアの近くにあるセンサーにかざせばドアが開くの。絶対に無くしちゃダメよ?」


 それを准に渡す。

 准は手を伸ばし、受け取った。

 カードキーの裏には部屋の番号と二人の名前が書いてあった。


「同じ部屋ですか?」


 隼兎がカードキーから檜原先生へと視線を移す。


「そうよ。一部屋二人、または三人という構成なの」

「そうなんですか」


 ふむふむと納得する隼兎。


「じゃあ私はこれから会議があるから」


 そう言い残すと手をヒラヒラと振りながら職員室に戻っていった。


「これで夜川君と陽野君もこの学校の立派な生徒だね」


 笑顔で言う凛。

 その隣ではミズキが組んでいる腕を解き、


「よかったわね」


 と、心がこもっているのかいないのか、曖昧な言葉をかけてくる。

 まあ祝ってくれるのはありがたいことなのだが。

 准と隼兎は晴れて(半ば強制だが)この学校の生徒となった。


「ってかさ……」


 准が天井を見つめながら、


「この学校の名前って何て言うの?」


 そういえばここに来て、一度もこの学校の名前が耳に入らなかった。

 その為、今の今までこの学校の名前を知らなかったのだ。

 凛は笑顔で、


「ここは咲桜学園(さくおうがくえん)っていうの」

「咲桜学園……か」


 隼兎が呟く。

 二人はこれからお世話になる学校の名前をしっかりと胸に刻み込んだ。

 それから数分後。

 四人はホテルなのか寮なのかよく分からない建物に入った。

 長い廊下には赤い絨毯が敷き詰められている。

 そしてその廊下の左右に部屋があるという構造だ。


「えっと、俺達の部屋はっと……あった!!」


 准と隼兎の部屋は四階にあった。ドアに銀色で部屋の番号が書かれている。

 ふと凛とミズキを見ると、二人は驚いた顔をしている。

 不思議に思い、准が驚いている理由を聞くと、


「向かいの部屋……私達の部屋なの」


 その言葉に准と隼兎もつられて驚く。

 今日初めて知り合った女子が親切に学校を案内してくれた。

 ここまではいい。

 だが部屋が向かいとなると偶然とは言い難くなる。

 運命とはこういうことを言うのだろうか。


(ムフフ……天は俺に味方したな。ありがと、神様!!)


「ぐふふふふ……」


 なにやらとてつもなく変な笑いで笑っている准を横目に凛が不思議そうな顔をする。


「夜川君、どうしたのかな?」


 隼兎は准が何を思っているのか、そしてなぜ気持ち悪い表情をしているのか瞬時に理解しつつ、苦笑いを凛とミズキに見せた。


「気にしない方がいい。コイツはバカだから」


 と、ひそひそ声で伝える。


「ぐふふ……ぐふふふふっとな」


 隼兎は軽いため息をつき、凛とミズキを見た。


「ごめん。ちょっとあっちを向いててくれないか? ついでに耳も塞いでてくれればありがたい」


 この言葉が何を意味しているのかいささか理解し難いが、凛とミズキは言われるがままに行動に移した。

 そして数秒後、なにやら背後から何かをひたすら殴っているような音と共に悲鳴が聞こえてきた。


(何してるんだろ……。)


 凛とミズキの背後から禍々しいオーラが漂っている。

 後ろを見たい、が、何か見たら後悔しそうな為、止めておいた。

 そして数秒後。


「ふぃびょうぃよ……(酷いよ……)」


 准の顔がリンゴのように真っ赤になり、腫れている。

 その原型の姿はもはやない。


「バカは治らないってな」


 手をパンパンとはたく隼兎。

 その顔はやるべきことをやった後の凛々しい顔そのものだった。


「わぁ、凄いね。夜川君の顔」


 クスッと笑う凛。


「ふぃあぁ……しょりぇひょどどぇも(いやぁ……それほどでも)」

「気持ち悪い顔を見せて申し訳ない」


見るに堪えない顔に変化させた超本人が謝罪の言葉を並べる。


「よし回復!!」

「早いな、おい!!」


 ギャグ漫画も驚きの治癒力に思わずツッコミを入れる。

 おそらく凛効果だろう。

 爽やかな笑顔が見るに耐えない准の顔をマシにしたのだ。

 非現実なことが起こる学園の中だともしかしたら治癒力も非現実的な速さなのかもしれない。

 そんな意味不明なことを胸に秘めながら准を見る。

 だが准は自分の顔が一瞬だけでも酷いことになったということを気にするどころか服に付いたゴミのように気にせず、


「いやぁ、今日はハプニング集を総集したような一日だったけど、充実した一日でもあった!!」


 一人満足している。

 隼兎も実際の所はこの学校に興味が湧いている。

 漢字を具現化して闘う学校などそうそうない。

 この先、こういう経験を積み重ねていくのだと考えると、何か気持ちが高ぶってくる。


「ははっ、そうだな」


 凛もクスッと笑うと、


「夜川君と陽野君が来てくれたおかげでクラスが盛り上がりそう」


 二人にとって、その言葉は最高級だ。


「まぁ私はどっちでもいいけど」


 ミズキはまたもや無愛想な顔で腕を組む。


「そんな態度を取るから彼氏が出来ないんだよ」


 隼兎がサラッと言うと、先ほどと同じように顔を赤らめて、


「う……うるさいわね!! あんたに言われたくないわよ!!」


 隼兎は眉をピクッとさせた。


「言ったなぁっ!! 俺が本気になればだな──」

「はいはい、落ち着けゴンザレス」

「誰がゴンザレスだ。ってか、ゴンザレスって誰だよ!!」


 そんな会話がしばらく続いた。

 全ては始まりが肝心だというが、全くその通りだ。

 波乱万丈な一日となったが、ともあれ四人は体を休める為に各自の部屋へと入っていった。

 さっそく部屋の中に入ると、まず目に入ったのが辺り一面の白い壁。

 そしてその中心にある丸くて白いテーブル。

 そして白い背もたれのあるイスも二つある。

 ドアを開けたすぐ左には風呂場と洗面所、それにトイレがある。

 そして少し進むとベッドが二つ用意してあった。

 窓が開いているのか、シルクのカーテンがなびいている。


「豪華過ぎるだろ!?」


 この光景に准は思わず驚きの声を上げる。

 どこぞの一流ホテル並みだ。


「ホントに凄いな……」


 隼兎はそう呟きながらカーテンに近付く。

 そしてカーテンを開くとそこには海の風景が──


「うん、ない」


 あるのは校舎だけ。

 残念ながら海が見えるのは凛とミズキの部屋側の方らしい。

 隼兎は小さなため息を一つつき、


「疲れた」


 と、今日という一日に最も相応しい言葉を口にしてベッドに座る。

 ベッドはとても柔らかく、弾力性がある。

 だが隼兎はそんなことは気にせず、座っていた状態からそのまま後ろに倒れた。

 准は准で風呂場を覗いていた。

 トイレと兼用で風呂場とは防水カーテン一つで遮られている。


「ふむふむ、なかなかいいホテルではないか」


 言っておくがここは寮である。

 お忘れのないように。


「何やってんだ、あいつは……」


 隼兎は寝た状態のまま顔だけを向け、准の方を見る。

 すでに太陽は水平線の彼方へ沈もうとしている為、真っ赤な夕日が部屋に綺麗な光を差し込んでくれる。

 だがやはり夏なだけに蝉の鳴き声は絶えず止まない。


「はぁ……」


 隼兎は天井を見ながら、もう一度ため息を吐く。

 だがこれは先ほどのように疲れた、という意味ではなく、感傷に浸っているのだ。

 蝉の鳴き声は人をいつも悲しい気持ちにさせる。

 なぜこうも悲しい気持ちになるのかは……分からない。

 とにかくこれで一日目は無事、終了した。

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