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旅人の真似事

作者: 天灼 聡介

 そこはずいぶんと荒れ果てた場所だった。おそらく倒壊した建築物だろうか、塔のように巨大な物から箱のような形までと、空虚に土埃と泥に埋もれていた。終始吹き荒れる風には砂利が混じり、まるでそれがヤスリのようにある物全てを削り取っていた。草木もなく、鳥も虫の一匹も見えず、無論人間もいない。遠く砂嵐に霞む景色の向こう側には、多分これと同じような所が永遠と広がっているのだろうか。

 僕は気が付くと深い溜息をついていた。この動きにくい体でいったいどこまで行けるのだろう。もうずいぶんと長いこと旅の真似事のようなことをしているが、この手足の動きは鈍り気が付くと倒れていることもある。それは日を増すにつれてひどくなる一方だけれども、誰も僕を診れる人間はいないらしい。ちょっと昔までは病院があって、そこに行けばなおしてもらえたのだけれど、僕が気が付いた時にはもう瓦礫の山になっていた。

 そうやっていつも僕は昔の出来事を考えながら、色々な場所を歩いている。でもどういうわけか、一度も仲間と出会うことができない。この荒廃した町だった所もそうだけど、永遠に火に包まれた土地や、家や乗り物がバラバラになっている場所、よくわからないけれど色々な物が小さくなってしまっている真っ暗な場所だとかとても誰かがいるような所はなかった。

 僕は荒廃した大地のなかを彷徨い歩きながら、誰かを探していた。それを考えると、僕の旅の真似事は誰かに会えれば終わるのだろうか。このぼろぼろの体はなおり、また活動をすることができるのか。そんな考えをいつも持ちながら僕はこうして先を目指す。

 そしてずいぶんと歩き回った時だった。砂嵐が吹き荒れて、先に進むこともままならならずの状況で、僕は気が付くと大きくて真っ白な塔の目の前に立っていた。塔のてっぺんは砂嵐と薄暗い視界で確認することができないが、空まで伸びているようだった。

 僕は白い塔に近づくと、その回りをぐるりと時間をかけながら回ってみた。不思議なことにヤスリのような砂嵐のなかだというのに壁はつるつるで光沢を放ち、その表面はひんやりと冷たく、吹き荒れる風にもびくともしていない。

 僕はしばらく叩いたり、触ったりしながら元いた所にぐるり一周して戻ると、あることに気がついた。白い塔には窓はおろか、出入口のような物がないのだ。これは塔ではなく、ただの棒なのだろうか。こんな場所に、何の為にこんな棒を誰が建てたのだろう。

 そんなことを考えながら、僕は白い塔を見つめながら自然と手を触れる。

 するとどういうわけか、赤いランプが点滅すると、四角い溝が浮かび上がるとそれはゆっくり左右に開き、そこに入口を見せたのだ。

 僕は入るしかないと決めると、真っ暗な白い塔のなかにゆっくりと足を踏み入れた。すると後ろで扉が閉まる音が聞こえると、本当に辺りは何も見えない真っ暗闇になった。

 しばらくして照明が点灯すると、辺りを今度は青白い光が照らし出した。

 僕はそのほの暗いなかを見渡しながら、ゆっくりと前に進んだ。白い塔のなかはとても冷たくて、そしてとても静かで、僕の進む音だけが塔のなかに木霊しながら響いていた。

 少し歩くと、僕はおかしな部屋に出た。

 そこは壁一面にカプセルのような物がいくつも並びながら、ずっと上の方まで同じ間隔で永遠と続いている。

 僕は不思議に考えながら、部屋の真ん中に浮いている丸いボールのような物を見つけた。

そしてその白いボールに僕が近づくと、ボールはまるで僕に反応するように半分に割れ透明な板に色々な文字を浮かべながら点滅すると、今度は壁のカプセルが動き出した。

 しばらくその光景を見つめているいると、どうやら一つのカプセルをこちら側に移動させていることがわかった。そのカプセルは左右上下と素早く動きながら、時間がを経て僕の目の前に降りてきた。

 僕はしばらくなかを見るべきどうかを考えると、確認をすべきだと結論を出すとなかを覗いた。そして僕は本当にずっと動くことができなくなってしまった。

 何故ならそこには僕を生んでくれた博士が、青白い顔をして横たわっていたからだ。僕は博士に声をかけるが反応がなく、カプセルを開けようとしても開けることができない。

 僕は始めてどうしようもないことを、こんなにも取り返したいと考えたことがなかった。目の前の博士には手も届かず、博士も僕に言葉を返してはくれない。どうしようももない考えが頭のなかを駆け巡りながら、その一つずつが無意味だと消えていく。

 しかし僕は思い出した。そうだ、博士に旅の話を聞かせよう。真似後のようなモノだけど、博士が旅をさせることは僕を生んだ理由の一つだからと言っていた。

 僕はその旅の話を博士の側でずっと話して聞かせた。途中気が付くと止まってしまっていた時もあったけど、動きが鈍りミシミシと音をたてる腕を動かしながら、僕は力を振り絞って博士に話をした。真っ赤でずっと火が上がっている場所、水の大地が永遠と広がっている場所に、緑が溢れて綺麗な高原が広がる場所や真っ暗で何もない所など、僕は話せるだけの旅の話を博士に話した。

 そして全ての話を終えると、僕は博士との約束を思い出した。一つは僕が博士を見つけることができたのなら博士が僕を直してくれること、これはもう多分無理だ。二つ目は旅の話を聞かせること、これは出来た。最後の一つは一番大事なことだったらしいけれど、僕はカプセルの並んだ部屋を眺めながら、もう意味はきっとないだろうと考えた。

 それでも約束は約束だ。

 だから僕は最後の力を振り絞って、ここにいる全員に聞こえるように叫んだ。

「地球は……――」

 僕はそこで目の前がぐらりと歪んだことに気が付いた。ああ、そうか足が折れたんだ。僕は近づく地面を直前まで見つめながら、そのまま体を打ち付けた。

 体ももう動かない。僕の体はもう直せない。直せる人間も、直せる技術ももうとっくに失われているのだろう。

 僕は消える思考のなかで、最後に旅の始まりの情景を思い出した。緑あふれる大地に、透き通った美しい海、高々と雄大に聳え立つ山々を僕はもう一度見たいと思った。でももう無理らしい。

 こうなったのは僕がいけないモノだからだろう。これはきっと、その罰なのだ。

 博士は最後に言ったんだ。これは私の願いだと、博士は僕にこう言った。

「もう人間のことは、忘れなさい……」

 でも僕は会いたかったんだ。この思考が心だと言うのなら、僕は願う。


 僕は、人間になりたかった――。

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