大和ノ国ノ少女ノ話Ⅲ
あの日の夜、お姉ちゃんが私にした質問を
私は今でも忘れない。
『身体よりも先に心が壊れちゃったら…
…ちゃんと天国に行けると思う?』
あの時私は何て返したんだっけ?
でも、お姉ちゃんが今まで私にも見せたことが無かったくらいに…綺麗で…優しくて…温かい笑顔で…私の頭を撫でてくれたことだけは…しっかりと覚えている。
私は多分、その後直ぐに眠ってしまったのだと思う。
…これが私が見るお姉ちゃんの最後の笑顔になるとも知らずに。
翌日
お姉ちゃんは一人で出掛けた。
二度と会えなくなるであろう街の皆に挨拶回りに行くらしい。
私もついて行きたかったが、断られた。
女性一人でも、既に話は街中に広まっていたため、お姉ちゃんを襲おうとする輩などいるわけもなかった。
私の家の近所は大騒ぎで小規模…でもない宴会の準備を始めていた。
私もその準備を手伝わされた。
私は一心不乱に働いた。
そうでもしなければ、とてもじゃないが、この場にいられる気がしなかった。
近所の、特に父の友人夫婦等が数人ずつ私達の家に入り込んでくる。
彼等は総じて、父に祝辞を述べた後、
「アレはどうする気だ?」
と、笑いながら言うのであった。
アレとは、勿論私のことだ。
聞く限り、どうやら父は私を奴隷屋に売るらしかった。
冷たい視線が肌に染みる。
痛い…痛くないけど…痛い。
思えば、お姉ちゃんと離れたのは、いつ以来だったか…。思い出せないくらいに、ずっと一緒だった。
お姉ちゃんが傍にいない事が、お姉ちゃんがいなくなることが、こんなにも寂しくて辛いなんて、思ってもいなかった。
日が暮れる頃、お姉ちゃんが帰ってきて、宴会が始まった。
この時もお姉ちゃんは宴の中心で、私には席すらなかったから、話すことすら出来なかった。
私は端にぽつんと立っていたが、視界に入るだけでも不快だ、というような空気を感じ、一人で部屋に行き、布団を敷いて潜り込んだ。
夜遅くになり、私は起こされた。
宴会の片付けをしろとの事だ。
父は疲れてると言い直ぐに寝てしまった。
お姉ちゃんは明日の準備をしているらしく、母と二人きりで片付けをした。
母は時々暗い顔をしていたが、特に何も…一言も発しないで黙々と食器を洗っていた。
なので私も静かに食器を運び、台を拭き、座布団を片付けた。
…まだ、明日お姉ちゃんがいなくなるという実感が湧かなかった。
これは夢で、また明日にはいつも通りの…お姉ちゃんと一緒に編み物をして、色々と話して、団子屋のお手伝いに行って、おじさんをからかって、異国の絵本や図鑑等を見て、団子屋と笑いあって、お姉ちゃんと…街を少し散策して…。
そんな日常が続く気がしていた。
私にとっては、それがなによりの幸せだった。
…が、現実はそんなに甘くはなかった。
部屋に戻ると、お姉ちゃんは布団を被って、多分寝ていた。
私は起こそうか迷ったが、なんだかそんな気分にはなれず、隣に敷いておいた自分の布団で寝ることにした。
正直、お姉ちゃんなら起きてくれていると思っていた。
それに、今日は隣の布団で寝ても、明日の朝にはお姉ちゃんが笑顔で起こしてくれて、また二人で一緒に………。
朝起きると、お姉ちゃんはいなかった。
が、直ぐに見つかった。
お姉ちゃんは真っ赤な、綺麗な着物を着ていた。
そして、母がお姉ちゃんの顔に白粉を塗っていた。
私は、現実を受け入れきれなかった。
髪に簪を挿し、立ち上がったお姉ちゃんとすれ違う。
私は咄嗟に話し掛けようとするが、お姉ちゃんは俯いたまま、私の顔も見ずに素通りした。
その数分後、父の怒鳴り声が聞こえた。
どうやらお偉いさんに出来損ないの私を見せたく無いらしい。
私は仕方なく部屋に戻り布団を畳むことにした。
私が自分の布団を畳もうと枕を持ち上げた時、ヒラヒラと何かが出てきた。
…それは、手紙だった。
拝啓、アイリへ
…なんて書くのも変だよね。
今、貴女の寝顔を見ながらこの手紙を書いています。
色々な気持ちが込み上げてきて、時々頭の中が真っ白になってしまうので、えっと、拙い文章でごめんね?
先ず、哀里って名前の漢字は父が付けました。
でも、何か淋しそうな名前なので、愛里にするのはどうでしょう?
少なくとも、私は…いや、少ないかもだけど、街の人達も、貴女の事を愛しているんだよ。
貴女は悲劇の子なんかじゃありません。
貴女を愛してくれている人が少しでもいる限り、生きることを諦めてはなりません。
よし、今から愛里に決定!!
…なんて、お姉ちゃん面出来るような人じゃ無いんです、私は。
私は愛里、貴女を騙していました。
1つ目は、私が生まれて、愛里が産まれる前に、何人か生まれ、死んでるらしいことです。
貴女だけが生きているのは、私が妹が欲しいと駄々を捏ねたからみたいです。
それで、私の遊び相手道具や子守り練習になるように貴女を育てる事にしたらしいのです。
…だから四歳も離れてるの。
貴女はもう十二歳、だけど、まだ十二歳です。
甘えられる人には甘えなさい。
…また、お姉ちゃん面していまいましたね。
次の嘘が本題です。
愛里、実は貴女は魔法が使えます。
貴女には魔力があります。
お腹の傷は他人の目を欺く為のものです。
…団子屋のお陰です。
詳しいことは本人から聞いてください。
因みに、私は魔法は使えません。
だから、…いえ、何でもありません。
私の望みは貴女が笑顔で、大切な仲間達と草原を駆け巡ってくれる事です。
貴女は、駆けっこが大好きだったから。
あぁ、紙が小さい…書きたいことが山ほどあるのに。
魔法とは、奇跡の力です。
だから必ず、貴女に応えてくれる筈です。
お姉ちゃんを信じなさ…あ、またお姉ちゃん面を…
こんな情けないお姉ちゃんでごめんなさい。
最後に、お別れの挨拶を書かせて下さい。
多分、貴女の顔を見ると何も言えなくなっちゃうと思うから…。
それに、涙で白粉がとれちゃったら大変だし…。
愛里、私は貴女をずっと、いつまでも愛しています。
そして、人見知りな貴女が心を許せるような友達が出来ることを祈っています。余計なお世話かな?
大好きだよ、愛里。…ごめんね。
里美お姉ちゃんより
裏の端に何か書いてあった。
私は涙を必死に拭って目を凝らす。
貴女はきっと奴隷屋に売られる。
ご飯は極力食べないこと。
トイレに必ず行ってからにすること。
恥をかく機会が減ります。
そして、魔法の力を信じること。
団子屋を信じること。
臨機応変に、絶対に生きてね。
この紙はトイレの例の場所へ隠して。
例の場所とは、お姉ちゃんが吐血した時用に色々な小物が入ってるトイレの壁の隙間の事だろう。
耳を澄ます。
父と母が私を奴隷屋に売る話をしているみたいだ。
父の声は弾んでいる。
きっとお姉ちゃんを大金で買ってもらったのだろう。
お姉ちゃんはもういない。
私は手紙を早く隠す為に慌てて布団を畳む。
お姉ちゃんの枕を持ち上げた時、気付いた。
枕の下側に大きなシミが出来ていることを。
そして、昨日の夜、お姉ちゃんが声を殺して泣いていた事を…。
内容はもう考えてあるのですが、
2日連続で寝落ちた為、もうちょっと遅れます。
過去編あと3話くらいで終わるかな?(予定)
早く主人公の話に戻したい…。




